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東都アロエ

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ユーロ2008年、スペイン優勝おめでとう♪♪
・・・・・・って、実は3時30分に起きられず、
TVつけたときにはほぼ試合終了間際・・・・・・。
情けないかぎりっっ。再放送を求む!!!(号泣)

さて、もうひとつ情けない話。
今回の記事の内容ですが、自分としてはとーーーっくに
UP済みだと思っていたというもの。

随分前に紹介しました、深井雅海 著『江戸城-本丸御殿と幕府政治』。

とくに気になった項目だったので、別記事で紹介しようと
思って・・・・・約2カ月過ぎてました(笑)。

さてさて。
現在、一般的には将軍の執務・生活空間のことを「中奥」と
呼ぶ、とされておりますが、実際には「奥」と呼ぶほうが正しいのだそうで。

この新書のP116からのところで、

前著『江戸城を読む』で「中奥」と呼称していたことを訂正し、
本書では史料用語の「奥」を用いることにする。


と、江戸城研究の第一人者の深海氏が、さらりと重要な決定をされております。

「中奥」と呼ばれた場所(黒書院)が別にありまして、
黒書院関係の仕事の人々を「中奥小性」「中奥番」という役職名で呼んだとか。
のちに黒書院は中奥と呼ばなくなり、
役職名にのみ、その名を留めることになったのだそうです。
ちなみに黒書院と、将軍の暮らしている空間は別。
その将軍の暮らしている場所については、
幕府の日記に「奥」と記されていて、「中奥」とは書かなかったよし。
それが明治になって、あっという間に混同されてしまい、
訂正されないまま、今日にいたったようなのです。

ということで。これからは、

上様のお過ごしになる空間は「奥」。

というように使うのが正しいということでした☆

まだまだ奥深い、江戸城のなかであります。



(以下、余談)


そういえば、昨日の圧姫、いえいえ篤姫。
オープニングに、日米通商交渉ズ+京都でヤキモキ組の3名の名前が
(一人だけどちらにも被っているわけですが・・・・(笑))
出てきて、ドキドキしてしまいました。・・・・が!!!
扱われ方が「翔ぶが如く」のときそのまんまで、苦笑いたしました(爆)。

ちなみに京都でヤキモキ堀田+川路+岩瀬のシーンをみて、
ついつい・・・かはゆきおやぢには旅をさせろ 、の川路の日記を思い出しました。

○耳のなること殊に甚だしよりて戯れに
遮レ看靄色(あいいろ)衰眸外。妨レ聴蝉聲老耳中。
一物僅存蠢動意。竊歡汝有舊時風。
といひたれは岩瀬はしめみなみな絶倒す。舊時風とても難成なと口々に云也。


BY川路聖謨『都日記』(歌の内容は深く詮索しないでね)
ヤキモキしながらも、絶倒している彼らが大好きです。


しかし。
・・・・「翔ぶ」もそうですけど、わざわざ名前出さなくても・・・・みたいな。
視聴者の誰も、気がつかないんだからさ・・・・。
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by aroe-happyq | 2008-06-30 10:16 | 江戸東京あれこれ | Comments(2)

昨日、Akiさんをお誘いして、
幕末史研究会の講演にいってまいりました。

テーマは「幕府海軍と海軍総裁・矢田堀景蔵」。

植松三十里さんの情熱がこもった、素敵な講演でした。
海軍双璧はどっちも素敵です!

講演は年譜にそって矢田堀の人生をおいかけましたが、
とてもわかりやすかったです。
(矢田堀について詳しく
お知りになりたい場合は「群青」読んでくださいね!)

それにしても、明治政府よ。
いくらなんでも矢田堀さん・・・・正七位っちゅーのは低すぎではないか?(怒)。
どー考えても、少なく見積もったとしても、六位ぐらいは当たり前だろっっ。
・・・・・・・・と明治以降の不遇の話をきいて、
小説を読んだときとは打って変わって、せつなさより、腹立ちました(笑)。

沼津にある歴史史料館に、矢田堀が明治4年の一年間つけたという日記
「公私雑載」があるそうで、思わず沼津・・・・行きたくなってしまいました(笑)。

そしてもう一度、植松三十里さんの小説「群青」を読みかえしてみたくなりました☆




2時間の講演後、その2倍以上の時間(爆笑)、
Akiさんとひたすらに幕末トークをさせていただきました☆
やっぱり、幕末(といっても相当に偏りアリ)ってホントにいいですね♪♪
酒がめちゃめちゃうまかったです(笑)。

Akiさん、楽しい時間をありがとうございました!!!058.gif
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by aroe-happyq | 2008-06-29 09:56 | 長崎伝習所系 | Comments(2)

家茂将軍のお芝居!

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将軍らしさ、でいえばまさに「最後の将軍」ともいえる家茂について、
これまであまりスポットライトがあたることはありませんでした。
今回紹介するお芝居は、その家茂を主人公にした一人芝居の舞台です。

徳川柳営好きといたしましては、
本当はとっても観に行きたいっっ!!!!のですが、
福岡は遠い・・・(涙)。
ということで、主催される井口さんの許可もいただき、
せめて告知をさせていただきたいと思います☆

井口誠司 一人芝居

籠の鳥 ~黄昏、・・・或いは暁の君
        徳川十四代将軍 家茂~


日時(会場は開演30分前)
7月4日(金) 19:00
7月5日(土) 13・30   18:00
7月6日(日) 12:30   16:30


会場
ぽんプラザホール
  福岡市博多区祇園町8-3 4階

前売り・当日 1000円


一人芝居というのは、観客と舞台が一体になって成立していくものです。
しかもお題は、家茂将軍。
・・・・演じる前に、調べるだけでもたいへんです。
お近くの幕末ファンのみなさん、この挑戦的な舞台を、
ぜひぜひ見届けてさしあげてくださいませ♪♪
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by aroe-happyq | 2008-06-28 10:18 | 広く幕末ネタ | Comments(4)

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香港の映画雑誌「電影双周刊」が休刊になって後に創刊された、
「香港電影」。

特集ページも多く、インタビューも充実。
全体的に香港映画に絞り込んでいて、とても理想的な雑誌です。

今月号はズバリ、梁朝偉特集。
そして赤壁紹介も、東邪西毒INカンヌ記事jもなかなか♪
ついでに、ジョニートウ監督作品で気になっていた「文雀」もちょこっと。
(附録ポスターは「文雀」だった(笑))
さらに香港電影評論学会季刊誌のおまけは、香港映画の音楽について
の特集。

今回はかなり美味しかったです♪♪

輸入冊数が少ないので、ぼやぼやしているとすぐに完売に
なってしまうのですが、今回は特集に呼ばれたのか、
ちょうど入荷時期にアジアンショップのサイトを覗いたおかげで
無事にゲットできました(汗)。


そしてふと、気がついたら今日は梁朝偉のバースディ・・・・・。
いくつになったとか、年齢はあえて書くまい。
あっしのファン歴も書くまい(遠い目・・・)。

とにかく、めでとうござる!(笑)。
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by aroe-happyq | 2008-06-27 14:39 | 香港&アジア映画 | Comments(2)

ちょっとご無沙汰しておりました。
ひと仕事おえて、戻ってまいりました。

さてさて。
小麦・バターが高騰のおり、小さい街のパン屋さんの広告か!?
というようなタイトルですが、
この伊澤さんは、幕末の浦賀奉行・大目付の伊澤美作守政義さんのこと。
幕府海軍ファンには、伊澤謹吾のお父さんとして有名で、
川路聖謨ファンには、川路さんがたいへん嫌っている人として有名です。
ペリー&ハリス展のあんま器も忘れられません(笑)。

今回の記事のきっかけは、『海将 荒井郁之助』収録の「荒井家伝記」に
あった一節でした(P173)。

或る日の事なりし、伊澤氏に招かれて三河台の伊澤氏の邸に集り、
伊澤氏の父君は亜米利加使節の応接掛なるを以て、
この時初めてパンを食し、葡萄酒三鞭酒等を呑みし。
今より見ればちょっとしたる西洋料理なり。パンは邸内にて焼きたるものにて、
あたたかく焼きたてなりし。
来会者は矢田堀の伯父君、武川五郎三郎、塚原重五郎、
田辺太一、塚本桓輔等の人にてありし。


荒井郁之助20歳前後のお話として、本人が語っております。
・・・・というと、安政初年~2年ぐらい???

伊澤さんちにいったら、焼きたてパンが出て、ワイン(って呑めたのか?荒井)
も饗されたとか。
矢田掘などは長崎海軍伝習へ行く前にすでにパンの味を知っていたのですね!

伊澤美作守はペリーとの交渉で活躍した人物で、
『杉亨二自叙伝』によれば、アメリカ交渉委員と舟遊び・・・・をしたり、
実にサバけた対応をした「開明的」なおじさまでありました。
『杉亨二自叙伝』に、伊澤が杉に語った言葉がありまして、

伊澤は亜米利加人などと云って、訳の分らぬものの様なことを
人が言うが、どうして世間で言う様なものではない、などと言っていた。


当時の日本人が西洋人をまともな人間扱いしていない様子も
わかって面白い一文です(爆)。

・・・・でそのとき、食べたアメリカンディナーの味にはまった????(爆)

しかし、川路殿がこれを聞いたら「ありえない!」と騒ぐでしょう。
なぜなら、この伊澤さんこそ、天保改革前後、長崎奉行として、
鳥居甲斐守と組んで、洋軍学者高島秋帆の弾圧に一役も二役も買った男
だったのです。
当時の彼は西洋風のディナー宴会「おらんだ正月」を嫌い、
出島のオランダ人の言葉をまったく信じない・・・・というような、
西洋嫌いだったのです。
(こういう長崎奉行もけっこういたそうです・・・)

その彼が、・・・・パンを屋敷で焼かせているなんて!笑撃です。

伊澤について、人物評に定評のある、
木村芥舟の幕臣小伝(『江戸』5巻収録)には・・・。

美作守伊澤政義
風格高邁学識あり。
天保十三年長崎奉行に任ず。
積弊を矯制し大に従前貿易の面目を改正
(略)・・・・・・・・・・・
晩年酒々落々時と依違し深く前日の英気を鞱晦し
ほとんど別人の如しといえり。


一説には浦賀奉行時代になにか、大きな心境の変化が
あったようなのですが、


ほとんど別人の如しといえり

・・・・・・・って凄すぎですね(笑)。

『杉亨二自叙伝』に語られている伊澤美作守はすんごくひょうきんで、
おもしろおじさんですが、鳥居一派と言われていた頃(10年ほど前ということになる)
はもっと鋭いおじさまだったようです。
天保改革後、この人も出世コースからハズレて失脚し、人生の悲哀を知って
まあるい性格(っても、ひょうきんになるって???)になったのでしょうか。

でもこの伊澤さん、安政元年のペリー応接で、
西洋料理ファンになったとしても、あっという間にパンを屋敷で焼かせている・・・
なんてすごく素早いです!(笑)。
でもおかげで、荒井くん、矢田堀さんたち、日本人でも早めにパン&ワインを
楽しめましたね!
(文政年間のオランダブームで、蘭学者のみなさんはすでに賞味しておりますが、
一端途絶えたので、嘉永の若者にとっては新鮮な経験だったことでしょう)

ちなみにこの伊澤家には、岩瀬などもちょくちょく訪れていたよし(『杉亨二自叙伝』)。
鳥居の親戚の岩瀬なので、洋学大嫌い時代の伊澤のこともよく知っていそうですが、
そんな古いことはどーでもいいのでしょう(笑)。
「今」を生きるのが、江戸人です。
で、安政年間には「どーやってヨーロッパにいこうか」というような密談(笑)相手に
なっていたようです。
(伊澤は阿部正弘にもたいへん信用されていたので、岩瀬としては
伊澤ルートで阿部にねじ込むこともあったようです(爆))

知らないうちは警戒して、嫌ったりするものの、触れてみればなんてことはない。
この当時の日本人にはまさにそういう新しい経験との出会いの場がたくさん
あったわけですね☆
そして早く体験したものが、この後、とても活躍していることも見逃せません。

そういう意味では、伊澤さんちのパンは幸せを呼ぶパンといえるかも???(笑)
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by aroe-happyq | 2008-06-25 11:13 | 幕臣系 | Comments(6)

ユーロ2008

【追記】22日でーす。
観ました、試合。明け方・・・・。

・・・・まさか、オランダ負けちゃうなんてーーーっ007.gif

ショック~~~~~っっっ。
やっぱり監督代わるとこーなんですかねっ。
ひでぃんぐ監督、やっぱすごいーーー。


(ここからは昨日の記事)

日本じんなのですけど、
わたしは海外サッカーが好きです(汗)。
さくっとゴールに得点してくれるサッカーを愛しております。
・・・・・0-0とか、そんな試合はみたくないわけです。

で、4年ぶりにやってきました、欧州選手権大会。
いよいよ決勝トーナメントが始まりました♪
すでにドイツ、トルコが準決勝へ勝ち進んでおります。

といっても、地上波サポーターとしては、
グループCの試合しかほとんどみていないので、
自動的に今年はオランダ応援しております☆

先週の対フランス戦なんてもうもう、痺れちゃいましたヨ!
オランダつよーい!!!
得点の仕方がかっこよい!!!
チームワークがよーい!!!

・・・・・・ま、一試合もみないうちにいつも応援しているポルトガルは
敗退してしまいまして、今年はこのままオランダ応援で
いきそうです(笑)。

そしていよいよ、今夜(とゆーか、明け方ね)は準々決勝の、
オランダVSロシア 戦です。

ロシアは・・・・例のヒディング監督だそーですが。

オランダ、がんばれー♪♪

地上波放映スケジュール→こちら

・・・といいつつ、明日の準々決勝・スペインVSイタリア戦も楽しみ☆
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by aroe-happyq | 2008-06-21 09:56 | ほんの世間話 | Comments(0)

水曜どうでしょうを東京MXテレビであいかわらず視聴中。

先週までの抱腹絶倒の「列島対決」も楽しかったーー。
ただ東京MX視聴者はこの対決のそもそもの発端である
「原付西日本制覇」の放映ナシのため、
突然はじまったこの企画についてゆくのに多少の時間がかかりましたが(笑)。
(・・・・・今でも「原付西日本制覇」見たいっす(号泣)うおおおー)

しかーし。
今回は発端もすべてわかる、ユーコン川!
めちゃめちゃ楽しいです。

思えばはじめてみた「水曜どうでしょう」の映像は
なぜかこのユーコン川の大量の蚊のシーンでした(笑)。
(東京の番組で大泉氏を紹介したとき、流れたシーン)
度肝を抜かれたその映像から・・・・もう何年たったことか。

ようやく見られるなんて、感無量です。

5泊6日で一日30キロカヌーをこぐ!

・・・・30キロ?????
そっかー日本橋と横浜までの距離を毎日か~~~~。
(↓神奈川宿記事を御参照くださいひ☆)

まだまだ水どう、今さらですが東京地方で楽しんでます♪♪

ところで。
・・・・一年分ぐらい遅れの分を放送中の神奈川TVバージョンもみているのですが、
「クイズ!試験に出るどうでしょう」がなぜか放映されませんでした。
いきなり四国めぐりだったりして、またもやその発端がわからないことに。
(私は東京MX放映分でみていたわけですが)
なんだかどんどん削られているのが、心配です。

以上、心が休まる水曜どうでしょうネタで失礼いたしました☆

・・・・・実は「おにぎりあたためますか」も見ているのですが、
本コーナーよりもオクラホマの旅のほうが・・・・大好きかも(笑)。



世間話を、さらにひとつ。

顕微鏡大河(せまく、ちーさい世界の大河という意味)の「お篤」。
よくよく考えたら、先週分・・・・・。
ハリス&ヒュースケンのテーブルの反対側にいたのって、
井上信濃&岩瀬肥後?????
扱いがミクロすぎて、気がつくのに時間がかかりました。
(なんか認めたくないっつのもあったりして)

主人公夫婦のどーでもな会話をみていると、
嗚呼、この時、この瞬間、日本が大きく動いているというのに(爆)、
(しかも動かしている中心に岩瀬たちがいるわけで)
なぜカメラはここにいるのだ??蕃所調所へズームインしてくれ!
いやいや通商大説明会でもよいぞ、
と詮無きため息をついてしまいます。
いつか望遠鏡大河で、大奥とか大名ばっかりじゃなく、
旗本メインで、↑調所とか説明会とかのシーンをみられますように☆
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by aroe-happyq | 2008-06-19 10:14 | 水曜どうでしょう | Comments(7)

江戸時代、とくに幕末・・・・・・、
外国奉行揃い踏みで出張といえば、神奈川港。
岩瀬肥後守の案により、当初開港予定だった神奈川港ではなく、
横浜に変更する前後で、彼らは視察に来ていたのでした。
(横浜開港前に、岩瀬は歴史の表舞台から消えましたケド(涙))

というわけで、条約調印150年をキーワードに神奈川宿あたりに出没して
まいりました。

スタートは、神奈川地区センターから。

高札場跡(復元)


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神奈川宿の高札場跡の復元などがありまして。
しかしこのセンターの建物内にある神奈川宿の復元模型が素敵なのです。

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今回めぐるのは、安政五カ国の領事館と神奈川台場。
まずは御台場跡を探しにいきました☆

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「↓」が地区センター。距離はそれほど遠くはありません。

神奈川御台場

ちず窓えらい!ちゃんと「神奈川台場跡」って表示されております♪
(ぐーぐるまっぷで散々探したあっしの立場がなひ・・・(笑))
ポイントがずらしてあるのは、表示を見やすくするためですので、
ご了承くださいませ。

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今は住宅地と貨物関連施設のあいだで、ひっそりとその一部が残るのみ。

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勝麟太郎の仕事なのですね、こちら。
(たまには真面目に働いているのね←ヒドイ(笑))

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台場の一部がこうしてそのまま残っております。

ここは、初期外国奉行視察度数100%だと思いますので、
(おもに完成前のおはなしではありますが)
勝手に偲んでみました。

ちなみにこの台場に関しては、
横浜開港資料館『地図と絵に見る神奈川お台場の歴史』という小冊子
があります(資料館で400円にて販売中)。


次に五カ国領事館ではありますが、オランダ領事館のおかれた寺が現存せず、
ロシアはないみたいなので、結局は英・米・仏の三箇所めぐりとなりました。

その前におまけをひとつ。
地区センター斜め前にあったので。

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ヘボンがいたそーです(笑)。

さてまずはこのお近くの英・仏から。

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英・仏といえば、19世紀頃はあんまり仲がよろしくなかったりしますが、
ここでは、温かいスープをおすそわけしても冷めない距離にあります。
まさに片寄せあってる状態でありました。
ただ小川を一本挟んでいる・・・・あたりに微妙な距離感を感じますが(笑)。

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なぜ片寄せあっていたかというと、ヒュースケン暗殺など外国人襲撃事件が
あり、また東禅寺事件などもあったことから、同じ西洋人同士協力し合おうと
団結していた時期だったからです。
たとえば東禅寺事件の直後、
横浜・神奈川から英軍とともにフランス領事が仏軍を率いて
応援に駆けつけたりという、心温まるエピソードがあります。
この後、江戸最晩期にはやっぱり対立した英仏(笑)。
そんな先のことを知らない、ほんのつかの間の休戦期だったようです。

その両国の団結を呼んだひとつの要因の・・・・米領事館はどこでしょう?
そうです、英仏と日本のあいだに立ちはだかった、
自称日本政府外交顧問のハリスは????(爆)
(ちなみに徳川が正式に招聘した外交顧問はシーボルトです)

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こーんなに離れたところにぽつんと、ありました。
アメリカ領事館だった本覚寺・・・・・・・・・・・。

江戸で西洋人テロがさかんになって、英仏はすぐに江戸から神奈川へ
引き上げたのですが、アメリカだけは江戸に留まったという経緯もあり、
こういう位置関係になりました。
もっともオランダなどはもっと江戸寄りで、本陣から外れたところに
領事館があったりしたので、それぞれの思惑の違い・・・・とでも説明しておきましょう。

英仏の公使館が江戸から去って、またまたひとりぼっちになったハリスは
「彼らはトラブルメーカーだったから、いなくなってせいせいする」
とかへらず口をたたいていたようですが、ホントは心細かったみたいです(笑)。

そして、・・・・遠かったです、本覚寺。

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日本橋からも遠い(笑)。
外国奉行のみなさん、出張・・・・ご苦労さまでした。
といっても、ここらに領事館ができた頃ですと、すでに岩瀬は外国奉行でなく、
永井も微妙・・・・。
ということは井上清直や水野忠徳の出張回数が多いかも・・・・。
なかなか五人揃い踏みとはいかなかったかな(涙)。

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本覚寺です☆

さて・・・・。この寺といえば、たんにアメリカ領事館跡ではありません。

やっと訪れることができました。
ずっとこなくちゃいけない、と思っておりました。

だってここには・・・・・

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横浜開港の首唱者 
岩瀬肥後守


の碑があるのですから♪♪

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ちょちょっと・・・顔がつぶれ気味ではありますが(汗)。

ここはひそかなる、岩瀬ファンの聖地のひとつです(笑)。

やっと来られました。

同じく横浜の掃部山公園にある井伊直弼像には遠く及ばない大きさではありますが、
(通商消極派の井伊の銅像については横浜市民からも疑問の声があるらしい(笑))
こうして碑があるだけでもありがたい。

でも。
いつの日か、愛牛の銅像が岩瀬の銅像に取って代わることを祈っております☆
(ファンの飽くなき野望・・・・・)

旧神奈川本陣のある町は、お隣の横浜駅周辺とはうってかわって、
花がたくさん咲いている、静かな町でした。
ちょうどお祭りをやっていて、浴衣姿の子供が路地で遊んでいたり。
御神輿のそばでご近所のおじさんたちがうちわ片手におしゃべりをして。
うちの町内も昔はこうだったなぁと思いながら、
なんとものどかで素敵な情景を楽しませていただきました。
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by aroe-happyq | 2008-06-17 11:10 | 五カ国条約150年 | Comments(0)

条約調印150年で横浜

ひさしぶりの横浜でしたが、晴れていて気持ちがよかったです☆

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まずは横浜開港資料館(旧イギリス領事館)へ。

ハリスと横浜
平成20年4月23日(水)~7月27日(日)


資料館公式サイト→こちら

こちらのPDFで「ハリスのことならおまかせ♪」と横浜開港資料館。
期待・・・・したほどではなかったにせよ、楽しかったです。
基本的にはいつもの常設展示+ちょこっと・・・・くらいの感じでした。
(わたしとしてはこの資料館の木村摂津守のお名刺だけで満足なのです♪)

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ハリスの特別展示で面白かったのがこちら↑のハリスに出された饗応料理再現。
わたしのなかでは幻の「本膳料理」に強いあこがれがあるので、
その一端を垣間見られて幸せです。
(本膳料理については中公新書「日本の食事様式」児玉定子著など御参照ください)
ハリス日記によれば体調がすぐれず、せっかくの饗応料理なのに
あまりのどに通らなかったらしいですが(笑)。
(ちょうど昨日の「篤姫」のあたり。ハリスが家定と会った頃のお話です)

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この部屋、大好きです☆

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そしてこの資料館お約束のたまくすの木。
いろいろなものを見てきた木です。・・・・・お話できたらなぁ(涙&笑)。

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こちらもお約束。
資料館となりの公園にある「日米和親条約」の碑。
・・・・・イギリス領事館跡にもかかわらず、喫茶ペリーがあり、
ハリス資料が充実しているワケがこれでわかります(笑)。

さてここからは幕末横浜を偲ぶ旧跡めぐり。

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中居屋重兵衛店舗跡。

中居屋重兵衛店跡

商人であり、蘭学者であった重兵衛さん。
・・・・水戸シンパであったことから?文久元年以降、行き方知れず。
(桜田門外の変で水戸浪士が使用したピストルの提供者だったとの話もあり)
ということはこの店舗にも、志士のみなさんが出入りしていたのでしょうか?

このほか下岡蓮杖顕彰碑なども近くにありますが、割愛(笑)。
横浜・・・・・明治以降の史跡が多く、幕末限定は少ないです。


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運上所跡。
場所は開港資料館のまん前の県庁の角。

運上所関連の展示は、↓こちらにあります。

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この展示スペース(入場無料)のなかにあります。

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運上所の門(?)とちょうちんを記念に、撮影してみました(笑)。


今回この日にきたのは、

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赤レンガ倉庫1号館で開催の、ポートタウン・フィスティバルのためです☆

公式サイト→こちら

看板にもある、「歴史文化展示」が目当て!


・・・・・・・・ところが。その実態は。


  で?

(@ミラクル7号日本キャッチ風に)

って感じでした(涙)。

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いちおう形ばかり、みたいな。

開港都市ブースのなかでもっとも気合が入っていたのは、
(観光パンフの充実・・・・・という意味の気合です)
新潟と長崎でした。
新潟は早くも「天地人」めぐりバンフを用意。さすがです!
長崎ブースで「さるくマップ2008」をゲット。また行きたくなってしまいました♪
観光パンフゼロだった函館・・・・・・。ちょっとがっかりでした。
(今年、140年とかいろいろありそうなものを)

安政五カ国ブース(オランダ・イギリス・アメリカ・フランス・ロシア)で
歴史文化展示が充実していたのは、ロシアでした。

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幕末の箱館湾の様子を描いた絵です☆
ロシアは公使館(領事館)を江戸でも横浜でもなく、箱館に置いたので、
こういう貴重な箱館絵があるのですね。

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ちょっと説明版が切れてしまいましたが、日本の警備艇を描いたもの。
けして鵜飼いの絵ではありません(笑)。


・・・・・・・といささか拍子抜け・・・・でしたが、
やはり幕末を偲ぶには、横浜ではなくそのお隣の「神奈川宿」にいかないと!?
というわけで、次回は神奈川宿を偲ぶレポとなります。
(うーん、次回のほうがメインになってしまったかもしれない(笑))
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by aroe-happyq | 2008-06-16 10:36 | 五カ国条約150年 | Comments(2)

昨日、横浜に行ってまいりました。
山が崩れてしまうほどの(映像驚きました)、とても大きな地震があって、
被害に遭われているというのに、
その翌日にUPするような内容かい(滝汗)、と思うので
のんきなレポはいささか日延べさせていただきます。

まことに月並な言葉で恐縮ですが、
被災された地域のみなさんの、一日も早い復旧・復興が叶いますよう
お祈り申上げます。

ただ地盤の弱さについては東京も胸を張って、地震に弱い都市である
ことを宣言できるので(涙)、その割りに高層ビルだらけということもあり、
非防災都市の東京終焉の「その日」までのつかの間、
滑稽なるから騒ぎをお許しくださいませ。

なにがから騒ぎかというと、
昨日は東京最後の地下鉄開通????と言われている、
営団副都心線の開業日でして。とんでもなお祭り騒ぎでありました。

なにもその日に横浜行きを決めていたわけではありませんが(笑)、
どうせ渋谷にいくなら♪と、さっそく乗ってみました☆

・・・・・・pasmoがなかったら、切符売り場はとても乗れる状態ではなかったのですが、
おかげさまで乗れました。いや、電車内はかなり空いていて、
改札の大混雑はなに????(記念きっぷが人気だったらしい)と拍子抜けしまして。

たしかに山の手線よりこっちのほうが渋谷に早く着きました!


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ちょっと面白かったので、渋谷駅で、1枚パシャ♪っと。
これは4年後に東急東横線が乗り入れるために準備されている線路ちゃんです。
フタされている線路が面白い♪♪
(鉄道ファンはシャッター押しまくってましたヨ(笑))

4年後、こちらから横浜へいけるようになります。
しかし!!今すでに副都心線は東武東上線と乗り入れていて、
「急行 飯能行き」というすごい表示を新宿でみかけて衝撃をうけましたが、
横浜→飯能・・・・・。神奈川から埼玉です。
うっかり寝過ごしたら大参事でございますっっ。
4年後、この電車に乗る際にはくれぐれも気をつけないといけません!
・・・・・・ということはさておき。

横浜で150周年を味わってきましたレポは、また今度☆
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by aroe-happyq | 2008-06-15 10:45 | 五カ国条約150年 | Comments(0)