東都アロエ

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アジアンエンタメ&お江戸後期。外国奉行や長崎海軍伝習所がご贔屓☆ BYはな。

川路聖謨と永井能登守 【追記あり】

永井能登守尚徳というのは、永井玄蕃頭尚志のお舅さんです。
生まれも育ちも日本橋浜町という、生粋の江戸ッ児系武士(もののふ)。

史料が乏しく、家系図は藤岡屋日記や永井尚志関連としてしか情報がなく、
就いた役職とか、没年(こちらはお墓情報)とか・・・たいしたことはわかりません。
趣味も、晩年の記録(藤岡屋日記)に尚歯会(敬老グループ)の発表会で、
雅楽を披露し、笙を担当した・・・・・・ぐらいしか判明せず。
(文化文政の頃から雅楽は江戸武家のあいだでとてもブームでした)

もちろん交遊関係もわかりません(涙)。

そんななかです。かつて川路聖謨『長崎日記』を読んでいたおり、

使節(プチャーチンのこと)は・・・・(省略)・・・・
永井能登守に似たる男也。


とあったのです。いきなり登場、能登守!
それもプチャーチン似????(笑)

しかし川路さんはこの日記を江戸のお母上と実弟の井上信濃守清直さんご一家に
宛てて書いているわけなので、川路はもちろん、川路グランマおよび井上さん夫婦も
永井尚徳の顔を知らないと「ああ、プチャーチンてああいう顔なんだ」
ってわからないので・・・・・・・永井能登守は川路家とは昵懇の可能性が出てきたの
です・・・・が。
なにせ、江戸ではほとんど日記をつけない川路さんなので、
江戸での交遊録はあまり残されておりません。
貴重な江戸日記である「浪花日記」にはついに登場せず、書簡も永井尚志のものは
ありますが、尚徳パパのものはみたことがありませんでした。

仕事の接点も、川路が奈良奉行の頃、永井尚徳は大阪町奉行・・・・ぐらいしか
なかったりして(1年に一度以上は京都所司代屋敷で顔は合わせているぐらい?)
本当に仲がいいのか、わからないっっ。

と思っていたら・・・・・・・・来たんです、ついに(笑)。

『川路聖謨文書7』収録の「座右日記」に、

万延元年7月16日   永井能登守来る。

7月18日  永井能登守より後三年之書巻物三巻来る
        これはふるく家に傳るよし



「ヤッターーーーーーーーーーーーーー!!!」(ヒロ@HEROES)

能登殿、遊びにきたみたいです。
(尚徳さんはすでに70歳すぎておりますし、川路さんも還暦デス)
それで話がいろいろ盛り上がって、おそらく歴史&巻物談義???になり、
「うちの蔵に後三年のがあるよ」という流れができて、
2日後に貴重なコレクションが永井邸から川路さんちに届けられたようです。

川路さんの日記にはこのほかに大事な本の貸し借りはあるにはありますが、
縁戚の浅野美作守(梅堂)さんなど、けっこう限定されているので、
※【追記】↑梅堂さんは「中務少輔」とか「和泉守」ですた。美作守(別人)のほうは
慶応年間、永井尚志と若年寄になったほう。慎んで訂正させていただきます

永井能登さんとは、それなりに知り合いの仲???かもしれないことが
これでようやく・・・・・・判明しました(涙)。

とはいえ、文久2年に能登さんが亡くなったときには日記には
まったく記録ないんですけどね(笑)。
・・・・・岩瀬さんとかよほど政治向きで重要、または親族以外の
記録がないので仕方がないのかもしれませんが。

ちなみに、川路とは仕事仲間であり同じく一橋派だった尚志さんのほうは、
この当時は「永蟄居」中で、名も尚志と名乗ることが禁じられ、「介堂」と
して、自宅(もちろん日本橋浜町)でじっとしておりました。
同じく「座右日記」にはときおり、介堂と川路敬斎(この人も聖謨ではない)
のあいだで、漢詩のやりとりがされていることが記録されております。

こんなことでも役にたつ、素晴らしい川路日記です!
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Commented by きりゅう at 2008-02-15 12:18 x
おおおおおっっっ~~~~!!
やっぱ日本一の官僚だけのことはあります。
役に立つオ・ヤ・ジ☆
Commented by はな。 at 2008-02-15 14:37 x
万延元年といえば桜田門外の変なんかがあって、世情騒がしき
幕末混沌の始まりの年ですが、オヤジ二人はなぜか、
後三年の役の絵巻物について語り合っている。
なんて、お洒落なのでしょう(笑)。
Commented by Aki_1031 at 2008-02-15 17:24 x
貫禄あるだろうおじーちゃん2人の巻物談義♪
柱の陰からこっそり覗いてみたいです(笑)。
ところで、素朴な…でもずーーっと疑問に思っていたことが…。
永井さまのお名前、なんて読むのでせう。
「なおゆき」とか「なおむね」とか本によって色んな振り仮名がされていて
いまだにどれが正しいのかが分からんのどす。。(汗)
Commented by はな。 at 2008-02-15 18:54 x
>Akiさん
この二人ならきっと愉快な会話だと思うので、
そっと聞いてみたいものです♪

ところでお尋ねの「尚志」の読み方ですが、
『寛政重修諸家譜』をみますと、
大江氏永井一族のなかで宝暦年間ごろに
尚志と書いて「なおゆき」と読ませている人がいるので、
永井玄蕃頭尚志さんも「なおゆき」と同じ読み方のはずデス☆
(一族間では同じ漢字を使って違う読み方はしないものらしいです)
城殿輝雄著 『伝記 永井玄蕃頭尚志』でも「なおゆき」であると
指摘されておりますので「なおゆき」が正しい読み方で大丈夫だと思います(笑)。
ちなみに尚徳は「なおのり」・・・ですっっ。
by aroe-happyq | 2008-02-15 10:47 | 幕臣系 | Comments(4)

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