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東都アロエ

なんというか・・・・白虎隊。

内館牧子さんがシナリオときいた段階でいささか不吉な予感がして、
みるのはよそうと思っていたはずなのに、あの時代の大砲を予告で
みちゃうとついつい・・・・・その動いている映像をみたくなって。
そしてついつい見てしまった。

細かいつっこみは多くの方がすでにされているはずだろうから、
ここではどーしても気になった、たったひとつだけに触れたい。

私の聞き間違いでなければ、
なんだか松平容保公が京都守護職になってほどないころから、
戦争があるようなムードになっていて、しかも負けちゃいそうな
ことをえんえん言っているのだが・・・・・。
結果的には負けましたが、会津がそんな昔から負けると決まってはいない。
しかも「立派に死ぬこと」とか、最初からネガティブ?
彼らだってそんな前から戦うつもりならもそっと装備もしていたし、
ああいう結果にならなかったかもしれないのだ。

慶応四年(明治元年ともいふ)の一月からあとはずっと、
日本中、敵味方どちらにしても予測不可能な暗夜航路のなかをすすんで
いたのだから、最初から負けると決まっているような戦いは
なかったのではないかと思われる。
(相当に勝利は難しそうという戦いは多々あったと思うが(汗))
奥州列藩にしても、奇跡のどんでん返しの勝利を思い浮かばない
はずはない。輪王寺の宮が榎本らが止めるのもきかず、
東北へむかったときにはもしかして・・・の野望があったぐらいだし。

内館さんらしく、女が元気で、ポジティブなムードがありながら、
どうしても歴史的な結果に囚われすぎでした。
(でも現代シーンはぜんぜんいらなかったです。ラストシーンが
会津魂に触れた主人公の子孫がちょっと挨拶できるようになっただけで
ワインで乾杯する家族の絵って・・・・・・白虎隊が泣いちゃいますぞ)

それから容保公は養子さんなので、あまり「会津魂」は連呼しなかった
のではないだろうか、などと勝手に想像してしまいました。
こういう事情を踏まえての、京都会津藩庁と国許とのささやかな確執とか、
いろいろな足並みのそろわない部分も、おおいなる悲劇の遠因でもあり、
いつの日か正月時代劇十時間ドラマ「松平容保」などで描いてくれたらと
思います。・・・・・ってそれは白虎隊の感想とは関係ないですね、ハイ。
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by aroe-happyq | 2007-01-09 14:28 | ほんの世間話 | Comments(0)