東都アロエ

asiabaku9.exblog.jp

アジアンエンタメ&お江戸後期。外国奉行や長崎海軍伝習所がご贔屓☆ BYはな。

<   2012年 08月 ( 9 )   > この月の画像一覧

d0080566_1026728.jpg



ちょっと8月忙しくて紹介が遅くなりましたが!
『東京人』はいつも面白いのですが、今回は格別♪
今年の夏、いちばん面白かった雑誌です。

『タモリ倶楽部』『ブラタモリ』ファンにはすっかりおなじみの東京の高低差。
この高低差好きにはたまらない特集☆
スリバチ学会の記事もある!(笑)
なんて贅沢なんだ~~~~!

まず東京の高低差図が見開きでどーん!これがスゴイ!!

ローマと同じく「七つの丘」を有する東京。
山あり、谷あり、わき水ありです!(笑)。

ここ2年ほど、ウォーキング(歩数計を持つようになるとマジで盛上がりますヨ!)
で東京各所を歩きまわっていますが、地形が豊かで飽きません!
とくに麹町と赤坂。この狭いエリア内のまるで崖か?登山か!?というような急勾配ぷり
には痺れているのですが(でもくたびれます)、
この本を読んでいると、歩いたところの地形がわかるので、よけいにはまります。

このタイプの東京めぐりはなにせ低予算(笑)。
入場券も乗車券もいりません。
真夏の時期さえ避ければ健康によいし、冷え性改善、ダイエットにもなります(笑)。
ふと出会う史跡もオツですしー。
そんな東京めぐりをより楽しくさせる記事がたくさんつまってました。


東京の地形に興味がある方の入門書として、おすすめの一冊です!
専門書はいろいろありますが、この雑誌はビジュアル面が充実していて
とってもわかりやすいです。

ネット書店のバックナンバーの在庫はないみたいですが、
都内の大きな書店の「東京人」コーナーまたは地図コーナーには
まだあるようですヨ-!

More(真面目な話)
[PR]
by aroe-happyq | 2012-08-31 11:32 | | Comments(2)
ちょっと調べることがあって『回天艦長甲賀源吾伝』の函館戦記を読み直していました。
(コピーなのでファイルから引っ張り出すのが一苦労・笑)
ふと矢田堀鴻の人となりがみえてきそうな話が出ていたので紹介いたします。

小説の主人公になったぐらいなので、とっくにどこかのブログで紹介されていると
思いきや、そういう形跡が見当たらなかったので、自分で書くことにしました(笑)

宮古湾海戦で命をおとした回天船将甲賀源吾は、
掛川藩江戸藩邸で生まれたのち、佐倉藩士木村軍太郎に蘭学を学び、
さらに築地海軍操練所に入所、同所教授頭矢田堀景蔵(鴻)の塾に入る
などして、矢田堀とは師弟の強い絆で結ばれていた。
矢田堀も甲賀を見込んで、安政5年に長崎へ航海した際に甲賀を同行させて、
長崎海軍伝習に参加させたほどでありました。
(当時、すでに新規稽古人は受け入れていないので、員外稽古人か研修生みたいな?)

と以上は長い前置きでありましたが、ここからが本題。

回天艦長甲賀源吾伝 附函館戦記』の跋 (該当ページ333P~)

そういう経緯があったので、
甲賀が宮古湾で戦死した後、静岡にあった矢田堀景蔵は柴誠一とともに
断絶状態となってしまった甲賀家の再興をはかった。
生前甲賀が目をかけて手元で育てていた二見貴知郎少年(13歳)は掛川藩に
いたが、これを養子にたてることに成功し、
明治4年、甲賀冝政と名乗らせ、静岡藩士とした。

(まだ13歳の少年ということもあり)矢田堀氏は深く博士(冝政のこと)
に同情して、静岡に帰任する際、同伴したのみならず、家族の一員として
良く身辺の世話をして呉れたそうである。
その間、毎日晩酌の席に一歳下であった長男と博士とを侍らしめ、
談笑の間に歴史・風俗・文学等を論じ、時には談論を中止して、
児童に反問を試み、彼等が空聴の弊を矯めるなど、実に親切を極めた。


矢田堀は愛弟子甲賀源吾の養子を我が子と同じように養育したということです。
なんて、いい人なんだ!矢田堀さん!!!(笑)
でもあんまり我が子同様にしていたため、
当時、矢田堀は静岡学問所に関わっていましたが、この頃この学問所に招聘された
クラーク教師は甲賀冝政のことをてっきり矢田堀の実子と思い込み、
リットル矢田堀」と呼んで、自宅に寄宿させて英語を学ばせていたのだとか。

さらに矢田堀さんは親切だった! 続きをみてみましょう☆

又あるときは漢詩吟詠の心得などを教え、殊に貴重なる教訓としては
弱齢の少年に向かって性教育の説明をなし、その利害につき
深く注意を与えられたという。


いや、そこまで教えちゃいますか!(笑)
なんとなく矢田堀さんのイメージからすると意外?!
でも晩酌時なので、舌も滑らかだったでしょうし、
江戸明治のおとうさんは男親として、
しっかりと息子たちに性教育も施していたのでしょう。
・・・・矢田堀さんも例外なしに。
でも真面目な学者肌だから、すごく理論的っぽそうで面白いかも(笑)。
ただ、矢田堀さんはタイトルにもありますように、イケメンさんですので
果たしてモテ男系の自分の経験を下敷きにした場合、
イケメンという表記のない少年たちの役に立ったかはさだかではありません。

なにせ同じ本の「附録第三 荒井郁之助伝略」(326P~)によれば、
(文久ごろ)当時の海軍将校は跅弛の士多く、酒を縦にし妓に狎れ、豪放相尚ぶ
とのことで、荒井氏は酒もやらず(というか、やれず)学問に励んでいたわけですが、
伯父さんのほうの矢田堀さんはこの将校どもの大将なわけで・・・・・(以下自粛)。

この後、甲賀少年は矢田堀家とともに東京へ移ります。尺振八英語塾に入り、
のち開成学校(東京大学)の化学科を首席で卒業し、大蔵省造幣局で
活躍したとか。生涯、矢田堀鴻にうけた恩義に感謝していたという。

あの世の甲賀源吾さんもまた、矢田堀師匠に手を合わせていたことでしょう。

いつの頃からか「青白いインテリ青年」扱いをされている矢田堀さんですが、
それほど青白くもなさそうだし、けっこうこの人なりの熱さを感じます。
熱さの種類が榎本釜次郎副総裁とは違うだけで、どちらも海の男らしい熱さ、
優しさ、それから結束の固さがあるような気がします。

そんなわけで、榎本に比べていまいち知名度はないですが、
(この前久々に『五稜郭』みたら、存在ごと抹殺されていたことに気づいた・・・・・)
これからはマイナーの時代です!
矢田堀総裁、応援していきま~~~~す!!!
[PR]
by aroe-happyq | 2012-08-30 19:22 | 長崎伝習所系 | Comments(8)
まだまだ暑い日々が続いています。
みなさま夏バテなどしておりませんでしょうか?
(なんでも9月までこの猛暑はひっぱるらしいです・・・・・・)

ところで。
最近、『新解 函館戦争―幕末箱館の海陸戦を一日ごとに再現する』
という本が気になっております。

d0080566_18413399.jpg

兵頭二十八著

新解 函館戦争―幕末箱館の海陸戦を一日ごとに再現する


アマゾン→こちら











箱館戦争(そう、この本「函館」となっているのがいささか残念)について
まだまだ初心者の域を出ていないものですから、
この本の「カレンダー式でたどる」というコンセプトはなんだかワクワクします☆

しかし!この機会に箱館戦争に詳しい皆さまにお尋ねしたい!
この本は初心者にはぴったりでしょうか?
それとももっとおすすめの本がありますでしょうか??(笑)
あったら教えてくださ~~~~いっっ
[PR]
by aroe-happyq | 2012-08-27 18:52 | 箱館または釜さん | Comments(6)
毎日お暑うございます。
皆さまお元気でいらっしゃいますでしょうか。
まだまだ残暑が厳しいので、ゴタゴタした文章は読むのも面倒かと
思いまして、今回はほぼ画像!の記事でございます。

少し前の一橋家の不二山記事からいささか間があきましたが、
予告どおり千駄ヶ谷の富士塚の紹介を。

江戸時代にはけっこうたくさんあったらしい富士塚。
そのなかでもわりとしっかり残っているのが、この鳩森神社の富士塚です。

d0080566_949649.jpg


千駄ヶ谷鳩森神社公式サイト→こちら

境内に入ると、ほどなくみえてくるこんもり山。

d0080566_9494256.jpg

メインの登山口です。

d0080566_9551856.jpg


d0080566_9553598.jpg


d0080566_951357.jpg

〇〇合目とあったり、細かいんです。

d0080566_9524987.jpg

なぜか縦長だとでっかく載せてくれるので、山頂のほうまで見えるかしら??

d0080566_9561815.jpg

せっかくなので、のぼってみました。あと少しで山頂でしたが、
山頂には先に登山隊キッズちゃんたちがいたので、ここから撤収。
(キッズを押しのけてまでのぼるほど情熱はなかったのだ・笑)

d0080566_958351.jpg

けっこう足元は石がゴロゴロしていて、ちょっとリアル?

あっという間の富士登山でした(笑)。

うっすらとした記憶に「御宿かわせみ」にこの富士塚が登場した
ような・・・・・。たしか大店の主人(婿養子)が失踪して、それを妻が
この富士にのぼったところ、別の家庭をつくっていて幸せそうにしている主人
をみつけて事件が起こる・・・・・みたいな話でした。
だが実際には、この高さだとよそのおうちをのぞき見ることができるかどうか・・・・。
(品川のほうにある富士塚なら高いので可能だと思いますケド)
なんてことをつらつら考えつつ、千駄ヶ谷をあとにいたしました。

ぱーと1ということで、なんと②に続きます(笑)。
[PR]
by aroe-happyq | 2012-08-23 10:07 | 江戸東京あれこれ | Comments(0)
本日は、岩瀬鷗所こと岩瀬肥後守忠震の命日。
昨年は木村バージョン(ブログ記事→こちら)でしたので、
本年は公式の届け出書類の日付のほうの
文久元年7月11日(1861年8月16日)バージョン
のほうでいってまいりました☆

毎年、どっちのバージョン(1日違い)でも、暑い。
今年も暑かったっす。


d0080566_13543441.jpg


いつもの岩瀬通りを入ってまいりまして。
本来なら親族でもないのにお花は持っていかない
わけですが、岩瀬家は絶えてしまって久しく、
何時行ってもお花がないのが寂しいので、
昨年から、僭越ながらわたしめが持っていくようになりました。
(いつもお花のひとつもないと、撤去されるんじゃないかという
そういう心配があるんですよねっっ。有名人じゃないから!)

d0080566_13575293.jpg


毎年、同じ前面の写真なので、今年は裏側を載せてみました(笑)。


そして行くたびに、
日記まだ読んでませんとか、詫びてばかりです(トホホ)。


ところで雑司ヶ谷霊園では、わざと墓石を倒す輩が出ているとか。
まったく、どういうボンクラがやらかすのかわかりませんが、
バチが当たるぞ、バチが!
・・・・と古風な叱り方をしてみました。
[PR]
by aroe-happyq | 2012-08-16 14:10 | 外国奉行ズ | Comments(0)
d0080566_917277.jpg

氏家幹人 著

武士マニュアル

メディアファクトリー新書


アマゾン→こちら








ジュンク堂新宿店が閉店して、すっかり書店難民でして。
(はす向いの紀伊國屋には戻れませんでした。本棚の内容がスカスカで・笑)
そうなると新書なんかの新刊を見逃しがち。
とくにこの本はメディアファクトリー新書という聞き慣れないトコロから
出ていて、その存在に気づいたのはほんの先月のことでした(汗)。
(待望の氏家氏の新刊だというのに・・・・・・)

さて、内容はといいますと。
江戸時代の武士の訓誡集の史料を中心にして、
その当時の武士が実際に生きていく(というか暮していく)うえで大事な
ことはなんだったか・・・・・という、武士の実像を探っていく良書です☆
(以下蛇足の長文が続きます)

たとえば冒頭は〈番衆狂歌〉の紹介。
国立公文書館の特別展「旗本御家人Ⅱ」展に行ったかたは覚えておられましょう。
江戸時代の番方の旗本衆に受け継がれた、番方をうまくやっていくためのマニュアルです。
今回はかなりたくさん紹介されていて、ホント、勉強になりました!
城に持っていくモノから、病気届けの出し方、ランチの取り方(二つの時間帯があるよし)
などなど実に細か~い教訓集。
一見するとどーでもいいように思えますが、番方衆にとっては知らないと出世にひびく(笑)、
それは大切なマニュアル集です。
このマニュアル集も氏家氏にかかると、江戸旗本の実態解明への近道になります。
しかも、わかりやすい解説で、誰でも(ただし旗本に興味がある人限定か?)
読み進められます。

続いて、戦国時代の武士のマニュアル。
塚原卜伝の〈卜伝百首〉。
やはり江戸のサラリーマン武士と戦国の武士はまるで違います。
戦士ですから、常に緊張していよ、とのこと。
ふんどしは清潔にしておけよ、食べ物は云々・・・・とこちらも細かいけれど、
衝撃だったのは「女に心を許すな」。
月代を剃るときに女に剃刀を触らせてはいけないとか、女になじむなとか
それはもう女性不信のオンパレードであります(笑)。
最近の戦国史の研究では女性も活躍していた、というような話も
あったけれど、この卜伝マニュアルに従うとそんな話は木っ端みじん!です。
女に心を許せないから、男色に走るのか!?と思わずにはいられませんが
やはり戦国時代。江戸中期以降のモラルでは計り知れない世界、です。
(つまり、一家団欒アリの戦国ホームドラマは存在しえないってことでしょうか~~~っっ)

で、その〈卜伝百首〉によれば、
火事と地震も戦(いくさ)と同じである、とのこと。

ひょっとして、江戸初期、大名(奉書)火消しだった初代赤穂藩主の
浅野内匠頭が、殊更に熱心に消防に心を砕いたのも、
戦乱の時代が終わり、泰平の世にさしかかっていた当時、
浅野さんは火事場に戦場をみつけ、燃えさかる火を無数の敵と心得て、
戦っていたのかもしれませんね。
・・・・もっとも、〈卜伝百首〉の愛読者かどうかは知りませんが(笑)。
なんとなくそう思うと、彼だけ異常に消防に熱心だったあたりがわかりそうな?

と以上は余談の余談。
続きは赤穂藩主3代目の浅野内匠頭の死後に起きた、いわゆる忠臣蔵。
切腹マニュアル〈自刃録〉は討ち入り後の赤穂浪士の奥田は預けられた先の細川家の
家臣堀田とこんなやりとりをしたのだとか。
奥田「わたしは切腹の作法を知りません。どうかご教示くだされ」
堀田「実はわたしも知りません。人から聞いた話では・・・・(と聞いた話を伝授)」
ともに57歳。どうやら元禄武士は切腹作法を忘れてしまったらしい(汗)。
初代が「火事場に戦場をみつけたり」って奮闘していたのに、わずか2代あと
のしかも、おっさんでこの有様。嗚呼、なげかわしい。

こういう堕落の時代をへて、〈自刃録〉のようなマニュアル本が出来て、
江戸後期の武士は人知れず、切腹の作法のおさらいをやるようになったのか?(笑)
(川路聖謨文書に、切腹の練習をする話が出てくる。実際に腹に刺すわけ
ではないが、その振りをするだけで背筋がぞわぞわとして、気合いが入るらしい。
というのも本書と関係のない余談です・笑)

この川路聖謨も病身で寝たきりの体で見事に切腹(形だけですけど)&
ピストル自殺をなさりました(戊辰3月15日のこと)し、
その数年前には堀織部正は介錯なしで、まさに自刃なさった。
そう思うと、一見するとチャラ系にみえる江戸末期の武士ですが、
なんのなんの元禄武士に比べればはるかに武士らしい人達であったな、と
この本を読んで、ちょっと感激しました(笑)。

とはいえ、時代がかわっても、少し堕落しても、
武士は「覚悟」の二文字だけはかわらず持ち続けていたようです。
もちろんこの本で紹介された史料の各時代のマニュアルでも
漏れなく「覚悟」は説かれています。

たしかに武士がいなくなった近代以降、この二文字は消えつつあります。
それも致し方ないことなのかもしれませんが、
それにしても、おエライ人々にはもそっと武士にならって「覚悟」の二文字を
胸に刻んでほしいところです。

という愚痴はさておいて。

ここでは素晴らしい内容そのものについてはほとんど紹介していませんので、
江戸の武士、戦国の武士に興味のある方には、
ぜひぜひ御自分の目でこの本の面白さを確かめていただきたいところです。
氏家さんの本にハズレはありませんが、この本もオススメの一冊ですよ~~~!
(ま、若干本の厚さが薄めというのが玉に瑕ですけどっっ)
[PR]
by aroe-happyq | 2012-08-12 13:38 | | Comments(4)
なでしこジャパン、銀メダルおめでとう~~!!
決勝戦、気になっていたのか、4時すぎに目がさめて見ちゃいました(笑)。
(つまり、もう1-0でアメリカに負けてたんだけど)
たしかに目標だった頂点には一歩届かなかったものの、
たいへん素晴らしい試合でした☆

ところで、今年の女子サッカーの夏はまだまだ終わりません。
U-20女子ワールドカップ、あと10日もすると
日本で開催されるんですよね♪

FIFA U-20女子ワールドカップジャパン2012
公式サイト→こちら

20歳以下のうら若き、世界に名だたる強豪の乙女たちが
8月19日から半月あまり、日本各地のスタジアムで熱き戦いを繰り広げます。

もちろん!日本チームも出場してますよー☆

・・・・その割にはあまり知られていない。
というのも、ホントはウズベキスタンで開催するはずだったのに
急遽日本で代替で開催することになったから、だそうで。

次回の女子サッカーワールドカップやリオで開催のオリンピックで
大活躍しそうな選手たちが日本でみられそう♪
もちろん、寝不足することもなく、ゴールデンタイムで!

なので、こちらも楽しそうです!!!!


さて。
今夜、というか明日の明け方は男子サッカー3位決定戦。
なんですか、韓国選手はこれに勝つともれなく兵役免除ですと?
なんだか、スポーツにですよ、そういう選手の人生に影響するような
大きなモノを持ち込むって・・・・・・・なんかフェアじゃないですよね。つか野暮。
どう考えたって、またもや韓国のラフプレー祭りじゃありませんか。
日本の選手を怪我させたら承知しねーぞ!
とまぁ、はじまる前から心配ばかりの3位決定戦であります(涙)。
[PR]
by aroe-happyq | 2012-08-10 09:46 | ほんの世間話 | Comments(0)
オリンピックの年は大河ドラマが割をくってしまいがちですが、
「平清盛」は昨年の不作大河からバトンを渡され、
最初から苦戦続きで実に気の毒ななか、
ついに、視聴率最低記録「花の乱」(10.1%)を大きく下回って
7.8%なんてスゴイ数字になってしまいました。

ちなみにわたし、「花の乱」好きでしたよ!(笑)
応仁の乱前後の新鮮な時代の物語でした。

「花の乱」と「平清盛」にはいくつかの共通点がみえます(汗)。
①あまり知られていない時代を扱っている
②主人公の出生にオリジナルの設定を混ぜている
③主人公はどちらかというと、歴史のなかで「ヒール」キャラ
 的に置かれがちな人である

とくに②は、「花の乱」のときに思ったのですが
あまり知られていない時代の大河なのに、主人公の設定にフィクションを
加えるってチャレンジャーだな~~って思ったのですけど、
やはりそういうのは裏目に出ちゃうのかしら!????
(主人公日野富子が二人いて、ホンモノの富子は
まるで菩薩のように慈悲深い人で、世俗にまみれない・・・・・で、
富子となって入内したもうひとりの富子を見つめ続けていく、のでした)
今回も清盛の実母の設定がちょっと捻ってありました。
そういうとっつきにくさも、あったのは事実かと・・・・。

でも今まで全話ではないですけど、なにげなく「清盛」をみてきた
感想としては、せっかく盛上がりかけるのに、その先に突き抜けていかない
もどかしくて不満な回がたくさんありました。
とくに「保元の乱」は、もう少し見せ方があったのではないかと、
残念な感じでしたしーーっっ。
たくさんの人間ドラマがつまっていた保元の乱・平治の乱のあたりで
感情のぶつかり合いなんかも、
なにか表面をするっと撫でていくだけの、薄っぺらさを感じてしまい
なんともいえない味気なさを感じてしまいました。
(昨年の「江」ほど非道くないにしても「R馬伝」並みかと)
まぁ、名作「太平記」なんかと比較しちゃうのが野暮なのかも
しれませんが同じ軍記物なのでついつい・・・・・。
そういうあたりは、「花の乱」のほうが清盛より数層倍も面白かったので、
視聴率って作品の質と比例しないなーと思いますです。

この前、やっと福原構想が出てきて、いよいよ清盛の先見性のある
活躍がはじまるのか!?とちょっとだけ期待していますが、
さてはて後半、挽回できるかどうか。
こっそり見守ってみたいと思います。
(だって来年の大河、つまんなそうなんだもの。源平時代、ガンバレ!!)
[PR]
by aroe-happyq | 2012-08-06 19:40 | ほんの世間話 | Comments(6)
本日で7回目の八朔をむかえることができました☆

なかなかブログ更新できないときも、
できているときも、
拙ブログを覗いてくださる、お優しいみなさま!

本当にありがとうございます!!


日々のカウンター数がそれほど多いわけではありませんが、
長らく更新していない時もほとんど変わらない人数の方々が
ちょこっとの時間でも覗いていってくれることが、
時には若干のプレッシャーであり(笑)、励ましであり、
でもそのすべてが更新への原動力に繋がっています。

あいもかわらずマイナーでこっそり営んでいるブログでは
ありますが、
これからも引き続き、よろしくお願いいたします!!!


 東都アロエ管理人 はな。 拝
[PR]
by aroe-happyq | 2012-08-01 09:59 | お知らせ | Comments(6)

アジアンエンタメ&お江戸後期。外国奉行や長崎海軍伝習所がご贔屓☆ BYはな。


by aroe-happyq