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東都アロエ

新徴組の隊服

西の新選組に対して、いまいちな知名度の新徴組。
庄内藩酒井公のもと、江戸の町を守っていた彼らなのですが、
具体的なイメージさえ伝わってきません。
(自分が新徴組初心者だというのが大きいとは思うのですが)

で先日読んでみた『史話 江戸は過ぎる』で初めてこんな記述を目にしました。

「彰義隊余聞」のなかのP47。

その頃、新徴組というのがあって市中を警固していたが、
その新徴組のものは鉢巻をして赤い陣羽織を着て、
下には「だん袋」というのをはいて、草鞋がけという姿をしていた。 


なんと、新徴組さんて。

赤い陣羽織

だったんですねーーー♪♪

これって、あさぎいろだったり、黒だったりする新選組に対抗してる?
それとも「男は赤だよ、赤!」というこだわり??
あるいは酒井家の趣味??

なんだか、かっこいいではありませんか!

ちょいと惚れそうですが、けっこう暴れまわっていたようなので
ちょっとねーーー(笑)。
(たまたまぶつかってきた老人を斬っちゃうとかね)

ま、そういう時代だったんです。
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Commented by M子 at 2010-05-23 00:07 x
赤い陣羽織だったなんて、まあ。それはあれなんですかね、パトカーが事件でもないのに赤色灯を点けてパトロールすると、睨みが効いて事件が減るってのと同じなんですかね。

赤い陣羽織のおまわりさんがいる、と分かればそれだけで治安維持に役立ちそうですもんね。たとえたまたまぶつかってきた老人を斬っちゃうことがあっても(苦笑)

>ま、そういう時代だったんです。
ウケました(笑) ナニゲない言葉ですが、まさしくこの時代の本質ってそういうことだと思う。はなさん。するどいわ~。
義よりも人間の命を謳い上げられちゃうと全く見えなくなる時代なんですよね。
Commented by はな。 at 2010-05-23 09:52 x
M子さん、食いついてくれてありがとうございます~~☆
さりげない新ネタなのに、新徴組だとこんなにも反響ゼロな状態に
呆れ・・・いえいえ驚いていた次第です(笑)。
江戸を守っていてくれた新徴組をますます応援していかねば、と決意を新たにしました。

>義よりも人間の命を謳い上げられちゃうと全く見えなくなる時代なんですよね。
ホントにこの時代の命ははかない存在です。
無駄死にも多数ありましたし(涙)。
そのかわりといっては何ですが、名誉とか誇りとか、義もそうですが、そういう後に残るものがたしかにあった時代。
現代と同じように考えてはいけないんですよねっっ。
Commented by enokama at 2010-05-24 22:30
庄内フリークですが
「赤」だとは知りませんでした・・・

新徴組は実際に、江戸でいい仕事をしてかなり人気あったらしいですから
かっこよかったんでしょうね!
庄内と言えば「薩摩藩邸焼き討ち」ですが、これは暴発でもなくって
綿密な計画があったと言います。
もっと新徴組・庄内藩を知ってほしいですね・・・
Commented by はな。 at 2010-05-25 09:55 x
enokamaさん、こんにちは!
>庄内フリークですが「赤」だとは知りませんでした・・・
そうでしたか!お役に立ててよかったです☆

>江戸でいい仕事をしてかなり人気あったらしいですから
別の談話で、酒井様の一団の姿がみえるとホッとした、
というような思い出話がありました。
(末期の江戸はどれだけ治安が悪かったんでしょうか・・・(汗))

江戸の役人&火事装束は黒とか藍色が多かったので、
そこへ颯爽と現れる赤の一団はコーディネート的にも映えた(笑)のではないでしょうか。そうなると格好いいな♪と思います。
(まるで赤と黒のエクスタシー@天と地と←わっ、古っっ)

>「薩摩藩邸焼き討ち」ですが、これは暴発でもなくって
綿密な計画があったと言います。
わたしもそう思います。
薩摩邸攻撃は柳営での閣老衆の決定でもありましたし、計画(というか作戦)もきちんと練られていたようですし。

戊辰戦争でも大勝している庄内藩の勇敢さがもっと世のなかに知られるべきだと思います。
もちろん、そこに附属して新徴組のことも♪
by aroe-happyq | 2010-05-19 14:49 | 広く幕末ネタ | Comments(4)