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東都アロエ

四ツ谷から市ヶ谷まで歩いてみました


正式タイトルは「四ツ谷から市ヶ谷まで江戸時代にあった道を使って
歩いてみました」です(笑)。

この夏、半蔵門から新宿まで歩いたことがあったのですが
その際四ッ谷を歩きながら「そういえばこのあたり歩いてなかったなぁ」
と思ったのがきっかけで、何度か歩きまわったのでした。






で、今回は☆
本来なら「お宅探訪」シリーズに入れなきゃかもしれませんネタから入ります。
四ッ谷には永井尚志(こちらは分家)の本家・美濃3万2千石の永井本家の
下屋敷があり、松平春嶽情報によれば、安政の大獄時、
永蟄居をくらった永井尚志はこの本家の下屋敷で蟄居していた
らしいのでした。
(『藤岡屋日記』等では日本橋蛎殻にある本家の中屋敷で蟄居していたと
あるのですが、それですと自宅のお隣になってしまうので(爆)、あまり
蟄居に相応しくないなぁ・・・ということで、春嶽説を採用しているのでした)

ちなみに四ッ谷下屋敷はこんな感じ。

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この屋敷の下の細い部分あたりに、現在道が通っておりまして。

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↓写真の位置はここ


で、こちらを訪れた後、友人とメールをやりとりしたおりに
「意外にも試衛館と近いのではないか?」
という話題になり、
たしかに永井公と試衛館の皆さんとの「奇縁」はすでご存じのことと
思いますが、蟄居が解けた永井公は一年もたたないうちに
京都で試衛館のみなさんと「はじめまして」ってことになっております。
彼らはそんな出会いを知るよしもなく、近い空の下で
2年以上も過ごしていたとしたら、こりゃまったく「奇縁中の奇縁」ではないかと。

そんな経緯から「何分かかるだろう?」コーナーが久々に復活!
永井本家下屋敷から試衛館まで何分か、ということを実測してみたのであります(笑)。

ルールとしてはこれまで通り、なるべく江戸時代にあった道を使うこと。
古地図をみていたら、あったんですよ!
それは画像1枚目のピンクで塗った道です!
このまがりくねった道は、当時そのまま。
・・・・・・ま、永井家からその道までの途中は平成の道しかないんですけど(汗)

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これまた久々に登場!ストップウォッチ(笑)

コースとしてはこの道から新宿通りに出て、津の守通りを下り、
市ヶ谷合羽坂をあがって、外苑東通りを試衛館へ、となります☆

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さて、ピンクの道を矢印の方向へと歩いていきます。
古地図どおり、曲がっていてワクワクしちゃいます(爆)
この道の周囲は江戸時代も町家でお店が軒を連ねていたのですが、
現在も商店街だったります☆
しかも包丁の研ぎ屋さんなんかがスーパーのそばにあったり。

しかし!!!!
この界隈といえば!!!

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そうなんです。
この道からこの戒行寺坂をのぼりますってえと!
(ちなみにここからは別の日の散策時に撮影した写真です・笑)

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戒行寺には
かの「鬼平犯科帳」の主人公のモデルとされる長谷川山城守宣以サンが
眠っておられるのであります。
この↑供養塔は最近建てられたもので、お寺入ってすぐにあります。

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で、その供養塔の下の文を読んでびっくり!
長谷川さんて、オヤジの宣雄さんも火盗改やってたんですねーっっ
(寛政年間には詳しくないので、お寺の前で本気で「ほーっ」ってつぶやいて
しまいました)
それからこのお寺、火盗改長官のお墓だらけ!なんですね!

四ッ谷の古地図をみると「御先手組組屋敷」がやたらと多い。
火盗改は先手組の加役なので、その組屋敷のなかには火盗改の与力&同心
もいただろうけど・・・・・・。
そんな縁で長官ズはこぞってこのお寺に入ったのだろうか???

それからこの四ッ谷界隈といえば、池波正太郎のお気に入りエリアで
「鬼平」はもちろん「剣客商売」で登場しますネ!
池波センセもこのあたりをお歩きになったのでしょうか♪

と以上、余談でした(笑)。

元の曲がった道を歩いていくと、坂がみえてきます。

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東福院坂です。



この坂をのぼっていくと、
新宿通り(江戸時代には四ッ谷大通りと呼ばれていたらしい)に出ます↓

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新宿通りを反対側に横断歩道を渡り、新宿方向にちょっといくと、
津の守通り(津の守坂)があります。

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ちょっと古地図を表示(ってぼやけた写真でスイマセン・笑)。

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もともとは摂津守坂(つのかみざか)だったらしいのですが、
どうせ摂は発音しないし、ということで省略されたらしい(笑)。

なので、アメリカにも行かれた軍艦奉行の木村摂津守さんも「木村つのかみ」さん
と読んであげていただければと思います☆

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どうです!この急勾配っぷりは!(笑)

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あなどれません!津の守坂~~~!!

で、下っていくと靖国通りに出ます。

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昔はここに「紅葉川」という風流な名前の川が流れていたそうデス。

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で靖国通りを渡ると、目の前には↑どーんと尾張藩邸が!
じゃなくて、中央大学(法科なんちゃら)と防衛省が!

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で、合羽坂をのぼります。

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この合羽坂の上には幕末期、塚原渋柿園(明治の歴史作家)が住んでました。
塚原の父は講武所の槍術世話心得取締や徒目付を歴任した御家人で、
この坂の上に屋敷があったさうです。
『歴史の教訓』には塚原渋柿園が慶応3年暮れの薩摩屋敷焼き討ちの日に
母親の使いで赤坂へ行った思い出が描かれいますが、
合羽坂→津の守坂→四ッ谷大通りまでてくてく歩き、外堀まで来たときに
遠く三田の方角に火災の煙を眺めた、とあります。

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さてこれから市ヶ谷薬王寺町方向へむかいます。

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どうでもいいけど、尾張藩邸はデカイ(笑)っす。

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古地図をみるとこの尾張藩邸のヨコに馬場があったらしい。

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なんてことを思いながら、歩いていくと。

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人生で3回目の、試衛館(爆)がみえてきました。
(なので地図は割愛!)

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ふーっ。到着!

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むむ。34分か。

さてさて、この距離。近いとみるか、遠いとみるか!?
(江戸時代の感覚だと、かなり近いように思うのですが・笑)

このあたり、坂が多くてウォーキングにはもってこい♪
脚が鍛えられますネ!


このほかの四ッ谷散歩についてはまた後日、UPしまーす☆
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Commented by ばく。 at 2011-09-26 09:16 x
おおおお。あのスーパーの通り、そうだったんですねー^_^;
チャリだったんだけど、探し物がそのスーパーに置いてると
メーカーさんに教えてもらったので、新宅から爆走しました。
他にも旧宅時代の懐かしい風景がTTその辺り、よく歩いたり
チャリで爆走しましたTT

古地図歩きイイですね☆
Commented by はな。 at 2011-09-26 10:09 x
ばくさん、どもです♪
>新宅から爆走しました
うおおおおお!めちゃめちゃ遠征なさいましたね!
でも四ッ谷、意外にレアな商品がみつかるんですよ!
わたしも探しもとめていたものをみつけたばかりですヨ☆

>古地図歩きイイですね
手軽に都内で楽しめるレジャー、それが古地図歩きデス(笑)
ぜひぜひおためしあれ♪
by aroe-happyq | 2011-09-23 10:34 | 江戸東京あれこれ | Comments(2)