東都アロエ

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アジアンエンタメ&お江戸後期。外国奉行や長崎海軍伝習所がご贔屓☆ BYはな。

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年末に突然パソコンを買い換える羽目になって、
てんてこまいの数日ですっかり更新が滞ってしまいました。

旧パソとの最後の夜、ふと近所の図書館を検索したら、全巻そろいでこの本があった・・・・。
ないと思って国会図書館でコピーしたのに、・・・・トホホ。
さっそく借りてきて、暇をみつけては読みまくりました。
一部コピーのときと違って、全体をみると、徳川公儀の情報収集力が
なかなかすごいことを思い知らされました。
たまたま井伊家に残されていた安政年間のものなので、
大獄前後ということもあって、暗い話題ばかりの探索書ですが、
嘘を並べ立てるのではなく、裏づけをしっかりとっているし、
かなりプロ意識をもってこの報告書は作成されています。
(この情報を煮るなり焼くなりする手腕は老中や大老まかせだけど(笑))

たとえば、馴染みなのであげさせていただくと、作事奉行岩瀬忠震に関するレポ。
これはもちろん一橋派の岩瀬を、紀州派の井伊大老としてはどうにかして、
追い込んでやりたいために調べさせたもので、できるだけ「悪い噂」を探り
ださなければならない。ところが、かなり岩瀬家に入り込んで調べても汚職といわれるネタ
がなく、プライベートな問題ばかり。
徒目付たちは、そのあたり正直にありのまま報告している。
(ちょっと悔しそう?なムードさえ行間から匂うような(爆))
ほかの探索書を合わせて読むと、かなり正確なのだ。

で、やっぱり考えてしまう。
この探索書・・・・・阿部正弘時代のものはないのだろうか?
というより、その後の幕末のものでもいい、世相もわかるし、さまざまな地方の動向も
わかるのでどんどん発見されることを願ったりしますっっ。
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by aroe-happyq | 2006-12-31 10:13 | 広く幕末ネタ | Comments(0)
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旗本本といえば小川恭一さん。←断言

・・・・薄い本の割りにちょっとお値段がはるので躊躇していたけれど、
好奇心には勝てず、購入。

読み始めたら忽ち、はまりました。
旗本のみなさんのふつーの暮らしが目に浮かぶようで楽しすぎです!
思えば、江戸本というのは庶民の暮らしの本は多々あるけれど、
旗本さんの暮らしはあまり紹介されていないような気がする。

とにかく旗本たるもの、交友関係の行き来が激しいし、贈り物のやりとりも頻繁。
というか挨拶まわりが仕事のような、人生のような・・・・・・・・。
そして、大名だろうが、奉行だろうが、寄合だろうが、小普請だろうが、
贈り物好き。多めにもらったものをお裾分けし、
自分の庭の畑でとれたものをあげたり、もらったりしている微笑ましい暮らし。
侍が畑をやらないなんて嘘ですね(もちろん当主自らが草を刈るわけではないけど)。

そのほか、いろいろなことがわかって、とーても面白いです。
(全部紹介しては営業妨害なので差し控えます)
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by aroe-happyq | 2006-12-25 14:41 | | Comments(0)
オズボーンの本を読んだということで、久々にとりだしたコピーの山より。

『井伊家史料 幕末風聞探索書』上にこの英国使節接待について、
誰が書いたか不明の「江戸風聞」書きがある。
(あて先は井伊大老など閣老中枢←異国風が嫌い派)
風聞探索書というのは、御徒目付や小人目付、茶坊主などが老中や大老へ送るレポで、
その内容は江戸のほか、水戸や京都など遠隔地の情報、役人の行状、
町の様子など多岐にわたっている。
今回は役人の行状についてのチェックレポということになる。

安政五年七月   (江戸風聞)

一此度英人御取扱全く御御両候御働にて、御都合宜き事。
                               岩瀬肥後守
                               永井玄蕃頭
 右(ここでは上)両人は邪智奸侫の者一印の徒の有之、御要心の事。
一堀田(備中守)同類異國風をこのみ、彼れに諂ひ候由の事。
一右様の者外國奉行申付其一術に有之、当時勤振考中の事。
                               堀織部正
                               井上信濃守

 右両人岩瀬・永井に同意の事。
 但岩瀬・永井如き邪智は無之、織部の方は随分手堅き趣にも相聞候得共、異國風に染候事は同前。

   (略)

                               水野筑後守
 右素より同役とは見込別段に付、先達岩瀬・永井等堀田へ申立、應接をはなれ候事。
一今度外國奉行の内、筑後を邪魔に致候趣に付、又々讒訴可致も難計御要心の事。
   (以下、略)  

要約すると、英国使節の応接を岩瀬・永井はよくやっていた、が!(爆)
悪知恵が働くし、外国の風俗に染まっていて危険である。                       堀と井上は岩瀬たちのように悪知恵はない。堀はかなり手堅いらしいが、彼らも外国の風俗に染まっているのは同じ。
水野は外国奉行の同僚(岩瀬・永井・井上・堀)とは意見が違い、応接役から離れた。また邪魔にされているらしい。
・・・・・という感じ。

外国奉行ゴレンジャーが揃い踏みでの初仕事だったのに、なんだか書かれたい放題。
岩瀬&永井を邪智奸侫の者だなんて、失礼な(笑)。
なんだか随分ひどいレポートだが、これなどはまだ優しいほう。
(岩瀬を弾劾したくてたまらないレポなんて、とんでもない内容だし)
彼らは一橋派だから他ではもっと書かれている。
これのように、誉められているだけでも、びっくりなのだ。

・・・・・・・しかし、水野、やはりひとりぼっちか・・・・・・・・・・。
(永井と一緒に英国使節接待をやってたはずなんだけどなぁ)


英国の本には好意的に書かれているのに、なぜか本国のレポでは
けちょんけちょんというのが哀しくて、ちょっと掲載してみました。

というかこういう裏レポが残っていたというのもなんだか凄い話ですけど、井伊さん家って。
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by aroe-happyq | 2006-12-23 10:29 | 外国奉行ズ | Comments(0)

江島生島事件。

絢爛豪華な映画になって、六代一派をこよなく愛する自分としては
有難いやら有難くないやら(爆)。
・・・・・なにより、家宣は出てこないしだし(笑)。
ま、それはさておき。

江島事件というのは、講談やドラマで脚色されたように
艶めいた話ではまったくないのが、真実の姿。

時は、幼少の七代家継を擁して、生母月光院を守り、先代の遺志を貫く
側用人・間部詮房と学者の新井白石のツートップ体制の時代。

なんとかして彼らを追い落とそうと虎視眈々と狙う一派がたくさんあった。
ひとつは次期将軍職を狙う、紀州吉宗一派。
ひとつは側用人に実権を奪われている幕閣有志一派。
そして、家宣の未亡人にして、朝廷にも太いパイプを持つ、
天英院こと近衛熙子の京一派。

彼らは最初、間部詮房と若き将軍生母の月光院のスキャンダルを
もくろんだ。
間部詮房は能役者出身で美丈夫のうえ、独身。
(若い頃に一度妻帯したが妻が病死後は再婚せず)
月光院もまた若くて美しい女ざかり。
誰もが飛びつくネタかとおもいきや、あえなく失敗。
理由は、詮房は先代文昭院家宣とは、一身同体の仲、ということが
江戸城中の一般常識で、月光院に手を出すタイプではないと
(女に興味がないとさえ?思われていたらしい←そういうわけでもないのだが)
いうことで、スキャンダルを誰も信じなかったのだった。
そもそも間部は寝食を忘れて、屋敷にも帰らずに政務に没頭していて
そんな暇はないぞ、という仕事が生きがいなタイプ・・・・・・みたいだし。

そこで反対派は月光院の脇から崩すことにした。
それが江島疑獄。

江島は女中を連れて、文昭院のお墓参りの代参で外出した。
大奥の慣例で、代参の帰りには芝居見物をして少しだけ羽をのばしてよい
ことになっていたので、江島も当然のことながら、芝居をみてご馳走を食べた。
そこの場で人気役者の生島の挨拶など受けている。
問題は、江島一行が城の門限に遅れてしまったことだった。
しかし門番に怒られつつ、ちゃんと城に入れてもらえたし、
なんのお咎めもなく、数日が過ぎた。
ところが、しばらくして突然、門限に遅れたことが大事にされ始め、
取調べが始まるのだった。
生島ら町人には厳しい詮議があり、拷問さえあったという。
こうして江島の不義がでっち上げられ、月光院一派は大粛清をうけた。
間部や新井たちには累は及ばなかったが、彼らは味方の勢力を削がれて大打撃。
江島は高遠に流され、生島や家継のお気に入り奥医師交竹院も遠島となった。
生島にしたら、なぜそうなったのかさえ、わからないことだったろう。
彼の芝居小屋は永久に取り潰され、江戸は最後まで三座であった。
トバッチリを受けたではすまない、演劇史に深く影響したとんでもない大事件だったのだ。

せめて講談にあるように江島と生島は道ならぬ恋に落ちたら・・・・・
でもそれさえないのだから(汗)。

だが江戸の政治史をみていると、江戸出身(育ちも含む)の者は
京もしくはその近辺出身の者には陰謀の面で勝った試しがない。

間部・月光院派しかり、安政期の一橋派しかり。←皆、江戸っ子

対する天英院・紀州派、井伊&紀州派(紀州ばっか?)の入念な罠の前には
江戸産は勝てません(涙)。

それがいいか悪いかはさておき、
江島はどうみても隙があったわけで、彼女の罪といえば、
自分に置かれている場所が戦場の最前線であることを理解していなかった
ということ。まさに迂闊者だったといえよう。
(安政の一橋派の旗本連もまた同じかも・・・・・)

というわけで、江島事件とは実のところ、ロマンチックのかけらもない
ドロドロの政治陰謀事件なのだ。

とはいえ、天英院の陰謀参加目的は、やっぱり旦那の家宣が
寵愛した間部とか月光院が憎かった気持ち、嫉妬心だったかもしれない。
家宣が将軍になるにあたり、朝廷や公家関係に働きかけて、
夫を陰から支えたのは天英院熙子だった。
賢くて、男だったら相当な政治家になれたといわれ、
プライドの高い彼女は本音の感情を口には絶対出さなかったと
思われ、何十年もじっと機会をうかがっていたのかも・・・・と思うと、
女の恨みは怖い???

この事件ののち、ほどなくして家継は病死し、吉宗の世になった。
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by aroe-happyq | 2006-12-22 14:23 | ちょっと元禄・正徳 | Comments(0)
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『東亰時代』を買いにいったとき、同じ講談社学術文庫にあったのがコレ
先月写真展で感慨深かった、あの使節団についてよく知りたくなって、思わず買った一冊。つまり衝動買い・・・・・。

咸臨丸のチームの旅は中公新書『軍艦奉行木村摂津守』にも詳しく紹介されて
いたので知っていたが、ワシントンなどを回った東海岸使節チーム(こっちが正使ですが)
については未知の世界だったので、この本はその全貌を明らかにしていて、
たいへんに興味深い内容だった。
まず、あとにもさきにもこんなにアメリカに歓迎された日本の外交団っていない!
写真展でもびっくりし感動したが、このパレードの盛り上がりぶりっていったい!?
・・・なのに、アメリカのメシはマズイ!と愚痴る人もあり(爆)、意外にも
そんな大歓迎を有難がらない、クールな日本使節メンバーに笑えてしまう。
(歓迎パレードなんかで感涙するような日本人は明治にならんと現われんのか?)
とはいえ、けっこう楽しんでいるのも、偽らざる本音。

問題はこの77人の日本人の経験がその後、ごく一部しか生かされなかったこと。
(阿部か堀田政権下で岩瀬忠震と永井玄蕃頭が行っていたら、ぜんぜん違っただろう)
本当に惜しい・・・。
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by aroe-happyq | 2006-12-21 10:53 | | Comments(0)
榎本釜次郎さんは脱走(8月のほう)の際、ふたつの檄文ともいうべきものを、
勝さんへ手紙とともに送っている。
前々からなぜ二つあるのかな?と思っていたのでした。
内容的はそれほど変わらないのに、と。
短いほうをアレンジして、より正式な書式にしたものが長いほう?
でもなぜどっちも勝さんに送ったのだろう。

東洋文庫『後は昔の記 他 林董回顧録 』 林董 著 を
久しぶりにぱらぱらとみたら、あっさりと事情は判明。

品川を脱走、蝦夷地に赴く の章(25P)に、

此時榎本氏並に永井玄蕃氏は脱走の主意書を起草して、
外国公使の上席なる英国公使サー・ハリー・パークスに送る。
其英文は予が作る処なり。


・・・・また、永井玄蕃(爆)。出た~~という感じ。
(幕末史の舞台の袖近くにいつもあなたはいる!?)

つまり、最初に短いほうのを榎本さんが作っていて、
家来共々釣り船に変装してやってきた文人政治家永井さんに、
「徳川家臣大挙告文」という堂々たる文章にしてもらったわけ
・・・・・なのでしょうか。
(で、それを林さんが英文に直して公使館に送ったわけですね)

勝さんの慶応四年8月24の日記(勁草書房版『勝海舟全集19』)に、

是等を以て考うれば、我が軍艦の士等、
小節小細工の輩に鼓動せられ、
忽ち軽挙に及びしか、知るべからず。
永井主水の乗組みたる、尤も以って怪しむべきなり。


・・・・とまるで脱走そのものを永井の企みのように勘繰っていますが、
この告文の作者(といっても榎本さんとのコラボ作品だが)が永井とわかり、
しかも二通も送られてくれば、こういう気持ちになるのも無理はない。
・・・・ちょっと裏切られた気分?みたいな(笑)。
(これが二人のこの後しばらく続いた、関係のシコリだったりして(爆))

榎本さんの本によく出ている「徳川家臣大挙告文」を、
with永井の共同作品として、あらためて味わいたいと思う。

なにはともあれ、回顧録に書いてくれた林さんに感謝。
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by aroe-happyq | 2006-12-19 18:56 | 長崎伝習所系 | Comments(0)

『東亰時代』、読了。

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『東亰時代~江戸のと東京のはざまで』かつてNHKブックスから刊行された本が
新たに講談社学術文庫で再登場。
・・・・したのは6月だったらしいけれど、
私は最近この本の存在に気がついた(汗)。

江戸の風景を知るのは密かな楽しみの
ひとつで、いままでも『江戸の夕栄』や
『名ごりの夢』など、幕末の江戸のふつ
うの暮らしの懐古本をわくわくして読んだ。

そしてこの「とうけいじだい」。
旧幕の人々は「とうきょう」ではなく、「とうけい」といったそうだ。

そして京の字も亰になっている、江戸でもなく東京でもない
ほんの少しの時代を描く一冊となっている。
誰もが予想していなかった、徳川瓦解。
あまりの変化に自分がその時代にいたら、どうしただろうと思うとかなり恐ろしい。
間違いなく、みんなこの混乱はたいへんだったはずだ。

それなのに人はたくましい。
みな、生き生きしている。
かなりまぶしいぞ~~!というくらいに。

人物伝や日記、書簡は大好きだけど、
たまにその人々が生きていた時代というものに触れるのも好きだ。
でもなかなこういう本って出会えないのが寂しい。

というわけで、久々に江戸~明治情緒を楽しんでみました。
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by aroe-happyq | 2006-12-17 17:38 | | Comments(4)
オズボーン『日本への航海』を読書中。
エルギン卿の本と同じく、英国側からの記録です。
やっぱりロイヤルネイヴィー・・・・・冷静かつ大英帝国目線(誉めているつもり)の航海記。

さてそんな皮肉屋なオズボーンが珍しく誉めている!?人物。
それがなんと、永井玄蕃頭・・・・・・・・・。
船の蒸気機関の部品と用途についてすぐれた知識をもっているとか、
(長崎伝習所で生徒に混ざって講習を受けただけはあります!)

この「誇り高い提督」が日本製フリゲート艦「亡霊船」を進水させたのだから、
彼こそはあるアメリカ人たちが彼に捧げた名前、海軍卿閣下の称号を受けるにふさわしい人物だ。
(以上、『日本への航海』170ページより)

海軍卿閣下。まずそれを言っていたアメリカ人とは誰~~?
もっと言ってあげてください。

それにしても、永井を悪くいう人ってホントにいない。
立派な人だったのですね。

12月14日追記。
この条約締結のおり、英国から最新式の軍艦を日本はもらう。
その引渡し式がまたかっこいい。
日本側、英国側からそれぞれ祝砲があって、
海軍卿閣下(爆)永井氏が日本側代表として受け取ると、
日本側の乗組員がさっと持ち場について、この軍艦を動かしてみせるのだ。
(最新式蒸気機関の特訓は英国側から一週間みっちり受けたらしいが)
この時期の江戸詰め海軍メンバーといえば、一期生。
やはり矢田堀艦長、そして
中島三郎助、小野友五郎などなど勢ぞろいではなかろうか。

英国側から海軍メンバーの手際のよさを誉められて、
海軍卿閣下も鼻が高かったでしょう☆
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by aroe-happyq | 2006-12-12 14:06 | 長崎伝習所系 | Comments(0)
『ペリー日本随行記』を読みました。

ペリーが自身で後にまとめた『ペリー日本遠征記』とは違い、随行員で日本はこれで二回目
の著者ウイリアムズの的確な観察が面白い本でした。

本当は中島三郎助のエピソードをひろって・・・・なんて思っていたら、
とんでもない文章が!!

福州(清国の大貿易港です。今の福建ですね)にいったら、
日本の小判とか、ほかの貨幣が流通、つまりそこで使えたというのです。

日本って鎖国なんてしていないじゃないの?
それって西洋(というかキリスト教の国)とあまりお付き合いしたくなかっただけで、
東洋ではフツーに交易していたわけですね。
清とは阿蘭陀とともに「通商」国としてのお付き合いがあったので、福州で通貨が使えても
おかしい話ではない。だけど、長崎限定だとばかりおもっていました。
つまり清に出かけていって商売をしていなかったものとおもっていたら、していたのですね。

たった二行だけど、ウイリアムズ、あなたも驚いたようだけど(笑)、
書き記していてくれて、ありがとう~~~。
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by aroe-happyq | 2006-12-10 10:53 | 広く幕末ネタ | Comments(0)
古本を購入する機会は多い。
日本の古本屋さんやアマゾン(日本)、スーパー源氏、それからなくなってしまったが、
楽天フリマなどが主であった。

だけど洋書の古本はやはり、アマゾン(アメリカ)かなと思い、
ホーンブロワーにはまったついでに、マスターアンドコマンダーのメイキング本も
買ったのだ。
相手は大手の古本チェーンだった。
海外発送は個人の売り手はなかなかしてくれないのだ。

そして、
2週間以上はかかる、といわれた本は一週間以内にやってきて、
状態もとてもよかった。梱包もたいへん丁寧。

なので、さっそく評価した。

そこで驚いたのが、日本のアマゾンになくて、本家アマゾンにあったアンケート。

1.期限以内に諸品は届きましたか? YES/NO
2・売り手によって説明されるようにあなたの商品は状態で届きましたか YES/NO
3.もし、あなたが売り手に連絡をとった場合、対応は丁寧でしたか? YES/NO

ささやかなアンケートだけど、評価するひとりひとりがこれに応えた場合、
かなりのデータになる。これはナイスなアイデアだと思う。

日本アマゾンも、こういうささやかだが、的確な対応をとったらいいのにな。
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by aroe-happyq | 2006-12-08 10:15 | ほんの世間話 | Comments(0)

アジアンエンタメ&お江戸後期。外国奉行や長崎海軍伝習所がご贔屓☆ BYはな。


by aroe-happyq