東都アロエ

asiabaku9.exblog.jp

アジアンエンタメ&お江戸後期。外国奉行や長崎海軍伝習所がご贔屓☆ BYはな。

カテゴリ:広く幕末ネタ( 111 )

スイマセン。半端な年で。

たまたまこんなサイトをみかけたものですから。

つまり来年が150年目なわけです!

岩瀬肥後守や永井玄蕃頭や水野筑後守(ここで切ろうとしたがやはりあと二人)、
井上も堀も、というか徳川政権が(笑)、
右も左もわからない状態で外交談判に明け暮れ、だまし、だまされてつつ!?結んだ、
のちには不平等条約だのなんだのとケチョンケチョンにいわれたあの五カ国条約から!
(ケチョンケチョンに関しては、岩波新書の井上勝生著『幕末・維新』とか、当ブログで
紹介中の『五人の外国奉行』などなどなるべく最新の本をお読みになって、それが該当するかどうかご判断を仰ぎたいところです)

来年は当ブログ的には天下の祭り年になりそう??です。
[PR]
by aroe-happyq | 2007-02-15 14:58 | 広く幕末ネタ | Comments(0)

国会図書館に行く。

仕事の調べもの・・・・・・という理由をつけて、今年初の国会図書館にいってまいりました。
調べものをしながら、本を請求し、雑誌を請求し、コピーにいき、雑誌はオンラインコピー
したり・・・・・・といつものごとく、落ち着いたかとおもうと動く!の繰り返しでしたが、
今日はとっても空いていて♪、サクサクと作業が進みました。
(論文シーズンはそういえばほぼ終わり?のはずなので、それもそうかと・・・・)

本日のメインの獲物(爆)は、『岡山県史』26巻に収録されている、
「艱難実録」というもの。

木村宛書簡の史料をコピーした際、同じ『横浜開港記念館紀要11号』のなかに、
西山武臣 「松山藩士の見た戊辰戦争」
という史料紹介があり、興味津々でこちらもコピらせてもらったわけで、
そこで紹介していたのが「艱難実録」だったのです。

これは松山藩主板倉勝静の家臣辻七郎左衛門の回想録。
朝敵となり北へ北へとむかう板倉の、箱館、そして蝦夷地脱出、自首を傍らでつぶさに
みていた回想で、当事者でない分客観的にみているので興味深い。
だけど板倉&小笠原は、「大名はいらない」榎本たちに冷遇され(爆)、そこのあたりは
忠実な家臣として涙涙の・・・・軽い恨み節が入っていて、厳しい榎本発言なども楽しめる。
で、その「艱難実録」の原文が読みたくなったわけでした。
(おいおいこちらも紹介していくつもりです)

それから、昌平坂学問所に関する論文4本などなど、なかなかの収穫でした。

自分で昔からささやかながら不思議な能力というのがあって(笑)、
ぱっと本をひらくと、探そうとしている項目にバッチリ当たること。
今日も寛政譜で、とある元禄時代のある人を探そうと、まずは索引で巻数を確認し、
その巻を適当に開くと、その名前の人にピンポイントで当たりました。よっしゃ!
ということで仕事の調べものがスムーズに進んだ分、趣味に時間を費やせました。

ただ、ひとつだけ失敗したのは、請求した紀要がまだ国会図書館に未納だったこと・・・・。
この紀要、たしか2004年なのですけど・・・・京都大学さん、もう何年たっているのでしょう。
待ってます・・・・。
だって、論文の後半(つまり(下)というやつです)が収録されているのに!

都立図書館も、なかったし(あるのですが途中で停止になったまま)。
ちょっとほかのところもいったら、2002年でとまっていた・・・・・・・。
国会図書館は2003年で止まっている。←なので(上)だけがうちにあるのだ!
かならず探してみせよう、ホトトギス!(爆)

*追記*
探していた紀要は、あっけなく
京都大学で電子無料公開していたので、PDFで保存しました。ホッ。
だけど93P・・・。プリントアウト・・・・。
(上)はB4コピー済なのに、こっちはA4。嗚呼、我的コピー収集美学が・・・。

ちなみにその論文とは、
高橋秀直「文久二年の政治過程」 京都大学文学部研究紀要42.43号掲載
でして、電子公開は、
こちらです。

岩瀬の史料がそろいつつあるところで、永井さんのことを調べていくと、
このあたり(文久二年)は押さえておかないといかんと思い、
今まで王政復古の論文をいろいろ拝見してきた高橋さんの論文にて教えを乞おうかと思いたった次第。
(上)を読みましたが、とても面白いです。
(さらに41、44にも高橋さんの論文があります!・・・・44号のは今日知りました♪)
[PR]
by aroe-happyq | 2007-01-29 19:01 | 広く幕末ネタ | Comments(2)
秋に都立中央図書館にまいりましたところ、人文コーナーの書棚で
偶然に出会ったのがこの本。
宮地さんの本は史料本であっても、初心者にもわかりやすく丁寧に
解説くださるのでなんとなく手にとったら!これがまたなんだかやめられない
感じになってしまったのですが、その日は東京国際映画祭の上映時間の合間を
ぬってコピーにきただけだったので、泣く泣くすぐにこの本と別れた。
年末にほんのちょっとだけ予算が余ったので、思い切って古本にて購入。

正式タイトルは長い!
『幕末京都の政局と宮廷~肥後藩京都留守居役の書状・日記から見た~』
(宮地正人 編解説 名著刊行会)

元冶元年から慶応元年まで京都留守居役をつとめた、
肥後の学者・上田久兵衛の書状と日記をまとめたもの。

肥後藩は朝幕融和運動をおこなっていた派で、しかも京都の最前線にいた
上田が運動実現のため奔走する様子とともに、この時期の京都の政局の様子も
伺えるとてもありがたい史料集だ。

正直、この時期の京都の動静を把握するのはかなり難しい。
というのも、多くの藩が入り乱れて、同時多発的に物事が進んでいるからだ。
まるでオペラやミュージカルで6人ぐらいが同時に歌っていて、
個々に歌う内容がわからない状態に似ている?
・・・なので、これを読んだからといってこの時期について100%の把握は
できないが、かなりヒントはもらえる。
まだじっくり咀嚼していないが、さらさらと読んだだけでも楽しい。

さて、ここでもあの男が登場する。永井主水正(当時は大目付)だ。
上田さん、永井さんと短い時間で仲良くなり、長州征伐などについても
よく話し合っているのだ。
どうでもいい話だが、上田に煙草をお土産にもらった永井はお礼に
さっと扇子に漢詩をしたためてプレゼントしている。さすが文人、風流だ。
(酒好きなのは有名ですが、煙管なんかをカンカンとやっちゃうんですね。
永井さんは。粋だなぁ・・・(笑))

ちょっと面白かったのは、この時期の京といえば新選組。彼らの名も登場するのだ。
慶応元年十月二十二日の項に、

朝柳井来、新選組武田観柳、伊藤甲子太郎、沖田総司来、北京ニ盧俊義アルヲ知ル故也、来客多忙、夕河添来、余醉倒、
(漢字は史料のまま)

・・・・・・・このいっけんするとありえないメンバーで上田に会いにきている(爆)。

いろいろなヒントをくれた上田だが、郷里にかえって維新をむかえ、
思ってもいない形で政権がかわり、無念の思いはいかばかりだっただろうかと
推察されるが、それを押し黙って静かに余生を過ごしてたが、
西南戦争のおり、西郷に味方したとの勝手な罪状で処刑されてしまう。
京では会っていたかもしれないが、明治になって、西南戦争のおりには
一度も会っていないと主張するも聞く耳をもたれなかったらしい。
天下安寧のために奔走した上田の扱いとしては、あまりに酷くはないか?政府軍よ。
[PR]
by aroe-happyq | 2007-01-06 11:11 | 広く幕末ネタ | Comments(0)
年末に突然パソコンを買い換える羽目になって、
てんてこまいの数日ですっかり更新が滞ってしまいました。

旧パソとの最後の夜、ふと近所の図書館を検索したら、全巻そろいでこの本があった・・・・。
ないと思って国会図書館でコピーしたのに、・・・・トホホ。
さっそく借りてきて、暇をみつけては読みまくりました。
一部コピーのときと違って、全体をみると、徳川公儀の情報収集力が
なかなかすごいことを思い知らされました。
たまたま井伊家に残されていた安政年間のものなので、
大獄前後ということもあって、暗い話題ばかりの探索書ですが、
嘘を並べ立てるのではなく、裏づけをしっかりとっているし、
かなりプロ意識をもってこの報告書は作成されています。
(この情報を煮るなり焼くなりする手腕は老中や大老まかせだけど(笑))

たとえば、馴染みなのであげさせていただくと、作事奉行岩瀬忠震に関するレポ。
これはもちろん一橋派の岩瀬を、紀州派の井伊大老としてはどうにかして、
追い込んでやりたいために調べさせたもので、できるだけ「悪い噂」を探り
ださなければならない。ところが、かなり岩瀬家に入り込んで調べても汚職といわれるネタ
がなく、プライベートな問題ばかり。
徒目付たちは、そのあたり正直にありのまま報告している。
(ちょっと悔しそう?なムードさえ行間から匂うような(爆))
ほかの探索書を合わせて読むと、かなり正確なのだ。

で、やっぱり考えてしまう。
この探索書・・・・・阿部正弘時代のものはないのだろうか?
というより、その後の幕末のものでもいい、世相もわかるし、さまざまな地方の動向も
わかるのでどんどん発見されることを願ったりしますっっ。
[PR]
by aroe-happyq | 2006-12-31 10:13 | 広く幕末ネタ | Comments(0)
『ペリー日本随行記』を読みました。

ペリーが自身で後にまとめた『ペリー日本遠征記』とは違い、随行員で日本はこれで二回目
の著者ウイリアムズの的確な観察が面白い本でした。

本当は中島三郎助のエピソードをひろって・・・・なんて思っていたら、
とんでもない文章が!!

福州(清国の大貿易港です。今の福建ですね)にいったら、
日本の小判とか、ほかの貨幣が流通、つまりそこで使えたというのです。

日本って鎖国なんてしていないじゃないの?
それって西洋(というかキリスト教の国)とあまりお付き合いしたくなかっただけで、
東洋ではフツーに交易していたわけですね。
清とは阿蘭陀とともに「通商」国としてのお付き合いがあったので、福州で通貨が使えても
おかしい話ではない。だけど、長崎限定だとばかりおもっていました。
つまり清に出かけていって商売をしていなかったものとおもっていたら、していたのですね。

たった二行だけど、ウイリアムズ、あなたも驚いたようだけど(笑)、
書き記していてくれて、ありがとう~~~。
[PR]
by aroe-happyq | 2006-12-10 10:53 | 広く幕末ネタ | Comments(0)

井伊直弼が倒幕!?

アマゾンをみていたら、
このようなフィギュアコレクションが発売になっておりました。
武外伝~倒幕

そのなかに、な、なぜか井伊大老が!!!

開国派でもないのに、開国大老といわれ続けてきた彼が
今度は倒幕派???

だがしかし・・・・・これはある意味たいへん深い・・・・・!!

井伊直弼は根っからの反開国派、反水戸派、反阿部正弘派の筆頭の、超護幕派。
京都守護を主として家の仕事としてきた彦根のお殿様なので当然といえば当然の、
攘夷派(←水戸さんと仲が良さそうなものなのに)で、阿部の政敵であった。

なので井伊は大老になるや、せっかく阿部が築いた開国の礎を粉々に打ち砕き、橋本左内や岩瀬忠震(永井もつけくわえておく)など日本には大切な人材を潰して、
西洋式陸軍の訓練所として始めた講武所もただの町道場の公営施設のようにしてしまった。
つまりは安政の大獄こそが幕府瓦解の大きな要因とさえ思えてならないわけなので、
井伊大老こそは「倒幕」のスーパーヒーロー・・・・・ともいえなくもないのだ。

つまり、このフィギュアはたいへんに鋭い。

で、その井伊さんのフィギュアの内容が、

井伊直弼(来国光・娘の雛道具・直弼作蓋置)

というのがまた・・・・・娘の雛道具って(爆笑)。奥ゆかしいです。

酒は飲まず(飲めずであるが)、
伊勢物語を愛し、茶道に禅・・・・という風雅なご趣味の井伊サンらしい。
(この趣味みるだけでも、阿部正弘さんや岩瀬たちとは絶対に相容れない・・・・・)

そんなこといいながら、ついつい・・・・・。
福沢諭吉のアームストロング砲を買ってしまいました。
[PR]
by aroe-happyq | 2006-11-25 15:02 | 広く幕末ネタ | Comments(0)
コニカミノルタプラザ、いってまいりました。
会場は二つの部屋に分かれていて、
ひとつは当時の外国人向け観光写真(彩色写真)による日常写真コーナー。
もうひとつは、遣米使節団江戸城など当時の報道的写真コーナー。
面白かったです!いい企画展でした。

もちろん釘付けになったのは、報道写真コーナーでした。
堀織部正とともに箱館奉行をした村垣さんを写真でみられた!!!
小栗上野介さんもいた!!!
どちらもふつーのおじさんだった!(爆)←そんな感想かい

でも、遣米使節団がブロードウェイで盛大に歓迎されて、
パレードのなかに埋没しちゃっている写真にはちょっと複雑な想いがしました。

このときの正使は新見さん。
ですが、この使節団を派遣する提案をハリスにしたのは、岩瀬忠震でした。
彼は自らが正使、副使には永井玄蕃尚志・・・・のつもりで、
永井と共に随行員の人選までどんどん準備を推し進めていました。
ところが安政の大獄で二人共々、失脚。
(岩瀬が左遷のあと、永井と水野忠徳といくという計画もあったけどそれも×)
結局、代理のような形で新見さんたちがいったわけでした。

もしも安政の大獄さえなければ、井伊直弼と対立がなければ、
あのパレードで、アメリカの人々も歓待を受けていたのは、
岩瀬と永井でした。

とくに岩瀬は本当に世界をみてみたいという気持ちが強く、
どんなに楽しみにしていたことか。
そして彼の世界でも通じるエスプリさくさくのジョークが
アメリカの新聞を賑わせたことでしょう。
(彼がこの当時に世界に紹介されていたら、
「ジョークのわからない日本人」というレッテルはなかった!(爆))

という経緯を思い出したら、この写真をみているのは
ちょっと辛かったです。

そして、
とんでもなく男前だという噂の岩瀬の写真、みてみたかった~~~。
[PR]
by aroe-happyq | 2006-11-16 18:24 | 広く幕末ネタ | Comments(0)

幕末写真展!

うかつでしたっっ。わがお膝元でこんなに美味しい写真展が開催されていたとは!!
場所はコニカミノルタプラザギャラリー
新宿駅東口でてすぐの高野ビル。
(ただし正面入り口はGICCIにしか入れないので、裏口に回ってエレベーターで4階デス)

有名な人物の写真が展示されているわけではありませんが、
幕末から明治の時代を感じるには充分!だと思います。

さっそく行ってこなくては☆
[PR]
by aroe-happyq | 2006-11-15 09:50 | 広く幕末ネタ | Comments(0)
この前のNHKの龍馬暗殺は誰だ、の番組。

最後までみていて「なんだよ~~永井が出てこないよ~~」
と嘆いていたのですが、

友人にきいたら「出てたよ?龍馬とすごい仲がいいんでしょ」
といわれて、当夜のその時間の自分の行動を思い起こすと、
・・・・・仕事の電話でテレビの前に3分くらい、いなかった・・・・・。
その隙に・・・・・・・・・・出ていたらしい・・・・・・・・・。

龍馬は勝安房さんの弟子。
永井と勝は長いつきあいなので、
(ホント、この二人、共に人生の最後までつきあっていらっした)
龍馬と永井玄蕃は話せば意気投合してしまうだろうと
思ったが、やはりしていた・・・・・・・・・・。

だけど龍馬が暗殺されたら真っ先に疑われたのが、
新選組と永井だった(爆)、というのが可笑しい。
三条寛愛の日記にも困っている永井の姿が登場する。

それにしても龍馬を見廻組に暗殺しろと命じたのは誰なのでしょうか?
[PR]
by aroe-happyq | 2006-11-08 10:41 | 広く幕末ネタ | Comments(2)

幕末カフェ

友人と酒もはいっていないのにおバカな話をしてしまった。

幕末居酒屋はあるけど、カフェはない。
では実際あったらどーするんだ!?

幕末カフェ。

カフェといっても、今流行りのコンセプトカフェ・アキバ系。
路地はいって、ビルの3階くらいにある。
のれんをくぐり、店に入ると、ドドーンと軽く太鼓がなる。
(海外の日本料理店のよーなチープさ・・・・・)
まずは裃の礼儀正しい侍が席に案内してくれる。

席に座ってメニューをみていると飲み物は、

ブレンド(ペリー)・・・苦みたっぷり威圧的な濃さ
ブレンド(ハリス)・・・粘り強いコクとまろやか
パークス・カフェオレ・・・複雑な味わい
ロッシュ・ティー・・・・エレガントなローズ風味
クルチウス・ココア・・・あまさ控えめ
禁裏グリーンティー・・・普通のお抹茶

ここからが問題だ。

攘夷サンデー
開国パフェ

のどちらかに、

尊皇クッキー
佐幕チョコ

をトッピングした瞬間、あなたを給仕するウエイターが決まる!

メイドカフェ以上に、その人になりきったウエイター登場。
なりきりすぎて、本人以上という噂もある。

坂本龍馬、土方歳三、伊庭八郎、高杉晋作が常駐。
日替わりで、中岡慎太郎、岩瀬忠震、西郷どん、榎本釜次郎、
        桂小五郎、大鳥圭介、井伊直弼(←なぜか)。

・・・・井伊直弼は、お茶をたてたり厳しい礼儀のなかにも風雅が香るウエイター。
   でも名門大名なのでそもそも給仕はヘタである。身内にイジメにあったので
   性格も暗い。開国大老といわれるが実は西洋が嫌いなので
   そういうランチを注文するとランチと聞いただけで不機嫌になる。 という設定。


ランチメニューもある。

新選組ランチ(関東風味付けのお惣菜たっぷり。京まんじゅうもついてくる)
長崎海軍伝習所ランチ(サンドウィッチがメイン。なぜかシャンパン1杯付き)
慶喜ランチ(一見すると普通のお重にはいった和食弁当・・・だが食べてみると
        見た目と違って次々とよくも悪くも予想外の味付けが展開)
薩長同盟ランチ(薩摩と長州の自慢の味が争うかのように並んだユニークな定食)
安政五カ国条約ランチ(米・英・仏・露・蘭の美味しいものが一品づつ出されるラン
              チ・コース。ただし味付けは19世紀のまんま)
徳川柳営ランチ(将軍の食事を再現。はっきりいってマズイ)



・・・・・とこんな話で盛り上がってしまいました。
ホントにマニアな会話です(汗)。
[PR]
by aroe-happyq | 2006-09-11 19:26 | 広く幕末ネタ | Comments(0)

アジアンエンタメ&お江戸後期。外国奉行や長崎海軍伝習所がご贔屓☆ BYはな。


by aroe-happyq