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長崎海軍伝習所といい、軍艦繰練所といい、
意外な人物が登場するものですが、この人もそのひとり。 土佐の俊才、細川潤次郎サンです。 幼名は熊太郎、諱は元、十洲と号す。 ・・・・・・・・なんか、幕末の土佐スキー方面でもあまり名前を おみかけしないのですが、この人はかなりホンモノ!(笑) More
久々に岩瀬ネタでーす♪
岩瀬忠震がどのような容姿であったか、 友人や知り合いの証言が口を揃えて、たいそう「容姿端麗」だった! とあるので、そういうことらしい(笑)。 (うちのブログではさんざん語ってきたのでそのあたりは割愛) で、唯一現存する外国奉行集合写真は・・・・・岩瀬だけ顔がぼやけていてよくみえないっっ というわけで、岩瀬関連の書籍で登場率ナンバー1なのが、 岩瀬忠震肖像画。 ↓コレです。 ![]() 設楽原歴史資料館のサイトを覗いたら、 長らくよくわからなかった作者について書かれてありました。 歴史資料館サイト「岩瀬」ページ→こちら サイトの情報によれば、描いたのは、土屋秀禾という人らしいです。 この方、明治期に活躍した画家さんだそうで、 生まれは明治元年(1868年)。 てゆーことはですよ、 この土屋さん、生前の岩瀬(1861年歿)を知らないんですよね~~~~っっ(汗) 誰かの依頼で後世に描かれた、イメージ画らしいことはわかって いたのですが、まさかの明治生まれだよ! ちょっと予想外! 岩瀬と画家さんの距離の遠さにクラクラめまいが・・・・・。 (離れているほど、信憑性が薄れていくわけで・・・・・) ますます謎めく岩瀬の顔(笑)。 あの外国奉行の集合写真、どうにか修正とかなんとかできないものでしょうか!? 今のところ、もうあの写真しか頼れるものがなくなってしまいました。 あの顔ぼやぼやがデジタルの技術でなんとかできないものか・・・・・・・。 嗚呼、有名人じゃないから、誰もそんな費用だしゃしない・・・・・・(涙)。
ナイト
![]() 昨年末、日本のGAGA株式会社のサイトに、 「グランドマスター (仮) 2012年公開予定」 とでーんと出て、「おおお!ホントか!?」 と思いつつも、なんとなーく信じてなかったのですが、 最近、再訪したら「2013年」に訂正されてました(笑) GAGAサイトの一代宗師ページ→こちら 4月に「いよいよ完成~っ」という記事が華圏で出たので、 ひょっとしてカンヌに間に合わせるつもりか!?と期待したけど、 ・・・・・・来週から開催されるカンヌ映画祭の作品ラインナップには ありませんでした。 (まー、上映時間ギリギリまで編集とかで、カンヌ映画祭スタッフには迷惑かけまくり だから、これでよかったのかも・・・・・) アメリカの映画記事によると、ベネチア映画祭も間に合わないのでは!? との予想が出ていました。 その記者さんも、新作を楽しみに待っているウォンカーウァイ作品のファン みたいで「〈2046〉から何年経ったのだ~~と」(笑)、がっかりしてましたです。 わたしも待っているひとり。 早くみたい!! それに主演のトニーレオンファンとしては 1年でも早く完成して、アクション映画から解放してあげてほしい(笑)。 あまり体がやわらかいほうではない人なので、怪我が心配です! (もう、そんなに若くないしね~~~~~) そもそも、です。 アクション映画って、そんなに何年もかけて撮影するものなのか!? 撮れたてアツアツ・・・とまではいかなくても、加工する時間を入れても2年以内 に公開したほうがいいんじゃないのか、と。 アクション映画を熟成発酵しても美味しい映画になるのだろうか~~~? 文芸映画でもないし、腐りそうな気がしないでもない。 撮り直しを繰り返しているみたいだけど、 もっと最初から計画たててから撮影しろよ(あ、言っちゃった)!! ハリウッド映画(マイ・ブルーベリー・ナイツ) のときは予定どおりちゃんと出来たのに! (でもつまらなかった。ノラ・ジョーンズは良かったけど☆) と、カンヌ映画祭がはじまりそうで、 もしかして〈一代宗師〉が上映されでもしたら、 youtubeに張り付いて、楽しい5月の中旬だったのにな、と。 ・・・・・・かつて楽しい5月を過ごした「ブエノスアイレス」とか 「花様年華」とか「2046」の上映があった年が懐かしくて、 ちょっとグレてみました(涙)。 せめて予告編ぐらい、第2弾みせろーい!!!
詳しくはウィキをみてもらうということで(笑)、
簡単にいうと、地口(じぐち)とは、発音が似ている言葉を並べかえて遊ぶ語呂合わせです。 ちょうど朝、TVに登場したので「おお、懐かしや」ということもありますが、 マイフェイバリット地口は、 「飛んで火にいる夏の虫」→ 飛んで湯に入る夏の武士 です(笑)。 さらにちょっと例をあげてみますと。 「案ずるより産むが安し」→あんずより梅が安し 「猫に小判」→下戸にご飯 猫にこんばんは 「身から出たさび」→目から出た足袋 なんてもうバカバカしいんでしょ、といいながらも思わずクスクス ってなっちゃうから不思議。 ホント、江戸の人は言葉遊びに熱心(笑)。 ちょっとでも、言葉で笑おうという、あくなき追求は尊敬に値します、ハイ。 以上、GWらしくゆるーい感じで終わります。
基本的には日本海苔好きですが(毎朝食べてるぐらい好き)、
この韓国海苔の食卓への登場は週に1~2度ほどの頻度ですが、 わが家のお気に入りで、8年以上も常備するほど♪ うちで韓国海苔といえば、この「班家伝統のり」であります。 大坂にある会社が韓国から輸入して販売しているらしいです。 ![]() 厚手で黒い!海苔。 「二度あぶり製法」とかで、なにせ香ばしい!! パリパリしていて、岩塩とオイルの配合が絶妙なのです! 出会いは近所のスーパーでした。 当時はヨンさまブームだったこともあっての入荷だったかも(笑)。 以来、数年買い続けていましたが、ヨンさま韓流ブーム(1次)が終わると、 急に取り扱わなくなり、探した結果、職安通りのコリアンスーパーで発見! それからは数ヶ月に1度、職安通りに行くようになりました(笑)。 (おかげでパックとか、せっけんとか、お茶とかいろいろ知るようになったのですた) さて、今や新大久保は韓流ブームの聖地になりました。 なんだか新大久保駅周辺にはあちらの政府押しっぽいスーパーが 出来たり、賑やかだったりしますが。 先日、いつものようにこの海苔を買いにいったわけですな。 するとどうでしょう! 海苔売り場から、跡形もなく消えていた~~~~。 かわりに並んでいたのは、 怪しい日本語(爆)が書かれた「ワタシ韓国から来ました~」な海苔たちばかり。 たしかに班家伝統のりより激安だ。 だがわたしはその安すぎるのが心配なのだ。 というわけで、職安通り~新大久保の食料品スーパーをほぼまわって 班家のりを探したが、どこにもなかった。 あるのは純韓国産、直輸入のりばかり・・・・・・・・(むこうの農協っぽい絡みとかのね)。 ちょっとやけになって「ほほう、そんだけゴリ押しするなら、うまいんだろうな」 ということで、売れ筋のものを2種類買ってみた。 ところが、ちっともうまくないんだなー、これが。 薄くて、海苔が緑っぽいし、向こう側が透けて見える!(怒) なんか、へにょっとしてパリ感なし。 こんなんで班家のりに成り代わろうというのかね!?甘いな! (たしかに価格面では新しく並んでいる品物はよく勉強しています。 でものりの厚さが半分だもーん。安かろう、悪かろうってあるでしょ~~~っっ) だいたいですよ、新大久保はすっかり観光地慣れ(つか、ズレ・笑)して、 昔の「安くて、うまい」が失われつつあります。 韓国コスメも、通販だから少し時間はかかるけど、Gマーケットのほうが半額ぐらい安いし(笑)。 料理屋でも、新大久保で行列のできているような新しくできた店よりも、 昔からある職安通りのお店のほうが、店内も落ちついていて美味しいです~~。 (ま、イケメン店員はいないけど) 韓国に詳しい方に「新大久保より美味しいですヨ」とオススメされたので、 上野のキムチ横丁に散歩がてらいってみたけど、 上野のキムチ、さすが老舗だけあって、安くて美味しいです! (白菜キムチはもちろんですが、えごまキムチがあったので感激~っっ) ・・・・・でもなんだか、閑散としている気がして。 (やはり新大久保にお客さん、とられてるのかな??) ブームというのは、そうして昔からコツコツやってきた良いものを 潰しかねないというのが困りものっっ。 だいたい、政府絡みでごり押しってのが気にイラねぇ。 ここは日本だ、自由競争させろい! で。 くだんの班家のり、それから数日あちこち探して、ようやく日本のスーパーで みつけましたので、まぁ、一件略着ですけど。 お値段は高くなっていた・・・・・(涙) が、わが家は「班家伝統のり」が好きで~~~す! ・・・・・・できれば再び、新大久保で扱われるように願うばかりです☆
新選組ネタを、ついでにもう一本。
随分前に幕末ドクターの記事で、 近藤勇伏見狙撃事件のあと、慶喜の指示で派遣された医者は 松本良順ではない、では誰だったのか?という疑問を投げかけた件。 東大史料編纂所サイト内の 維新史料綱要DBに「近藤勇」でアクセスしたさい、あっさりと判明しました(笑) 18日 新選組隊長近藤勇昌宣、伏見街道において狙撃せられ負傷す。 徳川慶喜これを聞知し、侍医を遣わし又自用の寝具を給与す。 だそーです。 慶喜の侍医は柏原学而(がくし)なので、この人が派遣されたというわけですね。 ・・・・・なんかおまけに寝具まで持っていかせたとかで、 慶喜的には随分とまた、近藤をいたわって対処しているようです(笑)。 (近藤さんは慶喜の寝具にねちゃったんですね・笑) そういうわけで、松本良順ではなかったことがハッキリとわかりました☆ (そもそも良順センセは江戸にいたので、伏見に行くのは不可能なんですけどね) ・・・・・・というか、柏原学而の大活躍がどうも良順の伝説のかげに 隠れすぎているように思うんですけど・・・・・。 なんだか、不公平ですな~~~~~。 (いつもこんな展開が多い、幕末史・・・・・・) そういえば、近藤勇さん、正式には「隊長」なので 「局長」ではなく「隊長」と呼んでやってください♪ (「隊長」のほうが「局長」と称するよりも、よりグレードが高いらしいです)
新宿駅西口に幕末ファンおなじみの居酒屋がありました。
最初に出来たのは「幕末個室居酒屋 龍馬の空 新宿社中」というお店。 2010年りょうまの大河人気にあやかってオープン。 同じ年、ちょっと離れたところ(でもより駅のそば)に 「龍馬の空 別邸 ‐新撰組疾風録‐ 新宿」が出来ました。 本店がオープン当時、ちょいと冷やかしに行ったことが ありましたが、広い店内のわりに御客が少なかったのが印象的で、 続いて新選組のほうにも行ってみました。 こちらは新選組フロアとそうじゃないフロアがあって、 ぶっちゃけ新選組フロアは予約でもなかなか入れないという盛況ぶり。 混んでてそうじゃないフロアに甘んじました(笑) そして、先日。 たまたま龍馬の空の前を通った(なぜかというとその近所に筒井政憲の眠るお寺が あるので、お参りのために通過するわけです・笑)ら・・・・・・・・・・。 龍馬の空本店は黒マクドナルドになっていました。 どうも・・・・・潰れてしまったようです。 ちなみに 「龍馬の空 別邸 ‐新撰組疾風録‐」は営業中でした☆ (ただし、新選組フロアのみになっていたけど) お店のぐるなびサイト→こちら ![]() ↑ こちら、店の前のみ見学時に撮影☆(だって席とれなかったんだもん・笑) やはり東京では、龍馬ほか西国志士ズよりも 新選組のほうが人気があるのか!? だとしたらホッとしちゃうんだけどな~~~~~~!!!(笑) というのも東京は多種多様な人々がお住まいなので 地元民としても、なかば諦めモードっていうんでしょうか。 (東京の地元萌え♪なんてやってるのはごく少数だし) そんなわけで本店が消えたので、「龍馬の空 別邸」ってのも なくなってもよいように思いますケド。 そのほうがよりスッキリするし!(店名長いんだもの) ま、わたしが求めているのは「幕末徳川居酒屋」ですけど(笑) 堀織部「柳川鍋 熊吉風」とか、釜次郎「焼き団子」とか 外国奉行 エルギンプレゼンツセット(シャンパン1杯、ハム、パンにパテ) などなど・・・・・・。 ・・・・・・実現は、できますまい・・・・・。
4月からはじまったBS-TBSの番組「謎解き江戸のススメ」(月曜日午後10時~)
がちょっと面白いです☆ 公式サイト→こちら 「酒場放浪記」のすぐあとなのでそのまま流しているとはじまる 感じで見続けています。 BS番組にありがちなゆるさは否めませんが(笑)、 (1時間番組にしては情報量が少ないみたいな) 同局の「ナンバー2」のようにむりやり感(なんでコイツがナンバー2?って・爆) はありませんで、のどかに江戸について学べます♪ 前回は「潮干狩り」で、遠浅の江戸湾の豊かな海と庶民の関係 などなどを紐解き、なかなか面白い「謎解き」でした。 次回は「寺子屋」。19世紀当時識字率世界一の大都市江戸を つくった寺子屋の謎にせまるらしいです(笑) かなり濃厚な情報のつまった「ブラタモリ」がお休み中で 寂しさを感じている方におススメの番組です♪
この前、お花見ついでに噺家の圓朝&四代圓生師弟ゆかりの地ツアーを
上野~谷中でやってきたおり、圓朝の墓に調査にまいったわけですが、 圓朝おトモダチの山岡鉄舟の墓がすぐそばにありまして。 少し前に高橋伊勢守(泥舟)を調べていたおりに知りました件について 記事にしてみようと思い至った次第です☆ 徳川慶喜の股肱の臣こと原市之進は慶応3年8月、 京都二条の官舎にて、結髪中に暗殺されてしまいます。 犯人は幕臣依田雄太郎・鈴木豊次郎。 鈴木は老中板倉の屋敷前にて切腹、依田は追手に殺害されて、事件は幕を閉じました。 が、この事件。 実行したのはこの2人ですが、暗殺をそそのかしたのが山岡鉄舟&高橋泥舟義兄弟 らしいのであります(笑) 『昔夢会筆記』第10にそのあらましが書かれていますが、 長いので、ものすごく掻い摘んで紹介しますと、 当時(慶応3年夏)、江戸では新懲組が血気盛んに活躍し、 それとは別派で壮士党という山岡や高橋たち、幕臣の「尊王攘夷」グループ がありました。 彼らは同じく「尊王攘夷」だったはずの元水戸藩士原市之進が 慶喜の側近となるや、尊王開国に走ったとえらく怒っていました。 (慶喜と側近の平岡円四郎のせいで「開国」に染まったのであります・笑) しかも兵庫開港を率先して進めている、という話も聞こえてきた。 尊攘派にとって帝の住む京のすぐそばの兵庫開港だけは絶対に許せなかったのだとか。 そんなとき、当の原市之進から壮士党の関口某へ手紙がきたのだそうな。 原と関口は知り合いで、原は関口の才を惜しんで「京へきて働いてみないか」 と親切な勧誘をしたのだったが。実はこれが「きっかけ」になってしまう。 誘われなかった(爆)壮士党のほかのメンバーはただでさえ原に対して不信感がある のにこれでイライラが爆発。そこでいろいろな内輪もめがあって(ここは省略)、 山岡や高橋たちが同志たちに「YOUたち、原を斬っちゃえば」的なことを言い出す。 ・・・・・どうも彼らはその場の勢いでの発言だったらしく、そんなに真剣に 言った感じではなかったらしい。 ところが「おおさ!!俺たちが斬ってくる!!」と依田らが京へと飛び出していってしまった。 ホントに出掛けちゃったことを知った一同が集まって、 「もう箱根をこえているだろう。とても間に合うまい」 山岡「大丈夫だろうよ。原はとにかくあれだけの人だから、まず五人や 六人の警衛はあるだろう。彼等がが三人くらい行ったってちょっとむつかしい。 とてもいけまいから、まぁ放っておけ」 などと無責任&テキトーに言ってそれきり気にもとめてなかったようなのですが(おいおい)。 なんと見事にやりとげちゃった、みたいな(汗)。 そんなことで原さん殺されちゃったんですよ~~~(涙)。 山岡&高橋、なんてヤバイ義兄弟なんだ!! 松本佳子著『原市之進 ー徳川慶喜のブレーン』によると、 水戸のほうの史料によると、暗殺首謀者説は細分化されていて、 そのなかには、自分も原のように目付になりたかった高橋泥舟の嫉妬説 などもあるらしいですが、槍一本の武闘派の高橋が目付になりたいと思うか? というあたりは甚だ疑問であります。 でも結局は山岡&高橋の関与はまったく否定していません(笑)。 冒頭に書きました山岡の墓の脇には小さい碑が建っていて、 そこには壮士党のメンバー、もちろん暗殺者・依田雄太郎・鈴木豊次郎の名も ありますけどネ。どーみてもこの暗殺事件と山岡は無関係ではないっす(笑)。 さて、以上のあらまし部分は『昔夢会筆記』会場で明かされた話なので、 当然この話は慶喜翁も聞かされるわけです。 公 なるほどそういうわけであったか。関係人の名は密かに聞いたよ (ここまで青字部分は『昔夢会筆記』より引用) 詳しいあらましはこの時が初耳だったようです(笑)。 大切な側近の原市之進を殺させたなかの一人、高橋泥舟は 慶応4年の幕府瓦解以降、上野や水戸で、もっとも信頼して身近においた警護隊長だった ・・・・・・なんてこともあったので、慶喜的にはかなり複雑な心境だったことでしょうネ。 こういういいかげんなノリで、人ひとり(しかも重臣ですけど)が 暗殺されてしまう。幕末とはなんとも荒れていた時代でありますなぁ(としみじみ)。 ところで、この原市之進事件にはおまけがついています。 原亡き後、後継に誰を据えるか、という話になったとき、 なんと新選組局長近藤勇の名があがったとか。 もちろん実現しませんでしたが(笑)、 (だって近藤さんが慶喜の諸葛亮孔明って・・・そりゃムリでしょ・爆) 誰か推挙したか知りませんが、慶応3年夏頃の京都において、 近藤勇の名は我々が知る「新選組のおはなし」に出てくる近藤さん以上のグレードが あったっぽいことはこの件をみても明らかデス。 京都政界における近藤勇の立ち位置について、早く解明されることを願いつつ、 つまらない理由で命を落とした原市之進(享年38才)さんのご冥福をお祈りしたいと 思います。
間があいてしまいました~っっ。
ずいぶん前に記事にした井伊家史料特集のつづきです☆ 安政5年~6年当時、大老となった井伊直弼とその諜報機関(笑)は 彼らが危険視している第一期外国奉行たちへの監視を強化していました。 なんか落ち度があったら速攻で左遷・・・・・いや政治生命を 断ってやろうと、まさに虎視眈々と狙っていたわけです。 そのなかでとりわけ有名なのは、岩瀬忠震周辺への監視ですが、 なんと江戸よりはるか彼方の箱館にまで御小人目付の調査はおよび、 箱館奉行の堀織部正&村垣淡路守(この人は外国奉行候補として監視対象・笑) まで調査されておりましたのです。 ではでは紹介いたします。 (※堀&村垣ファンのみなさまにはどうか気をおちつけてご覧ください) 『井伊家史料 20』 150 (安政6年)7月 小人目付届書 (『井伊家史料 幕末風聞探索書 中 安政6年編』 293 北国風聞 にも同文あり) 織部正は学問の心取違いいたし候哉、 当時学問所書生の風にて、 物毎御規則にも不拘只杜撰にいたし候事、 或は上を蔭にて誹謗いたし候事抔、其外閣老方の模様に寄外へ避け居候事抔、 全くの武士とは難申心底の由。 まずは堀さん。 「学問所書生風」というのは堀さんだけでなく、岩瀬も永井もよーく 書かれる悪口です(笑)。 そんなわけで規則にも寛大で、不拘只杜撰にいたし候なんて言われちゃうんですな(笑)。 しかし!杜撰(ずさん)というのはひどいな! ちゃんと箱館町起こし、やってたのにさ! そして。 上を蔭にて誹謗いたし候 御政道批判をガンガンいっているらしい(笑)。 堀さん、学問所書生風の枠には入り切れないワイルドな人だから、 これはホントにやってそうです。 (いとこの岩瀬同様、怖いもの知らずなんです。ハイ) ・・・・ただですよ、 全くの武士とは難申心底 ↑ これは聞き捨てならないじゃありませんか! いくら悪意のある報告書でも、こりゃ言い過ぎ!失礼ですよ!!! (誰だ、この小人目付はーーーっっ) まったく井伊派はロクな奴がいないっすよっっ 次は、村垣さんについてです。 淡路守は御勘定所の風有之、賄賂或は諂(へつら)ひものを好み、 奉行職の心底とは不被存候よし 勘定奉行所出身系はなんですか、ワイロがすきで、自分にへつらってくる 者を好むっていうんですかね。それじゃ川路聖謨も左様なんですかね(爆)。 これじゃまるで「おぬしもワルよのう」「へへへ、村垣さまこそ」的な ベタベタな時代劇の悪役じゃないすか~~~~~っっ 村垣はそんな人じゃないぞーーーーっ さて、この当時箱館奉行は竹内下野守保徳、津田半三郎、堀&村垣の4人体制で、 基本的には2人ずつで江戸在府勤務と箱館勤務を交代でやっておりました。 (たまにそれぞれの地で4人が揃うこともある) 竹内と津田には触れないで、その4人について報告が書かれていて、 拵事いたし上へ偽り候事抔は奉行同腹にて、 四人共能く揃ひ居候よし・・・・・ 彼らは同腹で、4人が集まれる状況ではよく一緒にいるらしい。 つまり4人は仲が良かったようです(笑)。 ただ、みてください!この〆の一文!!↓ 奉行四人共能く相揃居候儀にて、都て異人へ対し候ては 一言半句も強き事は申出兼候よし。 どんだけヘタレ扱いなんだ~~!!(笑) (ロシア人へ弁天台場が一望できる高台に居住地を許可したことで、 この誹謗中傷になったわけですけど。新奉行所(亀田)から離したかったので しょうがいないと思うんですけどネ) ま、こんな報告書が大老さんに上げられていたわけです。 岩瀬や永井、川路への処分目前のこの時期なので、 堀も村垣も左遷はされませんでしたけど、ただ人材不足でかなりの激務に なりましたです。 日本の外交のために身を粉にして働いている堀や村垣に対して、 井伊一派がひそかにこういう目でみていたかと思うと なんとも腹立たしいですな! もう、水戸浪士さんたち、ちゃっちゃと桜田門外しちゃってくださいましー(笑) テロは好みませんが、もうこの際許しちゃうーーっ♪
戦国鍋、新シリーズがはじまりましたね!
冒頭のナレーションが「戦国時代の・・・・」から「戦国時代を中心に・・・」 にかわった、とおもったら冒頭のミュージックトゥナイトから、 赤穂浪士だ~~~~~っっっ(大爆笑) まさか47人出てくるのかとドキドキしたら、AKR四十七のカミセブンって 7人だけだった~~~~っっ。 (徳川十五代将軍は15人だ。がんばってたんだな~~・笑) そしてセカンドシングルこと「討ちたかった」(爆) ・・・・・某本家の「会いたかった」にかなりのニアミス、いえ衝突寸前の スレスレのところをすり抜ける、なかなかキャッチーな歌でした! 歌詞で「松の大廊下」とちゃんと大廊下といってるあたりに こだわりが見えました☆ (たいがいの忠臣蔵じゃ、「松の廊下」で済ませちゃってますので) なにせ最近の日本の若いモンは「忠臣蔵」すら知らないっすから、 こういう機会にぜひ知ってもらいたいですネ! そうじゃないと裾をずるずる引き摺るときに「それ、浅野内匠頭じゃん」的な かつての日本では当たり前の会話が成立しなくなっちゃうので(笑)。 (うちらの世代ではもちろん、コレ通じますヨ! ははは) それから好きなコーナー「戦国キャバクラ」! 復活第一回は真田幸村のパパだった~~~~。 しかし!!! ちょいちょい出てくる戦国鍋キャラクターは「新選組」「西郷どん」「勝海舟」 とのきなみ幕末で、冒頭はAKRでしょう~~??? 気がつけばほとんど江戸鍋だった・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。 正直、大歓迎です!!!! このノリで室町も、鎌倉も、平安も、奈良までいっちゃってください! 戦国鍋きっかけで日本史を知るというのもなかなかオツでございますしね☆ これでまたひとつ毎回楽しみな番組が増えました! 追記は↓ More「 討ちたいんだ」はこんな曲
ちょっと忙しくて楽しきyoutube生活から遠ざかっているうちに
こんな番組が、日本語字幕付きでUPされていましたっっ ドイツの放送局が「原子力ムラ」に迫ったドキュメンタリーです。 すでに知ってることが多かったですが、しかし! 「え?そうなの!?」とへんな汗が出てくるような衝撃の真実も 登場します。 ので、遅ればせながら紹介☆ いろいろ書きたいことは山のようにありますが、 さ、作業に戻りますっっ
少し前に記事にしましたが、
戦国鍋の新作がついに今週末から復活~~~!! 戦国鍋TV公式サイト→こちら TVK&千葉TV 土曜日 午後10時30分~11時 ※テレビ埼玉は月曜日です 公式サイトの「立て札」によると、 明日18日からスリーエフで戦国鍋とのコラボ商品で 武田信玄公ゆかりの「煮込み根菜の冷しほうとう」 が発売されるそうですヨ~~~~~(笑)
彦根城築城400年祭りの期間限定キャラとして登場、
そして人気によって翌年の開国祭のキャラとして存続し、 いつしか彦根を代表する、いえいえ!ゆるキャラ界を代表するキャラとなった ひこにゃんが6歳! おめでとう~~~~~~~~~!!! ・・・・・・初期の頃より、ちょっとボディがもっちりとしたでしょうか?? (↓下記ブログ写真より) 滋賀彦根新聞ブログから(桜とひこにゃん)→こちら 思えばこのひこにゃんの絶大なる人気は、 ひこにゃん以上にキュートなゆるキャラがでてこない という哀しい事実がその背景にあるわけですが、 それにしてもカワイイですよね♪♪ 「永遠なるゆキャラ帝王」です! (・・・あ、今「永遠」って使うとビミョー?) そして・・・・・ついにこの6年。 しまさこにゃんはでても 井伊直弼キャラ「赤牛モウ弼くん」(即興で作ってみました)は 登場しませんでした(笑)。 ちょっと、残念ですぅぅぅ。 ![]() たまたまガチャガチャをみたら、久しぶりに ゲットしたくなったのでやってみました〜。 実はエリザベス狙いだったのですが(笑)、 沖田総悟とハタ王子 でした〜(爆)。 なかなかカワイイです! さっそく携帯につけまーす☆ ちなみに次回の銀魂ガチャポンは、 レンホウ編のいろいろなエリザベスだそーですヨ♪ サイト→こちら
本日2本目!
今月の生さだの日程(4月28日深夜らしい)をチェックきっかけで彷徨いこんだ NHKのドラマサイトに・・・・。 平成25年度前期 連続テレビ小説の脚本は 宮藤 官九郎さん に決定いたしました。 との第一報が。 NHKドラマサイト→こちら いつかは来る!と思ってましたが、すごく楽しみ! これは絶対に見る!!! (ん~~何年ぶりだろ。朝ドラ視聴(笑))
国立国会図書館のサイトで、
明治16年創刊の「官報」が公開されたよし☆ 国会図書館サイト→こちら (上記のページの検索に「官報」と打ち込んでくださいまし) ・・・・・・しかし今、わたしが知りたいのは明治13年の人事・・・・(笑)。 官報のない時代であります・・・・・。 ![]() 今日ふたつめの更新です〜。 煮詰まってるらしいぞ、自分(笑)。 さて! 東京の花見の穴場、 それはここ、皇居東御苑のなか。 江戸城本丸跡です! 桜の数は少ないけど、静かでのんびりできます☆ で、写真は富士見櫓と桜。 これから目付部屋付近で休憩に入りますので、 これにて失礼しまーす(笑)
BSの人気番組、『吉田類の酒場放浪記』のスピンオフ番組、
『おんな酒場放浪記』が始まりましたネ~~! おんな酒場放浪記サイト→こちら 本家の酒場放浪記との違いは、30分番組(つまり2本立て)であること、 そして毎回放浪人さんがチェンジすること、 さらにかなり明るいうちから居酒屋へ突入することなどなどデス☆ 昨夜、第一回をみたのですけど いや~~~~もうもうもう、のっけから行きたくなる名店ばかり! 土曜日の深い時間にこの番組は危険!(笑) 見てると呑みたくなります!食べたくなります!(爆) ちょっと面白いのは貧血予防必須の女子だけに、 モツ焼きはレバーも注文すべし!の法則があること。 なるほど!と頷きつつウケました! ムフフ、なかなか良い番組がはじまりました♪ 近所に日本酒のショットバーが出来まして、 各地の地酒が揃っている風でして、 かなり気になってるんですけど、日本酒好きな人って少ないんで、 (近所の友はワイン党なのだ) なかなか「純粋に日本酒を味わいにいく」としては 誘い合わせていけないんですよね~~~っっ こーなりゃ、いよいよ「ひとり居酒屋」デビューするしかないか!? なんて、強い後押しになりそうな、そんな番組です。
またまた別件のほうが盛上がってきたため、
ブログ更新が滞ってます(笑)。 (つまりほかで「待機」状況でないと更新できなかったりします) さてさて、いよいよお花見に最適な週末になりそうですね! マップル開花情報→こちら わたしとしてはマイブームが「山の手」なので、そのへんをがっつり 歩くつもりです☆ (そんなわけで、とくに幕末と関係なくなっちゃったので、 今年もとくになにもイベントはないぞという感じです・笑) ところで先日、新宿御苑のそばを通ったところ、 入り口のところがまるでライブor試写会入り口のごとく、 物々しくテーブルが並べられ、ガードマンが待ち構えておりました。 そして看板には「アルコール持ち込み禁止」の大きな文字が! いままで、ホントは持ち込み禁止なんだけどぉー、 でも入り口そばのお店でアルコール類売ってるし、すんごく売れてたしで わりと緩い規制だったのですが、 今年はすごい!本気の禁止です! 昨年あたり、酒に酔って御苑で誰か暴れたりしたのでしょうか(笑)。 でもこれは余程のことがあったとしか思えません。 そういうわけで、新宿御苑では御酒のめませんので、 酒付きの花見は上野とか、どこか別のエリアで楽しみましょう~~。 ま、そもそも。 花見はワイワイやるのではなく、ちゃんと花をみるべきだと、 と永井尚志も言ってますし(笑)、歩きながら花を愛でるのが もっともスマートなお花見ではないと思います☆ (つか、今年はまだまだ寒いし、とても野外でお弁当広げる気になれない気温です) もう少し暖かいとね、隅田川の水上バスなんか乗って(←今年は激激混みだそうです!) ビールを一杯やりたい・・・・・なんてのが本音ですけどっっ [ちょっと世間話] 今朝ほど、TVつけましたらTBSで「ブラックボード」なるSPドラマをやるとか。 そのCMにかかっていたドラマの主題歌(平原綾香さんの声でした) ですが・・・・・これってたしか、すごく昔に来日公演やった仏蘭西のミュージカル 「十戒」のメインテーマを日本語でうたったイメージソングなんじゃぁぁぁぁぁ。 まさかSPドラマなのに、こーゆーリサイクルって、アリなんですかね(笑)。 最近の日本のドラマは出来合の歌(しかもコレ版権とかめんどくさそうな!)で 間に合わせちゃうんですね~~っっ。予算がないのか、やる気がないのか(汗)。 もう、ちょっとびっくりして、思わず書いちゃいました~~~~っ(爆)。 ![]() 染井吉野はまだ咲き始めですが、 高遠桜はすでに八分咲きくらい? ここは四ツ谷荒木町の策(むち)の池。 池には津ノ守弁財天があり、 そこに高遠桜が植えられています。 このあたりは松平摂津守の屋敷があったので、 近くの坂も津ノ守坂(前に紹介しましたネ)なんていいます。 なかなかいい感じの窪地で すっかりはまってしまった四ツ谷散策のなかでもお気に入りの場所です。 新宿通りから車力門通りへ入ってそのまま進んで、 右の細い道+階段を降りるとあります☆ なぜ美濃高須藩の松平摂津守の屋敷の池に高遠桜? わりと近年、植えたみたいなんで、 ・・・・たぶんここが高遠と親しい新宿区だからかと。 (なにせ内藤新宿ですから!高遠内藤家の御子孫も新宿区在住ですし!) そういえば、新宿区四ッ谷図書館そばにも高遠桜ありますもの。 以上、ちょっぴり早いお花見でした(笑)。
本日更新2本目!(笑)
いや~っびっくりしましたっ 「恋する惑星」でもなく「花様年華」でもなく、 まさか日本での王家衛作品初Blu-ray 化が「ブエノスアイレス」だとわ!!! ・・・・・しかも呼ばれたんでしょうか、なんとなく久々にみたいなーって 検索したらこんなニュースに出くわしてしまったのですっっ ![]() ブエノスアイレス Blu-ray 愛蔵版 4月1日 発売 アマゾン→こちら なによりポイントはこれ!→ 【映像特典(約127分)】 特典の一部ですが・・・ ◆[本編]デジタル復元版 マスターネガからのHDテレシネ素材をデジタル修復した完全復元版。 デジタル画像ならではのなめらかで鮮かな映像をお楽しみいただけます。 ◆来日インタビュー トニー・レオン ウォン・カーウァイ こんな盛りだくさん! うぉぉぉーっ US版ブルーレイ買わないでよかったっっ(笑) ・・・・・なんかね、この作品は英語字幕ではみたくないのであります。 じっくり、どっぷりと、暗くなりながら(笑)、どよーんと日本語に浸りたい・・・・。 そんな春に似合わない、鬱々とした世界なんですよねっっ (内容はぶっちゃけ、ゲイカップルの心の彷徨物語・・・・・って感じですが。 ピアソラやカエターノさんなどの音楽とアルゼンチンの風景が絶妙なんですよね♪) ま、このジャケットはどうかと思いますが(グリーンがまぶしすぎ) US版ジャケのほうがかっこいいけど、 ポチリたいと思います。 More(予告編)
今年は桜がなかなか咲きませんね~~っっ
梅さえめちゃめちゃ遅かったので、仕方がないのかもしれませんが それにしても今日現在、まだ蕾ですよっっ~~ソメイヨシノなんて! ・・・・実は今年こそお花見の宴など開催しようかと、思っていたのですが 満開時期が読めずに、準備がぜんぜんできない~~~っっ(汗) あ、さて。 前にジャーナリストだった矢田堀さんの記事を書きましたが、 その続編です。 郵便報知新聞の仕事を辞めて、再び官職の道へ戻った矢田堀さんですが、 官員録をながめてましたところ、 もうモロに、初代逓信大臣に榎本武揚さんが任命されて、 逓信省が出来た明治19年2月から、矢田堀さんはお勤めになってました。 つまり逓信省発足時からのメンバーというわけです。 ま、どーみてもこれは榎本さんのほうから「人手が足りないから」とヘルプ をお願いしたとしか思えないのですけど・・・・・(笑)。 明治19年2月 管船局 御用掛准奏任 (3月なし) 4月 管船局 司検官 5月 管船局 司検官 四等下級俸 神田佐久間町2丁目10番地←矢田堀さんの住所 というような記載の変遷がありつつ(以下変化なし)、 明治20年1月の官員録までその名前があります。 とても短い逓信省時代でありました☆ こんなにあっさりと記事にしてますが、官員録・・・・なかなか手強いです。 今は便利で国会図書館のサイトの近代デジタルライブラリーでみることが できるので、暇な時間をみつけては眺めていたのですが、 これが・・・・・月刊なのですけど、 目次がなかったり、いろいろ毎回違うので矢田堀さんを探すのが たいへんでした(笑)。 (で、官員録での陸軍関係の占めるページが多すぎ。 海軍も多いけど陸軍ハンパないっす。 文官と武官のバランスが悪い!いびつな組織形態が すでに明治10年代の官員録でありありとわかりますた) ついでに大審院にお勤めの判事さんこと永井岩之丞(永井尚志の養子)についても 調べたのですが、なんか・・・・途中わけのわからないひと月があり、 (一ヶ月だけ大坂勤務になっている。誤植か!?誤植だよなぁ・・・・みたいな) 図書館で調べなきゃいけなくなりそうです。 でも官報が発行される前なので、新聞を地道に探すか・・・・・・(遠い目)。 官員録も、関わると実に厄介です(笑)。 はっきりいって、武鑑のほうがみていて楽しいし(爆)。
『日本財政経済史料』6巻 財政の部4に、
ちょっと珍しい一節がありました。 元治元年、京都町奉行永井玄蕃頭は、大御目付になったのですが、 なんやかやで江戸に帰府できなかったため、その前の町奉行としての役料を 受け取り損ねてしまい、「難渋の趣」となってしまった。 そこで拝借金(幕府の公的貸出金。利子&手数料ナシ・笑)を願い出たところ、不許可に(笑)。 結局は受け取り予定の役料200石の前借りを申請して、 前例(前にも京都奉行さんで似たケースがあった) にそって、「半高一時返納、残り半高10ヶ年賦返納の積り」にて評議は決したよし。 お給金ATM振込みのない時代、地方勤務は辛いのであった(爆)。 元治元年の8月末までは、壬生の医師宅に住んでいた永井奉行、 まさかお金に困っていたさんだったとは、ちょっと気の毒です☆ (たまの休みがあれば京都じゅうを観光してあるくのが楽しみなのにっ・笑)
どーしても調べなくてはならない事があり、
久々に『井伊家史料』を漁りました。 井伊さん家所蔵の文書なので、安政4~6年ごろの 一橋派はもちろん岩瀬や永井、堀などについても 素敵な悪口といいますか、悪意に満ちた裏情報が垣間見られて それなりに面白かったりします。 ま、いちばんヒヤヒヤするのは岩瀬肥後守の無防備すぎる、 発言集でしょうか(笑)。目付筆頭となった岩瀬さんですが、 配下の徒目付に井伊派がいるとも知らず(爆)、 まーいろいろ喋っている。 気さくで天真爛漫なアラフォー男はお茶飲みながら、 井伊直弼批判にはじまり、将軍継嗣に決まった慶福のおこちゃまさ批判 等々、たぶん周囲を爆笑の渦にしながら、ギリギリトークを炸裂しています。 (でそれがみーんな井伊家に筒抜け、みたいな) ・・・・・これを読むと、のちの岩瀬の「御役御免、扶持取り上げ、永蟄居」という 重い罪は少しわかるのですけど、こーゆう爆弾トークをしてない永井はどーして 岩瀬と同罪なのか、どうも釈然としない・・・・・といういつもの疑問はまだまだ未解決(笑)。 さて、今回はその永井玄蕃頭尚志が安政4年当時、まだ目付だったころに 井伊直弼に提出した目付報告書について。 正式には『井伊家史料』5の114、「7月24日 徒目付中野祐之進並黒田節兵衛上申書」 という文書。 この徒目付の報告書を、目付の永井玄蕃頭が自分で書き写したものを井伊直弼に提出し、 それが井伊家に残っているというものです。 内容は、安政2年に建設がきまった「深川越中島調練場」工事に関して、 関係役人に不正があるのではないかという疑惑に関する調査報告です。 (結論からいうと、役人たちは潔白だったのですが) なぜ井伊家に?かというと、この調練場建設の掛りだったのではないかと。 しかし工事が滞ったようで、そのため役人が疑われたのですが、 原因は工事請負を落札した中川伊兵衛が、その後の江戸地震やなんやらで 損金を出し、当初の計画どおり工事ができない状況になった、よし。 で、工事の計画を一部変更して続行したようで、調練場はその後無事に完成し、 家定将軍の臨幸などもあったり、また明治以降は陸軍に使われてました。 で。内容はさておいて、この報告書なんですけど。 小普請方 石方 鍛冶方 請負人 中川伊兵衛 巳歳四十二 宿所 本宅 橋場町 妾宅 お玉が池 あのですね、工事の不正疑惑事件の報告書なのに、 妾宅 お玉が池 って、あるんですけど、この情報って必要なんでしょうかネ??(笑) この家で談合とかしたわけでもないから、別にいらないし。 本宅の場所だけ書けば済む話だと、思いませんか?? 目付のカタイ文章のなかに「妾宅」とか出てきたものだから、 思わず吹き出してしまいましたです。 いや、それだけ目付の調査は正確を期すものなのでしょうけれど。 しかしです。 こんなに公的文書で妾宅が公表されちゃうものなんですね~~。 江戸時代ってホント、プライバシーないっすっっ。 今回は翻刻を読んだだけですが、井伊家には 永井氏の達筆なる文字で書かれている報告書があると思うだけで ちょっとおかしい。 だって、キレイな字で「妾宅」ってあるんだろうし(笑)。
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