2015年 02月 10日
信長からの手紙 @永青文庫
今、東京の永青文庫(館長は細川元首相という、細川家の所蔵品を展示するミュージアム)
で開催中の重要文化財指定記念!(めでたい!!)信長の手紙の展覧会に行って来ました。
とくに信長のファンというわけではなく(笑)、書簡資料好きというのと、
この文庫のそばの神田川はよく散歩するので、ちょっと前から寄りたかったということもありました。
永青文庫サイト→こちら
すでに熊本県立美術館で開催したものの東京バージョンですが、
永青文庫は小さいので、59通一挙大公開とはいかず、前期後期展示となっています。
(全部、いっぺんにみたい!という場合は、図録がおススメ。こちらには全部収録されています♪)
戦国時代の細川さん(細川幽斎)は足利義昭とともに、京都へ信長を呼び寄せた、
キーパーソンのひとりですネ。
そんな縁もあって、信長と細川は親しく、
信長もほかではみせない一面を細川宛書簡でみせています。
(けっこう本音を語っています)
わたしは前期にいったのですが、いちばん印象的だったのは、
本能寺の変のひと月まえに、信長が細川さんに送った手紙。
それがですね、信長さんたら、明美光秀に全幅の信頼を寄せているですよ・・・・・・・・。
あいつにまかせておけば大丈夫!というような感じです。
あと1ヶ月後に、その人に討たれちまうのに、そんなに信じていた信長。
これは・・・・・ただのとんまちゃん? それともお人好し??
部下に討たれちゃうってことは、手下の人心掌握もできないダメ上司だという
認識をわたしなどはもっている信長像なのですが、
これはもっと重症だったということなのだろうか??(笑)
(つまり、本能寺で、攻めてきた相手が光秀だと聞いて、「じぇじぇじぇ~」って
なっちゃったのか、信長???(爆))
ひょっとして、巷説で語られる、ねちねちした光秀イジメとかなかったのか?
それともイジメっ子には自覚がないだけ??(汗)
とまぁ、もう、たった一通の手紙で、頭のなかでぐるぐるしちゃいました~~~っ。
これはほんの一例で、ほかに58通もあるんです(笑)。
いや~~ぁ、書簡って、面白いですよね♪
それは江戸も、戦国もかわりませんな、ということをしみじみ感じた、
なかなか有意義な展覧会でした。