ブログトップ

東都アロエ

東京国際映画祭アジアの風の
ウインシャ初監督作品「全城熱戀熱辣辣 ホット・サマー・デイズ」
見て参りました☆

さすが東京国際映画祭正式出品作品です!!

字幕がマトモでしたーーっっ

日本人の方がしっかり字幕を担当されておりましたので、
安心して見ました。
(別に中国字幕&英語も出てるので、翻訳の正確さは間違いなし!)
思うに、
東京中国映画週間の主催者の中国国家広播電影電視総局電影管理局(長い!)
&日中友好映画祭実行委員会は字幕制作代をケチったのね、きっと(笑)。
日本人を雇わないで自分たちで作っちゃったのさー。

嗚呼、「十月圍城 ボディガード&アサシンズ」
もアジアの風でみたかったーっ!(爆)

で、「ホット・サマー・デイズ」。
香港の超有名な写真家ウイン・シャの初監督作品ということで、
顔が広いゆえに出演者の顔ぶれがすごい!
張學友(ジャッキー・チョン)、劉若英(レネ・リウ)、
謝霆鋒(ニコラス・ツェー)、呉彦祖(ダニエル・ウー)、
徐若瑄 (ビビアン・スー)ほか、
それに加えてカメオ出演にマギー・チャンが出てくるんですから!
(この映画のプロデューサーの陳果フルーツ・チャンも出てきた)

More あまりネタバレなし
[PR]
by aroe-happyq | 2010-10-29 14:47 | 香港&アジア映画 | Comments(4)

久々に箱館ネタです。

よく、榎本の「洋才」と松平の「和魂」と称されて、太郎さんの人望の篤さ
みたいなものが言われております。
しかし榎本釜次郎という人をいろいろ調べておりますと、
本当にそうなのか?という大いなる疑問がフツフツとわくのであります。
松平太郎さんも好きですけど、なにせ史料が少ない人なので、
よくわからない。人望が篤い人だったかもしれない。
でも榎本釜次郎さんもそれに負けていなかったのではないか、と。
今までこのブログで紹介してきた榎本釜次郎のエピソードをご覧いただければ、
同じ思いを抱かれている方も多いのではないかと思います。

さて、そこでまたまた出会いました。
3000の兵を率いるカリスマ大将として、申し分のない器量を
発揮している榎本釜次郎のある日の一場面です。

More
[PR]
by aroe-happyq | 2010-10-26 18:14 | 箱館または釜さん | Comments(2)

今年中にはかならずみるぞ!と思っていた
「十月圍城 ボディガード&アサシンズ」を
東京国際映画祭共催企画「東京・中国映画週間2010」のオープニングで
ようやくみました☆

日劇のスクリーン1のでっかいスクリーンに
映し出された1906年の香港はなかなかにオツでありました♪

 

More ネタバレあり
[PR]
by aroe-happyq | 2010-10-25 10:28 | 香港&アジア映画 | Comments(10)

中根市之丞 プチwiki

おととい、図書館に『維新史料編纂会講演速記録』2に収録されている
「徳川慶喜一橋相続の事情」を複写にまいりました。

その際、もくじをみていたら、
「幕府使番中根市之丞長州に於て遭難の始末」江間政発(大正2年)
「中根市之丞遭難の地」中原邦平(大正2年)

・・・・・・偶然にも中根市之丞関連が2項目も登場しました。

これはもう、歴史調査でいうところの「呼ばれている」状態?

千原栄のファン(笑)なのですが主君のこともよく知るべきと
千原さんにテキストを渡された気分です。

ということで、こちらも複写してまいった次第。

内容はもちろんですが、事件の顛末を語ったものです。
たいへん悲惨な内容で、読んでいて凹みます。
中根市之丞は長州の地で、たいへん立派に任務を果たしており、
(やりとりが出てきますが、若くて清々しい人物です)
本人にまったく落ち度はありません。
それなのに「違勅の罪」だとか何とか、中根の仕事と関係のない
いいがかりで長州人に殺されてしまいました。
とても詳細に取り上げる気力が起きない、酷い事件でして
「呼ばれて」いるにしても、辛すぎて真っ向から向き合うのは
どうも憚られますっっ。
(というか腹が立ってきて、どうにもできなくなりそう・汗)

なので、今回は『維新史料編纂会講演速記録』2で拾った、
中根さんのプロフィールを紹介いたします。


中根市之丞 プチwiki

旗本・渡辺肥後守(甲斐守)の七男。
幼名は慶三郎。
通称は市之丞、諱は正聖。
26歳のとき、旗本・中根宮内(6000石)の跡目養子となる。
屋敷は市ヶ谷長延谷。
武芸に長じ、気概に富み、長州には自ら請うて使した。
墓は深川大工町の長善寺。
28歳で市之丞が遭難した際、妻の中根氏は13、4歳の幼女であったという。



公儀が中根の死後、渡辺氏から養子を・・・・・・という流れ
がこれでよくわかりました。
それにしても6000石の旗本だったのですねっっ。
これはすごい名門ではありませんか!
それなのに自ら志願したというのがまたすごい。
名門旗本でこういう気概をみせるパターンは稀なのではありませんか?
・・・・・・生存していたら、後年素晴らしい奉行になったかも(涙)。
(もったいない・・・・・・。有能な旗本は短命なことが多うございます)

そして!
お墓が深川にある!???
・・・・・・ちょっと調べたところではその寺は現存してなさそうです。トホホ。


というわけで、またまた中根さん記事でした!
(いつか気力のみなぎっているときに、事件についても取り上げられたら
と思います・・・・・・)
[PR]
by aroe-happyq | 2010-10-21 10:37 | 広く幕末ネタ | Comments(0)

江戸市民、じゃなくて東京都民悲願の羽田国際化が
よーやく実現です☆

な、長かったーーっっ。

香港に行ってた頃はやむなく、東京国際空港とは名ばかりの
東京タワーのみえない成田(千葉)空港を利用しておりましたが、
午後9時すぎると電気が消され、リムジンバスも都心への特急もなくなるやうな
恐ろしいド田舎ぶりを発揮しておりましたっけ。
(今はもう少し改善されていると願いたい)

で、午後9時すぎに成田に到着し、
普通電車の急行で3時間以上かけて自宅へ戻ったことが
あるのですが(号泣)、
そのときから、もう成田は嫌だ!
羽田よ、国際空港になってくれーーーー!と
願いつづけて十数年。

なにがすごいて、モノレールの駅から改札出たらそこはもう
出国ロビーですって!???!????058.gif058.gif058.gif

どんだけ便利なんですか~~~~~っっ。

・・・・・・で。
せっかく国際化したというのに、
ワタクシはすっかり国内旅行派になってしまいました(笑)。
でも国内旅で自宅から50分以内で行ける羽田を使うたびに
「やっぱ便利だわー便利だわー」と思うので、
(しかもモノレールからは御台場も拝めるというゴールデンコース!)
きっと羽田から海外へいったらもっと便利だわーと叫ぶでありましょう。

叫びたいために、どっか海外いくかーー!(爆)
円高だし~~~~~~~。

トホホ。・・・・・・しかしまだまだ調査の旅が終わっておらず、
沖縄へさえ遊びにいけないので、しばらくムリーーーっっ。

途中で「ええい、調査は休止して遊びにいってやる」
と浮気をしたらなにかよからぬことが起こりそうで。
(きょうも図書館で偶然だと思いたいですが、150年前の旗本さんから
呼ばれてしまいまひたし。ひ~~~~~~)

いつか調査もおわり、海外へ遊びに行くころには、
羽田ー東京間に24時間交通ができていることを願っております・・・・・・。
[PR]
by aroe-happyq | 2010-10-20 19:34 | ほんの世間話 | Comments(4)

中根市之丞がひそかに?

永井玄蕃頭がアクセスランキング上位にのぼってから、
なにげに注視している、うちのブログアクセスキーワードランキング。

ここ数日、異変が!(笑)

2位 永井玄蕃頭 (8位にも永井玄蕃)


3位 中根市之丞



うちってなぜか1位はだいたいひこにゃんだったりするのですが(爆笑)、
3位に悲劇の御使番中根市之丞が浮上です。

うちのブログでは家老(死亡時には用人)千原栄さん絡みで
紹介しただけなのですが、
その主君中根市之丞が世間では注目されているようです。

注目ついでに捕捉。

28歳の若さで殺害されてしまった中根市之丞には子がなかったので、
元治元年7月13日、徳川公儀は「非常に死せるを憐れみ」格別の配慮で
仮養子渡辺錬次郎をして中根家を継がせたそうです。
死後の仮養子なんて通常ではありえませんが、この場合は事情が事情なので。
(だってもう、立派な殉職ですから)

さてこの2位の永井と3位の中根には共通点があります。
それはどちらも長州訊問使(詰問使)になったこと(笑)。
永井なぞは2度も行かされましたですから。
(2度めは別の人のほうがよかったと思うのですが。木村芥舟さんのいうように
水野痴雲さんとかネ)
その永井が長州について語っている珍しい記録があります。
肥後藩京都留守居役上田久兵衛の藩庁宛書簡(慶応元年10月20日)にあります。
(宮地正人編『幕末京都の政局と朝廷』P193)

一体長防之御征伐を手近く申せハ、
親之仇二追々廻り逢ひ、不手際ニて討損シ候共、
迚も不討ニ済候訳ハ無之候


温厚な永井にしても、
長州は親の仇も同然らしい(笑)

永井の場合、肥後の上田久兵衛のさぐりをはぐらかすことも
あるので、ハッタリか?とも思えるけれど、ハッタリにみせかけて
本音を言うこともしばしばの人なので、言葉どおりには受け止められないけど、
まったくの嘘でもないので、ややこしい。
しかし幕臣のなかにくすぶる本音はこういうものだったような気がします。
(その割にあのやる気のない討伐軍はどゆこと!?ですけど・笑)

江戸の切り絵図にみえる、あの完膚無きまでにさら地にされた元の長州藩藩邸跡
をみれば、徳川の怒りや憎しみはコワイほどよくわかりますけどネ(汗)。



てゆーか、中根市之丞さんが注目されるのはよいけれど、
ワタクシとしては千原栄(44歳)の篤き忠義の心のほうがむしろ、
大好物なんだけど・・・・・・。
千原栄と中根市之丞の物語なんて、
歌舞伎にしたら、かなり泣けそうですよ~~~~。
(想像してすでにほろり・・・笑)
[PR]
by aroe-happyq | 2010-10-18 10:39 | ほんの世間話 | Comments(2)

せっかく心地よい気候になったというのに、
夏の疲れが抜けず心身ともに落ち気味なワタクシですが、
なんとかこれだけは行くぞ-!ということで
行ってきました、両国の江戸東京博物館。

お目当てはふたつ。
特別展「隅田川 江戸が愛した風景」「徳川御三卿展」


まずは、特別展「隅田川 江戸が愛した風景」。

公式サイト→こちら

一言!素晴らしい特別展でした♪

幕末にしろ、中期・前期にしろ、江戸時代に触れたら、
江戸を流れるメイン河川こと隅田川流域を愛さずして江戸を語るなかれ、
と常々思う大川マニアのワタクシですが、
これほどどーんと各時代の隅田川の絵をみる機会がなかったとはいえ、
まだまだ不勉強であったことを痛感しました。

想像よりもはるかに奥深かったです、隅田川ワールドは!(笑)

まずはその水質(笑)。
錦絵などで白魚漁などがさかんな様子はわかっていたので、
かなりきれいな水が流れていたことは知っていたのですが、
昭和初期までは川底がのぞけるほどの透明度だったなんて!
今回の展示の錦絵にも、船遊び中に粋なねえさんが
盃なんかを船から手をのばして、ちゃぶちゃぶ洗って(たぶん直後にまた使う)
る姿なんかがあって、今の隅田川でそんなことやったらお腹こわしますしね(汗)。
当時の世界一位の人口都市のど真ん中を流れる河ですよ!???
すごくないですか????
この清流っぷりは~~~~~っっ。
川開きなんかの絵をみると、もう川ぎっしりに見物船が出ていて
みんなで食器をちゃぶちゃぶやったとしても(笑)、キレイな水だなんて。
恐るべし、江戸人っっ。

そして川開きの橋は人だらけ、川は船だらけでごった返す絵が
何枚もあって、その賑わいぶりを偲べるわけですが、
どーみても船同士がガンガンぶつかってるわけですよ。
「火事と喧嘩は江戸の華」の江戸なので、
普通なら船頭同士がつかみ合いの喧嘩でもしていそうなのに、
そういう絵がない!
どーいうわけかと思ったら、大森貝塚で有名なあのメリケン人モース
が『日本その日その日』で証言しています。
(詳しくは図録『隅田川』P262~にあります☆)

(川開きという祭りにいって)船頭たちは長い竿で、舟を避け合ったり、
助け合ったりしたが、この大混雑の中でさえ、不機嫌な言葉を発する者は
一人もなく、只「アリガトウ」「アリガトウ」「アリガトウ」、
或いは「ゴメンナサイ」だけであった。
かくの如き優雅と温厚の教訓! しかも船頭達から!
何故日本人が我々を南蛮夷狄と呼び来たったかが、段々判って来る。


モースが証言しているのは、明治10年ごろの日本人。
彼らはまごうかたなく江戸で生まれ、育った、江戸っ子です。
明治の時代に暮していますが、バックボーンは明治人ではありません。
そしてモースはこれがアメリカだったら、さぞかし荒れすさんだ現場になっただろう、
と思ったわけです。
・・・・・・今の東京はどうでしょう。江戸の船頭たちより、むしろアメリカ人的では
ないでしょうか(汗)。
わたしも東京人として、おおいに反省し、140年前のこの土地にいた人々の
ように優雅で豊かな精神でありたいと思う次第でありました。

話は戻って、こういう譲り合う江戸だからこそ、あのとんでもない大混雑の
川開きがなごやかに楽しく過ごせたのです。
錦絵にけんかをしている姿が出てこないわけであります。

そしてやはり、隅田川の四季おりおりの美しさ。
たくさんの絵が残されております。
こちらもたっぷりと堪能!!!もはやしびれまくりです。
とくに常々ご贔屓の向島。墨堤や三囲神社付近は春の桜だけでなく、
冬の雪見、夏の蛍狩り(蛍が飛んでいるんですよ、隅田川って!)
などなどさまざま楽しめたことを知りました。
岩瀬忠震も永蟄居でなけりゃ、そんな素晴らしいところで悠々自適な
暮らしができたものを(涙)。もったいねぇ。
(ま、岩瀬の代わりに永井とか榎本さんたちがたっぷり味わいましたですが・笑)

個人的には元禄期の隅田川の船遊びのゴージャスさも楽しくて、
6代将軍家宣ファンとしてはこの人が甲府宰相として
今の浜離宮こと御浜下屋敷(海手屋敷)の家主なので船遊びは欠かせぬアイテム
なのですが、この人も庶民に負けず、ゴージャスな船遊びをやっていたかも
と思うとワクワクしました。
(間部詮房+両脇にきれいな御小性を侍らせてネ・・・・・・汗)
こうして考えてみると、
偶然ながらMY贔屓はほぼリバーサイド住まいばかり・・・・・・。
隅田川とは縁があったなぁと。

明治になって蒸気船が運航されて、ますます賑わったこの川ですが、
そうした繁栄もいまは昔の語り草。
水質最悪(それでも一時期のどぶ川よりはややマシ)だし、船遊びっても
柳橋も吉原も両国もないので、どーしろと!?

今の隅田川をみてもまったく江戸の頃の大川を想像しがたいので、
想いを馳せてみたい方は、ぜひぜひこの「隅田川」展お勧めです!!!!
隅田川の世界は、江戸人の気質や文化がぎゅっと集約されているので、
江戸好きにはたまりませんよ、ホント☆


で次に「徳川御三卿」展。
公式サイト→こちら

御三家とちがい、大名ではなくあくまで将軍家の家族という
特異なポジションの、田安・一橋・清水家。
イマイチその違いがわかりませんでしたが、このたびこの企画展でよーく
学ばせていただきました。
毎年行なわれているこの企画展シリーズはやはり素晴らしいです。
御三卿なので、時代も短く、展示品的にはいつもよりも地味ですが、
(展示スペースも6階から5階にかわったし)
江戸後期の政治史に興味がある方には間違いなく得るもの大きい企画展です。
なぜか・・・・・・会場の外にはみ出す形で展示されていた(笑)、
慶喜関連の史料(何度も固辞した後で将軍職襲う覚悟を表明した書簡)
も面白かったです。

で、展示スペースがかわったおかげで、
ほぼはじめて6階の通常展示をみられまして(笑)、
長崎丸の引き揚げ品を目にしました。
長崎丸はイギリスから幕府が買った船のうちの一艘で、
明治元年、徳川家達(駿府)に引き渡されたはずが榎本に呼応して脱走、
庄内藩救援に向かったところ座礁したという、開陽みたいな船(笑)。
西洋食器や双眼鏡はわかるけど、法螺貝て・・・・・・・。合図に使ったのか?
(源平の合戦みたいぞなもし)

と、江戸東京博物館を楽しんでまいりました。

最後に。
行ったことのある方はご存じの神田祭の山車の展示。
てっぺんに関羽さんが乗っかっていますでしょ???
中国から来ていた団体さんがえらく盛上がってましたです(笑)。
(たしかになぜここに関羽が!?・・・・・・江戸のウルトラヒーローだったのさ・爆)

それからこの博物館、撮影OKな展示が増えた気がしまして。
夢中になって大名屋敷の模型を激写していた西洋からのお客さんがおりました。
(その気持ち、わかるわかる~~っっ。函館でやらかしてきたばかりっす)

いろいろな楽しみ方のできる、博物館であります(笑)。
[PR]
by aroe-happyq | 2010-10-15 19:00 | 江戸東京あれこれ | Comments(2)

次々にナイスシュートを打ち込んでくる「建党偉業」。

まさかのチョウ・ユンファ as 袁世凱!

写真も出ている記事→こちら


でもユンファいわく、

「彼(袁世凱)の顔は僕より丸いよね。エリック(曾志偉)にやらせればいいのに」

爆笑させていただきました。
まさに正解!なご発言です!!!(笑)。

たしかに「十月圍城」のエリック・ツァンみたら「あ!袁世凱っぽい」って
思いますもの~~(爆)。


ホンモノの袁世凱より貫禄のある(笑)ユンファ版袁世凱の動く姿が
楽しみです☆

先日、どこかの記事でチャン・チェンas蒋介石の画像が出ていて、
モデルのようにすらっと立っている軍装の蒋介石にクラクラしました。
(もう何をいっているのかわからなくなっている自分・・・・・・)

・・・・・・こうなってくると、この映画がどこへ行きたいのかよりも(笑)、
ただスターのみなさんのコスプレショーが楽しみであります。
[PR]
by aroe-happyq | 2010-10-11 10:00 | 香港&アジア映画 | Comments(2)

ザックJAPAN 勝ちました☆

いよいよ新監督ザッケローニ氏率いる日本代表の
4年後のブラジルへの旅がはじまりました。

いきなり、それもほぼフルメンバーのアルゼンチンとの試合☆
結果は1-0。
7戦目にして、
・・・・・・はじめてアルゼンチンに勝ちましたね!!!!

正直、メッシ見たさで見始めたのですが(笑)、
日本代表がいい動きをしていて、引き込まれてしまいました。

ただ、こんなに好調でも
あいかわらず決定力には欠けちゃうのね、みたいな(汗)。

ザッケローニ監督がこの難問を解決してくれることを祈りつつも、
これからの日本代表がより強くなっていくことを期待しています☆


それにしても昨夜は楽しい試合でした。


次の韓国戦はどうかな???
[PR]
by aroe-happyq | 2010-10-09 10:27 | ほんの世間話 | Comments(0)

復活1回目から、ありがとう!ブラタモリ。

R馬伝で散々な扱いをされてきた、築地講武所・・・・・・のちに、

築地海軍繰練所

と呼ばれた、徳川幕府の正式な海軍学校兼繰練所
の存在を紹介してくれましたネ。

これもNHKの、
大河で好き勝手やって歴史を正しく伝えていない罪滅ぼしかナ(笑)。
(ドラマなのでフィクション部分はあってももちろんいいけど、
歴史モノって限界があると思うのね・・・・・・)

そもそもこの繰練所があったから、
明治になって海軍兵学校が出来たのだし。
何もないところにいきなり作らんですよね、明治政府も(爆)。

清く正しく幕末を愛する者として、あの大河に登場するよりは
むしろブラタモリで紹介されてよかったと思います♪♪

・・・・ついでに言うと、築地講武所の前身は堀田正睦の下屋敷で、
かなり手を入れた立派なお庭と池(海水のはず)があって、
堀田さんと仲の良かった川路聖謨さんなどは、そこで魚釣りをしたそうな。
(その庭を潰してできた講武所です。庭師さんの怨念が心配・爆)

そして築地本願寺もがっつり紹介していました~~!

あすこのそばにあったんですよ、岩瀬邸は☆
(舟で岩瀬邸にいくときは「本願寺の先、三ノ橋まで」といえば岩瀬邸そばまで
行ってくれるはず・笑)

それから築地といえば、小栗上野介プロデュースの「築地ホテル」
なんかもあったり。

実はいろいろ江戸好きにはたまらない、楽しい築地であります♪ ムフフ
[PR]
by aroe-happyq | 2010-10-08 13:56 | ほんの世間話 | Comments(0)