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アジアンエンタメ&お江戸後期。外国奉行や長崎海軍伝習所がご贔屓☆ BYはな。

高須四兄弟 展行ってきました@新宿歴史博物館

四ッ谷荒木町そばにある、新宿歴史博物館で開催中の
「高須四兄弟」展に行ってきました☆

博物館特別展サイト→こちら

それほど大きな展示スペースのある博物館ではないので、
大きな展覧会ではありませんが、
高須家初心者のわたしにとっては、けっこう充実した内容でした。

容保公、定敬公は経歴などわかっているほうですが、
あとの2人について、尾張藩主をかわりばんこに継がれたりして、
ちょっと頭のなかでぼんやりしている点があったのが、このほど解決できて
たいへん勉強になりました。

とくに昨年、生麦事件について調べていた頃、
上洛した家茂のかわりに、京からお留守番に江戸へやってきて、わけもわからぬままに
生麦賠償交渉に巻き込まれてしまう、気の毒な尾張公に同情愛がわいたのですが、
そのおりの御殿様は次男さんのほうなのね、とか(笑)。
(次男さんとは、尾張茂徳のほう。のち玄同、そして一橋茂栄になる人です)

そ、それから長男さんの尾張慶勝のコーナーで知ったのは、
水戸のみならず、尾張家までが延宝4年以降、尊皇家だったこと。
御三家中、二つもかよ(紀州も微妙だしな)とくると、徳川家を味方してくれる身内は
御三卿と会津家だけってこと!? 
・・・・・・いえ、これは慶勝の行動をみてればわかってはいたけど。
そして江戸開城時には「この裏切り者め」と旗本御家人にえらく憎まれていたのも、知ってたけど。
でも延宝年間(綱吉が将軍になった頃。つまり、8代将軍をめぐって紀州と尾州が競うずっと前)
から「朝廷のミカタ」だったと知ると、なんともショック。

ところが、図録の論考(これまた、実にしっかりしていて素晴らしい文章ばかり)によると、
慶勝公は、関東人として強い矜持を持っていたのだとか。
(戊辰時の旗本御家人が聞いたらマジ「じぇじぇじぇ」だとおもふ(笑))
ま、関東人というか、四ッ谷荒木町人といいますか。生まれ育った土地が大好きだったようです。
(・・・・たしかにお墓も新宿区にある!)

とまぁ、いろいろと四兄弟について知ることができて楽しかったです。

たったひとつ。展示されている容保公のお写真のところに「イケメン大名」とか貼ってあるのには
ちょっと笑ってしまいました。いや、今更だし・・・・・。
もうこの方が美しいのは万人が知っていますワって(笑)。
でも、わたくし・・・・・告白しますと、その容保公のナナメ2メートル前ぐらいに置かれていた、
でっかく引きのばされた、煙管をもってポーズをとってる慶喜サマのポスター並みの大写真に
改めてみとれてしまいました(爆)。ああ、「イケメン将軍」って(汗)。
(忙しいなか、わざわざ資治通鑑とかならべて、あーでもないこーでもないと撮影したすべてが素敵)

さて、ここで四兄弟とはちょっと離れたところで、びっくりしたのは、
四ッ谷御先手組組屋敷・・・・・・・。
慶勝公が撮影した、実家の高須家から養家の尾張上屋敷方面のお写真に写っていたのです。
ふつう、与力や同心の組屋敷というと、八丁堀の町方同心・与力の組屋敷の感じを
イメージするじゃありませんか。
そ、それが・・・・この高須家と尾張家に挟まれたエリアにある御先手組組屋敷は、
茅葺きの農家(戸建て)が庭(か畑のなか)に点在している形式で、どーみても、
江戸の武家が住んでいる屋敷にはみえず・・・・、ただの農家。
(実際にお見せしたいのですが、図録から撮影しようとしたらどうも映りがわるくて)
四ッ谷御先手組組屋敷って、池波正太郎の「鬼平」ではレギュラー同心たちの住まい
という設定ということもあって、忠吾ん家ってこんなダサいのか・・・・・・と(笑)。

小さい規模ではありますが、四兄弟の育った高須屋敷についても地元らしさを発揮して、
珍しい地図などもいろいろ展示しており、また図録もしっかり作られていて、
見応えのある、良い展覧会でした☆

帰りには、ついでに高須屋敷だったエリアをちょっと散歩しました♪
(博物館内、常設展示入り口の机に四ッ谷エリアマップが置いてありました。
これをみれば、迷わず策の池にもいけるかと思いますヨ)

ちなみに、高須屋敷内にあった策の池等々の以前の記事は→こちら
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Commented by きりゅう at 2014-09-18 11:37 x
私も行ってきました。
面白かったですね♡
特に茂徳公については尾張藩の資料でした読んだことなくて
そこにはあんまりいいことが書いてなかったので
どうして家茂くんが、あんなに頼りにしたんだろう??
な部分があったんですが
それがわかってスッキリしました。

図録も充実で(泣血氈が吸血氈になってたのは御愛嬌ってことで~笑~)とっても楽しい展示でした。
特にご本人の直筆らしい維新直後の嘆願書は、内容とともにウルウル来ましたよ~~(泣)
新宿歴史博物館、さすがですね~~~。
Commented by 赤べこ at 2014-09-18 12:35 x
…ショックです。
あんなに楽しみにしていたのに…熱出して寝こんでいる間に…殿(現会津松平家ご当主)の講演会が終わってしまいましたーっ!
ああ、一生の不覚っっっ!
(現在、お寝坊して奇襲に失敗した佐川官兵衛気分です…)
Commented by はな。 at 2014-09-22 10:01 x
きりゅうさん、返信遅くなりましてスイマセン。

>茂徳公
おっしゃるとおり、あちこち立場が変わったため、
あまり資料がまとまっている人でもないので、
今回、しっかりと紹介して良かったです(笑)。

図録がしっかりしているのは本当にありがたい☆
(準備期間中に行ったとき、学芸員さんが図録と布製品を一生懸命袋詰めしていたのを
みたのですが、スペシャルセットだったことも判明してスッキリ(爆))
Commented by はな。 at 2014-09-22 10:03 x
赤べこさん、返信遅くなりまして申し訳ありませんっ。
熱のほうは大丈夫ですかっっ!?
お大事になさってくださいましっっ。

講演は残念でしたが、展覧会はまだまだやっていますので
四ッ谷荒木お散歩などなさってお楽しみください☆
Commented by やぶひび at 2014-10-02 20:45 x
こんばんは。
まだ行っていませんが、関連イベントが充実していますね。
全国各地の博物館の学芸員さんのお話を毎週聴講できるなんてすばらしいです。
家近良樹先生の講演に申し込みました。

Commented by はな。 at 2014-10-03 10:26 x
やぶひびさん、こんにちは!

今回の特別展は、
けっこう博物館のほうも力を入れているようですネ☆

わたしが行ったときは、ご年配の学芸員もどきさんが希望者とともに
展示を廻って、解説してました。
でもその解説が・・・・・エラく古い解釈のもので、会津公にも失礼な内容で、
(ぶっちゃけ、ガチ薩長寄り解釈(笑)。今では違っていることも多くて)
開国徳川派としては、まだまだ日本の本当の夜明けが遠いことを
思い知りました(笑)。
Commented by owarijin at 2015-05-01 18:26 x
3月4日の出典はありますか。高須4兄弟とはいうう者他にも兄弟はあり、茂徳は次男ではありません。慶勝は正妻の子で父は水戸斉昭の従弟、母親は斉昭の姉妹です。熱狂的な水戸学信奉者で洋学禁止、西洋砲術禁止の国粋主義者で他藩にある西洋留学者は皆無です。他の兄弟は律儀ですが、無能と三条内大臣に批評されています。
Commented by はな。 at 2015-05-04 11:22 x
owarijinさん、はじめまして。
コメントをお寄せいただき、ありがとうございます。

>3月4日の出典はありますか。
ちょっとよくわからなくて、お返事に窮してしまいました。
3月4日というのはブログ記事のことなのか、ほかのことなのか
いろいろ3月4日の過去記事をみたのですが、尾張さん関連は見当たらず。
お役に立てず、すいません!

by aroe-happyq | 2014-09-18 11:01 | 広く幕末ネタ | Comments(8)

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