東都アロエ

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アジアンエンタメ&お江戸後期。外国奉行や長崎海軍伝習所がご贔屓☆ BYはな。

カテゴリ:広く幕末ネタ( 113 )

いよいよ続編がはじまりました☆

楽しい日曜日の夜が復活です♪

………bsの「血風録」ですが、楽しみにしていたのに、
やっぱ司馬ちゃんとはとことん合わないみたいで、
1話途中(途中かよ!みたいな)でサヨナラしてしまいました(汗)。
(司馬遼のなんか女々しい男キャラについついイラッとくるのはなぜ!?(笑))


で、「仁 -JIN-」ですが。

やっぱり面白い!!!ですね!!!

1話目から、脚気登場!!


待ってました!!!

仁センセイには、かねてより「脚気」を治す薬を
作っていただきたかったのですが(笑)、
もう、のっけからやってくれちゃいました☆

……仁の前作のときに騒いでましたが、
仁先生にはぜひとも、14代将軍家茂公を救っていただきたく!!
脚気を治していただきたく!!!
(元治元年ではまだ脚気じゃないけど)
西郷どんの虫垂炎なんか、どーでもいいから(爆)

なんて思っていたら、脚気のお薬がなんと!!


安道名津 あんどーなつ

スイーツ好きの家茂公にぴったり♪(笑)

この人には長生きしてもらいたいんですよーーっっ。
将軍らしいこの若者が「大樹」として居てくれるだけで、
それだけで徳川方はみんなハッピーなんですよ~~~。
(「慶喜」科目を学んで身に染みた結果です・笑)

ま、このドラマのストーリー的に家茂さんはスルーかもですが、
タイムスリップできるものなら、こっそり家茂公の枕元に
この「安道名津」の山をプレゼントしたいものです☆

なんてことを考えながら、1話を楽しみました!!!

そして。
まさかTHEBOOMのMIYAさんの近藤勇を見ることになろうとは(笑)
(THEBOOMのファンしてました・爆)
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by aroe-happyq | 2011-04-19 10:52 | 広く幕末ネタ | Comments(9)

江戸後期のイケメンとは

まだまだ『江戸のエロスは血の香り』から。

ホントは家慶の男色の記事を書いたのですが、UPボタン押したら
記事が消えてもーたので、それはまたいずれ。
(家慶の呪いか!?・笑)

さて、江戸後期(幕末~明治初期まで含む)のイケメンの条件って
気になりますよね!
なかなかそういう分析を目にすることがなかったのですが、
この本ではそのあたりも取り上げておりました。

嘉永初期に鈴木桃野なる旗本(学問所教授もつとめたインテリ)の本のなかに
いわく、好い男の条件とは。

男の美しい盛りは21,22歳。
身長は低いほうがよい。
肌は白すぎるより、清潔で艶があるほうがよい。
目つきや口元、鼻の形などがあまり女っぽいのはかえってよくない。
なにより人に好感を抱かれる顔立ちが一番。
ヒゲはうすく、頭髪はすっきりと清潔。


つまり、白すぎてもいけないけど(病的な白さはNG)、健康的な程度の色白で、
女性的な優しさとすっきり爽やかな男性らしさをそなえ、
女からも男からも好かれるタイプがこの時代の「いい男」らしいです。
(さらに江戸ッ子は粋で洒落がきかないと、ですよね)

なにより驚いたのは、背が高いよりむしろ低いほうがいいんですね!???

そして「女からも男からも好かれるタイプ」というのも江戸らしいかも。
でもこれってなかなかムズカシイよーな。
女に優しくて、友人たちにも「アイツ、いいよなぁ」って言われるには
顔だけでなく、相当人間もできてないといけなさそうです。
現代のイケメンより、ずっとイケメンの条件のハードルは高い!

これをみて、皆さんのご贔屓の「アノ人」は
この条件を満たしているでしょうか~~~~~~????


当ブログ的には岩瀬蟾州はもちろん条件にかなっていると思いますが、
背が小さくていいなら、たとえば色白の勝麟太郎さんなど、自称イケメンさんですが、
「ああ、なるほどー」と納得しなくちゃいけないなーとか、
ほかにも増えそうです(笑)。
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by aroe-happyq | 2010-12-06 14:50 | 広く幕末ネタ | Comments(2)
あのしょーもない大河の話題は出したくないけど、さすがに気の毒になってきたので一言。

なんだか葉巻すったり、肉ガツガツ食べてるあのドラマのお下品な長崎奉行こと
朝比奈昌広という架空の人物。

そーです、大河なのに架空、つかオリジナルキャラですな。

というのも、朝比奈昌広のモデル?の朝比奈甲斐守昌壽ですが、
長崎奉行の任期は文久元年3月ー5月のみ。
つまり慶応年間、彼は長崎にはいないのであります。
(この短かい期間だと、在府長崎奉行の可能性も←長崎奉行は2人体制デス)

ちなみにこの朝比奈甲斐守昌壽ですが、うちのブログでは朝比奈閑水の号で
おなじみです。奥詰系のエレガント旗本さんで、こちらの記事等でお世話になりました。
そう、ご本人は家慶の小性などもお勤めになった、たいへん毛並みのよい上品な方です。
葉巻すぱすぱとか、肉ガツガツとか、そういうキャラとは真逆な人です(笑)。
というか、
明治になって江戸城の奥についての貴重な証言をしてくれた素晴らしい人であります。
(個人的にどんだけお世話になっていることか!)

それがどういう因果か、アノ腐れ大河(笑)で、
わずか数ヶ月勤務しただけの長崎奉行のポジションなのに、
えらく長期任期の長崎奉行朝比奈として、
適当なキャラつくりがされて、ヘンに有名人になってしまいました。

なので、朝比奈甲斐守昌壽のことをあのお下品な長崎奉行と同じと思わないで
くださいませ。ホント、可哀相なので(涙)。


ちなみに慶応3年当時、長崎奉行だったのは、在府&長崎勤務含めて、
能勢大隅守頼之(慶応元年~3年12月12日まで)
河津伊豆守祐邦(慶応3年8月~最後の長崎奉行)
の二人です☆
(瓦解時に長崎に赴任していた奉行は、夜陰に紛れて、
命からがら長崎脱出をして江戸へ帰りましたとさ)

もうひとつ。
あのドラマの土方役のにーちゃんですが、コスメ・パラダイス(BS11)の司会で
いつもニヤけている、あのジュノンボーイかよ!というのが・・・・・・。
なんだか安っぽくて~~~~~微妙っす。
ドラマで出てくるたびにコスパラ☆スマイルをするので、大爆笑なんですけど。
なぜよりによって副長役・・・・・・っっ。
気になる人は今夜11時、BS11を観てみてくださいまし。
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by aroe-happyq | 2010-11-04 11:26 | 広く幕末ネタ | Comments(2)

中根市之丞 プチwiki

おととい、図書館に『維新史料編纂会講演速記録』2に収録されている
「徳川慶喜一橋相続の事情」を複写にまいりました。

その際、もくじをみていたら、
「幕府使番中根市之丞長州に於て遭難の始末」江間政発(大正2年)
「中根市之丞遭難の地」中原邦平(大正2年)

・・・・・・偶然にも中根市之丞関連が2項目も登場しました。

これはもう、歴史調査でいうところの「呼ばれている」状態?

千原栄のファン(笑)なのですが主君のこともよく知るべきと
千原さんにテキストを渡された気分です。

ということで、こちらも複写してまいった次第。

内容はもちろんですが、事件の顛末を語ったものです。
たいへん悲惨な内容で、読んでいて凹みます。
中根市之丞は長州の地で、たいへん立派に任務を果たしており、
(やりとりが出てきますが、若くて清々しい人物です)
本人にまったく落ち度はありません。
それなのに「違勅の罪」だとか何とか、中根の仕事と関係のない
いいがかりで長州人に殺されてしまいました。
とても詳細に取り上げる気力が起きない、酷い事件でして
「呼ばれて」いるにしても、辛すぎて真っ向から向き合うのは
どうも憚られますっっ。
(というか腹が立ってきて、どうにもできなくなりそう・汗)

なので、今回は『維新史料編纂会講演速記録』2で拾った、
中根さんのプロフィールを紹介いたします。


中根市之丞 プチwiki

旗本・渡辺肥後守(甲斐守)の七男。
幼名は慶三郎。
通称は市之丞、諱は正聖。
26歳のとき、旗本・中根宮内(6000石)の跡目養子となる。
屋敷は市ヶ谷長延谷。
武芸に長じ、気概に富み、長州には自ら請うて使した。
墓は深川大工町の長善寺。
28歳で市之丞が遭難した際、妻の中根氏は13、4歳の幼女であったという。



公儀が中根の死後、渡辺氏から養子を・・・・・・という流れ
がこれでよくわかりました。
それにしても6000石の旗本だったのですねっっ。
これはすごい名門ではありませんか!
それなのに自ら志願したというのがまたすごい。
名門旗本でこういう気概をみせるパターンは稀なのではありませんか?
・・・・・・生存していたら、後年素晴らしい奉行になったかも(涙)。
(もったいない・・・・・・。有能な旗本は短命なことが多うございます)

そして!
お墓が深川にある!???
・・・・・・ちょっと調べたところではその寺は現存してなさそうです。トホホ。


というわけで、またまた中根さん記事でした!
(いつか気力のみなぎっているときに、事件についても取り上げられたら
と思います・・・・・・)
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by aroe-happyq | 2010-10-21 10:37 | 広く幕末ネタ | Comments(0)
昨夜のR馬伝。

戦場を三味線片手に流している高杉に笑っちゃいました。

・・・これ、銀魂??

かっこいいのを通り越して、ついつい爆笑っす。


さて長州アゲアゲの世の中に、
思いっきり水を差すためにやってきました☆


最近、『旧幕府』にて「殉難士氏名録」というのを目にしまして。
改めて長州による幕府詰問使中根市之丞一行惨殺事件の悲劇のなかの悲劇を
知りました。

幕府ファンならすでにご存じの有名な事件です。
この事件をとっても簡単に説明しますと、以下のとおり。
文久3年(1863)7月、長州藩による関門海峡外国艦船砲撃事件を詰問するため、
幕府使節中根市之丞・小人目付鈴木八五郎らが幕府艦〈朝陽〉にて長州へと派遣されました。
ところが〈朝陽〉は下関港で砲撃をうけ、奇兵隊に占拠されてしまう。
詰問使一行はさらに旅館にて襲撃にあい、数名が死亡。
中根市之丞ほか従者たちは危険を察知して船にて避難するが、
なおも執拗に追ってきた暗殺者共によりついに惨殺されました。
犯人は「不明」、とされた。
(ま、犯人は奇兵隊なんだけどね)

さて『旧幕府』(4巻3号)「殉難士氏名録」に戻ります。

幕府御使番 中根市之丞 28才

家来用人  千原 栄  44才

同     長谷川勇助 37才

同 給人  浅野利衛門 48才

同 近侍  坂部広兵衛 25才

同 徒士  小山安次郎 43才

同 下部  当摩吉造  40才

文久3亥年7月14日 台命を奉じ御用船朝陽丸に乗し
御使として長州へ被差遣
同年8月19日萩の陣屋に於て暴徒のために殺さる

但し下部安五郎なるもの逃れ帰りて其由を報せり

 


ここには登場しませんが、
小人目付の鈴木もまた、従者とともに19日に殺害されております。
(なんでもこの二人は罪人でもないのに鈴木は梟首されたそうです)

こうして一行のほとんどが殺害されてしまったので、
安五郎が報告しなければ、これ闇から闇へうやむやに
されかねない状況でした。
(長州側は中根以下、船が行方不明とかいいやがってサ)


さて。
そこに千原栄の話が書かれておりました。

又家来千原栄は重役即家老職にして
中根氏の家法に家老は供に連れざる定めなる故
乞うて用人となり随従してこの難に殉ぜりという。


これを読んで泣かない人は鬼ですな(笑)。
私はもう、もう、泣きましたですよ、はい。

千原はなにか今回の役目は危険なものを感じたんでしょうね。
わざわざ家老から用人に降格してまで、主君の御供を願い出たぐらいですから。
そして主君とともに長州人に惨殺されたというわけです。
死出への旅まで御供してしまったんですよね・・・・・・。

中根事件ははじめて知ったときはらわたが煮えくり返ったおぼえがありますが、
まさかこんなせつないドラマが潜んでいたとは~~~~~~っっっ。


それにしても、使者を惨殺とわ・・・。


正義ってなんだろうね。

って思うんですよ。
ハーバードの先生の講演をきかなくても、深く考えてしまいます。

三味線じゃらじゃら鳴らしてカッコイイだけでいいのかな?

とかも思うんですね。

なにせこの事件、奇兵隊絡んでますしね(笑)。


長州のことを野蛮だ、卑劣だと叫んでみたい気もあるけど、
なんだかそれだけじゃ、中根たちの死は報われない気がする。

とくに千原栄の魂はね、そういう安易なものではないなと。


一人の家老の死に、いろいろ考えさせられました。
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by aroe-happyq | 2010-09-27 10:40 | 広く幕末ネタ | Comments(4)
放送後、ビデオにもDVDにもなっていない幻の大河???の
(それだけ微妙な出来だった、と記憶しております・笑)
「徳川慶喜」が11月からCS時代劇チャンネルで放映されるよし。

本木クンの慶喜なので、当時おおいに期待して、ちゃんと1年みたのだけど、
記憶にほとんど残っていない(笑)。
本木慶喜はちっとも悪くなくて、けっこうピッタリだったのですが、
原作の司馬ちゃん&脚本の田向健が大失敗のもと。
なんだか途中で話が破綻したのであります。

何度かここでも紹介した、「慶喜がわからない」という台詞を実際に
主人公に話させちゃったぐらい、の壊れっぷりであります(爆)。
たぶん、司馬原作や『徳川慶喜公伝』に振り回されて頭のなかが
ぐちゃぐちゃになってしまったのだろう。
慶喜を理解するには1~2年ではムリのような気がいたしますので。
(慶喜をよく理解した人による台本で、本木慶喜はみてみたい気がいたしました)


でもモックン慶喜とか、大橋吾郎の阿部正弘とか、杉さまの井伊直弼とか、
たしか新門辰五郎の妻は大原麗子だったり(ナレーションもこの人だったような)、
それから小日向さんの西周がなんかすごく印象にあって。
ま、それぐらいなんだけど。

でもこのドラマ、旗本スキーの今の自分にとってはまさに宝石箱!!!

岩瀬も永井も川路も
みんな出てくるんだよ~~~~~~♪♪♪


つまんなくてもいい!!
見るぞ~~~~~~~~!(笑)

ああもう、今年はR馬伝でやられっぱなしだったから、
旗本ファンとしては11月が待ち遠しいです!!!!

今年は「竜馬におまかせ」に続き、まさかの「慶喜」までみられるなんて!
案外と良い年かもしれません☆
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by aroe-happyq | 2010-09-10 19:13 | 広く幕末ネタ | Comments(4)
本放送を楽しくみていたのに、断片的にしか記憶がなく、
今回はまるで「はじめて」状態で竜馬におまかせを見ました(笑)。

あっという間の12話。
毎日、楽しすぎてどうしようかと思いました。

もっと見たい~~~~~!!!!!

というぐらい、本当に本当に面白かったです。

大河「龍馬伝」なんかより
遙かにこちらのほうが傑作です!


More(ネタばれありまくり・笑)
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by aroe-happyq | 2010-08-04 11:22 | 広く幕末ネタ | Comments(0)
週刊マンガ日本史34 勝海舟を立ち読みしてきまして(笑)

いよいよ次週火曜日!6月22日!!

碧也ぴんくさん(ホントに好きな作家サンです☆)の描かれる、

土方歳三IN箱館戦争の号が発売ですね!!!

最終ページ手前の予告をみて、きゃーと心が騒いでましたところ、

隣の藤原カムイさんの日本史人物カードに!!!

高島秋帆がーーーー!!!!!058.gif

ええええええ、こんなマニアなキャラもここに選ばれるの??
(なぜか、この瞬間にレジに走りました。勝さんはおまけかよ!みたいな)

じゃぁ、じゃあ!!前の号とかみるとまさかのひょっとして、
外国部奉行の誰かがいる~~~~~??

・・・・・・ちょっと大きな本屋さんに行ったら、みてみます☆



でもでもでも!!


岩瀬忠震なら、すでに美麗なイラストが降臨しておりましてよ!!!

kotoさんが~~~~描いてくださったのです!!!037.gif

岩瀬さんイラストの記事→こちら072.gif

髪ひと筋ひと筋まで、重ね塗りされているんですよ~~~♪♪
なんて、なんて、美しいんでしょう~~~~☆

ありがとうございますっっ、kotoさん071.gif >私信


・・・・・・し、仕事に戻ります(爆)。
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by aroe-happyq | 2010-06-18 13:59 | 広く幕末ネタ | Comments(2)
今日はもうひとつ、更新できそう♪


藤井哲博著『小野友五郎』(中公新書)により世に紹介された
福沢の公金横領疑惑。
わたしのような筋金のアンチは別として、多くの諭吉アンチを生み出したであろう
某K大にとっては大事件???でありました。

そこで検証された方がおられた様子。

平山洋「福澤諭吉は公金一万五千ドルを横領したか?」
(『国際関係・比較文化研究』静岡県立大学国際関係学部8(2)2010.3)

この論文を紹介したWEBページはこちら

興味のある方は上記サイトを読んでみてくださいね!


とはいえ、慶応4年戊辰の春、瓦解をはじめて大混乱の江戸城で、
外国方の役所に詰めていた加藤弘之に向かって、
君たちは戦ふとも和睦しようとも勝手にしなさい、僕は始まると
即刻逃げて行くのだから

などと「からかった」福沢諭吉のイヤミで仁義のカケラもねぇ、憎ったらしさに
なんら変わりはないわけですが☆
(以上、加藤弘之談より)

でもえん罪はよくありませんので、お知らせいただいた事もあり、
紹介してみました。


・・・・・・ただ、こんな噂を立てられて、それがまことしやかに伝えられる
あたり・・・・・・この人って人徳ないな~~可哀相にと、思う次第。
(自分の知ってる幕末の儒者とか、江戸幕臣てあんまりそーゆーヘンな噂って立たないんで・笑)

元江戸の、生粋の地元人に「いけすかねぇ」と思われつつ、
明治の東京で肩肘張って、やせ我慢していたのはむしろ・・・・・・????(爆)
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by aroe-happyq | 2010-05-30 18:56 | 広く幕末ネタ | Comments(0)

新徴組の隊服

西の新選組に対して、いまいちな知名度の新徴組。
庄内藩酒井公のもと、江戸の町を守っていた彼らなのですが、
具体的なイメージさえ伝わってきません。
(自分が新徴組初心者だというのが大きいとは思うのですが)

で先日読んでみた『史話 江戸は過ぎる』で初めてこんな記述を目にしました。

「彰義隊余聞」のなかのP47。

その頃、新徴組というのがあって市中を警固していたが、
その新徴組のものは鉢巻をして赤い陣羽織を着て、
下には「だん袋」というのをはいて、草鞋がけという姿をしていた。 


なんと、新徴組さんて。

赤い陣羽織

だったんですねーーー♪♪

これって、あさぎいろだったり、黒だったりする新選組に対抗してる?
それとも「男は赤だよ、赤!」というこだわり??
あるいは酒井家の趣味??

なんだか、かっこいいではありませんか!

ちょいと惚れそうですが、けっこう暴れまわっていたようなので
ちょっとねーーー(笑)。
(たまたまぶつかってきた老人を斬っちゃうとかね)

ま、そういう時代だったんです。
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by aroe-happyq | 2010-05-19 14:49 | 広く幕末ネタ | Comments(4)

アジアンエンタメ&お江戸後期。外国奉行や長崎海軍伝習所がご贔屓☆ BYはな。


by aroe-happyq