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東都アロエ

岩瀬邸からはじまった築地シリーズ第二弾は、
江戸の当時、岩瀬邸から目と鼻の先にあった、桂川甫周邸です。

桂川家は6代将軍家宣の侍医となって以来、代々の将軍家の蘭医となりました。
初代の桂川邦教については、こちらへ。

桂川家の幕末の様子については、今川みね『名ごりの夢』(平凡社東洋文庫)に詳しく
書かれております。
以前、木村摂津守の訪問の様子について記事にしたことがあります。
その記事→こちら
貴重な武家の訪問の挨拶の記録です☆

さて、この桂川家にはちゃんと看板がありました。

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場所もわかりやすいです♪




↓桂川邸の看板の古地図を拡大してみました。

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『名ごりの夢』には「おこうやく」という話があります。
桂川家では年に2回ほど、上様御用の御膏薬をつくるのだそうです。
屋敷の大門のところで、大きな釜で牛油や椰子油、松脂、乳香などを
グツグツと煮込むので、ものすごくクサイ。
近所の屋敷にもみな、臭っていたはずですが、公方様の薬ということで
誰もクレームなどいってこなかったそうです(笑)。
この距離なら、おそらく岩瀬家でも「おっ、恒例のお薬を調合しているな」
といいつつ、そっと鼻をつまんだことでしょう。

さて桂川家といえば、触れなくてはならないのは諭吉のことででしょうか(笑)。
彼がラッキーだったのは、この家に出入りしていたことです。
桂川甫周の奥方は、御浜奉行の木村又助の娘くにという人でありました。
(将軍家慶があくまで私的に・・・・二人の仲人をつとめました(笑))
つまり、このくには木村摂津守喜穀の姉というわけで。
木村摂津守が咸臨丸でアメリカへ渡るとき、
アメリカに行きたがっていた福澤諭吉の願いを聞き入れ、
桂川甫周が「一行に加えてやってくれ」と、摂津守に頼み込んだそうです。
(甫周センセ、余計なことを・・・なんて思うアンチ諭吉派なワタシです(爆))

桂川家というと、甫周の父の甫賢さんがまた面白い人物なのですが、
長くなるので別の機会に(笑)。
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by aroe-happyq | 2008-09-30 19:07 | お宅探訪シリーズ | Comments(3)

満を持して、岩瀬邸の登場です。
なぜ15回まで遅れたかというと、いつでもいける築地、でもそう思っていると
なかなか行かない築地だったりしたからです(笑)。
夏に歌舞伎座にいったおりにでも寄ろうと思っていてすっかり忘れていたり(笑)。

そもそも岩瀬邸跡地が、いまいちモチベーションがあがらない場所だったり
するのです。看板もたてられないし、おちおちゆっくり偲んでもいられない。
なぜならそこは、

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京橋郵便局前の道路のまんなかなのですから~~~~~(涙)





戸川邸に続く、道路派旗本第二弾です!(笑)

さて、岩瀬邸といえば、やはり岩瀬忠震でしょう!といいたいところですが、
この人もまた部屋住みなので、この屋敷の名義人は義父の岩瀬市兵衛忠正さんです。
永井といい、堀といい、戸川といい、みんなこのクチでございますけど、
いささかややこしい。

岩瀬家800石は三河以来の直参旗本でしたが、義父の岩瀬市兵衛忠正は
とくに取り立てて特技があることもなく、書院番士→書院番組頭→先手組弓頭
とコツコツ人生を歩んだ人でした。
そのため、同じく三河直参設楽家から、
林大学頭の孫にもあたる頭脳明晰の篤三郎(忠震の幼名)が婿入りして、
すっかり頼りにしたそうで。
このパターンて、川路家における義父と聖謨の関係によくにておりますが、
川路のオヤジ様のように、養子にきてまもない聖謨14歳にさっさと家督を譲って
悠々自適な生活をおくる・・・・・というような、タイプではなく、
岩瀬市兵衛忠正は自分の上司に昇進してしまった婿さんとも
一緒にせっせと登城していったそうです。勤勉なお父上なのでした。

岩瀬忠震と市兵衛の娘(名前不明)との間には男3人(2人は夭折)、
女4~5人(このほか後妻もしくは側室に1人生まれているけれど)、
・・・・堀織部にまけない子だくさん家族で、忠震をはじめ、市兵衛もたいへん
明るく愉快な性格だったため、岩瀬家は笑いの絶えない一家だったようです。

岩瀬家、および忠震については井伊家の探索書(スパイ報告)の記事で
紹介しております。
岩瀬家に少しでも興味が湧きましたら、ぜひ読んでくださいね!
その1とか、その2その3など。
いろいろと味のある岩瀬家であります☆

文久元年6月13日に忠震の忰の忠斌君(16才)がはやり病?で急死すると、
もともと病を得ていた忠震(当時は隠居して鴎所と名乗っていた)44才は、
その知らせをきくと、重篤に陥り、7月11日に向島で亡くなった。
で、婿と孫に相次いで先立たれた忠正(68才)もまた、9月28日に後を追うように
鬼籍にはいった。これだけみても、岩瀬家ファミリーがどれほど仲がよかったかが
わかるような気がします。
(この後、忠震の友人木村摂津守の骨折りで、岩瀬家に養子を立てますが
その人が若いまま歿してしまうと、なぜか岩瀬家はそのまま滅んでしまいました)

今は道路のまんなかに、150年ほど前、
基本的には800石なので、それほど大きな屋敷ではありませんが、
ここにはそんな旗本家族が住んでおりました。
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by aroe-happyq | 2008-09-29 19:24 | お宅探訪シリーズ | Comments(4)

想古録の世界

この夏、とうとう禁断の世界へ足を踏み入れてしまいました(笑)。
前々から気にはなっていたのですが、もう少しおのれの知識がないと
楽しめないのではないか、ということで読むのを慎んでいた本でしたが。
ついに堪えきれず、手にとってしまいました☆

その名は『想古録』。
平凡社東洋文庫から全2冊でております。
アマゾン→こちらへ

この本は天保前後の著名人の逸話集です。
逸話を収集したのは山田三川。
文政元年津藩の医師の子として生まれた彼は、江戸と行き来する人生をおくる。
江戸では昌平坂学問所に学んで松崎慊堂門下にはいり、そこで多くの友人を得た。
のちに松前藩、安中藩に仕えながら、文久2年に歿しました。

この本のすごいところは、情報提供元の人物の名前入りなのです!
しかもそのメンバーがすごい。
川路聖謨、松崎慊堂、渡辺崋山、古賀侗庵、大槻磐渓等々、
天保前後の江戸文人界のトップクラスが名を連ねております。
また彼らは他の人の情報によって逸話の主人公になることもある(笑)。

さて逸話の内容はというとこれが幅広くて、本当かいな?というような
戦国時代のものから、江戸初期、中期と三百年ぐらいの話が語られております。
彼らは日常的に、こういう昔の逸話を仲間同士でまるでみてきたように(笑)
話していたのですね。
でもこちらとしては、やはり彼らが生きていた時代の「新しい」逸話が
楽しいです。なにせ取れたて!新鮮!なものですし(笑)。

たとえば、「たそがれ少将の名(松平定信の京でのあだ名の話)」
「川路聖謨、脇坂と間部の人と為りを評す」「聖堂の三先生は開港論なりし」
「井伊大老、至愚にして至重の職に就く(直弼のことでなく、兄の直亮の話)」
「火あぶりの代わりに灸」などなど。
鳥居耀蔵についての逸話は、彼のどうしようもない冷たさ(笑)が語られていて、
こんな人をなぜ奉行にしてしまったのだ、の水野忠邦に関してもかなり評判が
わるい・・・・・(笑)。阿部正弘は賄賂を好まない潔癖な人物という話が出てくる
ぐらいでとくに面白みはないのですが(残念)、
この人の父正精はかなりナイスな人!です。

ここでもいろいろ紹介したいのですが、
天保メインということで、ちょっとマイナーすぎる部分もあって、
記事にできるのはやはりVIP級の逸話に絞られるでしょうか(笑)。
VIPのお父さん、ぐらいのネタまではどうぞお許しくださいませ♪

そんなわけで、これからたまに想古録ネタが登場いたしますので
どうぞよろしくでございます☆
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by aroe-happyq | 2008-09-27 10:25 | | Comments(2)

ちかごろ国会図書館にいき、オンライン複写がたくさんある日は、
その時間を使って明治の官員録(マイクロ)を眺めるのですが、これが楽しくって。
(ま、たまに「なんでこんな幕末でバカやってたヤツが上等な位置にいるんだよッ、
とチッとか舌打ちしますけど(笑))

で、ふと明治7年の太政官職員録を眺めていたら、
『群青』主人公、矢田堀鴻さんの名がありました。

このあたりの矢田堀さんの事情にはまだまだ疎くて、
『群青』の矢田堀さんをみてみますと、はじめ工部少丞として出仕した
ようですが、その後法制関連の課に移動とありますので、その頃の職員録だと
思われます。

法制関連て、どこかなーと思ったら、左院だったのです。


う・・・・んーっと、この時期の左院てゆーと。

太政官職員録 明治七年十一月五日改

○左院

議長  参議正四位 伊地知正治

副議長 従四位   佐々木高行


一等議官 
 三等出仕正五位  松岡時敏

二等議官
 正五位        伊丹重賢
 同           岩村通俊
 従五位        西岡逾明
 同           細川潤次郎
 同           高崎五六

三等議官        
 兼式部寮五等出仕従四位
              大給 恒
 正六位        高崎正風
 同           生田 精
 同           宮島誠一郎
 同           永井尚志


四等議官       
 従五位        海江田信義
 従六位        牟田口通照
 同           藤澤次謙
 同           三浦 安
 同           尾崎三郎
 同           井上 廉
 正七位        横山由清
 同           北澤正誠
 同           増田長雄
 同           長森敬斐
   (このあたりで3名ほど割愛させていただきました)
 同           中金正衡
 同           矢田堀 鴻
 同           原忠順
・・・・・(以下、略)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
  



矢田堀をこんな気の毒に思ったことはありません。
な・・なぜ、

三等議官 
 正六位     永井尚志


↑この人がまたもや近々の上司にいるわけ??(爆&涙)

運命の再会、はたまた地獄の腐れ縁・・・・・・・・・・・・・・。
明治になっても続くのかーーー???

永井関連でいえば、わりと楽しい職場なのですけど(笑)。
副議長の佐々木高行とは土佐藩ルートの人脈で知り合いだし、
同じ三等議官の大給 恒は『大給亀崖伝』でもご存知、
本州で五稜郭をつくったハイカラ藩主にして、永井尚志の実家の当主。
永井からすると、大給さんのとんでもないやんちゃ坊主時代も熟知しておりますほどで。
また同じく同僚の旧米沢藩士の宮島誠一郎は明治期には外交交渉で活躍した人ですが、
永井氏関係の記録によるとこの人とは隠居後も親しかったようです。

こうして永井のまわりは和気あいあいっぽい左院の職場ですが、
矢田堀さん的にはどーだったのでしょうか。
この環境、いささか心配です(笑)。
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by aroe-happyq | 2008-09-23 10:46 | そして明治 | Comments(0)

鞆の浦といえば、平安時代の昔から潮待ち風待ちの港として、
瀬戸内海の要衝だったわけですが、
幕末スキーからすると、やはり!!なんといっても阿部家福山藩のお膝元、
そして保命酒!の街だったりするのですが、
夏ごろからたいへんなことになっているようです。

鞆の浦のサイト→ここ


なんてったって、
ポニョの舞台(&ここで宮崎監督が構想を練ったらしい)なんです!

日本最強のマスコットガール(ても人面金魚)がついちゃったら
阿部正弘も坂本龍馬も飛んでいってしまいますね(笑)。

そんなご縁もあり、先日の水曜レディースデーで「ポニョ」みてきちゃいました(爆笑)。
たまにはアニメでもみて、
幕末、幕末に明け暮れている精神の荒廃を洗い流そうという意図もあったのですが、
理屈を抜きにしてみると、かわいくて綺麗で楽しい映画でした☆
子供さんより大人が楽しめちゃうアニメだったような気もしますが(笑)。

そしてポニョちゃん、さすが福山藩に住まおうという心意気があった!


「ポニョ、ハムだーい好き♪」


まさか150年前の外国奉行ゴレンジャーと同じ食の趣味とわ!!

ポニョのハムに対する執念は、ランチ時を狙ってエルギン宿舎へ
押し寄せた彼らのそれによく似ていました(汗)。

まさに名誉海防掛!(笑)

とはいえ。
・・・・・・人面魚と大好物が一緒のゴレンジャーはどうなんだ!?という
ツッコミもできなくもないですがネ(爆)


いつの日か、鞆の浦も訪れてみたいです♪
(もちろん、阿部正弘公ツアーとして)


【追記】

以上のような記事をUPして、その2日後。
こんなニュースがありました→ (産経新聞)サイトへ

いろいろ大人の事情というのは複雑です。
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by aroe-happyq | 2008-09-22 11:13 | ほんの世間話 | Comments(2)

今回は三国志バカのどーでもいい叫びに過ぎませんので、
暖かく見守っていただければ幸いです。

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香港版DVDならば、主役の俳優さんの声が
似ても似つかない声の北京語にふき替えられていないかもしれん、
というラストコーションと同じ理由で、香港版(もちろん正規版)DVDを注文♪
だが吹き替えに関しては、今回は×。
そのかわり、三国志にピッタリの中国字幕のダイレクトな表現を
たっぷりと味わいました☆
くどいかもしれませんが、中文繁体字はいい!!!

そしてそして。
男と男のロマンを描いたら天下一!のジョン・ウー監督は
三国志でもいい仕事をしてくれました♪♪
まだ第一部で、赤壁の戦い前で終わるけど、面白かったです!!!

以下、ネタばれあり
なぜなら三国志といえば、東洋人なら誰でも知っている物語なので、
あえて隠す必要もないから!(笑)。
(でも映画の見せ場には触れませんヨ♪見てのお楽しみなので)

冒頭の、腰に飾りをジャラジャラつけてやってくる不遜な曹操の登場からして、
カッコイイ!!!!
三国志演義における悪役キャラとして、ヤンキーオヤジ的ワルさ炸裂です(爆)。
(これが、次第に三国志正史の正しい曹操キャラの顔もみせつつ、というのが
ニクイ!!)
・・・・・顔まっかっかにして宴会でベロンベロンな曹操、なかなかみられません☆
(なんて可愛いんだ!という感じです。正史ファンとしては嬉しいサプライズ♪)

だがしかし!!
その次に登場する、趙雲のカッコよさには敵いません!!!!

バカかっこいいです、胡軍演じる趙雲子龍

これは惚れますよ、マジでヤバイです♪♪
(以後、出てきただけでキャーキャーでした(爆笑))
こんなシーンもあんなシーンも列挙したら数十行になりそうなので、
ここでは抑えておきますっっ。

しかし張飛も、関羽もみんなかっこいいです。
黄金ミラー作戦、笑うのを忘れて↑の武将たちに釘付けでした(笑)。
三国志の基本はちゃんとおさえる、ジョン・ウー監督なのでした。

金城武演じる、諸葛亮孔明がまた素敵。
三国志演義以降の、神がかり的天才軍師ではなく、
三国志正史の孔明に近いのかな?というような、人間味あふれる若き参謀です。
金城孔明の「あちゃー」な顔がクセになりそうです(笑)。
(孔明を神のごとく尊敬する江戸文人がこの映画をみたら、
大ブーイングかもしれないけど(笑)→堀織部とかキレちゃいそうです)

そんな若者を参謀に迎え、趙雲、関羽、張飛など天下きっての豪傑の主人、
そしてたぶん三国志演義の主人公の、劉備さん。
皇帝の叔父こと劉皇叔と呼ばれるにはほど遠い、田舎のおっさんとして登場。
(草鞋づくりが似合いすぎて、涙が出そうになりました)
なぜこのおっさんにこんな豪傑が喜んでついていくのか!?
とはじめて三国志をみるお客さんにもわかるよう、随所に劉備の魅力も満載です。
最終的には、孫権の妹の尚香ちゃんに二度も倒される、キュートなおっさんでしたが
それもまたナイスでした♪(お笑い担当といっても過言ではない)

そしてこの映画の主人公の、ちっさい周都督。
ロケが過酷だとすぐに肌荒れしてしまう、トニーレオン。
今回も肌のコンディションはかんばしくございません(笑)。
しかし!!正史に表記のあるとおり、音楽センスあふれる、物静かで知的な人、
という雰囲気がとても似合っていて、素敵でした☆
近年「S」モードキャラがうまいトニーさんならでは、
孫権に度胸をつけようと、主人を崖から突き落とすがごとき試練をあたえる
Sっぷりが楽しかった(爆笑)。
その反面、妻の小喬ともデレデレぶりはこれいかに!??
(つか、なんで香港版DVDのジャケに夫婦でいるのだよ、みたいな(爆))

その孫権ですが、妹の尚香とともに、ホントにホントにカッコかわいい兄妹で、
もっと出番増やしてーーー!!でした。
東呉メンバーで忘れてはならないのが魯粛さん。
「この人は諸葛亮。わたしの友人です」
って、いつの間にか(しかもすぐ)孔明の友達に・・・・・・・・・・・。
あいかわらず、お人好し。こういうあたり、演義ファンも納得ですな。
(彼は正史キャラにしたら、面白くないからですね~~(笑))


ふたつだけ難があるとすれば、
もう少しCGの荒さをなんとかしてほしい~~~~。
それから2時間20分は正直、長い!2時間ぐらいでまとめたほうが
よかったのでは?と思いました。
監督はあれもこれも描きたかったのでしょうが、ちとだらけます。

この映画はいちおう三国志初心者にもわかるように・・・・・
作っているはずですが、この映画を本当に楽しむためには、
三国志の初歩は抑えておいたほうがいいと思います。
なーんにも知らないという方は途中で混乱しますっっ。

この機会に三国志を読んでみるのもよろしいのではないでしょうか?
ぜひ予習してこの映画をご覧くださいませ☆
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by aroe-happyq | 2008-09-20 10:35 | 香港&アジア映画 | Comments(2)

五稜郭を後にして、次の目的地の前に、
六花亭で休息をとりました(笑)。
ワッフル、美味しかったです♪♪
函館ではなにを食べてもハズレはありませんでしたが、
ここはホントに美味でございました☆
とはいえ、実は食べるときも、デジカメの容量確保のため
カメラいじりながら・・・・でしたので、ゆっくり味わう時間は
なかったのですが(汗&涙)。

足を休めて、亀田八幡宮へ歩きました。

江差にいったときも北海道は広い!と感じましたが、
五稜郭周辺でもさらに実感しました。
(1ブロックが本州より広いような?)

そんなとき、思わず「あの歌」がでてしまいます。

はて~しないー♪大空と~、広い大地のその中で~♪

松山千春の「大空と大地の中で」でございます。
しかしわたしが覚えたのが「おにぎりあたためますか」という番組内で
大泉洋が松山千春をモノマネして唄っていたこの一節だったため、
ここしか唄えません(爆)。
でもなぜだろう、自然に口に出ちゃうんです!
すでに初日、碧血碑まで歩きながら、なぜか唄ってますた(笑)。

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亀田八幡宮でーす。
五稜郭から歩いて15分くらい。

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こちらといえば・・・・・・・・


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箱館戦争終結の地ですね。

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噂どおり、旧社殿の羽目板には無数の弾痕がっっ。
当時の激戦を偲ばせます。

ここはどうしても訪れたかった場所のひとつでした。
今回の旅のテーマ(笑)こと「幕末開港都市箱館 堀織部正から榎本釜次郎へ」
からしてもここは最終地、終わりの地です。

しかし終わりと同時に明治の函館へのはじまりの地でもあると
思います。
幕末の時代、堀織部をはじめとして、
割りと少人数でプランをたてていた蝦夷地開拓の想いが(笑)、
明治新政府の開拓使によって大勢の知恵をあわせつつ、
大車輪のごとく動き出す、北海道の開拓の想いへと、
(安政元年の蝦夷地検分の旅に参加していた榎本釜次郎を通しつつ)
移行していったのではないかと思います。

そういう意味ではこの亀田八幡宮は、
幕末スキーのみならず明治スキーの聖地のひとつですね☆

・・・・・と浸ろうにも、上空を旅客機が低空で飛んでいく・・・。
ここは函館空港への空路なのであった(涙)。

次の千代台に行く前に、路面電車の五稜郭前駅まで戻りました。
なぜかといえば、丸井今井6階玩具売り場のOnちゃんショップへ
討ち入るためであります(笑)。
北海道へきたら、かならず行く!と決めていただけでなく、
前日に「重大なお知らせ」を聞かされてしまった東京藩士は、
Onちゃんショップ♪で甚だしく暴走し、散財したのはいうまでもございません。
(今、私の携帯には「腹を割って話そう」ストラップが輝いております(爆))

荷物が重くなりつつ、電車で千代台へ。

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長崎伝習所ファンとしては、中島三郎助といえば、
箱館戦争で散ったことで有名な人ではなく、浦賀奉行所与力で、
ペリー艦隊と最初に応対した人で、見よう見真似で西洋式軍艦をつくるなど、
開明派の先駆的存在です。
伝習所でも多くの稽古人が(おそらく永井総監も(笑))世話になりました。
そんなことをつらつら思うと、
ここからすぐの三郎助さんの最後の地にいくのがどうも気が重かったです。

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箱館戦争初心者ゆえ、どうして中島父子がこんなことに
なってしまったのか、一般常識程度の知識しかありませんから
詳しい事情がわかりませんが、とにかくせつないっす!

つづいて、さらにせつなさ第二弾。
電車を新川町で降りて、あまりにも有名なあの方の最後の地へ。


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土方さん最後の地でございます。

ここで、またもやデジカメの容量が「あと一枚」に。

すまんトシさん、一枚しか撮れなくて・・・・・・・(涙)

この旅の最後の一枚、土方さんで〆させていただきました(拝礼)!!!

最後は超初心者の箱館戦争ツアーとなりましたが(笑)、
以上でお開きとさせていただきます☆


今回行き損ねた場所・・・・箱館山のてっぺん、北方民族博物館。
                函館湾クルーズ(時間合わず)。


次回はもっと函館で落ち着いて、食い倒れたいデス!(爆)
リベンジまで箱館よ、さらば~♪
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by aroe-happyq | 2008-09-19 19:01 | 箱館または釜さん | Comments(3)

スーパードラマTVで昨夜から、待望のシーズン2が
始まりました!

「HEROES 2」がいまいち、なんだか・・・・なので、
どーしても、こちらに期待してしまいます!

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公式サイト→こちら

で、やっぱり期待どおりに、面白い!!

シーズン1のラストがすごいところで終わっていたため、
のっかけから緊張の連続でございますっっ。
こんなに45分間ずっーーーっと手に汗握るドラマも珍しい。
10時からBSGで緊張、11時の「どうでしょう」で爆笑・・・という素晴らしいバランス
が水曜の夜に再び戻ってきて、ホントに嬉しいですっっ。

1回目からアダマ艦長不在のギャラクティカはどうやら使えないらしいぞ
というのがよくわかってしまいました。
ヘタレの副長ぶり炸裂で笑ってしまいましたが、シーズン1で匂わせていた
副長の「艦長、命♪」っぷりの理由がわかりつつあって楽しかったです。
(結局は艦長がいてもいなくても、ヘタレなんですけど)

スペースオペラにしては、ますます人間くさいダークなドラマに
なっていきそうです(きれいごとではないこの世界観、大好物です)☆


さて、昨夜の「どうでしょう」は試験に出る日本史の、長篠城のくだり。
(長篠というと、江戸時代、その隣の設楽は、岩瀬忠震の実家の設楽家の領地ですた☆)
思わず熱が入りすぎて、台本を無視しだす安田さん、ナイスでした(爆)。
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by aroe-happyq | 2008-09-18 10:36 | ほんの世間話 | Comments(0)

ずいぶんお休みをいただいてしまいましたっっ。
箱館気分レポ、いよいよ最終章です(爆)。


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いまや草木深き五稜郭も、亀田御役所と言われていた当時は
こちら、五稜郭タワーの模型のように、こざっぱりとしていました。
眼下にひろがる五稜郭も嬉しいのですが、この模型を眺めて感動している
(前回の開陽、前々回の元町公園に続き)ちょっとアブナイ人になってしまいました。
でも幕末スキーな方々なら、きっとみんな同じ反応をしたのだと、わたしは信じている!(爆)。

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タワー展望台から五稜郭の北側方向をながめて、感動しました。
五稜郭(新役所)の場所をここに決定したいという上申書で、
堀織部正は海からの距離、そして「背には山、そばに川が流れている」ことが
決め手です!と熱く書いておりましたが、まさにそのとおりの景色。
水の確保は旧御役所で苦労したこともあって、かなり真剣だったのですね。
亀田川というコトバも何度も上申書でみかけました。

「村垣淡路守公務日記」で村垣と堀が一緒に箱館詰めをしているときには、
二人して従者を引き連れ、よく亀田に視察にでかけております。
のちに亀田御役所建設が決定し、実際に建設作業が始まると、
やっぱり視察に出かけてました(で戻ってくると呑んでた(笑))。
箱館奉行にとって、本当に完成が楽しみだったのでしょう!
(こんなに美しい城郭、設計図みただけでわくわくしますものね☆)

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タワー展望台のジオラマはどれも面白いのですが(笑)、
五稜郭に関連しているものといえばやっぱりコレかなということで。
140年前の徳川脱走軍のみなさんの入城です。

今回の五稜郭付近レポは箱館戦争関連メインになるのですが、
箱館戦争初心者としては、知識が浅すぎる!
ことに気がつきました。
(この最終章はそんなわけで、箱館戦争初心者のさまよいツアーということで
お許しくださいませ)
だいたい元町周辺から五稜郭までの距離とか、そんな基本的なあたりで
感動している始末(想像よりもずっと遠いとか)。
まだまだ修業が足りませんです!(猛反省)

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初心者なもので、「額兵隊」の旗だけでキャーキャーです(汗)。

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来ました、とうとう!!!!

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日頃、江戸城の城壁ばかり見ている自分としては、
五稜郭のあちこちにみられる斬新なデザインに惚れました!!!
なんと美しい!
西洋式のデザインをもとにしつつ、
日本の城郭の伝統を盛り込み、材料も日本式でつくると、
こんなにも新しいのでしょうか♪

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この眺めもまた、美しうございます。


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デザイン賞はこの方、武田斐三郎さんです!!

なぜ顔だけ金色???さわるとご利益があるのか??


このあたり、パシャパシャ撮影していたら・・・・・止まりました。
デジカメが「空き容量がありません」て。
つまりはもう写真が撮れない・・・・・・・・・・と。

こんなところで白旗か!!!(爆)
慌ててベンチを探して、前日にバカみたいに撮影した開陽の激写(爆)
を泣く泣く数枚削除。・・・・・こうしてこの日、撮影して、前のいらない写真を消す
という作業を繰り返すハメに陥ったのであります。滝汗ものでした。

そうはいっても、武器庫資料室では楽しい展示が満載☆

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この当時、角瓶のビールがあったのですね。
これで殴ると痛そう・・・(←香港映画の見過ぎです!)。
でも片手で持って、そのまま飲む姿は丸瓶よりダンディーな気がいたします(笑)。

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亀田御役所からも出土していた、箱館焼。
(地産地消は食物だけでなく、陶器もありですね!)

鰊奉行の竹内下野守、鋳物師奉行の村垣淡路守ときて、

楽焼奉行の堀織部とあだ名されるほど、
熱心に箱館焼を興そうとしてたので、
箱館焼をみると(博物館でも同様でしたが)、かの人を思い出します。
(「楽焼奉行まかりとおる!」とかいう時代劇を作っても、織部さんは喜びそうに
ありません(笑))

このあと、五稜郭内をくまなく歩きました。
噂の土饅頭も、これかな???(おいおい)と思いつつ、手を合わせてまいりました。

くどいようですが、ほんとうに美しい城郭です。
しみじみと味わってしまいました。

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そして2年後に完成する、御役所!
楽しみでございます。
・・・・・・ん。2010年といえば、長崎の出島も復元が完成しますな。
どちらも、すっごく楽しみ♪♪

おおっとだらだら記事をUPしていたら、なんだかサイトが
不安定になってきたのでここで御開きにいたします。

つづきは後編で!
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by aroe-happyq | 2008-09-17 19:05 | 箱館または釜さん | Comments(8)

函館でどうクラ視聴!

レポが進まないなか、とんでもなくゆるい記事でございます。

函館でどーしてもやりたかったこと、
それは北海道の地で水曜どうでしょうClassicを視聴すること!(笑)
これはどうでしょう東京藩士の夢でござった♪

江差からの恐怖のバス酔い地獄から逃れた自分は、
ホテルに戻るとひっそり一人打ち上げをしてドロンケンになっていたわけで。

そして11時過ぎがやってきたわけです。

正座してテレビの前におりました。

いよいよはじまったのですが(感無量)、

屋久島魚取り対決の最終夜でして・・・・・・・・・・・・・。

「番組の終わりに重要なお知らせがあります」

それは次のべトナム横断シリーズで水曜どうでしょうがピリオドを打つと
いふ、番組レギュラー放映終了のお知らせですた。

なんてこった!

・・・・・東京MX視聴組としては15回以上も先のお話でして・・・・・。
(今東京で放映中なのは、「試験にでる日本史」シリーズです)

なぜ初北海道での初どうでしょう鑑賞で、このお知らせを聞かなければ
ならないの、自分~~~~~(笑)。

マジで泣きました(爆)。

最初は「お知らせ」しているミスターと洋ちゃんからのもらい泣き
でしたが、せつなくて泣いちゃいましたよ(酒入ってたし)。

なんともほろ苦い、函館最後の夜とどうでしょう、でありました☆
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by aroe-happyq | 2008-09-13 10:28 | 箱館または釜さん | Comments(4)