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東都アロエ

入鹿は開明派?~2日放送NHKスペシャル

とうとう出ましたか!? 日本書紀が歴史の捏造だらけの証拠が!?
・・・・とわくわくしてみた、昨日のNHKスペシャル。
面白かったです!

大唐帝国や近隣諸国との融和を図りつつ、飛鳥の都の防衛を固め、天皇(でもこの時代はまだ大王)を守護する蘇我氏三代。彼らは渡来系の一族ということもあり、開明派であった。
一方、保守攘夷派の中大兄はそんな蘇我氏の方針が気に入らず、中臣鎌足とともに、
ついにクーデターを起して、蘇我氏を滅ぼす。
蘇我氏亡き後、中大兄は新たな改革案もないまま、天皇への忠誠を強めようとキャンペーンを展開(尊王キャンペーンとでもいうか・・・)なんとかその場をしのいだが、
同盟国百済が唐や新羅連合軍に攻められると、情勢判断もしないまま、意気揚々と大軍を派遣して、見事なまでの惨敗を喫した(白村江の戦い)。
その後、天智天皇となった彼はあわてて、唐からの攻撃に恐れつつ、中央集権、律令国家の道へと歩み始める。
・・・・・・・つまり、大化の改新といわれるものはなかった。

というのが、発掘や史料の読み直しから現時点で分析したこの番組の説。

大化の改新については以前から怪しいなぁと思っていた。
信用がおけない日本書紀でもいくつか真実といえる記述を拾っても、
蘇我氏が奸臣だとするなら、それを倒した中大兄に向かってその母斉明天皇が、なんということをしてくれたのだとひどく怒ったとか、改革の具体案がぜんぜん載っていないとか、蘇我氏の名前が馬子だの入鹿だのとわざと動物の名前に変えているクサイとか(一生懸命蘇我氏を貶めないと自分たちが肯定できないのか?という疑問が)、日本古代史の素人の自分からみても、なんとも釈然としなかったのです。
そんなわけで、昨夜は少しだけすっきりしました(笑)。

しかし、開明派っていつの世も脇が甘いのですかね?(涙)
頭の固い保守派にあっさりやられちゃう。
そして日本って開明派より復古的な保守派が「~○新」とかいって、秩序をぶっ壊すだけ壊して、せっかくの進歩の芽を摘んで、(でも必要に迫られて結局は開明派のやろうとしたことを急いで真似て)わざわざ遠回りをするのが好きな国なのか?

ちょっと重いため息がでちゃいます・・・・・・。
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by aroe-happyq | 2007-02-03 10:52 | ほんの世間話 | Comments(0)