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アジアンエンタメ&お江戸後期。外国奉行や長崎海軍伝習所がご贔屓☆ BYはな。

<   2012年 07月 ( 15 )   > この月の画像一覧

二条城展@江戸博

障壁画メインの「二条城展」に行く気はまったくなかったのですが、
展示内容をチェックしたら、新門辰五郎遺品が何点か展示されるというので
見に行ってきました。
つまり、すべては火消しを組の頭・辰親方(←当時はこう呼ばれていた)の御為!!!

二条城展公式サイト→こちら

いや!!たしかに障壁画は見事でした♪
それから洛中洛外図のいろいろなバージョンも!
そして、家康が征夷大将軍を拝命し、そのお祝いの大宴会をやったのが
二条城だったんだとか。
・・・・・・征夷大将軍を辞めたのも、同じく二条城。
これもなにかの因縁なのでしょうね・・・・・・というわけで。

新門の辰親方のほうに話をすすめます。

①新門日記(元治元年6月~12月)

まず、最初に「見にいく!」と決めたのは、これが見たかったからです!
親方の側近が日記を付けていたんですよ!!!
それもかなり分厚い!!!
展示解説によると、大名家の庭掃除とか、洛中の防火体制の整備などに
従事するかたわら、浪士の上京を防ぐため、大津宿まで出張っていたそうな。
彼らが軍事力として期待されていたことがうかがえる」そうです。
(一橋家って藩兵がいないから、関東で兵を募集したり、いろいろたいへんだったんです)

う~~~ん、この日記翻刻されないかな~~~。
所蔵は二条城(京都市)らしいんで、辰親方に興味なさそうだし、
ムリだよね~~~~っっ(ため息)。
でも所蔵が霊〇歴史館でないだけでもマシか♪
(貴重な史料の墓場やね・・・・・・)


②丸に三つ引き紋胸当

思わず、図録(辰さんのために買っちゃいましたよ!)から画像をば。

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で、問題はこの家紋ですよ!!
辰親方の胸当なのに、新門の家紋じゃないのです!!
近藤勇の家紋なんですよーーーーー!!!!
つまり、近藤からもらったものを辰親方はつけていたらしい。

今までどうしてか世間で注目されてこなった、
京都における新選組とを組の関係。
を組の宿舎(いくつかの寺院に分散)が壬生の近所なんですよね!
って前から有名なのに誰も指摘しない!
(あー、永井尚志と新選組の関係もそうですよネ。ご近所なのにって感じ)
もちろん、確たる証拠はありません。

でも展示品の解説にこんなスクープが出てました(一部ご紹介)。
辰五郎が京都でもうけた祐という娘が、
幼いころ、近藤勇に背負ってもらって夜店に行った」といっていたとか。
(さらなる詳細は二条城展に行って図録をゲットしてくださいね!)

京で近藤勇が、辰五郎の幼い娘をおぶって夜店にいくって、
なんか、ほのぼのとしていいですよね~!
おそらくそばには辰五郎もいたはずですが(ちなみにこの頃、辰五郎は65歳以上です)
勇も、江戸に置いてきた自分の娘を思い出しながら、おぶっていたんじゃ
ないでしょうか☆

・・・・・・この祐という人の記憶が正しければ、
近藤勇と辰五郎、わたしの想像以上に親密な仲(この言い方おかしいかも・爆)
のようです。

ううむ、まだまだ幕末京都の二条城から壬生界隈の人間関係は
解明されていないように思われますね。

「日記」を見に行ったわたしとしては、この胸当という
とんでもないサプライズをいただきました(笑)。

このほか、辰五郎関連では火消し頭巾や袢纏などが展示されていました♪
(いずれも、鯔背な、かっこいい逸品でした!!)

これ以外ですと、
家茂公の筒袖陣羽織(国立東京博物館蔵←そんな身近にあったのか!・・・・でも前期のバージョンは久能山蔵のほうでした)
とか、
慶喜のナポレオン3世からもらった軍帽
(九能山東照宮蔵←こちらはなかなか見られません)などが印象に残りました。
また、
大政奉還上意書には
現代訳が添えられていて、慶喜の返上する理由がわかりやすいです!


展示は前期と後期にわかれるようなので、
公式サイトの展示一覧(PDFファイル)でご確認ください。
辰五郎関連は全期間OKのようですが、家茂とか慶喜は入れ替えがあるらしいです。

そして、江戸博の次回の特別展は!

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(なぜか、カラーのチラシはなくなってしまったらしい。コピーのチラシっす)

旗本川村さんの嫡男の川村清雄展です!
晩年の篤姫や家茂、勝海舟を描いたことでも有名ですね☆
(今回の二条城展にも、家茂の肖像画が展示されています)

清雄氏の絵画はもちろんですが、
川村家につたわる歴史的史料の公開も注目です~~~っっ
(こちらも行かなくちゃ)



帰りの電車内で、たいへん熱く「平清盛」の崇徳院の最後を語っている
サラリーマンがおられました(笑)。
やっと久しぶりに登場し、劇的な最後の回だというのに、
オリンピック中継が延び延びになるあたりが、崇徳院らしい残念ぶり
だったな・・・・と思わず心のなかでつぶやいてしまいました。
(ツイていない人は千年たってもツイていないのか・・・も・汗)
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by aroe-happyq | 2012-07-31 18:03 | 江戸東京あれこれ | Comments(0)
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義民が駆ける

藤沢周平

講談社文庫


アマゾン→こちら



ふらっと立ち寄った古本屋さんでみかけたので、
とっても軽い気持ちでゲット(笑)。

しかし読み始めたら、やめられない♪とまらない~♪
って感じになちゃいました。自分的には久々の大当たり(爆)。
さすが藤沢周平!!こんな複雑に入り組んだストーリーを
さらさらっと読ませる!!
あらためて見事な筆力でいらっしゃる、と恐れいりましてございます。


※以下、歴史的に有名なあたり以外ネタバレほぼなし!です

More(続きはこちらから)
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by aroe-happyq | 2012-07-29 18:01 | | Comments(4)

一橋家の富士山

江戸時代、将軍家の親族である御三卿の一角、
一橋家には下屋敷があちこちにありました。

そのなかのひとつが江戸切り絵図の「牛込市ヶ谷大久保絵図」にみえます。

で、よーくみると・・・・・なんだか山がみえます。

しかも不二山!です(笑)

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このあたり、今では新宿6丁目。

で隣に書かれている「西向天神」を目印にして、
ちょっと行ってみたわけであります☆


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で、境内に入る前にちょっと絵図にあるように右のほうへ行ってみると。

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なんか、もこっとした山があります!

その位置を確認して、いざ境内へ♪

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やはり、ありました!!

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でも、このちーさな山は大正時代に再度築かれたものらしい。

ということは江戸時代にあった山は・・・・・・かなり大きかったのではないかと
思われます!!!

江戸郊外には、千駄ヶ谷の鳩森八幡に大きな富士山(築山)があり、
それは現在でもそのまま存在しています(写真加工後、後日記事にしますね♪)。
現在でも「山開き」なんていう日もあってかなり本格的!

そのほかでは、大きさからいうとこの一橋家の不二山でしょうか???
(新宿区戸山にある旧尾張藩下屋敷の大きな築山は富士山ではないので)
ということは一橋家でも「山開き」とかやっていたのでしょうか。

なかなか一般公開はされなかったとは思いますが、でも
そういう日を設けていたのではないかと・・・・・。
大名諸侯も武家以外でも市民や農民等も含めご近所とのお付き合いには
かなり気を遣っていたそうですから(笑)。

そして、やはり一橋家というと、最後の将軍こと慶喜公も
この下屋敷の不二山に登山(笑)したのでしょうか。

↓場所は下記のとおり。どの駅からも遠いです・・・・



ちなみにこの地図にみえる、西光庵には尾張家藩主徳川慶勝とそのご家族
のお墓があります。
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by aroe-happyq | 2012-07-27 14:12 | 江戸東京あれこれ | Comments(4)
先週、Eテレのさかのぼり日本史で、岩瀬忠震が取り上げられてから、
ほぼ1週間というもの、
うちのブログの検索キーワードはぶっちぎりで「岩瀬忠震」でした!!

アクセス数としては2010年のR馬伝にちょこっと出てきた「永井玄蕃頭」
のキーワード第一位よりは少ないですが、
(やはりNHK総合の大河ドラマってすごいなーと)
あの底の浅い大河ことR馬伝で永井を知ってもらっても、
正直ぜんっぜん嬉しくなかったんですけど、
今回の岩瀬は本当に心から喜んでます(笑)。

・・・・・しかし。

少しでも興味を持っていただいたとして、
岩瀬の本でこれオススメって本は・・・・・みんな絶版でしてね~~~~っ(号泣)。
『幕末 五人の外国奉行』や
中公新書などで「岩瀬忠震」の本があるけど、プレミアついてて高いし。
古すぎて、図書館でも置いてあるかどうか・・・・・・・。

なんだかもどかしい~~~~っっ

どなたか、岩瀬日記の翻刻とか、
せめて上記の外国奉行本もしくは岩瀬忠震本などを再版してくださいーーっっ
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by aroe-happyq | 2012-07-25 09:48 | 外国奉行ズ | Comments(0)
ちょいちょい騒いできた「天皇の世紀」。
うちのブログではこのドラマに関しては、これが最後の記事になりそうです。
というのも、あっという間に万延元年まできちゃったし、
次回からは攘夷志士がテロでご活躍でしょうから、記事にするほど興味ないし(笑)。

第6回 異国

万延元年、遣米使節として太平洋を航海した軍艦咸臨の物語で、
主人公は木村摂津守喜穀(as 若き日の津川雅彦)。
りりしくて、上品な木村さんです。

太平洋を航海せよという命令書をもらうところからはじまる第6回。
任務を拝命して、家財を売り払って渡航費用を捻出している木村のもとに
蘭方医桂川からの紹介状をもって福沢諭吉(as若すぎて最初わからなかった大出俊)
が尋ねてきて、アメリカへ連れて行ってほしいと懇願される。すると、
「わたしとて、行きたくないんだ!」とちょい切れする、かわいい木村さんです☆

細かい状況説明をいたしますと、そもそもこの遣米使節時の「別船派遣建議」は
水野忠徳&永井尚志から起きたものなのに、この二人が相次いで失脚したので
お鉢が木村さんに回ってきちゃった・・・んです。つまり代役みたいな感じです。
ま、そもそも遣米使節のおもな人々ほとんどが誰かの代役で、もともと
行くはずだった岩瀬忠震たちがみーんな井伊さんのおかげで御役御免に
されちゃったわけですけどね(怒)。

もちろん、この航海で有名な勝麟太郎(as 若き中山仁)も
登場しますが、史実どおり、公開中ほぼ病で臥せっていて
使いものにならない状態(笑)なので、あまり活躍はしないっす。
でもこのあたり、このドラマはエライ!と思いますヨ!!

でもです。
「異国」というタイトルにわりにはアメリカに到着するところで
終わってしまい、ずっと悪天候の航海の話なので30分ぐらい、
登場人物は咸臨のなかで船酔いのため、ゲロゲロりんな状態という
微妙に残念な展開・・・・・・・。
(冒頭、「揺れる映像が多い」から鑑賞についてご注意書きが出たぐらい!)
咸臨が苦労して、同乗していたアメリカ人船乗り(彼等はどんなに船が揺れても
ピンピンしているのだ・笑)のサポートを受けつつ、太平洋を渡りきった話は十二分に
ドラマティックですけど、アメリカで木村や勝が大歓迎のなかで異文化と
ふれあう、という物語のほうが「天皇の世紀」というタイトルにふさわしい
エピソードになりえるのではないかと思いますけどネ。

しかし!
数少ない、幕末の徳川ジャパン(笑)海軍についての映像としては、
細かく萌えポイントがあちこちにありました☆

まず、咸臨の艦内のあちこちにあった「海軍御用」提灯♪
いいな~~~~こういうグッズほしいなぁ~~~~~~(笑)

そして、蒸気方の肥田浜五郎!(as 若き加藤武)
勝さんがヨレヨレなので覇気がない分、肥田浜さんが快活な江戸弁で
船酔いでレロレロになりつつも元気印!!!
(肥田浜さんがこんなにキレの良い江戸弁かは謎ですが、江戸っ子加藤武さんなので
もうここは独壇場!!)
カッテンディーケ著『長崎海軍伝習所の日々』では蒸気方の榎本釜次郎が
顔を真っ黒にして蒸気機器と格闘している姿が描かれてますが、
なんでしょう、蒸気方はこういう伝法調の男が似合いますね(笑)。

そして!このドラマの木村摂津守と勝麟太郎はけっこう仲が良い!(爆)
なにせまったく悪態をつかない勝麟太郎なんで、
海軍提督木村とは、命をかけて難事業に取り組む同士の絆アリって感じ?
こうだったら、どんなに素敵かわかりませんけどネ(たまにこういうこともあったかも、ですが)!

そして飲み水が足りなくなって殺気立って対峙するアメリカ船乗りVS日本船乗り!
石炭も不足(天候が悪くて、帆走より機走(蒸気で航行すること)が多くなってしまい、
使いすぎちゃったのだ)して、本当にギリギリのところでアメリカに到着したんですねーっ

このドラマは咸臨丸に同乗したブルック海軍大尉の日記が随所に登場しますが、
ちょっと読んでみたくなりました(笑)。

え?幕末海軍好きなのにこの日記をなぜ読んでいないって!?
それはですね、岩瀬や永井たち、この使節に入れなかった組を愛するわたしは
なんかもう、木村も勝のアメリカ行きは羨ましすぎて、あんまり触りたくないんです(笑)。
咸臨の航海はたいへんだったでしょうけれど、アメリカに着いてからめちゃめちゃ
楽しそうなんですもの~~~~~っっ!!! 
永井&水野みたいに一緒に渡航する人選の作業まで終えていたのにいきなりクビとかね、
そういう行けなかった組の心中を察すると、わたしもこの楽しい経験をしてはいけない気が
するんですよねーーっっ(嗚呼、マニアすぎる発言・・・・・)


そういう事情もあって、このドラマ、たいへん新鮮でした☆

ラスト、アメリカがみえるぞーという声をきいて、
船室で平服から裃へ着替えてから甲板に出てくる木村摂津守、たいへん素敵でした!
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by aroe-happyq | 2012-07-24 10:37 | 長崎伝習所系 | Comments(2)
観る前の期待は大きく外れ、とくに幕末史の真実は
語られていない「天皇の世紀」ですが(笑)、
(よっぽど大河ドラマ「慶喜」のほうがちゃんとやってるサ)
ほかの要素でみてると、それはそれで可笑しいです。

2話目「野火」は吉田寅次郎の「わたしを亜米利加に連れてって」事件を
扱ってましたが、寅次郎役の若き原田芳雄さんがとってもカッコイイ♪
3話「先覚」は高島秋帆が主人公。話は天保に戻ってましたが、
鳥居耀蔵がですね、まさに「妖怪」というか病的すぎて
こんなに具合悪そうだったら目付はとっくに御役御免だろ!と
思わずツッコミまくりのお話でした。

さて4話は「地熱」。
どーゆーわけか、話は安政4年秋以降に飛んでしまう。
(つまり、幕末史初期のキーパーソン阿部正弘は1話でおさらばときている。
これじゃまともな幕末史ドラマとはいえないよーな!?(笑))

主人公は橋本左内 (as田村正和)。

えーっ、ペリー出したのに、ハリスださねぇつもりかい?
もうそっちいっちゃうんですかっっということで、
左内さんなんで京都でのお話がメイン。
公家さんがたくさん出てきました。

でも、でも!左内はさておいて!!!
左内とこの当時深く親交をあたためていた目付海防掛こそ
岩瀬忠震!

だが!!!このドラマの岩瀬は予想外でした。

華奢で眉目秀麗という記録はまったく無視の、

いかにも健康そうな、いや太っちょ岩瀬なのであります!!!(号泣)

演ずるは時代劇ではおなじみの山本清さんなんですけどっっ

なんかめちゃめちゃ人当たりの良さそうな、おっさん目付でした・・・・・・・・・・・。

ま、京都で左内とめちゃ仲よさそうな感じとか、
川路先輩ともすんごく打ち解けてそーな感じは間違ってないですけどねっっ。
(岩瀬は安政5年早々、堀田&川路と共に京へ通商条約の勅許をもらいにいってた)


でもそれよりショックなのは、外国奉行(水野忠徳・井上清直・堀利煕・永井尚志&岩瀬)
は、この太っちょ岩瀬しか出てこないことなのだ~~~~~ッ!

安政4年年末といえば、徳川公儀の「これからは開港開市だ!」という大方針転換
についての江戸城での大説明会があるわけですが、そのあたりはスルーされて、
水戸斉昭への個別説明&承認をもらいにいく話だけは出てきた。
(これって、海防掛ファンには超がつく有名な出来事がございましょ?笑)
説明にいくのは、歴史の記録によれば川路聖謨&永井尚志。
ところが、この川路押しのドラマじゃ、川路がピンで行ってるのさー!(涙)
永井、存在を消されてる~~~~~~っっ(可哀相に!)

もうがっかりでした。

でも意外な収穫としては、井伊直弼(as中村竹弥)と長野主膳( as天知茂)
がちょっとカッコイイことでしょうか(爆)。

話は左内メインですが、さくさく進んで、日米通商条約なんかも
ぱっと調印しちゃったわけですが(だ~か~ら~。そのあたりのドラマを作れよ!)
その直後というと、一橋慶喜や水戸斉昭、松平慶永による不時登城事件。
このときの井伊大老の、何を言われても「恐れ入り奉ります」しか言わない攻撃(笑)
ですが、中村さんの直弼はとてもステキでした☆
(ま、こわ~~い感じは大河「慶喜」の杉良太郎演じる直弼に勝るモノはないっす)


次回は安政の大獄らしいです。
(左内も岩瀬も、川路もドラマから消えてゆくのか・・・・)
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by aroe-happyq | 2012-07-20 10:35 | 外国奉行ズ | Comments(0)
「天皇の世紀」ばっかりチェックして地上波TVチェックを忘れていた
夏ボケのわたしめに、この番組があるよーと教えてくだすった素晴らしき御方の
おかげで見逃さずに見ることができました☆ 多謝!!多謝!!!

Eテレ さかのぼり日本史 幕末独立を守った現実外交
第三回 日米修好通商条約 瀬戸際の外交


番組HP→こちら

番組の内容は上記サイトに詳しく出ていますので、
ぜひぜひごらんくださいませ。

・・・・・あえて内容はここでは書きますまい。
だって、もういろいろ書きまくってしまった事ですから(笑)
(どちらかというと番外編だらけですけど、うちのブログは♪)
岩瀬についての記事は「外国奉行ズ」というカテゴリーにほぼ収めてあります。
ちなみに、ハリスによる岩瀬評の記事は→こちら

ま、ひとつ番組に苦言を申し上げれば、
ハリスとの交渉での功労者は、たしかに岩瀬忠震、ひじょうにグッジョブでしたが、
そのとなりには常にハリスとよーやく親しくなった(笑)、下田奉行井上信濃守清直
という素晴らしき相棒がいて、
さらにその交渉チームのバックには井上の兄の川路左衛門尉聖謨や、
3年長崎滞在でさまざま情報を得てきた永井玄蕃頭尚志などの
ナイスフォローがあったことを忘れてはいけないと思います。
彼等、海防掛の情報収集能力&分析力あっての岩瀬の交渉!なので
彼一人の功績にしてしまうのは、どーかと思います。
(たしかに岩瀬の交渉能力は日本一ですけど☆)

思えば安政5年の外交部門は日本の外交史において、ほかの時代に類を見ない
充実ぶりだったのであります☆
(それをあっけなく、翌年にぶっ壊してくれた井伊直弼がどーして開国大老なのか
誰かおせーてちょうだいませ(笑))

さて。
番組ホームページに、ディレクターさんのひと言がありました。

岩瀬が興味深いのは、国際感覚の鋭敏さをどこで身につけたのかということ。
留学経験もないのに、どうしてなのか・・・犬塚さんも知りたいとおっしゃっていました。
また、取材を通じて、彼が非常に外国人から好感をもたれていたことが伺えました。


答えはカンタンです!
もちろん、岩瀬肥後守忠震が、天才といわれるほどの頭脳を持ち、
なおかつ容姿端麗にもかかわらず、いっこうに上から目線にならず、
衝撃的なほどの気さくな性格に寄るところも大きいですが、
なによりも、そういう性格を育むにふさわしい都市に育った、
生粋の江戸人だからであります。

当時の世界で世界随一の人口を抱える過密都市「江戸」の街中で
生まれ、育てば、いやでも他人との交渉術はあがりますし、
江戸は全国の人が集まっている日本国内のいわば「国際都市」なので
自分と多少違う人間と遭遇する免疫は充分ついているわけです。
(もちろん、そういう多様な文化の江戸の町に興味を示さない、
閉じこもりがちな武家はたくさんいますけどネ)

もちろん、岩瀬もはじめはちょーっと外国人に対して警戒していましたが、
話してみれば「なんだ、同じ人間じゃないか」と。
岩瀬が「開港開市」論に目覚めるのは永井たちより遅めですけど、
目覚めたら猛スピードで、気がつけばトップを走っていたという
感覚の鋭さは見事だと思います。

でもだからこそ、岩瀬忠震にこそ海外渡航をしていただきたかった。
申し訳ないですが、
薩摩英国留学生とか岩倉使節団よりはるかに収穫があったと思いますヨ(笑)

そう思うと、そういう機会をすべて潰してくれた井伊直弼は、
ホント、どうしてくれようか~~っっ、と思ってしまいますねー。

それに。だいたい、横浜ってヘンよね。
(ちなみにわたしはマツコさんの「首都圏で迷惑な神奈川問題」には大賛同です♪)
開港のおかげで今の横浜があるのに、
岩瀬が神奈川宿ではなく、強硬に横浜埋め立て→開港にもっていった
ことを忘れ、いつまでも井伊直弼のデカイ銅像立てている!
(岩瀬の顕彰碑はちーさくお寺さんにあるだけで)
彦根有志が建ててっちゃったそうですが、んなもん彦根に返せばいいじゃんっ
いつまでも恩人を間違えているのは、どうかと思います。
(そういうあたりも・・・・神奈川問題なのだな・・・・・笑)


ちなみにこの番組は再放送があります☆

来週火曜日(24日) 5:30~5:55  12:25~ 12:50

入門編としては、良い感じだと思いまーす!
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by aroe-happyq | 2012-07-18 10:49 | 外国奉行ズ | Comments(4)
原作の「天皇の世紀」は大佛次郎のライフワークだった
壮大な幕末史伝。
史料を駆使して、幕末の真実を描きだそうという意欲作・・・・
だったけど作者の死により未完となった作品とのこと。
まだ原作は読んでいませんが、かなり幕臣が登場するそうなので
いつかは読まなきゃと思う作品です☆

さて、この作品は1971~73年にかけて、民放で映像化され、
第1部がドラマ編、第2部がドキュメンタリー編として製作されたよし。
CSではこの夏、この両方を放映する、との報をきいて
楽しみにしていたところ、ついにドラマ編がはじまりました。

第1回 「黒船」

タイトルどおり、幕末の幕開け、ペルリがやってきたところから
はじまりました。

・・・・・・・・・・・1回をみた結論からいいますと、
当時はさすが史料を駆使、描かれた幕末の真実!だったかも
しれませんが、その後にさらに研究が進んだ今となっては
とっても「ふつう」にフィクションでした(笑)。

たぶん当時はペリー側の史料(航海記ね)とか、
そういうのも新鮮だったんでしょう・・・・・けど、
このドラマは(原作は知りませんが)、
けっこうフィクションとして遊んでます。

たとえば、この1回目の日本側主人公は阿部伊勢守(as 若き田村高廣)
と川路左衛門尉聖謨(as 木村功)ですが、
ぶっちゃけ川路、いろいろやりすぎだし(笑)。
わかりやすくしたらこうなっちゃいました、なのでしょうが
こんなに1回目のペルリ来航時に、川路は大活躍してないんじゃ・・・・・(笑)。

「さすが史料を駆使、描かれた幕末の真実!」のドラマでしたら
1998年大河ドラマ「慶喜」のほうが、このあたりの描き方は優れてると
思います~~☆
ま、70年代のドラマとしたら、ほかはかなりハチャメチャ時代劇の時代
ですから、頑張っていたと思いますけど~~~。

ただ・・・・・・・・。
70年代なので、ペリーほか外国人たちの雰囲気が、
わが愛する「モンティ・パイソン」の時代なもんで、
なんだか、顔立ちが似ているキャストが多くてですね、
今にもなにか、ギャグに走り出すんじゃないかとついつい思って
しまう、ペリー側のおかげで、なにかシリアスになりきれないものが(笑)。
(これはわたしの勝手な視聴姿勢の責任です)

それから、中島三郎助がせっかく出てくるのですけど、
演じるのが藤岡重慶さんなもんで、「あしたのジョー」のおやっさん
じゃありませんか。これがまた・・・・・濃~~~~~い三郎助で・・・・・・・・。
ペリー艦で大砲の絵を描きまくるとか、ディナーの呼ばれて、
西洋の食べ物にがっつくキュートな様子とかナイス!な場面が多いのですが058.gif
でもおやっさんなんですっっ。

実はとっても期待していたので、
しょっぱなから肩すかしをくらった感じですが、
でもね、この後、岩瀬とか出てくるし、
それからひそかに木村摂津守as津川雅彦というキャスティング
がどうなるのか等々、楽しみはあるので、たぶん全話みちゃうことでしょう(笑)。


真実の幕末ドラマって割には、外国奉行の登場が少ないのが
なにより不満ですけどねッ015.gif
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by aroe-happyq | 2012-07-17 10:06 | 広く幕末ネタ | Comments(0)
着実にコツコツと仕事をなすっている梁朝偉(トニー・レオン)の最新作☆
タイトルは「聴風者(The Silent War)」だそーです。
監督が「無間道(インファナルアフェア)」などでおなじみの
香港人監督アラン・マック(麥兆輝)なんで
ちょっと期待できそう???
(やっぱり、あたしにゃ大陸の監督さんの作風は合いませんの。
香港とか台湾じゃないと。なぜかって?
・・・・どんなにがんばってもダサイんですもん・・・・)

1950年代の上海が舞台で、国民党内のスパイ戦争を描いたものとか。
トニーは盲目のスパイだそーで。
ううむ、彼のキラー目線が封印されるとわ!
(でも「東邪西毒」での盲目の剣士もよかったしなー♪ 似合うんだよな~~こういう役)

ただ、最近トニーさんの相手役、ジョウ・シュン(周迅)ばっかりじゃね?
いろいろな女優さんとの共演をみたいものです♪

中華圏では来月公開かぁぁぁぁ。
日本で公開してくれるかな・・・・・・・・・・。
あるいは秋の映画祭シーズンで上映してもらえないだろうか・・・。
(あ・・・・。でもまたアノ凄すぎる日本語字幕だったらどうしましょう・笑)



More メイキング映像
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by aroe-happyq | 2012-07-14 11:05 | 香港&アジア映画 | Comments(0)
残念ながら昨年亡くなられた人形作家川本喜八郎氏の
あらたなギャラリーがこの6月に渋谷ヒカリエにオープンしました。
混んでるかしら・・・と思ってひと月とちょっと遅れて、先日見に行ってきました☆

ギャラリーの紹介ページ(渋谷区)→こちら

渋谷区と深く縁があるということで、渋谷区が開いたギャラリーとのこと。
展示作品は「新・平家物語」と「人形劇三国志」。
たしかに狭い展示スペースですが、無料だし♪、
長野の飯田にある同氏のギャラリーはあまりに遠いので、
こうして東京で川本氏の作品を見ることができるチャンスを作ってくれた
渋谷区、本当にありがとうございます!

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※館内は撮影禁止なので、外からとってみました。

入ってすぐには「新・平家物語」の人形13体がお出迎え(笑)。
(単にわたしは左廻りで見始めたので。とくに順路はない)

吉川英治の「新・平家物語」を原作にしたNHK人形劇に出演していた人形たち。
原作はがっつり愛読していたので、この人形劇もみました。
たしか毎回20分放送でしたよねーっっ
・・・・・・この短さにどうしても馴染めなくて、イマイチはまれなかったんです(爆)。
(それと清盛ファンとしては、ごつい系の顔のお人形さんと風間杜夫さんの声が
どうしてもマッチせず・・・・・・。うーん、見たけど記憶がうすい・・・・)

各キャラクターの人形には人物の説明がきっちり書いてあって、
「新・平家物語」ああ!そうだった!!!懐かしい!!と思わず、
見入ってしまいました(笑)。
某今年の大河と大きく設定の違う、清盛ママ!キツイお顔の人形だ!
そうだった、吉川版ではかなり悪い女で、育児はしない、浪費家で、
忠盛は苦労したし、清盛はすっかりグレてたっけ~~~~~~(笑)
(吉川版では白河院の胤を宿したまま、忠盛に下げ渡されてきた女御で
清盛の実の母でしたね。これじゃ余計にグレるわ、清盛)

観に行ったときは、清盛人形は青年時代バージョンでした。
わたしが好きなのは、入道バージョンです♪

それから為義&義朝父子の人形も、懐かしい!ステキです!!


とまぁ、じっくりと美味しい前菜をいただき、いよいよ!!!!
「三国志」ゾーンへ~~~♪♪

「人形劇三国志」は各話45分と大河ドラマ並みに毎回アツイドラマ展開で
全話楽しませていただきました☆
なので、ぶっちゃけ、ここからは激しく、ヒートアップします(笑)。
ええと、こちらは17体おりますです。

おおっと!!jいきなり郭嘉からだーー!!!
わたしにとっては、
生まれてはじめて「軍師」という仕事の格好良さを教えてくれたキャラクターです。
(その後、すっかり諸葛亮に心変わりしてスイマセン(笑))

その横の一段高いところに曹操閣下が麗しくおわしましたぞー!!
やはり、この方こそ、三国志の主人公だ!という風格がたまらないです。
ああ、人形劇のころも格好良かったが、喋らない閣下も素敵すぎます。

そして、郭嘉とともに、曹操を守るように立っていたのは夏侯淵!!!!
夏侯淵。本当に人形は!!!美しく、そして男前なんだよなあぁぁぁぁ
だが!!!どういうわけか、声がせんだみつおでっっ
なんだかトータルイメージとして「残念な人」なんだよなぁぁぁぁ。
声が違う人だったら、間違いなく人気が出たはずだ!

声のない、このギャラリーのなかでは、本当にステキなんですよ。
横からみても、周瑜にだって負けない麗しさなのに~~~~~~~っっ
だのに、頭に蘇る台詞は過呼吸気味でうろたえまくる(声はせんださん)
ダメな人なんだぁぁぁーーっっ(号泣)

で、王允とか、董卓とか、陳宮とか、初期大活躍組のラストには
赤兎馬にまたがる呂布奉先!(なせかフルネームで書いちゃった)
このギャラリーで一番目立ってますけど、とにかくかっこいい!
この人を知って、「武将は武勇だけじゃいけないんだ、頭もまわらないと!」
ということを学びました(笑)。

そして蜀ゾーン。
関羽と張飛&趙雲に守られて、おひげついてるバージョンの劉備がいました。
なんだろねー、この地味感。
さすが蜀だ!!

ん???
なんだか、物足りないぞ?????
と思っていると、諸葛亮孔明がいない。
いや、いるけど、
どっちかというと、呉の孫権チームに片足つっこんでて、
いや、見ようによっては、諸葛亮と周瑜に孫権が守られてる風にみえなくもない(笑)。
しかも違和感がないし・・・・・。
ひょっとして、諸葛亮さん、呉陣営のほうが似合っているかも♪

周瑜とか魯粛(つまり、またもや諸葛亮に孫権前のセンターを奪われているのダ)
もあいかわらず、いい顔しているなーと。
あ、もちろん孫権さんも!

展示は半年ごとに入れ替えするらしいので、次回は来年のあたまぐらいに
来てみようかな♪と思いました。

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ギャラリー外の写真です。
そうそう、この入道清盛がなんだか、しっくりきてお気に入りなんです。
(人形の清盛さん、顔が「ドヤ顔」なんで、スキンヘッドでこういう派手なものを
お召しになっていると全身ドヤ状態で、落ちつくんです(笑)。
青年時代バージョンは顔だけ濃いのでちょっと・・・?)

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↑これもギャラリー外の写真(ちゃんとフラッシュ禁止状態で、撮影してます♪)。
ヒカリエからほど近くにある、元渋谷城跡にある金王八幡宮にゆかりのある
金王丸の人形だそうです☆

・・・・・そうだ、ということで、このあと金王八幡宮へ足を運んでまいりました(笑)。


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ちなみにこの写真はギャラリーのある8階からの眺め。
下にみえているのは、銀座線の線路です。地下鉄なのに高架を通るという
渋谷って・・・・・ここは谷の街なんだなぁということをしみじみ感じさせてくれる風景です。
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by aroe-happyq | 2012-07-11 14:49 | ほんの世間話 | Comments(2)

アジアンエンタメ&お江戸後期。外国奉行や長崎海軍伝習所がご贔屓☆ BYはな。


by aroe-happyq