東都アロエ

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アジアンエンタメ&お江戸後期。外国奉行や長崎海軍伝習所がご贔屓☆ BYはな。

お菓子といえど・・・(追記あり)

日曜なので、思い切り脱力するようなネタをおひとつ。

幕末とは関係のない江戸中~後期のことを調べていて、
その時代の武士の風俗を知るのにもってこい、ということで、
森山孝盛のエッセイ「賤のをだ巻」(『日本随筆大成 第三期4巻』)を読みました。

そこには、天保よりずっと前の、延享年間の泰平に酔いしれて
優雅に暮らす江戸城のもののふのどうしようもない堕落ライフが
記録されていました(笑)。

煙管のデザインに凝り、髪型やファッション全般についても贅沢な流行ぶり。
幕末の大名よりも豪華な生活をしている旗本の世界・・・・・。

そこに森山の同役の被った悲喜劇の記録があります。

当時の旗本は相当に舌がこえていて、グルメなサムライがわんさかおりました。
そんな彼らが、味としても、またステイタスとしても認めていたお菓子が、
日本でもっとも高価な菓子屋、鈴木越後のお菓子でした。

この時代、旗本は同役を集めて「寄合」という宴を成功させなくては
生きていけなかった(笑)。
失敗すれば後々まで語り草にされ、昇進にも響く。だけど失敗を恐れて、
開催しないわけにはゆかなかった。
「寄合」とはたとえば新入りが同役を招いて、ご馳走を饗し、飲んで騒いで、
そして最後にお菓子を出して終わる、というのがだいたいのコースメニュー。
これだけみると、たいしたことがなさそうだが、料理もそれなりの料亭のものを
出さなくてはまずいし、そして、菓子は鈴木越後が定番であった。
どちらもべらぼうに金がかかる。鈴木越後は10~20名ほどに出したとして、
数十両もしてしまう! 
森山曰く、23人の寄合で45両かかり、そしてその半分が菓子代だったという。
ありえない金銭感覚だ・・・・・・。

で、森山の同役で、小普請与頭になった永井求馬(もとめ)という男がいた。
新しくこの役職についた求馬は「初寄合」を開催することになった。
だが、金銭的にどうしても定番フルコース(有名料亭+鈴木越後の菓子)
は饗することが難しいので、小普請与頭師匠番の船田に相談した。
(こういう新人の場合、師匠番という先輩の能力で明暗がわかれるらしい)
船田は「どうせわかりゃしないのだ、似た味の金沢丹後でよろし」という。
金沢丹後は御城御用もつとめる銘菓だが、鈴木越後より安価だった。
永井求馬は師匠番の意見に従い、こっそり金沢丹後の菓子を出すことに決めて、
初寄合を催した。・・・・内心ヒヤヒヤしながら(笑)。
同役たちは料理に満足し、大成功のうちにその日は過ぎた。

別の寄合のとき、永井の寄合のことが話題になった。
すると誰かが「そういえば、永井の出した菓子、あれは鈴木越後ではないと思う」
と言い出すと「おれもそう思った!」と他のものもいい、
「はっきりさせよう」ということになって、永井と船田が呼び出された。
23人の同役の前に引き据えられ(笑)、詰め寄られると船田が、
「鈴木越後は高価なので、長年の付き合いのある金沢丹後であつらえた」と白状した。
すると「ああ、やっぱり。金沢丹後のようかんはキメが粗い。鈴木越後とは
違うからなぁ」と皆、すっきりした様子。
永井と船田はあらためて同役に手をついて謝罪したのであった。

端からみていた森山は、身分ある役人が菓子如きで土下座なんて・・・・と
嘆息している。

てゆーか、ようかんのキメの細かさの違いまでわかる旗本って・・・・・・、
どれだけグルメだよ!(爆笑)。

かわいそうな求馬。
ご馳走してやって、なんで謝っているのだ~~(涙)。
泰平の世っていいんだが、悪いんだか、です。

・・・・・・そして、もう皆さまのなかにはお気づきの方もおられるかと
思いますが、この悲劇の主人公、永井求馬は、のちの永井能登守尚徳さん。
そうです、永井尚志の御舅さんです!(笑)

・・・・・・・と書きましたが、

*追記

かなり大幅な訂正です☆
ブログにUPしてからちょっと調べなおしましたところ、

永井求馬は、のちの永井能登守尚徳さんではなく、
その尚徳さんの祖父世代にあたる人でした!!!(大汗)


永井求馬(もとめ)さんというは複数いて、しかも同じ仕事についていたので
ん~~~こっちの求馬だろ、と昨日チョイスしたのが尚徳さん。
でもなんかひっかかっていたので、再調査したら・・・・。

ふーーーっっ。誤報し続けるところでした!
この場をお借りして手をついてあやまりまする~~~~。
(求馬さんみたい♪←って喜んでいる場合かーーっっ)

実は、なんかホッとしたような。
だって尚徳パパのひそかなファンなんですもの~~~。
土下座なんてかわいそうで・・・・書いていて辛かったのだ(笑)。
尚徳パパについては「先手組である」「笙をたしなみ、雅楽サークルに入っている」
「鼻がガイジンのように大きい」という個人情報とともに、
胸を打ったのは、永蟄居となった婿の尚志のために、自分の屋敷を
譲って、自分は隣の本家の居候になったという「藤岡屋日記」の記録です。
前にもブログに書きましたが、尚志が養子を解除してほしいといったところ、
実家に戻るにしても両親も兄弟もいない尚志が困るだろうと、
尚徳パパは養子のままにして、こういう行動に出た。
血の繋がらない親子なのに、婿は舅の名誉を考えて身を引こうとし、
お舅さんは婿のくらしを心配する・・・。
なんて思いやり深い二人なんだ~~と
じーんとしたものでした。
身から出たさびの婿のほうはいいとして(笑)、
これを読んで以来、仏のような尚徳さんのファンなのです。


江戸時代のなかでもっとも泰平だった中~後期。
美味しいものを食べ、おしゃれをして、花をいけて(男がですよ!サムライがです)、
・・・・・・でもお城勤めの旗本のあいだには陰湿ないじめが横行し、
自殺や私闘(いじめに逆ギレして相手を討つパターン)も多かったそうな。

一方、銭はなし、職もままならない、清貧な暮らしをしていて、
自分の屋敷で育てた野菜を近所でおすそわけし合う。
贅沢といえば、たまーにリーズナブルな料亭に仲間と食べに行く。
黒船来航や地震もあって、いじめあっている暇もなく、能力があれば出世はするが、
過労死の危機もある・・・・・・・の幕末。

生まれ変わるなら、どっちの時代がいい?
というのはあまりにも、究極の選択でしょうか?(笑)
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by aroe-happyq | 2007-06-24 19:00 | 広く幕末ネタ | Comments(0)

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