東都アロエ

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アジアンエンタメ&お江戸後期。外国奉行や長崎海軍伝習所がご贔屓☆ BYはな。

「沖縄・日本400年」の第3・4回の放送は延期

オランダ危なかった~~っ。
さてさて、今夜はドイツ×スペイン!
・・・・・・今朝のオランダ戦はぶっちゃけ、開始時間に起きられず(4時すぎてた・笑)
追いかけ再生(爆)で、みてました~~。今日こそはちゃんと起きたいっ。

・・・・・・さてさて。


せっかく紹介したところ、なんと3~4回は延期だそうで。

とはいっても、
1回「「琉球」と「日本」の激突」、2回「琉球王国から沖縄県へ」
だけでもう充分、琉球を愛するヤマトンチューとしては胸が痛くて
これ以上進められると、穴があったら入りたい状態になりますので(涙)。

そんな2回目の概要。公式サイト→こちら

日本は明治近代国家になる際に、
清に服属し日本の薩摩にも従っていた「琉球王国」を処理する必要に迫られた。
いわゆる「琉球処分」の開始である。
1875年、明治政府は、一方的に王国を解体し、「沖縄県」設置を通告した。
近代国家の論理で、清を捨て、日本への帰属を主張する琉球処分官・松田道之に対して、
王国の政治を担った三司官は「琉球王国は日本と清の子、どちらも欠かせない」と反論し、
清国に支援を要請し各国の外交官に働きかけるなど必死の抵抗を続けた。
しかし1879年、明治政府の武力を背景にした松田の威圧によって首里城を明け渡し、
王朝は滅亡する。
松田の交渉記録「琉球処分」と琉球側の「琉球見聞録」に基づく首里城での交渉を軸に
、琉球が近代国家日本の覇権主義に飲み込まれる歴史を描きながら、
近代沖縄の出発点をみつめる。



はぁーーっっ、2回目も非道かった~~~~(嘆息)。

ヒドイというのはもちろん、日本の明治政府。

いきなり琉球王国を「藩」扱いし始め、
交渉にいった松田が琉球交渉官に「口撃」でこてんぱんにやられ、
(しょうがないですよね。日本側の主張には正当性がなんらないので、そこを
突かれちゃうんだもの・笑 三司官、さすがっす!!!)
口で勝てないとなると、武力にモノを言わせたわけです。
さらに嫌になるのが、松田が「国際法」を盾に突っかかるんです。
お前はペリーか!みたいな。
(でも朝鮮にも同じような手法で突っかかってましたっけ>明治日本)

松田のバックは大久保利通でありました。薩摩ですな、薩摩(爆)。


琉球処分のあらましは知っていましたが、こうして改めてみると
はぁぁーーーーーーーーーーとため息が。

番組では近代日本の暴力性がすでにここでもみられた、というように
語ってますが、日本の暴力性は1回目をみてもわかるとおり、
なにも近代に始まったことじゃありません。秀吉も相当ヒドイし。
たまたま近世の260年ほど、お休みしていただけのような気がします。
(江戸がすごくいいとかではなく、たまたま休眠していただけ・笑)

琉球ほか周辺史をみつめていると、そこに日本の姿が映し出されてくるので、
いろいろ学ぶことが多いです。
日本史を知るには、日本史だけでなくご近所の周辺国との関係史にも目をむける
ことも大切だなぁとしみじみ感じました。

残念ながら3,4回は延期だそうですが、
次週からは特別企画で普天間問題について取り上げるとのこと。
こうなってくると、ますますナビゲーターは東京のセンセではなく、
沖縄の研究者センセに担ってほしかったなぁと思います。
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by aroe-happyq | 2010-07-07 11:30 | ほんの世間話 | Comments(0)

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