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アジアンエンタメ&お江戸後期。外国奉行や長崎海軍伝習所がご贔屓☆ BYはな。

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にわかサッカーファンですが、
嬉しいけど複雑なこのニュースについて、ちょっと書きますっっ

本来なら昨年、2011年のコパ・アメリカ(南米選手権)に招かれていた日本代表。
しかし東日本大震災によるJリーグの日程調整や、
海外組の招集難航のため、あえなく参加を辞退しました。
(代わりにメキシコが招待されました)

昨年の日本代表はいい波に乗り始めていて、
そこで南米のレベルの高いサッカーの洗礼を受ければ
ザックジャパンにとって、どれほどの財産になったか!
次回のW杯までの強化スケジュールも立てやすくなったはず!
・・・・・・先週の対ブラジル戦をみても、その効果はあきらかだったのです。

もう1年早く、先週のようなレベルの違いを体感できていたら。
ひょっとしたら、1点ぐらいは取り返せたかも?!
と、ブラジル戦をみながらつくづく思ったものでした。
(いや、本当にブラジルはあいかわらず、惚れ惚れ♪すっげーでした・笑)

そのブラジル戦から1週間とちょっとして。
南米サッカー連盟は日本とメキシコのコパ・アメリカへの招待を表明。
「メキシコと日本は南米のサッカー界の友人であり、兄弟のようなものだ」
とのコメントつきで。
なんて嬉しいことでしょう。
さぁ、今度こそ胸を借りてこい!!揉まれてこい!!
とほろりとしつつ喜んだのですが・・・・・。

ん?2015年??

うぎゃー2014年W杯の翌年じゃないかぁぁぁぁぁぁ~~~~っっ
間に合わない、つか遅すぎるーっっ
(ま、2011年の4年後だから2015年なんですけどぉぉ)

あー。つくづく昨年の辞退が残念すぎるーーっっ。

強いチームと試合しないとレベルアップははかれません。
はっきりいって、アジアのチームといくらやってても、ねぇ(笑)。
(例えば韓国などは選手の個人の実力は高いけど・・・・。
チームとなると・・・。しかもオリンピックの試合に政治を持ち込み、
それをてんとして恥じないという低レベルのサポーター意識もダメダメ(汗))

なので今回の欧州遠征のようなことを繰り返していくしかないわけで、
せっかく日本選手への関心が欧州で高まっていることですし、
どんどん強豪チームとぶつかって、鍛錬していってほしいものです。
そして、あいかわらずの、ゴール前での決定力不足という課題を
そろそろなんとかしてくれい(笑)。

とりあえず、今のところは
コンフェデレーションズカップが楽しみといったところ。

今年は日韓W杯から、10年。
そしてブラジルW杯まで、あと2年。

日本代表には、
ますます面白いサッカーを魅せてほしいところです☆

がんばれ、ザックジャパン♪

ちなみにザックさんの手記はもう18回目。
こちらも面白いです→こちら
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by aroe-happyq | 2012-10-25 19:11 | ほんの世間話 | Comments(0)
大名がひとりで屋敷を抜け出して、なんてのを
時代劇などで目にいたします。
たいてい刀の試し切りとか、ロクなことをしないで
最終的には主人公になんらかのお仕置きをされる。
つまり大名のお忍び=悪い事ばかりしでかす
という話が多い(つかほとんど)ようです。

では実際にはどうだったのでしょうか?
本当に大名がお忍びで(しかも一人で)町を歩くものなのでしょうか。

簡潔にお答えしましょう、あったんです!(←川平サン風で(笑))

・・・・・ま、あくまでもちょっと変わったタイプの大名さんだったみたいですけど。

明治のグラビア雑誌『風俗画報』176号(明治31年11月10日)
のなかに方寸舎「武家の逸話」というのが載っています。
前置きが長いので引用はせず、かいつまんでご説明いたしますと。

文政の頃、麹町区内(←明治期の区分けです)の某大藩主に、
日々の窮屈な暮らしから解放されたくて、一人歩きを好む人がいた。
出掛けるときは、羽織り袴に山岡頭巾を深くかぶって、お忍び風であった。
屋敷を出て、夕暮れの空を眺めながら歩き、やがて夜が更けてくると・・・・・・・

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道ばたに魚売りがいたので、新鮮そうなイワシを10匹買い求めた、そうな。
(この大名さんはちゃんとお金を使える人らしい)

で、しばらくぶらぶら歩いてから、帰路につく。
途中、赤坂門(ここから内側は大藩の屋敷が揃っている江戸でも屈指のVIPわーるど)
に戻ってくると、見張りはすぐにその人物を〇〇藩の誰か、顔をみるとわかるので
慌てて番所へ駆け込んで「〇〇の〇之守様~~」と大声で呼ばわる。
詰めていた番士たちが慌ててならんで、一同が頓首するなか、
某藩主はいわしをぶら下げながら、通りすぎていく・・・・・。

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(風俗画報「某藩の大名獨り夜中魚を買ひ帰邸の図」より ※二枚とも)

なんといっても!
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手に持っているのがいわしって可愛いじゃありませんか♪

ちなみにこのいわし、某大名は屋敷に戻ると御膳所には渡さないで
侍臣を呼んで、自分たちで調理(ま、焼くのがてっとり早い?)すると
これを肴にして一杯やった、という。

以上、『風俗画報』より。
(最近、すっかりこの雑誌にはまっています・笑)

どうです?実際のところはこんな地味~~~~~~なお忍びだったんですよ(笑)。
辻斬りとかでなく、ね!!!
もちろん大名(旗本も)の当主は外泊禁止、お芝居・吉原等々立ち入り禁止
とあれもこれも楽しみは禁止だらけなので、とてつもなく、不自由なんです(涙)。
そんな制約のなかで、せめての息抜きといったら、一人きりになって、
(・・・・ホントは従者を伴わない一人歩きもNGなのですけどネ(笑))
ちょっとそのあたりをお散歩して、いわしを買ってとそんなもの。
(で、おまけの楽しみはその散歩話をしながら、近臣たちと呑むぐらい)

これを読んだとき、とてもリアル~~~~って思いました(笑)。

ま、これじゃ時代劇は盛上がりませんけどね、いっさい。
(主人公がチャンバラするきっかけがなさすぎる(爆))

でも実際はこんなもんですよね、ということをお伝えしたくて記事にしてみました☆
たいてい、一人で読んで「むふふ」って楽しんで、あとは呑みの席などで
ちょっとご披露なんてぐらいにしかならない小ネタですが、
素敵な挿絵もあったので、思い切って出してみた次第です。


ちなみに、この『風俗画報』でみつけた広告!

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本の内容よりも、

勝海舟君 榎本武揚君 題字

というこの夢のコラボレーションがまぶしすぎる!!!!(笑)

・・・・で、題字ですが。どこまでが勝さんで、どっからが榎本さん???
正解はコメント欄をごらんくださいまし。以上、追記(笑)

などという徳川幕府海軍ファン的にはまさにアイドルグッズ(爆笑)なものを
みつけてしまいました♪
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by aroe-happyq | 2012-10-23 10:33 | 江戸東京あれこれ | Comments(10)
今回は江戸中期のお宅探訪です☆

教科書にも出てくる、六代将軍徳川家宣&七代家継を支えた、
御側用人 間部越前守詮房邸。

父親は甲府家家臣でしたが、この詮房と弟は猿楽師喜多七太夫に
弟子入りさせられ、猿楽師になるべく成長。
それが、猿楽大好きの甲府宰相綱豊(当時二十歳ぐらい。のちの家宣)のもとへ
稽古をつけるために通ううちに「YOU、キレイだし才能ありそうだから仕えない?」
ということで、甲府家家臣に取り立てられました。
輝くばかりの美貌もさることながら、誠実で実直な人柄を見込まれ
どんどん出世。綱豊はよほど気に入ったのか、
甲府家家臣の名家から嫁まで探して縁組を調え、
真鍋をなのっていたのを、「間部」という綱豊オリジナル
の姓までつくって、名乗らせるほど。
まさにまばゆいばかりの寵愛ぶりでした(笑)。
残念なことに妻女には縁組して数年で先立たれてしまい、その後は独身を貫く
ことになるので、おかげで子もいないのです。
(間部家は弟が養子に入って続くことに・・・・・・)
つまり幕末のアノ間部詮勝は弟の子孫です!

さて綱豊が伯父の綱吉将軍の継嗣と決まり、やがて詮房も一万石の大名に
なります。綱豊が家宣となって江戸城に迎えられると、
詮房も江戸城馬場先御門そばに大きな屋敷を与えられますが、
ほとんど屋敷にかえらず、常に家宣の傍で仕事に励んでいたので、
贅沢をする暇もなかったとか。
そんな生活は家宣が将軍になって数年でなくなって、
その遺児家継が七歳で死んでしまうまでずっと続きました。

さて、今回訪れた屋敷は、馬場先御門から移ったあとの屋敷のほうです。

一般に八代将軍吉宗には冷遇されたとか書かれているわけですが、
政権が交代したら側用人が御役御免になるのは当然のこと。
ですが間部詮房の場合、越前鯖江藩五万石を奪われるでもなく、
けっこう好待遇だったのでした。
というのも、尾張ではなく紀州から八代将軍を迎えるために、
間部詮房は家宣未亡人近衛煕子とともに尽力したからです(笑)。
(理由は年齢もちょうどよく、将軍としてのやる気が光っていたからとか)
吉宗が詮房のような家臣を持ちたかったと書簡でぼやいたことは有名ですが、
意外にも吉宗とはそんな感じで、ほどほどな距離感を保っていたようです。

以上長い前置きでしたが、いよいよその屋敷を紹介します。

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(『江戸城下変遷図集 6』 (6)1715年(正徳5年))

【以下3行 追記部分 2012年11月】
もともとは米庫だった土地。元禄12年9月に火災があり、
その後米庫を移転したことから、その空き地に間部邸が建てられたという。
(『日本橋区史』1巻 P198 大正5年)

屋敷は両国橋の南の川沿いにありました。
あんまり大きな屋敷なので、
その脇の大川沿いの道は、江戸時代には間部河岸
と呼ばれていたとか。
※詮房が亡くなると、間部屋敷は4分の1ぐらいに小さくなりました(笑)。

それでも間部河岸という地名だけは残って、『江戸土産』には、
四季ともにいと閑静にして月の勝景地」と紹介され、
酒井抱一は、
夕立や大名走る間部河岸」という一句を残しています。


どれだけ大きかったのか、わかりやすいかと思いますので、
みなさまおなじみの幕末の絵図でみていただきましょう。

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(『江戸切図絵で見る 幕末人物・事件散歩』より)

一橋家下屋敷+永井肥前守上屋敷(永井尚志の本家なり)+諏訪因幡守屋敷
の3つ分です!!!
※一橋浜町邸については二十二回お宅探訪で取り上げているので、
参考にしてみてください(笑)


現在でいうと・・・・・・以下のとおり。
浜町公園~明治座もはいるでしょうか。



というわけで、浜町公園にいってきました☆
(ちなみに別件調査のついでです・笑)

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まさか、永井家本家&一橋家下屋敷(12代将軍家慶が慶喜少年と一緒に能を
舞っていたので有名ですね)あたりが、間部邸とは。
何度も行ってたのに(今年少なくとも3回はこのあたり通りました)!!

実は今回、別件で『隅田川とその両岸』シリーズを図書館で読んでいたおりに、
たまたまその中巻に「乙ヶ淵と間部河岸」というのがあって、
「おお!!詮房さまの御名が江戸時代には地名で残っていたのか!」
と感涙にむせんだのがはじまりで、ちょっと調べてみたわけでした。

残念なことに、今は高速道路の下ですが、浜町公園から隅田川の川岸を
歩かれる際には「ここは間部河岸跡なんだ♪」と思い出していただければ幸いです。
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by aroe-happyq | 2012-10-19 17:59 | お宅探訪シリーズ | Comments(6)
※以下、タイトルドラマのオリジナル版「無間道(邦題:インファナル・アフェア)」シリーズを
こよなく愛する香港映画迷による、偏った感想を綴る記事です(笑)。

ダブルフェイスによってはじめてこの物語に触れた方は
wowow版の後編を楽しむためにも、この先は読まないでくださいね!
だって、この物語は結末がどうなるのかわからないで見る、初見が
いちばんスリル満点で面白いんですよ!!!
どうか、後編までそのわくわく感をとっておいてください♪

ネタバレなしで感想を申し上げれば、
映像もきれいだし(屋上と青空!)、
すごく丁寧に作られていた良いドラマだと思いました!
(音楽はオリジナル版のインパクトには負けてましたけど)
ストーリーを知っているわたしでも、けっこう楽しめました。
舞台を横浜にしたので、香港と同じように港町のカオスっぷりが
よく出ていて、日本のドラマとしては異色のムードが♪♪
(ブツの受け渡しシーンは港ないと無理って話もある・笑)

で、キャスト。
とくに香川さん!!!
オリジナル版のアンディ・ラウとはひと味違う、好演でした!
(たぶん後編では主人公なので、もっとすごいと思います)
いや!!!伊藤敦史さんもまさにハマリ役!!!
オリジナル版のチャップマン演じるほうも大好きなんですけど、
伊藤くんにぴったりすぎましたって感じです。
そしてオリジナルだともっとダークな雰囲気をまとう警視正役の
角野卓造さんも、日本の県警の人らしさ(香港版のアンソニー・ウォンみたいな
違法捜査も辞さない感じって日本には合わないものね♪)が出ていて
とてもよかったと思います☆
あと、和久井さん演じる心療内科?の先生も、オリジナル版のケリー・チャンは
若すぎるなーと思っていたので、日本版の先生のほうが「重要な秘密」を
主人公が明かすに足る信用できそうな女性って感じで素敵です☆
え?主人公の純(←なんかこの名前で若干、笑っちまった)役の西島さんですか?
いやぁ、もうどんだけオリジナルの映画みたんですかってぐらい、
ときおりトニーレオン入ってましたネ~~~~~。
でもこの役は美味しすぎるので、
ちょっとやそっとでは好評をあげられなんだな(笑)。
(トニーレオンファンですけど、オリジナル版でも甘評ではなかったわたし・笑)
だって香川さんをして「俺もトニーレオンの役やりたい」といわしめる
ぐらい、演じてても楽しく、観客の感情移入もしやすい、ズルすぎる役ですからっっ

ただ、上記のようなウキウキでみた風に書いているのも、
あらかじめTBS版の監督さんがあの「海猿」の人・・・・・と聞いた時点で、
オリジナルの息をもつかせぬスピード感はないな、とあきらめてっからのー、
観ての感想です。
(だって「海猿」たるいじゃないですか~~~笑)
はじめに諦めがはいってるからこその感想と思って下さい。

だってもう~~~驚きましたよ!
まさかオリジナルの第一のヤマ場で「潜入捜査編」終わっちゃうんだもん!
「え?????ここで終わるの!?」
と叫んだのは昨夜11時前のことでした(爆)。

つまり日本版はオリジナル香港版が90分にすべてぶちこんだものを、
180分にのばしちゃったのね、って。
そりゃあ、だらけますよね~~~~~~~っっ
はじめから、オリジナル版のテンポの良さとは勝負しないつもりかよと(笑)。
だから海猿監督でOKだったのかーと、納得した次第です。

ここまでは、ネタばれなしの感想でありました☆

More ネタばれ大量いきます!
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by aroe-happyq | 2012-10-16 11:21 | 香港&アジア映画 | Comments(0)
戦国鍋TVが、おいおいほかの時代を扱わないで
終わるのか~~と思っていたら、
まさかの新選組、ピンポイント狙い番組が始まりました。

TV・局中法度!公式サイト→こちら

で、第一回、みたんですけど。

なにがやりたいのか、さーっぱりわからんぞ~~~っ(笑)


イケメン新選組をやるのかと思いきや、
近藤・土方は相撲部屋の親方かー!?って感じの××だし。

というか、全体的に。
・・・・・・・・戦国鍋のときに感じた、戦国愛みたいな熱さが
この新番組にはまったく感じられません。
薄っぺらいですな~~~~。

こういう歴史バラエティーは、制作する人たちにその時代に対する愛情
がないと、面白くなりません。

期待はしていなかったけど(笑)、なんかとってもガッカリ。

うーん、来週は・・・・・みないだろうなーっ
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by aroe-happyq | 2012-10-07 10:06 | ほんの世間話 | Comments(2)
1週間前、アニメ「銀魂」が再開するので
うちのレコーダーに毎週予約(うちのレコーダーは古いから手動なのだ!)
をしたところ、「金魂」とあった。
前シーズン終了前に予告されたことがあったけど、「嘘でーす」
ってあったので忘れていたが、やはりやる気だったのだ(笑)。

そして。
今朝、新聞のテレビ欄をみたら、やっぱり「金魂」とあった。

やってくれるぜ!銀魂!!

公式サイトも金魂仕様→こちら

↑主人公の銀ちゃんが「かぶき町の住人」まで降格されていて、
脇役扱いされるなんて、面白すぎる♪♪

正直、もうそろそろマンネリ感がないわけでもなかった
「銀魂」ですが、もうこのタイトルで一発で初心にかえりました☆

今夜から、また楽しみが増えます~~~!
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by aroe-happyq | 2012-10-04 09:53 | ほんの世間話 | Comments(2)
たいへんお久しぶりの、お宅探訪シリーズです♪

近くについでがあれば訪れよう・・・・と思って3年!?
ようやく「ついで」ができたので、いってまいりました。

設楽弾正邸、つまりは岩瀬忠震の実家の設楽家!
岩瀬が生まれたところです☆
江戸時代はこのあたり、「芝愛宕下西久保」といったらしいです。

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現代の地図ですと・・・・・・


こんな感じです。

目印はやはり、芝八幡社!

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この八幡社、貝塚がみつかっているそうで。
つまり、この近くの古墳ともども「東京岬」@ブラタモリのひとつだったらしいです。

で、この八幡を芝方面へと通り過ぎて、右の道に入って雁木坂をのぼると。

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雁木坂の柱があります。
写真の左のほうへ細い道を進んで、三年坂へと歩いていきます。

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見えにくいかもですが「三年坂」と石のところに書いてありますネ!

その先を左に曲がって。

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坂を下っていきます。
※この眺め、某スリバチ学会のおすすめビューポイントだそうです。
 ちょうどスリバチへおりていく。その途中、空をみあげると東京にも広い空があるのがわかる!
 ・・・・・とのことです。

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坂の下。この写真の手前から、奥の黒い車の止まっているあたりまでが
おそらくは設楽家。
(で、車の止まっているところまで行ってみました)

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ちなみにこのあたり、住所的には麻布台1丁目7番。

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この駐車場も設楽家の範囲のはずですが、
よくみていただけますでしょうか。
住所はたしかに「麻布台」ですが、設楽家は台の下、崖の下にあります。

つまり、大雨なんか降ると、バシャバシャ水が流れ落ちてくる、
ひじょうに水はけの悪い、厳しい場所にありましたようです(涙)。
正直、いままで訪れた旗本&大名家のなかで、いちばん残念な立地です。

とはいえ、
この場所で生まれ、岩瀬家の長女と縁組する23歳まで、
岩瀬忠震がここで育った、と思うと感慨深いです☆

ちなみに当主の弾正さんというのはうちのブログでもちょくちょく登場する、
岩瀬忠震の兄の息子さんです。
榎本武揚情報によると、岩瀬とは比べものにならない、フツーの人
だったとのことです(笑)。
(伯父さんが幕末の天才カリスマ外交官だと、やたらと期待されたり
がっかりされたり、ぶっちゃけ迷惑ですよね。
あ、そういえば弾正の奥様は堀織部正利煕の娘です)
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by aroe-happyq | 2012-10-01 14:28 | お宅探訪シリーズ | Comments(2)

アジアンエンタメ&お江戸後期。外国奉行や長崎海軍伝習所がご贔屓☆ BYはな。


by aroe-happyq