東都アロエ

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アジアンエンタメ&お江戸後期。外国奉行や長崎海軍伝習所がご贔屓☆ BYはな。

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コメント欄にてきりゅうさんから素敵な情報をいただきました。
『東京文化財ウィーク2007 ~東京を旅しよう。~』が決まったようです!

昨日のタモリ倶楽部でも勝鬨橋の由来→幻の昭和15年東京万博→いつも予定地で
終わる東京ウォーターーフロントエリアの旅をやっておりましたが、
(そしてそのエリアには「2016年東京オリンピックスタジアム予定地」の看板が(爆))
勝鬨橋ひとつをとっても歴史を背負っているわけで、その内容を知ると
よけいに勝鬨橋を楽しめる。ただそれだけですが、それが好い♪んですよね。

季節もちょうど良いですし、
この機会に都内にひっそりある江戸や明治の面影を歩いてみてはいかがでしょうか☆


「東京文化財ウィーク ガイド」冊子は、10月10日(木)から
都及び区市町村教育委員会窓口、都内公立文化施設等で配布、とのことです。

でも冊子の内容はすでにWEB上で公開されております♪

冊子の内容はこちら→東京都生涯学習情報サイト

・・・・22Pにきりゅうさんのおっしゃる通り、永井のお墓もエントリーされておりますが、
個人的にはそのお隣の永井能登守尚徳パパのお墓もよろしく!という感じです(笑)。
というより、なぜ岩瀬はエントリーされないかな~~~。看板も立ってないし・・・・・。
そういえば、堀織部なんて・・・・・・・(沈黙)・・・・・。

大江戸の跡地にある町にしては全体的に文化財が少ないですが、
震災や戦争で燃えたり壊れてしまいましたので、これだけでもよくぞ持ちこたえた、
とむしろ褒めるべきかもしれません。


問題なのはその残っている貴重な史跡の扱い方・・・なんだな・・・・(涙)。


画像UPをずっと忘れておりましたけれど、

d0080566_10484940.jpg


浅野内匠頭ったら、なぜか車道へむかってその存在感を示そうとなさっている(涙)。
どーして歩道側を向いたらいけないの?(以前は向いていたのに)
忠臣蔵でも、こんな非道な扱われ方(笑)が許される、東京なのであります。
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by aroe-happyq | 2007-09-29 10:24 | 江戸東京あれこれ | Comments(4)
『幕末外国関係文書』のいるとこだけコピー作業も順調に進み、
とうとう19巻までやってきております。
(でも50巻以上あるんですけど・・・はははは←笑うしかない)

安政5年の春まできちゃいまして、永井玄蕃頭は4年の師走に旗本としては
最高職の勘定奉行御勝手になり(町奉行職はその上のまさに名誉職だったりしますが)、
部屋住みなのに、屋敷も御台所町に拝領し、
オランダ商館長クルチウスの江戸出府のおりには、
自宅に招いて歓迎会(公式のものなので屋敷を提供したようなもの)をしたりと、
人生最高の春を謳歌していなきゃおかしい・・・・・・はずが、どうもそうではない。
京から戻ってきた岩瀬忠震は「異国の人より話の通じない」禁裏ワールドにうんざりして、
体調も不良に。
遅々としてすすまない条約の成立にやきもきし、岩瀬のちょっと凹んだ様子に不吉な
予感のする、安政5年の春でございます。

・・・・・・・・というわけで、岩瀬さんが凹む前の、「交易御開き」へ彼がのめりこむまで
のプロセスを書簡から探ろうという壮大な特集をぼちぼちやらねばならん・・・・のですが、
なんだかんだと時間をとられる日々で、落ち着いて作業にいそしめませんっっ。

本日も、あいかわらず小ネタで失礼いたします☆

今回紹介の史料は『幕末外国関係文書』18の、NO.217の
「(安政4年)12月26日 蕃書調所対話書 下田奉行井上信濃守ならびに
 目付岩瀬肥後守と米国総領事ハリスと租税法の件」より。

井上と岩瀬はこの頃、連日ハリスと交渉しておりますが、同時に海外の租税についても
レクチャーをうけておりました。
何度も申しますが、対話書をみるかぎり、ハリスには日本に不平等な関税率を
設定させてやろうなどという魂胆はなく、いたって真面目に当時の世界の現状を
レクチャーしております。もちろん慈善事業でやってきているわけではないので、
そのあたりの駆け引きがありますが、実のところこの頃ハリスは対日本ではなく、
同じように条約を結ぼうとしていた列強・・・・とくに日本となじみあるオランダこそが
心の仮想敵国(笑)で、オランダを出し抜くために必死で、日本と条約を結びたいために
自由貿易への道を必死に説いている状態でした。

この日は、租税に関する話でしたが、入港税について話しているうちに、
ハリスの故郷ニューヨークの話に・・・・花が咲いたようです。

その証拠になぜか・・・・・・・・


d0080566_10484580.jpg


文書のなかにこのような挿絵が突如登場します・・・・・・・・。

どうもハリスが書いた絵の写しのようです(笑)。

これはマンハッタン・・・・っすね。
波止場がデカすぎますけど・・・・・(爆)。
(これじゃマンハッタン島が出島サイズ・・・・)
わざわざ絵をかいているところをみると、けっこう熱心に「ふるさと自慢」をしたのかも
しれません。ニューヨークっ子のハリスとしては自由貿易の町で育ったその空気を伝えたかったのでしょう。
井上&岩瀬コンビなら、それを受け止める度量もありますしね♪

この頃は、横浜開港にむけて話しているところだったので、
岩瀬と井上のなかではひょっとして、横浜はニューヨーク??江戸はワシントン?
という構想イメージだったのかもしれません(笑)。
(人ってものは意外に単純でございますゆえ)

この後、岩瀬はよりいっそう英語を習得しようと励みますが、
このときのハリスのニューヨーク話にすっかり感化されていたりして。

京から戻った岩瀬の毒舌はさらに磨きがかかり「徳川なんてどーなっても構わない」
など危険な発言が増えますが、そんな岩瀬とそれからオランダ領事を自宅に招待した
永井などの、最後の夢はいつしか「海外行きたい♪」になってゆきます。
岩瀬はアメリカ、永井は徳川海軍とフランス~オランダ訪問などと考えたりしましたが、
この安政4~5年の各領事との対話がその原動力だったようです。
(とはいえ岩瀬の海外視察したい病は、もっと前からありましたケド(笑))
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by aroe-happyq | 2007-09-28 11:30 | 外国奉行ズ | Comments(4)
オリコンのニュース→こちら


なんと!!!

49回予定が、50回になったらしいですぞ!


すごいですねーー!
嬉しいですっっ~~~~~。
1話でも今年の大河は長くみたい!
(来年、さ来年の作品に大いなる不安があるためというのもありますケド)

それにもしかして、久々の50回大河ドラマではありませんか??
かっこいいゾ!!勘助ーーーーー!!




・・・・あ、あのでも・・・『武田信玄』のときのように、予算使い果たして、信玄と謙信のアップシーンばかりとか・・・そういうのは困りますよ~~~(笑)。
(それはそれで面白いんですけどね(爆))
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by aroe-happyq | 2007-09-27 14:06 | ほんの世間話 | Comments(2)
再度登場してしまいました、箱館奉行村垣さんの日記です。

といっても今回はほんの小ネタ・・・・。

『幕末外国関係文書附録之4』収録の「村垣淡路守公務日記之12」まで読み進んで
まりました。
箱館に勤務のままの安政5年正月から、
同年9月20日に品川に帰るまでが12巻目の内容です。

11巻目の終わり、安政4年の12月に堀織部正が江戸に帰ってしまってからは、
どちらかというと堀と一緒に組み立てたプランを調整しながら進めていく、
残務お仕事が多いようでした。
のんびりとした日々・・・・という印象ですが、
そこで公務日記を占めるには江戸からの情報のメモです。
とくに相棒の堀織部正は公文書と一緒にいっつも手紙を添えてきて、
居残り村垣の寂しさを紛らわせあげております(笑)。

そんななか、安政5年正月12日の日記に、

・・・(略)・・・・・
○織部一名表状、
同人十二月朔日、仙台領小渕浦出航、去ル五日浦賀著船、
同六日夜亥上刻、品川著船、
同八日上陸帰著之旨、船中日記添申来ル

宅状ニ箱、十二月二日・同十二日一同来ル、所々より状来ル、
水野筑後十二日、田安家家老
永井玄蕃勘定奉行、御勝
・・・・(略)・・・・・・・

○土岐摂州より、寒中状一、菓子一折
○堀伊豆より内状一、のり十帖到来


というメモがあります。
この当時は江戸で12月中旬で起きた情報が一ヶ月かかって箱館にもたらされて
いたようです。
堀織部が江戸に着いたというしらせが、船中日記(読みたいっす)とともに
もたらされております。
書状だけではなく、菓子やのりなども届きます(笑)。

次のメモは人事異動の情報で、
江戸の蕃所調所で交渉中のハリスにつっかかった?ことで
条約交渉の支障になる(以上は岩瀬の言葉より)ので家老へ移動になった水野忠徳と、
その後任として勘定奉行に永井尚志がなった・・・という知らせでした。

菓子を送ってきた土岐摂州というのは勘定奉行のひとりですが、
さて次がポイントでして、
この堀伊豆というのは大目付堀伊豆守のことで・・・・・・・・・、
堀織部正のお父さんなのでありました。

「うちの不肖の息子が先月までお世話になりまして本当にありがとうございます。
これからもよろしくお願いします」
・・・・・・・・・・というような手紙だったのではあるまいか????
などと勝手に想像すると、かなり愉しいです(笑)。

堀織部正は婿でもなんでもなく、お父さんの実子で、
堀家の親子&家族は木挽町でずっと同居のままでした。
堀伊豆のお年は不明ですが、60歳前後???だとしても、
40過ぎの息子はまだまだ子供・・・・・、きっと箱館勤務になるたびに
ハラハラしているのでしょう。
(堀織部の気性を考えると、家族はハラハラしっぱなし?)
無事に江戸に戻ってきた息子をみて、
心から村垣さんに感謝していたのではないでしょうか(笑)。

そして村垣さんも、当時の箱館では貴重だったらしいのりを
ごばんと一緒に食べながら、お仕事に励んだわけですね☆


ほほえましい、相棒関係・・・それも家族ぐるみのお付き合い♪です。



ところで、昨夜の「なんでも鑑定団」をみてしまいました。
やっぱりさすがです、坂本龍馬さん!!
書状一通が底値で1600万円とわ!!!!
幕末の大スターは違うわ~~~と思わず唸ってしまいました☆
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by aroe-happyq | 2007-09-26 10:41 | 箱館または釜さん | Comments(0)

親友バトン

瑞貴さんから親友バトンをいただいちゃいましたーーっっ。
ありがとうございますっっ♪

ご指名が岩瀬さん、とのことで小躍りしながら♪♪(爆)いざ!

・・・・でも恋人ではなく、親友っていうのが嬉しいですっっ☆
岩瀬さんであれば、親友もしくは部下として旅に同行したいのでっっ。
(どんなにか、平山謙次郎が羨ましいかっっ(笑))



【親友バトン】

~もしも親友だったら編~
「ルール」 
前の人から設定された有名人を親友に見立てて下さい。 
 
設定人物→岩瀬忠震
 
■朝、携帯電話を開けて待ち受け画面を見ると『今日から貴方は岩瀬さんの親友です』

とにかくガッツポーズをしてみます。
でも40秒ぐらいしてからいたずらメールではないかと
疑ってメルアドなどチェックしてしまうだろうかと。

 
■次の瞬間岩瀬さんから遊びに行こうとメールが来た。どうする?

「いきましょ、いきましょ、どこに行きます?」
とやはり、ウキウキして返信しちゃいそうデス。
(舞い上がっていて、事の重大さはあとでわかる感じ(笑))


■岩瀬さんから恋愛相談のメールが来た。どうする? 

「とっくに君のなかでは答えはみつかっているんでしょ?」
と返してやります。
自分で答えの出せる人なので、わざわざメールしてきた
というのはただののろけとしか思えず笑)、
あーあ、わかったよ、とわざと突き放してみました。


■岩瀬さんから着信がありました。どうする? 

難しい漢字変換で手間がかかって遅めにメールが
来そうですが、嬉しさのあまり即保存にしてしまいます☆

*追記*(27日)
着信とメールを読みまつがるあたり、いかに自分がうろたえていたかが
よくわかります(爆笑)。

声がきけるなんて・・・・・声がきけるなんて・・・・・(耳から煙が・・・脳がショートしますた)


■岩瀬さんの家に呼ばれました

ラッキー!!!と喜びもつかの間、
あそこの屋敷は子だくさんなので、お菓子の多めに
買わなくちゃなどと土産の心配に走ります・・・・。
でも行ったら夜通し、飲み会がいいです(笑)。
他のお友達(永井も可←偉そう)も一緒でワイワイやりたいっっ!


■親友としてひとこと 

付き合いやすいし、明るくて楽しいし、君は最高です!
それからちょっぴり尊敬もしているけど、
たまに危なっかしくてみていられないから、
あまり無茶しないでよっっ(汗)。


■親友を作ってあげたい五人を紹介して下さい。

小夜さん→(あえて)水野忠徳さん(←土方さんとどっちかで悩みつつ、こっちでーっっ)
高松飛鳥さん→高松凌雲先生
香音里さん→榎本さん
まやこさん→土方さん

※指定はチェンジOKですっっ
 また、忙しい方・すでにやった事のある方はスルーしてくださいね!
 やってみたい方は、ご自由にチャレンジしてみて~☆
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by aroe-happyq | 2007-09-25 10:15 | 広く幕末ネタ | Comments(10)
休日なので、画像でまったり♪したいと思います☆

いきなり旧字だらけのゴツゴツしたタイトルでしたが、
これが本日の画像のタイトルでなのですっっ。

『幕末外国関係文書之19』の冒頭に折りたたんで掲載されていたのが
この絵図です。


d0080566_14213939.jpg


絵にしては写真のようにリアルなのですっかり気に入ってしまい、
スキャンしてしまいました☆

d0080566_14225972.jpg


小船(バッテーラ)からけっこう長い縄梯子をのぼらないと船に乗り込めないらしい・・・・と
いうこの部分がとくに気に入ってしまい、ちょっと拡大してみました(笑)。

遠路はるばるアメリカから来て、浦賀沖で縄梯子にぶら下がる・・・・。
船員のみなさんのご苦労が胸にせまります。
(ビットルの来航時なんてしっしっと追い返されたわけで、さぞかしムカついたことでしょう(爆))


今、ちょうどケーブルTVのミステリチャンネルで
「ホーンブロワー」の放映が週一話ずつありまして、またまた海洋モノ好いております。
帆船時代の海軍モノはとても楽しいっっ。
蒸気帆船じゃなかったら、徳川海軍にもこんなにはまったかどうか(笑)。

そういえば長崎のフェートン号事件のフェートン号の艦長のぺリューについて
調べるのをすっかり忘れておりました(汗)。
「ホーンブロワー」に出てくるぺリュー艦長の一族だとは・・・睨んでいるのですが(笑)。
(というか、かなり本人っぽいのですが、あまり考えたくないといいますか(大爆笑))

※追記※
思い立ったら吉日・・・・というわけで、ぺリューについて調べ始めたら
3分で判明しました(爆)。

長崎のフェートン号(Phaeton)事件は1808年(文化5年)に起きたのですが、
艦長はFleetwood Broughton Reynolds Pellew(1789-1861)。

・・・・・続けて、son of Edward Pellew と書いてありますた・・・。

ホーンブロワーの上司のぺリューは、Sir Edward Pellew(1757-1833) 。

つまり、フェートン号艦長はこいつの息子だったか・・・・(涙)。

幕末に幕府とイギリスがどーしてもうまくいかなかったのは、フェートン号の暴挙の記憶
ゆえ・・・・・だという説もあるのです。
なんてことをしてくれたのかね・・・・ぺリュー息子・・・(爆)。

といいつつホーンブロワーのぺリュー艦長の大ファンです♪
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by aroe-happyq | 2007-09-24 14:41 | 広く幕末ネタ | Comments(2)
幕臣占いの不具合のとき、パート2をつくるつもりだったのですが、
医師だけで作ったらどーなるだろう???なんて軽く思いついたのが運のツキっっ。
時間がかかってしまいますた・・・・。
ちょっと幕末だけじゃ人数確保ができなかったので、天保まで範囲を広げてみました。
いろいろなお医者さんがいるものです♪

ちょっと急いで調べたので経歴などでまつがえている箇所がありましたら、
どうかご一報ください☆訂正しまーすっっ




というわけで遊んでみてくださいね→江戸晩期のお医者さん占いはこちら
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by aroe-happyq | 2007-09-22 19:08 | お知らせ | Comments(12)
世の中、いろいろな書物が存在するものです。
図書館でなにげなくみた本にとんでもねぇ誤報が書かれておりました。

愛知県教育会編 『愛知歴史人物事典』

という本をめくったわけです。愛知といえば奥殿藩なんかもあるので。

目次の項目は「勤王家・志士 」「政治家・武家」「教育家・・・」
などにわかれているので、当然「政治家・武家」のところを探したらナイのです。
よくみたら・・・・・・

勤王家・志士  永井尚志

げげげーーーーーいーーん。

愛知では長いあいだそーゆーことになっていたのでせうか!?(笑)
いやいやこの本だけだったと信じようっっ(汗)


ついつい笑いをこらえて、永井の項目をみたのでした。


通称は岩之丞、介堂と号し、玄蕃頭に任ぜられたので、通常永井玄蕃頭とも称する。
父は大給恒の曽祖父に当る松平主水正で、養子である。
三歳の時父母に歿し、水戸に引き取られてつぶさに学問・兵法を学び、
廿十五歳の時永井能都守の養子になって永井姓を冒す事となった。
・・・・以下略


はーーーーー!???

いったいどこから、水戸に引き取られてなんてことに!?

※ちなみに三歳から江戸の麻布の奥殿藩邸で育ったというのは、永井本人も語って
おります。

水戸ではなくて、江戸ですよんっっ!
(この一字の違いは大違い!)

だいいち、奥殿藩と水戸家、ぜんぜんなんのおつきあいもないんですけどぉ!???(爆)

そりゃ水戸で育って、兵法まで学んだらバリバリの勤王家ですけど、
そんなにーちゃんを、旗本3000石の永井家がどーして婿養子にもらいたいか!(笑)

すごい・・・・すごすぎるっっ。

こんな見え透いた嘘までついて永井を勤王家にしたいそのメリットはなに!?
なんかそれで楽しいことがあるの!??


・・・・と図書館で笑い死にしそうになって悶え苦しんでしまいました。

でも、その後の永井の紹介はとてもまともなもので、フツーなのでした。
大政奉還あたりでまたなにか誤報があるかと思いきや、ぜんぜんなくって。

もしかして大政奉還を積極的に勧めようとしたこと自体が勤王活動認定なのか!?(爆)



ということで、この本では永井さんは勤王家ということらすぃです♪(涙)
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by aroe-happyq | 2007-09-21 10:17 | 外国奉行ズ | Comments(9)
去年の今頃は死にそうに忙しくて映画祭情報をUPできませんでしたが、
今年は記事にできそうです。

さて昨夜の夜、やっと映画祭上映作品が公表されました。

東京映画祭公式サイト→こちら

今のところ、どえらく重いんです(涙)。
毎年けっこういたらないサイトですが(涙)
今年は「重」がテーマか!? 
数日うちには改善されることと思いたいっっ(汗)。

・・・・おかげで全部の作品をまだチェックできていないのです(笑)。

アジア映画は
ぱっとみた印象では香港映画祭があるから、ま、いいか・・・・的なラインナップで
期待していたアノ映画もこの映画も上映はなさそうです。
(日本の配給会社がすでにきまっていたので、公開前に国内映画祭に出したがらない
傾向がある昨今、やはり無理でしたか・・・・・と(涙))
ですが、今年は台湾映画が多めで、
エドワード・ヤンの追悼映画特集などもあります。

日本映画のほうではいろいろある感じです。
公開直前の「ALWAYS 続三丁目の夕日」をオーチャードでみる楽しさとか、
片岡愛之助さんの出ている「Beauty」のプレミア上映、
また「映画でみた東京」などの特集もあって、盛りだくさん。


問題は渋谷会場と六本木会場をはしごしないで済むスケジュールを・・・
考えないと。昨年友人が会場をまつがえてたいへんなことになりますた。


それほどウキウキな作品があるわけでもなく(笑)、
いささかアテが外れて哀しいので、またまたyoutubeでみつけてきた、
ワインのCMの動画でも紹介させてください(笑)
2000年ごろに作られた、トニー・レオン&マギー・チャン(花様年華コンビ)主演、
王家衛(ウォン・カーワイ)監督作品のCMデス☆
youtubeって素晴らしい!

梁朝偉/張曼玉--新天紅酒廣告 →youtubeサイトへ
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by aroe-happyq | 2007-09-20 10:13 | 香港&アジア映画 | Comments(4)
やはり没後100年、なにかが起こると思いましたが小樽で事件は起きるらしい!

あるゆさんのブログ香音里さんのブログで
詳細を紹介してくださっておりますので、ぜひぜひまずはそちらへGO!

北海道新聞の記事をちょこっとだけ引用させていただきますと・・・・。


榎本武揚の信念伝えたい 小樽有志が「没後100年」実行委

北海道の発展に寄与し、小樽との縁が深かった榎本武揚(一八三六-一九○八年)の没後百年を来年に控え、小樽市民有志が十五日、記念事業実行委員会を設立した。来年夏に銅像の建立や講演会、トレードマークである「ひげ」の仮装コンテストなどを行い、榎本再評価につなげる考えだ。


再評価!!繋がるといいなぁぁ!!

そして小樽にいくと武揚グッズでいっぱい・・・・なんて幸せな日が
くるのでしょうか(笑&喜)。


来年かぁぁぁ・・・・函館行きを予定していたけど、小樽もいいなぁ♪(くぅぅぅ悩む~~~~)
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by aroe-happyq | 2007-09-19 14:55 | 箱館または釜さん | Comments(2)

アジアンエンタメ&お江戸後期。外国奉行や長崎海軍伝習所がご贔屓☆ BYはな。


by aroe-happyq