東都アロエ

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アジアンエンタメ&お江戸後期。外国奉行や長崎海軍伝習所がご贔屓☆ BYはな。

湊川の戦い@太平記

湊川の戦い・・・・・まできてしまったのだなぁ・・・とついつい
感慨にふけってしまいます。

朝敵尊氏(笑)は関東から京まで攻め上りますが、
新田軍等の反撃にあい、惨敗。
九州へおちのびます。

この敗走のシーンでさすが真田広之!!!と
感動してしまうのが、
追手をかわすため、草むらに隠れる足利尊氏(しかもなぜか単騎(笑))♪
敵が通り過ぎると、同じく草むらに横たえてあった馬をさっと起こして、
騎乗するとはやてのごとく駆け出すのです!!
これぞ鎌倉武士!!!!
こんな人馬一体の妙技ができる大河の主人公、なかなかおりません!!!
シビレました、真田尊氏どの☆
(これでなにげにヘタレ感もあるのだから、このメリハリたるやあっぱれです)

九州へむかう途中、なぜ新田に負けたのかを分析した足利軍。
やっぱり「朝敵」というのが士気がふるわない原因らしいということになった(笑)。
すると足利に味方する赤松&佐々木(←道誉。敵に寝返ったがあっという間に戻ってきた)
が画期的な提案をしてくる。
「こちらも上皇から院宣をたまわりましょう」
・・・・・・・足利軍も錦の御旗をたてようという。
ナイスすぎて笑ってしまいます。つか、そんな程度のもんなんだよね。朝敵か否かなんて。
で、上皇(後醍醐帝のことがお嫌いらしいのですぐ出た(爆))院宣をもって、
旗をたてて、尊氏は九州から軍船を従えて兵庫へ乗り込んできちゃうわけです。

これを迎え撃つのは新田軍&楠木軍。
実はこの出兵のまえ、楠木正成は後醍醐帝に新政の不備をあらため、尊氏と和睦をと諫言した
のですが、「聞かなかったことにする」といわれてしまうのでした。
このシーンが不覚にも感動的な場面でして、武田鉄矢についホロリをさせられてしまうのです。
(この楠木正成役はホントにはまり役ですた←いつもとは限りませんぞ)
こんなやりとりがあり、楠木は先がみえてしまい、敗戦を覚悟しします。

そして世に名高い、湊川の戦いとなるわけです。


この大河「太平記」はなにせ惜しげもなく合戦シーンが続く、
たいそう豪華なドラマでして、この戦いもぬかりはありません。

・・・・・・ことしのように2本のSPドラマに予算をとられて、すっかり「小川ドラマ」←大河にあらず
になっているのをみると、太平記は恵まれているといえましょう!
でも内容的にもスケールが大きいので、予算をかけがいのあるドラマだと
いえましょうね。
正直、もう戦国と江戸幕末はいいんじゃないか、ぐらい大河やりすぎていて、
予算のかけがいないですよね・・・(涙)。

で、湊川の戦いの結末は歴史のとおりです。

ふと湊川という言葉で、なにげに幕末の歴史オタクを思い出しました。
最近、たいそう縁のある永井尚志です。
彼の漢詩集に「湊川懐古」という漢詩があります。
39歳のおり長崎へ赴任する際、わざわざ湊川へ寄ってます(笑)。
幕末の武士ももちろん「太平記」には詳しいので、さもありなんですが、
寄るほど好きか、みたいな(笑)。

慶喜の側近だった永井、慶応3年暮れに朝敵のなんのといわれて
「太平記」の尊氏を思い浮かべたことでしょうが、
残念なことに彼らには上皇はいませんでした(笑)。
ま、いたはいたで・・・・日本大乱になっちゃうので、それもどうかと思うわけですが。
それ以前に「尊氏みたいに一生戦争に明け暮れるなんてめんどくさい」
とかいって慶喜卿は反撃をよしとせず、
黙って朝敵として謹慎しちゃいそうなタイプです(笑)。

ふたつの幕末は今日も自分のなかで寄り添っております♪
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by aroe-happyq | 2009-05-17 10:58 | ほんの世間話 | Comments(0)

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