東都アロエ

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アジアンエンタメ&お江戸後期。外国奉行や長崎海軍伝習所がご贔屓☆ BYはな。

文久2年「東西くらべ 為国家」番付

なんでも番付にしてしまう、江戸時代。

大名旗本の人々も番付にされておりました(笑)。

それが「文久2年 東西くらべ 為国家」であります。

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ここのブログ・・・・ポチっと画像を押すと大きな画像が出るとかいう便利な仕組みでないので、
スイマセンっっ、かなり読みにくいかと存じますっっ(これでもかなり大きめに加工してみたのですがっ)。

この番付(写しが現存しているのですが)、福井市春嶽公記念文庫に所蔵されているそうです。
ここにUPしたのは、『徳川慶喜とその時代展」の古い図録から・・・・だったりします。
(なので不鮮明なんですっっ。カメラで撮影してみたのですが、ページの隅っこだったもので)
なぜ春嶽公のお手元に保存されたかは、見ればもう納得ですね(爆)!

英雄 松平春嶽  

とあるわけなので、
見た瞬間、家臣一同&ご本人も喜んで「永久保存!!!!」と決定されたかと(笑)。
(おかげでこんな発禁モノの番付が現代にまで伝わっているのでした☆)

また、慶喜展に出展されて、関東にいながら目にすることができたのも、

寛仁 一橋刑部卿

と春嶽さんのとなりにあったから♪だということで。


いや、わたしがUPしたのは実はここからが本題なのであります~~~~っっ

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③ーBの、ももいろ部分をご覧下さい!!!

中央の一番すみから、

才□ (読み取りできず) 岩瀬肥後守

  永井玄蕃頭

□□ 江川太郎左衛門  

どーです!!!素敵な3ショットですよね♪
(どうも、向かって右側・・・・春嶽や慶喜側はわりと、番付製作者にとって(笑)好印象メンバー
のようです。なにせ「赤心報国」らしいし。一方の反対側は・・・・(汗))

永井の「地」のうえがもし「意」の字だとしたら、意地というわけですが、
文久2年で、永井=意地で当てはまるとしたら・・・・・。
永蟄居処分が終わり、名誉回復&軍艦奉行復帰した夏頃、岡部駿河守経由で
入手した薩摩の内部告発を、永井が速攻で政事総裁職の春嶽に通報し、
島津久光の威光を笠に着て威張っていた薩摩の家来某氏が処分された件?
(このブログで前にも紹介しましたが、アンチ薩摩の大名旗本に永井さんはえらく
讃えられたので・・・。そんなこんなで京都町奉行などになったり・・・・。これかな??)

同じ段に、井戸石見守も確認できます。

②ーBの中央には、 老体 筒井肥前守の名も。


さて、問題は向かって左側です。おもに①-A段です。

國 井伊掃部頭
は、良いとして(爆)。

同じく売國メンバーとして、安藤対馬守

とか、大□ 阿部伊勢守

がですね、姦佞 間部下総守などと並んでいるのは
いかがなものでしょうかっっ(ちょっと辛いーっっ)。

その下の段、②ーAには、不覚 川路左衛門尉なんかも、
どーしてかと(川路が不覚をとったのは、安政4年、京での中川宮の一件のみですけど。
しかも中川宮・・・・この番付のど真ん中に、青蓮王ってこれ同一人物ですよネ・笑)
・・・・筒井が右側にいるのに、なぜ川路~~~~~っっ(涙)

青蓮宮のみならず、松平薩摩守や水府景山卿(って水戸斉昭のことデス)が
中央メインで、勧進元ときているという・・・・この番付をつくった人の立場がイマイチ
わからないのですが、かなりの事情通だということはわかります。
(ま、春嶽公を英雄って持ち上げすぎ~っ!って声が聞こえなくもないですが・笑)

それにしても、こんなに堂々とご政道批判ともとられない番付が出回るなんて、
文久頃になると、本当に御公儀の力が弱っていたのだなーと、
そんなときに頑張っていた、若き将軍家茂公が気の毒でなりませんっっ。
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Commented by きりゅう at 2013-08-23 10:42 x
本文を読む前に
「なぜ川路がぁぁ~~!」と絶叫していたので
本文内容紹介に感謝です!
当時の世間的にはそうだったのかな~~(泣)
でもやはり「なぜ川路がぁぁーーー!」なのでした。
Commented by 酒井隠岐守腰元 at 2013-08-24 19:35 x
はな。さん、こんばんは!
外国奉行に引き続き、おら、わくわくがとまらない、です!

えぇ、もう目をさらにしてしまいましたっ(笑)。
酒井ってたくさんありますので、ちょっとホッとしております。
うちの殿様はこのころ勘定奉行で道中奉行の但馬守でした。
(但馬守と隠岐守を選ぶ家筋のようです)
つくづくうちの殿様、地味です。
 
なにせ青蓮宮に目をつけられたくはないっ(笑)。
川路さま、気の毒を通り越して・・・・・・。
松平伊豆守の「正直」ってどうよ、馬と鹿がつくのか?

岩瀬さまの才の次、なんでしょうねぇ。
才識とか才俊かなと思いますが、才腕、どうでしょう?
才略もありかと思いますが、字の形からして???

もう広辞苑の「才」の項、探してしまいましたがなぁ(笑)。
Commented by はな。 at 2013-08-25 14:06 x
きりゅう さん、こんにちは!

なぜ川路・・・・・・!?ですよねっっ。
「不覚」で思い当たるのは、あとはロシアとの国境交渉??
(いってみれば棚上げ、でしたが)
でもロシアとの交渉だと途中までは筒井も加わっていたので、
一緒にいないとヤバイんですけど・・・・。
やはり、川路が「姑息」組にいるのが、いまいちわかりません~~~っっ
Commented by はな。 at 2013-08-25 14:13 x
酒井隠岐守腰元さん、こんにちは!
たしかに酒井さんはいろいろいましたが、隠岐守さまはいらっしゃいませんでした。

>松平伊豆守の「正直」ってどうよ、馬と鹿がつくのか?
「姑息」チームにいるので、たぶん馬と鹿のつくほうかと(笑)。


>岩瀬さまの才の次、なんでしょうねぇ。
さんざん画像ソフトのほうで、拡大してみたのですが、うーむ、読み取れませんでした~~~~っ。
でも「才」の次に悪い言葉はあまりこないので、「才」があるだけで幸せです(笑)。・・・・・まさかの「姑息」組の川路に比べたら、幸せすぎて困ります(涙)。
by aroe-happyq | 2013-08-23 10:02 | 広く幕末ネタ | Comments(4)

アジアンエンタメ&お江戸後期。外国奉行や長崎海軍伝習所がご贔屓☆ BYはな。


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