東都アロエ

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アジアンエンタメ&お江戸後期。外国奉行や長崎海軍伝習所がご贔屓☆ BYはな。

気になる料亭 枕橋八百松

明治期のいろいろな人(といっても旧徳川家臣系ばかりですけど)の日記を
みていると、「八百松」という料亭の名前がときおり登場します。

で、ちょっと調べてみたら、八百松は有名な料亭で、
江戸期から水神に一軒あり、
更に枕橋には明治になって支店が、できたそうです。

気になる枕橋店のほうは・・・・・・

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当時の名所絵葉書にも登場するぐらい、風流なお店です。
(写真では手前の大きな建物が八百松です)

しかしいい景色ですっっっーーーー。

料亭 八百松跡?

現在だとこのあたりになりますか????



この八百松、なぜ気になったかというと、
明治24年、永井介堂が亡くなる二ヶ月前に、
岩瀬忠震の三十年忌会を開催した場所なのです。

木村芥舟と永井が発起人となって(伝習所総監ツートップズ(笑))、
二人でいろいろ手紙でやりとりしながら決めていったようです。

永井から木村への手紙に、

壱円位と御打合申上げ候処、
少々増し壱円弐拾銭ツ々と致
候而は如何、尤も仰之通り本月
廿日頃迄ニ来會人名も相分り
候ハバ、八百松方江老拙より
談置可申候也


とあるように、永井介堂さん張り切っておりました。
八百松は向島の永井邸(元岩瀬邸)から近いので、
店に出向いて費用などの交渉を担当したようです。
ただ、この会費・・・・けっこうなお値段なので、
八百松がかなりグレードの高いお店だということがわかります。

ちなみに当日、4月25日に集まったメンバーは、
23日に木村に十円も渡して当日は来なかった
勝安芳さんも入れてあげるとして(笑)、
(あいかわらず素直ではない人です)

白野夏雲(岩瀬の用人太田耕作)、
榎本子(武揚)、向山黄村、一色直温、
杉浦誠、宮本小一、中村敬宇・・・・・(その外は省略)などなど。
(荒井郁之助も、かもしれないが確認できず)
&幹事の木村と永井サン・・・・でした。

当時の新聞に出るほどの宴だったようです。
永井の漢詩が掲載されていたり・・・・。
なんだか勝サンのもあるらしい(漢詩だけ寄せたの?)。
宴で漢詩なんて、まったくもう、お武家サマご一行ったら(笑)。
やっぱり都都逸よりは謡などやっちゃいましたか。
(岩瀬は謡もたいそう得意だったそうな)
いやまったく、江戸の名残・・・・・風流でございます。


それにしてもみなさん外国奉行系の人で、
なかには明治になっても外交畑で活躍した人も多い。

死後三十年も経ってこんなに大勢に集まってもらえる岩瀬って、
幸せな人だ、とつくづく思います。
(後輩に対して本当に面倒見の良い人だったので、
長く慕われる兄貴的存在という感じでしょうか)

木村と永井は学問所以来の親友ですが、
その外の多くは職場の後輩です。
勝は・・・・最初に岩瀬と大久保(忠寛のちの一翁)に見込まれ
なければ小普請のままだったので、勝にとって岩瀬は大恩人。
また榎本に関しては永井の紹介(←紹介好きだから)で
岩瀬と知り合ったようです。

とはいえこの会に関していえば、
永井と木村の、岩瀬への友情と、
岩瀬の石碑まで建てた白野の主君への忠義心が強くて、
周囲がつき合わされた感もなくはないけど(汗)。


・・・・・向島へ行って、そんな八百松を偲んでみたいと思いましたが、
今はぜんぜん跡形もないようで、ちょっと寂しいです。
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by aroe-happyq | 2007-05-30 18:32 | 江戸東京あれこれ | Comments(0)

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