東都アロエ

asiabaku9.exblog.jp

アジアンエンタメ&お江戸後期。外国奉行や長崎海軍伝習所がご贔屓☆ BYはな。

<   2007年 11月 ( 25 )   > この月の画像一覧

定期的にやってくるマイ阿部伊勢守ブームのただ中ではありますが(笑)、
ちょっと面白い♪バトンをAkiさんにいただきましたので、いざ!!


【ヲタ系@指定バトン】

※注意:指定者以外は絶対にやらないで下さい。
※ルール:回してくれた人からもらった『指定』を『 』の中に入れて答えること。


テーマは川路聖謨。



■最近おもう『川路聖謨』

小説や評伝に出てくるおもな川路さんは、切れ者だけど、カタブツ。
異例の出世を遂げたぶん、いじめられてきたので、
すっかりたくましいオヤジ像なのが多いのですが、
日記などをみていると、
仕事を離れた川路さんは実にあったかくて思いやりがあり、
そしてユニークな人。
ゴンチャロフの本では、ダンディでエスプリなおじさまぶりも
記録されてました。

もっともっとこうした川路さんのいろいろな面を
多くの人に知ってもらいたいと思う今日この頃です☆



■こんな『川路聖謨』に感動

天保の蕃社の獄のとき、
友人の渡辺崋山や江川太郎左衛門を老中水野にかけあって救おうと
したことは有名ですが、
嘉永7年のペリー艦隊に吉田松陰が密航しようとした事件のときも、
佐久間象山と吉田松陰の死罪を阿部老中にかけあって減刑した、というのも、
いい話だなぁ♪と思いました。
(ちなみに友人は佐久間さんのほう。吉田さんはおまけ)

川路さんは友人想いの熱い男なのです☆



■直感的な『川路聖謨』

井上信濃守
永井玄蕃頭と一緒に、水戸斉昭に「切腹しろー!」と怒鳴られた。
オルゴール
奥様は美人
プチャーチン
マザコン
渡辺崋山
お酒が好き
猥談大好き♪(笑)


■好きな『川路聖謨』

阿部老中率いる多摩郡への視察団のなかで、
川路聖謨だけが地元のお百姓の皆さんに気さくに声をかけ、語らい、
楽しげに笑っていた、という史料があって、
そういう「気さくな」川路聖謨。

プチャーチンと交渉中、写真を撮る事になったが、イヤだったので、
「わたしは不細工ですので」と社交辞令的な断りの挨拶で言ったのに、
「それほど不細工じゃありませんよ」「大丈夫、大丈夫」
と相手に真に受けられて、「おれは不細工じゃない!」と
マジで怒る川路聖謨。

とうに50歳を過ぎているのに、母からの手紙に涙する、
いつまでも母の息子であり続ける川路聖謨。


番外で、家来のみなさんとかわいい下ネタで盛り上がる
笑いの絶えない、川路家の主人の聖謨。



■こんな『川路聖謨』は、イヤだ

とくにありません(笑)。

伊澤美作守との大人げない喧嘩も、イジワルも(爆)、
理由があってやっているので、問題なし!つか、かわいいとさえ思います。
(ささやかな友人の敵討ちなので)

勝海舟に、成り上がり者だから「こすい」と言われた川路殿ですが、
(つか、あんたはそれを言えた義理かい、と即ツッコミですけど(爆))
イヤなところ、ぜんぜんなし!


■この世に『川路聖謨』がいなかったら
それは困ります~~~~~。

川路さんの随筆や日記がないと、幕末史の一部はまったくわからなかったし、
ロシアとの華麗な外交交渉を担った、日本史的にも貴重な人。
・・・そして真面目な面でなくても、
この人がいなかったら、幕末はつまらない(笑)。



以上、こんな感じですっっ。


バトンは自由にやってみてくださいまし☆
[PR]
by aroe-happyq | 2007-11-30 10:47 | 広く幕末ネタ | Comments(8)
ままこっちさん宅で、面白い脳内メーカーの存在を知りまして、
作るのが簡単でしたので、さっそく作成してしてみました。



幕末開明派的な脳内メーカー


・・・・開明派ではない成分も仕込んでますので、
多岐に渡った内容(でも基本は開明派ですが(爆))になっております。



さっそく自分でやってみたら、軍艦奉行65%・・・・・・。
ちぇすとー15%・・・・。
コメントのしようがございません(爆)。
[PR]
by aroe-happyq | 2007-11-29 09:55 | 幕臣系 | Comments(4)
前にもちょっと記事にしましたが
Akiさん宅のルポみたら、もうすっとんで行くっきゃない♪ということで(笑)、
昨日、塩とたばこ博物館にいってまいりました☆

いつもは煙管とたばこ入れを眺めに行くので入場料100円はフツーかと
思っていたのですが、今回の特別展示だけは、パンフもついてこのお値段!!!
そして!!!この展示の充実の内容は、万延小判100両に値します(笑)。
ペリー来航から戊辰戦争まで、幕末がさっとおさらいできますし、
ちょっと幕末外交に興味があれば、超おススメですよーー!!

いきなりですが、ハリスへの接待菓子が復元されておりまして・・・・。
そこのなかにある「紅カステラ巻」が~~~~~!!食してみとうございました。
(ハルリスが羨ましい~~~~~とはじめて思いました(笑))


そして、いままで手持ちの写真がなくて紹介できませんでした、
外国奉行のお写真も展示にありました。

d0080566_145367.jpg


後列左から、岩瀬肥後守、水野筑後守

前列左から、通訳森山多吉郎(裃姿)、井上信濃守、堀織部正、永井玄蕃頭、です。

・・・・岩瀬~~~顔がボケボケでよくみえましぇんーーー(号泣)。
(もちろん、となりの水野さんもーー)
これでも必死でフォトショで画像調整したのですけど、堀ばっかりますますくっきり
なっていくというのみで・・・つまりは、元の写真がダメなものはダメなのだーー(涙)。
・・・でもその堀織部正が老けていてびっくりです。
いや、そのとなりで堀より2歳年上のはずの永井がつるんとしすぎ??
井上さんはあまり、川路兄さまに似ていない???かもですね。

写真といえば慶喜さんの写真もほかの人に比べて多かったような(笑)。
「大徳川展」でも慶喜さんの写真(こちらは原物)の前は行列が大きくなるという、
なんやかんや言っても、幕末の風雲児さんは人気者です。
今回の展示も有名な写真ばかりですが、
愛用の小物と一緒に展示されていると、なかなかオツでした。
たばこの博物館だけあって、慶喜ファンの聖地こと松戸市戸定歴史館所蔵の、
慶喜の煙草入れ&煙管筒なども特別に展示されておりました。
(つまり、今松戸へいってもこれら小物とは会えません)

話は戻って、展示のタイトルどおり、ハリスのものも充実しておりました。
ハリス警固のみなさんの半纏に、アメリカを象徴する白頭の鷲のマークが入っていて、
かっこいいです。そこに「トウンゼント・ハルリス」のカタカナの入った提灯をぶら下げて
・・・・そういう道中をみてみたいです(笑)。←ヒュースケンの提灯ももちろん有り

とはいえ、この特別展示で最も衝撃だったのが、万延小判!!!
ちっ・・・ち・・・小さい!!!!
どれぐらい小さいか→こちらのサイトへ
これじゃ25両のひと包みでも、うっかり落としても気が付かない・・・・・・。
嗚呼、こりゃ・・・・もう、徳川はおしまいっす(←きっぱりいうのが早すぎ?)。
この金貨流出問題は、外国奉行にも大きな責任があります。
といっても~~~問題に気が付いて対処しようにも、当の交渉人たち、
岩瀬や井上、永井たちはみーんな左遷されてしまい、なにもできませんでした。
あと1年、外国奉行(ホントは御目付のままのほうが権限が大きくて、
すばやく対処できたのでしょうが・・・)にいさせてほしかった・・・と、
そしたら自ら責任をもって、あれほど悪化はさせなかったはず・・・と、
初期外国奉行ファンとしては、いろいろ胸が痛むのでした。

とっても深かった・・・充実の展示でした☆
(贅沢をいいますと、もう1フロア分ぐらいほしいけど・・・・)


こちらの展示と連動して、「幕末ニッポン」という本が出ております。
詳しくはこちら→セブンアンドワイ
ちょっとお高いので、まずは書店で中身をチェックしてみてくださいね!
[PR]
by aroe-happyq | 2007-11-28 14:57 | 外国奉行ズ | Comments(11)
以前に前島密さんと岩瀬肥後守の不思議な縁について記事にしましたが、せっかくの貴重な岩瀬話なので、もとの文章を探してみました☆

以下は、
『前島密  前島密自叙伝』人間の記録21 (日本図書センター)の、 
P26 「砲術等を学び」 よりの引用です。


まずは前島密青年が設楽家に居候になったことについて語っております。

たまたま友人西村某等の紹介斡旋に依りて、
旗本の士設楽弾正氏に寓するを得たり。
これ氏は林大学頭の親戚なれば、同氏の蔵書を借覧するの便あり、
しかも幕末の三傑たる岩瀬肥後守を兄とする縁故あれば、
この人に接して教えを受くる利益も有るべしと思惟したるに由る。


前島青年・・・すごく計算高い(爆)。
弾正さんの蔵書(大学頭の親戚なのでレベルが高い本ばかり)目当てで、
岩瀬に教えを乞いたい・・・・・・って、屋敷に置いてあげる弾正はおまけ?(笑)。

と、それはよいとして、いよいよ岩瀬との話です。

しかして氏に接する僅に二回に過ぎざるも、
氏は余に教えて曰く、


誰に対しても壁をつくらない気さくな人なんで、
ちょっとしか会ったことなくても、いろいろアドバイスしちゃう・・・・・・岩瀬さんです。
(学問所教授時代が長かったから・・・ひとに教えるのは好きなタイプだし)
ちなみに、杉亨二のときも、出会ったとたんヨーロッパに誘っている(笑)。


さて、いよいよ本題の、岩瀬の言葉です。

およそ国家の志士たる者は、英国の言語を学ばざるべからず。
英語は米国の国語となれるのみならず、
広く亜細亜の要地に通用せり。
かつ英国は勿論、海軍も盛大にして文武百芸諸国に冠たり、
和蘭の如きは萎靡不振、学ぶに足るものなし、と。


・・・・あいかわらず、直球ですな(って、そこがたまらないのですけど)。
国家の志士はみんな英語を学ばなくてはいけない、って・・・・・・・、
以前の記事でもおおよその見当をつけましたが、これは安政2年ごろのお話だと
思うのです。この頃といえば、ようやく蘭学に学べ!というブームの頃でして、
岩瀬の親友の永井岩之丞は長崎でオランダ海軍から伝習をはじめた頃で、
永井自身、オランダ語を習得していた頃(そして随分うまくなったそうで(笑))です。
それなのに、もう岩瀬は「オランダに学ぶに足るものなし」と断言しております。
(嗚呼、永井の立場なしーーー)

きっぱり、はっきり、くっきりな物言いをする男、岩瀬肥後守、ここにあり。

で、前島君は・・・・・・・・・・・

余はその教示に依りて将来の方針を変じ、専ら英語を学ばんと決心せり。

どうしましょう、「将来の方針を変じ」ちゃいましたよーーー。

・・・・・結果は以前の記事にも書きましたとおり、
英語を教えてくれる塾はまだなく(ジョン万次郎の塾はどうだったのかな?)、

・・・・さて、ここにひとつの因縁あり!です。

なんと、前島君は英語塾を諦めて、下曽根金三郎の砲術塾に入ったのです。

下曽根といえば、これまた前の記事で紹介しました
岩瀬とは砲術教授褒賞の件で・・・・・後世にいろいろあった
(つまり本人たちは関係ないのです)
あの下曽根さんです(笑)。

・・・・江戸は狭い!!!!!!


というわけで、前島密の人生を変えた男、岩瀬さんのお話でした。
[PR]
by aroe-happyq | 2007-11-26 14:55 | 外国奉行ズ | Comments(0)
本日、二度目の投稿です。
・・・・てか、太郎さんの話題を扱ったら、友人からこんなお知らせがきた(笑)!
(太郎さんは出てこないけど(号泣)いちおう、蝦夷つながり)


「新選組!!」を 木曜時代劇として再放送するらしいです。
(「風の果て」のあと、ですね)

NHKのお知らせサイト→詳しくはこちら

12月13日・20日の2日にわたり、
再編集したものを木曜時代劇(木曜よる8時)として再放送します。


だそーです。

・・・・つか、どこで「本日はここまで!次回につづく」になっちゃうのだらうか??(笑)
(40分すぎって・・・どのへんでしたっけ。榎本サンと土方さんのディベート大会ちゅう?)
[PR]
by aroe-happyq | 2007-11-23 14:24 | 新選組! | Comments(2)
設楽弾正との関わりにしてはいっさい不明のままですが、
なにか手がかりでも・・・・と思って、太郎さんと弟、パパ上について、
メモっておこうかと思い立ちました(笑)。


◎ 松平太郎 (部屋住)


父:松平九郎左衛門親似(ちかゆき)

屋敷:(部屋住なので家族同居) 本所(南)割下水

禄:  150俵(慶応4年武鑑)


安政3年(1856)11.12  部屋住より表右筆

安政6年(1959)12.6   奥右筆所留物方

慶応3年(1867)6.28   奥右筆より外国奉行支配組頭(300俵)

慶応4年(1868)2      歩兵組頭並(1000石高)

          2      歩兵頭(2000石高)

          2.26    陸軍奉行並(5000石高)

※太郎は部屋住中、北海道にゆき廃嫡。
 松平家は弟(九郎左衛門三男)、小六郎が跡目相続した。

※「江戸時代制度の研究」の松平太郎は高木家よりの養子



ついでにこの三男小六郎さんについても、メモります。

◎松平小六郎(三男惣領)

(明治4年)未25歳

明治元年(1868)11.28 父隠居苗跡相続被命
                  武州埼玉郡和戸村え帰農願

明治2年(1869)1.8     顧之通帰農

明治3年(1870)2.22    顧之通帰藩相良勤番組之頭支配 2等勤番

          10.27   増扶持 6人扶持  



(以上は、『寛政譜以降旗本家百科事典』 5巻 2571P~)



ついでながら、松平九郎左衛門親似についても、メモ。

◎松平九郎左衛門親似

屋敷: 本所南割下水

妻:山王神職樹下内膳永成が女 

禄: 150俵

本国: 三河

知行地: なし

本姓: 岩津

小十人組五番(寛政11年ごろ) →御右筆(天保14年ごろ)

※ 『寛政譜』によれば、九郎左衛門親似の祖父にあたる松平尹親は、元禄14年、
まだ甲州藩藩主であった文昭院(6代将軍家宣)に仕え、将軍になるべく西の丸に
入ったときに、御家人に列した…よし。

(以上は、 『旗本人名事典』3巻251P、 『寛政譜』1巻237P~より)
[PR]
by aroe-happyq | 2007-11-23 11:29 | 箱館または釜さん | Comments(0)
いまさらですが、原史料にあたる必要性を痛感しました。
可能なかぎり、原文をみて確認する作業を繰り返すこと、それが真実への第一歩。
なのに嗚呼・・・・猛反省・・・・・。

問題は以前こちらの記事の年表で記しました、岩瀬忠震の年譜です。

嘉永4年(1851) 公儀より文学及び砲術教授の労を賞される。

これがまつがっておりましたのです・・・・・・。

といっても、わたしが参考にさせてもらった飯田虎男『岩瀬忠震の年譜的研究』が
間違っているのではなく、その元の『維新史料綱要』がそもそも誤っていたのです。
(『野史台』のほうにも出ております・・・・・)

東京大学史料編纂所のデーターベース内の、維新史料綱要DBで「岩瀬修理」と
検索したところ、
嘉永4年(1851)3月16日 公儀より文学及び砲術教授の労を賞される。
という見出しが出たので、詳細→イメージをクリックし、
高麗環雑記」なる原史料をみたところ、
(まさにデジタル時代のおかげです!)
3月16日同日に、

学問所教授として岩瀬修理、
砲術教授として下曽根金三郎


の2名がそれぞれ賞賜されていたのでした。
それが『維新史料綱要』を編纂した際に、
下曽根さんをすっ飛ばして、
岩瀬修理が学問&砲術のダブル賞賜にされてしまった、らしいです。

というわけで結論しては、岩瀬修理(忠震、肥後守)の年譜としては、

嘉永4年(1851) 3月16日 公儀より文学教授の労を賞される。

が正しいのであります(さらに細かくいうと「学問所教授」ですけど)。

今回、わかった事実は、騒ぐほどの大きな事件ではありませんが、
もともとの史料が少ない人物を扱う場合、
たとえ1ミリ単位でも気を緩めてはいけないと思うのです。
小さいな間違いや誤解が、その人物への評価をゆがめてしまうかもしれないからです。

実のところ、『岩瀬忠震の年譜的研究』以外でも岩瀬修理が砲術教授・・・・という文を
目にしてきたのですが、そのたびにどうも胸のもやもやが消えず・・・・。
岩瀬さんの「風流才子」の世界に砲術はどうもそぐわない、というイメージの違和感を
感じておりました。
しかしいろいろな本で「砲術教授」で褒められた、とあるので、
そうなのかなぁ~~と自らを納得させてきたのですがっっ。
今日からそのモヤモヤより解放されます♪

岩瀬が砲術にはまっていたというなら、
御小性組の長期勤務で、鉄砲撃ちすぎて
片耳が聞こえにくくなったとぼやく堀織部の立場がないというか・・・(笑)。

岩瀬さんの青春は鉄砲いじっているより、
花鳥風月をめでながら、仲間と冗談ばかり言っている(爆)、
というイメージのほうが似合っております☆

というわけで、『維新史料綱要』を扱う際はぜひぜひ、
全面信頼することなく(笑)、
東京大学史料編纂所のデーターベース内の、
維新史料綱要DBで元の史料による再チェックを おススメします!
というよりは、やっぱ見なきゃ!です。
[PR]
by aroe-happyq | 2007-11-22 09:43 | 外国奉行ズ | Comments(0)
東京で開催される二つの展覧会のおしらせです☆


今回の葛飾北斎の展覧会は、ちょっとユニークです。
オランダ国立民族学博物館とフランス国立図書館に所蔵されていた、
西洋画法で描かれた北斎の作品メインの展覧会なのです。
西洋との関わりが深くなりつつあった江戸後期を象徴するような、
ちょっといつもと違うあじわいの北斎が楽しめそう☆


特別展「北斎-ヨーロッパを魅了した江戸の絵師-」

開催期間  2007年12月4日(火)~2008年1月27日(日)
        <前期> :12月4日(火)~12月27日(木)
        <後期> :1月2日(水)~1月27日(日)

場所     江戸東京博物館 1階企画展示室

江戸東京博物館北斎展サイト→詳しくはこちら





もうひとつは、まやこさんのブログで知りました♪が、
「幕末ニッポン ~ハリスと黄昏(たそがれ)の大君(たいくん)の都~」展です。


「幕末ニッポン ~ハリスと黄昏(たそがれ)の大君(たいくん)の都~」

開催期間  11月23日(金)~1月14日(月)
場所     たばこと塩の博物館  4階特別展示室

講演会などもいろいろあるようです☆

たばこと塩の博物館特別展サイト→詳しくはこちら




ぼちぼち、来年の150周年に向けて、動き出しつつありますね!
でも、本当の主役たち・・・・日本側ではもちろん、井上信濃守や岩瀬肥後守や
第一期外国奉行の面々についても、触れられることを祈るばかりです。
[PR]
by aroe-happyq | 2007-11-21 11:26 | 江戸東京あれこれ | Comments(0)
思わず二度目のポストですっっ。

いろいろと彦根のほうで騒動となっているひこにゃんですが、
中日新聞のこちらの記事に、

「市が来年開催する日米修好通商条約締結150周年記念事業のキャラクターとして、ひこにゃんを続投させる考えである・・・・」


とあってびっくり!
(といっても、これも問題点のひとつらしい・・・・)

そんな考えがあるのか・・・・・・・。


しかし。

直弼クンとかいうNEWキャラなどが登場して、そのとなりにひこにゃんが
微笑んでいるとしたら・・・・、それは・・・・・井伊大老的にどーなのだろーか(笑)。


好きで・・・・結んだ条約でないし・・・・(爆)。


でも、来年もひこにゃんが見られるのなら、ま、いいか♪(って、おい!)
[PR]
by aroe-happyq | 2007-11-20 17:58 | ほんの世間話 | Comments(3)
d0080566_13351368.jpg
文春新書 606
深沢秋男 著
『旗本夫人が見た江戸のたそがれ―井関隆子のエスプリ日記』

アマゾン→こちら









未読の本がたくさんあるので、即買いできないのですが、
天保年間の旗本の奥様の日記だそうで、
かなり興味津々デス。

江戸の旗本の奥様たちは、時代劇にでてくるような、夫の後を黙ってついてくる・・・・
という女性ばかりではなく、すぐ離婚するし(爆)、とても自由闊達に生きておりました。
こちらの井関夫人も、天保改革をばっさり斬りまくりの日記を
残しているらしいので、この本もそういうあたりを紹介してくれていると嬉しいっす。

それにしても本屋さんには、着々と篤姫コーナーが増えているような。
「Xデー」は・・・近いっっ・・・・(恐)。
わたしはどこまで耐えられるだらうか(笑)。
[PR]
by aroe-happyq | 2007-11-20 13:43 | | Comments(2)

アジアンエンタメ&お江戸後期。外国奉行や長崎海軍伝習所がご贔屓☆ BYはな。


by aroe-happyq