東都アロエ

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アジアンエンタメ&お江戸後期。外国奉行や長崎海軍伝習所がご贔屓☆ BYはな。

真田丸、本当に面白かった!

昨日、「総集編」も無事終了。

ついに「真田丸」とお別れのときが迫っている。

来年の大河がどー考えても、つまらないそうなので、今年の余韻でどれだけ暮していくか(笑)。
(来年のも、半年やったあたりで「実は、男だったのです」と衝撃の告白をするとかって、どう?
なんか、男だった説も出ているみたいだから)

で、この期に及んで、って感じですが、信濃新聞で「真田家の肖像画」いろいろ違っていた問題が勃発!

信濃新聞の記事→こちら

「幸村像」の原画が収められていた箱を確認したところ、「真田源太左衛門信綱侯御画像一心谷蓮華定院」
と墨書されていた。中沢さんは「信繁との接点は見つかっていない」とし、
描かれたのは信綱である可能性が高いとみている。

「昌幸像」の原画は、1987(昭和62)年に表具を新調する前に収めていた箱が存在。
当時は信之の側室玉川氏(右京)の肖像画と一緒に収められていたとみられる。
箱のふたには銘があり、信之を示す「大鋒院殿従五位下伊豆守真田滋野信幸朝臣像」、
左隣に玉川氏を示す「清花院殿平井源亀子像」と記されていた。

つまり、幸村だと思ってたのが、信綱(ドラマだと、おこうさんの父だったっけ?)で、
昌幸パパだとおもっていたら、信之だった、ってことか。

その前に、ちゃんと箱に書いてある文字を読んでこなかったほうが、問題か?
(江戸~昭和までって、けっこうテキトーだよね)

いや、この発表も、あと1年前倒ししてほしかった。
すでにグッズにもなったり、展覧会もさんざやった後じゃないすか……。
そもそも、もう大河ドラマは終わっているし。

しかし、歴史人物の肖像画って、いまやほとんどが「伝」つけないと、って感じになってしまい、
わたしたちの覚えた教科書は、ほぼ今では使えぬというのが、悲しいですね。
真田家でさえ、こんなにまつがっているなんて。

ま、それはさておき。

今年一年、あまり更新できずにすいませんでした~~~。
にもかかわらず、拙ブログを見に来てくださって、ありがとうございます!

来年はもう少し更新できるよう、相勤めまする(笑)。

それでは、皆様、よいお年を!




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Commented by きりゅう at 2017-01-01 17:56 x
昌幸パパの肖像画が信幸兄の晩年説は
もうずいぶん前から出てたんですけどね~。

あれがないと昌幸パパの絵がなくなるので
むりくり使用していたのかな~などと思っておったのですが(笑)

それより今後は秀頼の肖像画を
少年の時じゃなくて
ちゃんと青年時のを使用していただきたいですわ~。

ではでは
今年も楽しい投稿
期待しておりますです!
(真田丸はもうないけれど……泣)
Commented by はな。 at 2017-01-02 19:19 x
どうやら、箱に書いているのを
ちゃんと読めばよかっただけっぽいので、
昔から言われていてもおかしくないですよね(笑)。

そして、ついに真田丸のない一年が始まりました。
ああ~~~淋しい~~~~っ

今年もよろしくお願いいたします☆
by aroe-happyq | 2016-12-31 13:12 | ほんの世間話 | Comments(2)

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