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東都アロエ

先日、文久3年の生麦償金支払い記事をUPしましたところ、
ちょっと幕末に興味を持ち始めている友人からメールをもらいまして、
慶喜が攘夷論ではないってどっからきてるの~?ということで。
ちょうどいい機会だし、今回はそのお答えを史料を交えながら、しちゃおうと思います☆

いちばん簡単なのは渋沢栄一著の『徳川慶喜公伝』を読むと
出てくるのですが、しかしこの本は明治以降の本です。
もっと同時代的なあたりで、できれば本人やその近々にいる人が語っている
のはないものか・・・・・・というわけで、そちらで紹介します。

岩下哲典「研究ノート 平岡円四郎の『慶喜公言行私記』について」
(『徳川林政史研究所紀要』32号 1998年3月)

岩下氏は『徳川慶喜 その人と時代』(岩田書院)というたいへん読み応えのある
慶喜の研究本を書かれた方。この本でも上記の研究ノートについて触れられています。

さてさて。
平岡円四郎という人は嘉永6年12月から一橋家の小性に転属になった旗本。
人付き合いが苦手で学問所のお勤めも辞めてしまっていた「変人」。勘定方に
勤務したかったのに、水戸斉昭と藤田東湖の推薦で慶喜の小性に(笑)。
いざ仕えてみたら(出会った当時は、円四郎32歳、慶喜17歳)、主君の英邁さに
惚れ込んでしまい、気がついたら慶喜が止めているにもかかわらず、率先して
将軍継承問題に首をつっこみ、14代将軍に推すために奔走した人です。

この『慶喜公言行私記』も安政4年ごろ、将軍家御養君決定レースのさなか、
円四郎によってかかれた、
「慶喜公はこういう(素晴らしい)人です」という宣伝の書であります。
ただ、円四郎らしく、誇大広告は一切無く、淡々としているように思います。

どうして宣伝本が必要だったかというと、
一橋慶喜は御三卿という将軍家の親族という特殊な位置におりまして、
親族ゆえに政治的な行動や発言は慎まなくてはならない立場でした。
これは将軍家御養君決定レースではかなり不利。
慶喜という人がどういう人であり、思想哲学を持っているのか、まったく世間には
知られていない状況でした。
そこで平岡が慶喜と話し合った内容を公開したのが、この書でありました。
7つの慶喜に関するエピソードが語られいて、そのほとんどが安政4年にとれたての
ネタばかり(3月の島津斉彬の訪問や5月の遠馬のことなどまさにホヤホヤです)。
なので、慶喜の発言は実に生っぽくて素晴らしいのです(笑)。
側近として重用されていた平岡だからこそ聞けた若き慶喜の言葉がたくさん詰まっています。

で、ありがたくも岩下氏の研究ノートには、この貴重な史料の現代語訳058.gif
ついているので、ここでは読みやすい文で慶喜の政治的な考え方と
「攘夷論」についての部分を紹介します。

一、 (・・・・略・・・・)さらに(慶喜は)儒学をよく学習し、
西洋諸国の風習ははなはだお嫌いであった。
しかしその長所はお捨てにならないで、砲術や航海術は心酔され、
洋学を研究しなくては武備を整えることはできないとのお考えで、
先年より近臣の者に洋学修業を行わせたいとの内々のお考えもあられたが、
いろいろな議論があったので、それはお捨て置きになられていた。
幕府が洋学研究にご着手されたことから、公はこの機会に近臣に洋学修業を
させたいとお考えになった。そのことを幕府の関係筋にお掛け合いになったが、
ご三卿のご家臣は洋学修業の必要なしとの幕府評議があった。
そこで公は重ねて「彼を知り、己を知って、百戦百勝というではないか。
洋学研究もしないで、それは難しい」と厳重にお説きになられた。一同ついに敬服。
(略)・・・・・公からたってお願いになったため、当(安政4年)夏にお願いのどおりに
(近臣の蕃書調所での稽古が)実現した。
またこのころご自分のお手元でも洋学研究のお世話を始めていらっしゃった。


ここでは「砲術や航海術は心酔され、洋学を研究しなくては武備を整えることはできない
とのお考え」
が語られ、洋学研究に熱心な様子がみえます。
ちなみに「儒学をよく学習し、西洋諸国の風習ははなはだお嫌い」なところが気になるかと思いますが、
そのあたりは、拙ブログの過去記事の平謙こと平山謙二郎の記事をご覧ただければと。

ペルリ来航 羅森にみせた平謙の熱い志→こちら

この当時、蘭学者はもちろん砲術や航海術をオランダ人に学んでいる長崎海軍伝習所などの
人々の多くも、西洋の化学や技術を愛してはいるけど、道徳や風習、
弱肉強食的な激しい競争原理などは「ちょっと野蛮よねー」って思っていたので、
慶喜が特別なのではなく、たいへんフツウな考えなのでした。
(西洋のなにもかもがステキとかいう人がいたとしたら、その人は完全にビョーキ扱いです・笑)

さて、いよいよ核心です。

一、公は、古今の成敗(歴史における政事や戦争の当否を論ずること)を
好んで学んだが、攘夷の論では決してあられない。
このことは近臣間でも不審に思い、かつていろいろうわさをしていた。
必ずや老公(斉昭)とご同論で、老公のご建議が採用されないので、公も
(幕府の政事を)お見限りになられているのだろうと申し合わせていた。


近臣までもが「慶喜公は水戸斉昭の子だから、攘夷論に決まっている」と
思っていたとは(爆笑)。
実は慶喜は、父の斉昭そのものは好きでしたが、斉昭の水戸での政策方針にしては
けっこう冷静に分析していて、批判的だったりします。
この『慶喜公言行私記』にもそうしたところが登場しますが、
円四郎としては、大奥や柳営一部に万延しているアンチ斉昭派にむけて、
慶喜が斉昭のコピーではないことを強く訴えたかったみたいです(笑)。
(そのあたりは今回の記事のテーマから外れますので、割愛いたします)

「攘夷の論では決してあられない」慶喜は、対外政策についても語っています。

対外政策に関しては、いろいろと建白するものが少なくないが、実地の論というもの
は少なく、本当に当たっている者は言わないもの、言う者は知らないものだ。
したがって我らが今みだりに私論を言うことは避けねばならない。
対外政策は天下の大事、軍事指揮権はその大なるものの最も大なるものである。
戦闘することは論ずるにも及ばず、交易通商はこれまた国難であり、
交易通商を許可すれば、それで天下泰平だとするのはもってのほかの浅はかな考え方である。
西洋各国と通商交易をおこなうには、皇国の大典を変革したうえで、上下が心を合わせ
「富国強兵之御新政」をしなければならない。
現在の状況でこのまま通商御免となったならば、品物は払底して国内が混乱し、
もし途中で通商を停止したら外国から不信の責めを受けることもあるかもしれない。
お前(円四郎のコト)はどのように考えるか。


安政4年当時なので、慶喜このとき21歳。
本当に当たっている者は言わないもの、言う者は知らないものだ」なんて言い方、
実に実に慶喜らし~~~いじゃありませんか(笑)。

そして内容も、しっかりと「開港開市」推進派です(爆)。
それも徹底するなら、今までの国のしくみをかえなくてはならない、とまで
考えている現実的な人。なかなかの21歳です。
そういえば「富国強兵之御新政」って
慶喜が将軍になってから、実行しようとしていましたネ。
(いろいろ難しくてうまく運んではいなかったけど、しかし軍制改革はやってたなーと)
安政4年当時は、将軍になりたくなかった慶喜なので、この発言をしたときには
誰かやってくれーと客観的に思っていただけかもしれませんが(笑)。

でもこの考え方、安政4年当時一番よく働いていた岩瀬忠震や永井尚志、堀利煕など
「開港開市」積極推進派にかなり近いです。
慶喜と岩瀬、永井が会うのは安政5年正月ですが、まだ出会う前から彼らは
さりげなく「同心」だったようです(爆)。
(で岩瀬も永井も、てっきり攘夷派だと思っていた慶喜が実は・・・で、
嬉しすぎて一橋派になっちゃったんだけど)

で、「開港開市」推進派の慶喜なりにこっそりと活動はしていました。
当時公儀の対外政策にガミガミ言っていた父の水戸斉昭を、
御三卿は政事には口を出せないので、あくまでも老父の健康問題ということで、
慶喜やその周辺が働きかけて海防参与の職を解く運動をし、
安政4年7月、これを成功させています。
(老父の健康を気遣いつつ、公儀の対外政策に邪魔なものをさりげなく排除したわけです(笑))
このあたりも、円四郎は『慶喜公言行私記』でしっかりと触れています。


というわけで、いかがでしたでしょうか。
慶喜がかなり若い時分から攘夷論ではない、ということ、わかっていただけましたかしら☆


岩下氏の「研究ノート 平岡円四郎の『慶喜公言行私記』について」によれば、
この『慶喜公言行私記』は松平慶永(春嶽)の手にわたり、
その側近の中根雪江(せっこう)によって『橋公略行状』としてアレンジされ、
『昨夢紀事』にも登場。
そして松平慶永は安政4年12月、老中松平忠固にはじめて、
慶喜を将軍世子にと推挙し、また『橋公略行状』を提出したという。
(そして、ドロ沼の将軍継嗣問題に突入していくわけです)
なんだか複雑な使われ方をしていく、シロモノです。
しかし、オリジナルはこういう感じでして、できれば中根のアレンジ版ではなく、
こちらがもっと世間に知られていくと慶喜公のためにも、よいかと存じます。
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by aroe-happyq | 2013-08-25 14:18 | 江戸城の大旦那 | Comments(2)

なんでも番付にしてしまう、江戸時代。

大名旗本の人々も番付にされておりました(笑)。

それが「文久2年 東西くらべ 為国家」であります。

d0080566_18265517.jpg


ここのブログ・・・・ポチっと画像を押すと大きな画像が出るとかいう便利な仕組みでないので、
スイマセンっっ、かなり読みにくいかと存じますっっ(これでもかなり大きめに加工してみたのですがっ)。

この番付(写しが現存しているのですが)、福井市春嶽公記念文庫に所蔵されているそうです。
ここにUPしたのは、『徳川慶喜とその時代展」の古い図録から・・・・だったりします。
(なので不鮮明なんですっっ。カメラで撮影してみたのですが、ページの隅っこだったもので)
なぜ春嶽公のお手元に保存されたかは、見ればもう納得ですね(爆)!

英雄 松平春嶽  

とあるわけなので、
見た瞬間、家臣一同&ご本人も喜んで「永久保存!!!!」と決定されたかと(笑)。
(おかげでこんな発禁モノの番付が現代にまで伝わっているのでした☆)

また、慶喜展に出展されて、関東にいながら目にすることができたのも、

寛仁 一橋刑部卿

と春嶽さんのとなりにあったから♪だということで。


いや、わたしがUPしたのは実はここからが本題なのであります~~~~っっ

d0080566_14124034.jpg


③ーBの、ももいろ部分をご覧下さい!!!

中央の一番すみから、

才□ (読み取りできず) 岩瀬肥後守

  永井玄蕃頭

□□ 江川太郎左衛門  

どーです!!!素敵な3ショットですよね♪
(どうも、向かって右側・・・・春嶽や慶喜側はわりと、番付製作者にとって(笑)好印象メンバー
のようです。なにせ「赤心報国」らしいし。一方の反対側は・・・・(汗))

永井の「地」のうえがもし「意」の字だとしたら、意地というわけですが、
文久2年で、永井=意地で当てはまるとしたら・・・・・。
永蟄居処分が終わり、名誉回復&軍艦奉行復帰した夏頃、岡部駿河守経由で
入手した薩摩の内部告発を、永井が速攻で政事総裁職の春嶽に通報し、
島津久光の威光を笠に着て威張っていた薩摩の家来某氏が処分された件?
(このブログで前にも紹介しましたが、アンチ薩摩の大名旗本に永井さんはえらく
讃えられたので・・・。そんなこんなで京都町奉行などになったり・・・・。これかな??)

同じ段に、井戸石見守も確認できます。

②ーBの中央には、 老体 筒井肥前守の名も。


さて、問題は向かって左側です。おもに①-A段です。

國 井伊掃部頭
は、良いとして(爆)。

同じく売國メンバーとして、安藤対馬守

とか、大□ 阿部伊勢守

がですね、姦佞 間部下総守などと並んでいるのは
いかがなものでしょうかっっ(ちょっと辛いーっっ)。

その下の段、②ーAには、不覚 川路左衛門尉なんかも、
どーしてかと(川路が不覚をとったのは、安政4年、京での中川宮の一件のみですけど。
しかも中川宮・・・・この番付のど真ん中に、青蓮王ってこれ同一人物ですよネ・笑)
・・・・筒井が右側にいるのに、なぜ川路~~~~~っっ(涙)

青蓮宮のみならず、松平薩摩守や水府景山卿(って水戸斉昭のことデス)が
中央メインで、勧進元ときているという・・・・この番付をつくった人の立場がイマイチ
わからないのですが、かなりの事情通だということはわかります。
(ま、春嶽公を英雄って持ち上げすぎ~っ!って声が聞こえなくもないですが・笑)

それにしても、こんなに堂々とご政道批判ともとられない番付が出回るなんて、
文久頃になると、本当に御公儀の力が弱っていたのだなーと、
そんなときに頑張っていた、若き将軍家茂公が気の毒でなりませんっっ。
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by aroe-happyq | 2013-08-23 10:02 | 広く幕末ネタ | Comments(4)

半蔵門のJCIIフォトサロンで、
~幕末・明治の写真展~ フェリーチェ・ベアトが見た日本 Part1」展が開催中です☆

開催期間は、 2013年8月6日(火)~9月8日(日)です。

今回は当館所蔵のベアト作品の中から、前編として、来日した外国人向けのお土産として
販売されたアルバムを中心に、ベアトが得意としたパノラマ写真5枚を含む、
約90点を展示いたします。


JCIIフォトサロンサイト→こちら

今回は外国人用のお土産写真がメインとのことですが、
ベアトの写真は江戸末期~明治の日本を良く撮影してくれていますので、
まだベアトの写真集をお持ちではない方、当時の日本の様子をみてみたい♪
という方には、無料でもありますし、かなりおススメの展示です☆
(パート2もたいへん気になりますが・笑)



もう少し後の明治の東京については、
9月14日から江戸東京博物館のほうで「明治のこころ モースが見た庶民のくらし」展もありますので、
あわせて(といっても開催時期はダブっているわけではなひ・・・・)見ると
いろいろ楽しめることと思いますので、こちらについてもリンク貼っておきます。
江戸博のサイト→こちら
主催の朝日新聞による公式サイト→こちら
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by aroe-happyq | 2013-08-20 17:50 | 広く幕末ネタ | Comments(0)

文京区のふるさと歴史館の慶喜に関する展示については
コメント欄からいろいろ情報をいただいております☆
(ありがとうございます♪♪)

そのほかにどういうのがあるのかな、と検索したところ、
松戸市の戸定歴史館の展示予定をみつけました。


企画展「没後百年 德川慶喜」

公式サイト→こちら

会期 10月5日(土)から12月15日(日)

最後の将軍、德川慶喜が大正2年に(1913)に亡くなったとき、
当時の東京市民は江戸の終焉を実感しました。今年は彼の没後百年にあたります。
これを記念して、彼が維新後30年を過ごした静岡市にある静岡市美術館と共同企画による
展覧会を行います。彼の生涯が伝え、残してくれたものに歴史、美術の両面から迫ります。
また、この展覧会は、生誕・終焉の地である文京区や彼にゆかりのある澁澤資料館、
茨城県立歴史館、春日部郷土資料館などと連携して行われます。


かつてこちらで開催された特別展「最後の将軍 徳川慶喜」展が慶喜関連の展示で
もっとも充実していたように思いますので、今回も期待したいところなのですが、
どうでしょうか~~~っっ(笑)。
(前のは特別展、今回は企画展。なので、ちょっと小さめかな~~~~~っっ)
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by aroe-happyq | 2013-08-18 11:43 | 江戸城の大旦那 | Comments(4)

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この映画をいちばん最初に見たのは、2000年秋の東京国際映画祭の〈香港映画祭〉。
オーチャードホールのドでかい画面で見たので、話の筋よりも、
ヒロインのチャイナドレスの模様とか、60年代香港のアイメイクとか
細かいところに気を取られての鑑賞だったので(笑)、
実はじっくり内容を堪能したのは、その後の小さい会場の試写会だったりします。

あれから13年。
最初の大画面での出会い以来、ほとんどDVDで鑑賞してきたのですが、
(香港版、フランス版、日本版、アメリカ版などなど・笑)
今回の監督自身のリストアによりHD版のBlu-rayは
まさに初回の大画面でみた時のような鮮明さ!で美しすぎてクラクラです!!!

DVDではぼやけていた、ドレスの生地感までわかるんですよーっ
もちろん室内の隅々までキレイにみえるーーっっ
小道具ひとつひとつが素晴らしい、美術担当のウイリアム・チャンの仕事が
蘇った感じです☆
まさにHD版のBlu-rayの良さがいかんなく発揮されていました♪

やっぱり監督監修のリストアって大切ですねーーっっ
正直、『ブエノスアイレス』のほうは・・・・・・色味が強く出過ぎたり、逆に弱かったり、
ちょっと不満でしたので。

そんなわけでまたもや、『花様年華』漬けです(笑)

が!!!!!!

どーゆーわけか、特典ディスクはDVDなんだな=====っっ

しかも、未公開映像などは昔に松竹から発売されたときの特典ディスクと同じ解像度
なので、小さな画面になっちゃうのです!!!!

アメリカ版のBlu-rayにはちゃんとすべての特典映像もBlu-rayに納まっている
のですがーーーっっ(涙)
(日本じゃあんまり興業成績もなんだったし、こーなっちゃうのかな~~っ)

実はこの映画を世界のどこよりも愛しているのが、おフランス。
なのでフランス版のDVDの魂の入りようったら、なかったです。
どこよりも濃厚で大量の特典映像は今でも他の追随を許しません。
(何度みても、どんどん新しい映像が出てくる・・・・・底なし沼のようなDVDです・笑)
ところが、2001年の発売なので今のTVでみると画面がちーさくなってしまう。
でもフランスはあんまりBlu-ray化に熱心ではないらしく、
まだまだ「花様年華」のHD化とか、Blu-ray化は遠そうです。
(いつまでも待ってますけど!!(爆))

日本はあんまりやる気もないし、こういう大人映画はマニア人気でしかないので
まさかの特典ディスクがDVDという、トホホな結果になるんですね・・・・・。

そういうわけで、本編Blu-rayは最高!ですが、
特典ディスクはトホホでした~~~~~っっ


ちなみにこの映画もかなりの喫煙映画です(笑)。
もともと主演のトニー・レオンは煙草を吸うシーンが昔からカッコイイのですが、
60年代の細身のスーツ姿のこの作品では格別に素敵!
また口紅のついた煙草の吸い殻がとても大切な物語の小道具になってたりもします。
わたしは煙草を吸いませんが、昔のダンディな人の煙草を吸う姿って、
本当にいいなぁぁと、改めてこの映画をみて、しみじみ感じました。
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by aroe-happyq | 2013-08-14 10:49 | 香港&アジア映画 | Comments(0)

タイトルに今まであれだけこだわってきた「の」の字が入っていない!
ということでひそかに注目していた(笑)、宮崎監督の新作『風立ちぬ』。
先日、レディースデーを利用して見て参りました☆
(超~っ混雑していましたが、大人がほとんどだったような←これもジブリ作品では新鮮!)

なるべくネタバレしないようにすすめていくつもりですが、
ちょっとは、かすめるかも・・・・しれません(汗)。

ネタバレなしで全体的にささっと感想をのべますと、
『ポニョ』のときの「なんか無理してる?」感がなく、監督ご自身の自伝のようだったり、
大好きなものをたくさん詰め込んでいたりして、魂のこもったキラキラした、
面白い映画でした。
この作品を自分の言語で、世界のどこよりもはやく観られる、
幸福感をおぼえました。
なぜ堀越二郎と堀達雄なのか、という点も、監督さんがどちらも好きだから(笑)
なんだなぁ、と。おかげで作品のなかで違和感なく融合していました。

いろいろ批判のある、煙草を吸うシーンが多い問題も、
だってそういう時代なんだから!吸ってて当然ですけど、なにか?ってところですネ(笑)。
前に記事に書きましたけど、最近の江戸の時代劇も、これぐらい煙管登場させないと
かなり不自然ですから!江戸からずっと、明治大正昭和と、煙管から紙たばこになっても、
日本人の大勢がヘビースモーカーだったことは周知の事実(笑)。
こればっかりは、どーにもならない事です♪
(それに仕事が出来る男たちのたばこを吸う姿って、かなり素敵じゃありませんか!
実写だけじゃなく、アニメでも同じなんだ、と今回の作品で気づきました)

なにせ大ヒット作品なので、多くの人がいろいろ感想をのべておられましょうから、
拙ブログとしてはこれぐらいにして(笑)、
タイトルどおり、この作品に登場する〈大正昭和の東京の風景〉に特化して、
ちょっと語ってみたいと思います。

日本のアニメの技(わざ)の最高峰ともいえる手練れ揃いのジブリです。
冒頭の二郎の故郷の田園風景の美しさだけで、うはー♪って感じでしたが、
そのスペシャルな職人の手によって、
こんなに昔の東京を描いてもらえるのはおそらく最初で最後。
まさに眼福のオンパレードでありました。
(ストーリーはもちろんですが)この景色の描きこみの見事さも
この映画の美味しさのひとつといえるのはないかと思います。
そういうわけでわたしはたっぷりと味わいました☆
(といっても、主人公は名古屋にいってしまうので、東京のシーンはそんなに長くないんですけど・笑)

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by aroe-happyq | 2013-08-12 19:14 | 江戸東京あれこれ | Comments(2)

徳川の外国方で白眉!といえば初期外国奉行の5名なのですが、
彼らの多くが外交の舞台から去ってしまっても、
その後、ちょこちょこ(全員といえないのが悲しいけど・笑)は
骨のある、しっかりとした外国奉行がおりました☆

今回はそのなかのひとり、
外国奉行兼神奈川奉行の浅野氏祐(うじすけ)のエピソードを
彼自身の談話をもとに紹介します。
(といっても今回の交渉相手は日本人なんだけど・汗)

タイトルにあるとおり、時は文久3年!
幕末ファンの多くが将軍家茂が上洛中の京都に目をむけているこの年。
ですが、前年に薩摩藩によって起こされた生麦事件の後始末で、
江戸もまた大揺れに揺れておりました。

「生麦事件」の詳細については、吉村昭著『生麦事件』を読んでいただくとして、
今回の記事の背景をざっくりと説明いたします。
ちょっと書き出したら、たちまちその説明で記事が埋まってしまったので(笑)
文久3年5月前後のみ、とさせていただきます。

文久3年2月に英国政府から日本政府へ、
生麦殺傷事件の被害者の英国人の遺族へ十万ポンドの賠償金を払え、
期限までに応じないときは横浜に停泊中の8隻の英国艦隊で攻撃する、
という書簡が届きました。
(このほか島津久光の首を差し出せというのがありますが、今回は賠償問題のみ
扱います。でないと、永遠にこの記事が終わらないので)
家茂不在の江戸留守政府は3月から4月じゅう、上洛途中~上洛中の
家茂サイドに「いかが取りはからいましょうか」と何度も
お伺いをたてながら(たいした返事がこないので)、回答期限を延ばしつくして、
そして5月に到りました。
(自分でも惚れ惚れするぐらい、ざっくり(爆))

5月3日。英国対応掛りとなった、老中格の小笠原図書頭が十一万ポンドを
(1万ポンド増えたのは、東禅寺事件で犠牲になった人のもついでに払うことになったため)
いよいよ払うことになって、この早朝、横浜の英国公使館へ向かう予定だった。
築地繰練所で外国奉行たちが待っていると・・・・小笠原は「病欠」で来なかった(笑)。

この報告をうけた英国代理公使ニールは激昂、英国艦隊は戦争準備に入る。
(オールコック公使は休暇で帰国中。代理のニールは短気でキレキャラらしく、
英国の新聞記者のあいだや横浜在住外国人にも評判は芳しくない・・・・・・)
3~4月、「すわ戦争だ」と横浜の日本人は避難騒ぎで大混乱を極めました。
外国人の家から日本人の使用人たちが消え去り、日常生活に支障が。
そして港湾業務についている人足(日本人)が消えた横浜港では
軍艦へ食糧や水を運ぶこともできなくなってしまったのです。
(ヘンな話、優勢のはずの英国艦隊が自らまいた種で兵糧攻めに遭ってしまったのダ・笑)
横浜の外国人からクレームはくるわ、自国艦隊も飢えてしまいそうになり、
困ったニールが「当方はすぐに戦争するつもりなどない。はやく避難民に戻るよう
触れを出してくれ」と日本側に要請するので(戦争するつもりじゃないとか、それじゃ脅迫の意味がない)、
神奈川奉行、浅野伊賀守氏祐(やっと出てきました。今回の主人公)が
戻っていらっしゃいの触れを出して、横浜に人々が戻ってきたばかりの5月に、再び戦争の危機が!

More 長すぎるので畳みます
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by aroe-happyq | 2013-08-09 08:33 | 外国奉行ズ | Comments(4)

緊急地震速報にびっくりした直後でございます(笑)。
震度1・・・・・・・・(汗)。
誤報で本当に良かった!!!!!!

びびりまくった数分と、誤報だったのかーという落胆の1秒は
被害なし、というハッピーな結果ですべて帳消しです☆

で、さらにハッピーなニュース!!!

オフィスキューのインフォメーションページ→こちら

HTB「水曜どうでしょう」新作放送決定!

■放送日時
2013年10月2日(水)~
毎週水曜 23:15~23:45

※北海道ローカルとなります。



また新作がみられる!と嬉しい反面・・・・・・。

嗚呼、東京でみられるのは来年かーーっっ!?(涙)

という嘆きもあり・・・・・。
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by aroe-happyq | 2013-08-08 17:23 | 水曜どうでしょう | Comments(0)

ちょこちょこシングルCDとか、音楽配信されている、
あまちゃんの歌たち。

やはり、というか、それらを総まとめにしたアルバムがでるそうです☆
(アマゾンでは予約もすでにはじまってまーす→こちら

オリコンニュース→こちら

曲目は以下のとおり。

『あまちゃん 歌のアルバム』収録曲

1:潮騒のメモリー/天野春子
2:暦の上ではディセンバー/アメ横女学園芸能コース
3:地元に帰ろう/GMT
4:いつでも夢を/橋幸夫&吉永小百合
5:南部ダイバー(教室バージョン)/磯野先生&北三陸高校潜水土木科生徒たち
6:潮騒のメモリー(太巻デモバージョン)/荒巻太一
7:地元に帰ろう(太巻デモバージョン)/荒巻太一
8:いらないバイク買い取るぞう!/CM 
9:潮騒のメモリー(お座敷列車バージョン)/潮騒のメモリーズ

ボーナストラック
10: 南部ダイバー(種市高校フルバージョン)/種市高校海洋開発科生徒たち
11:暦の上ではディセンバー(オリジナル・カラオケ)
12:地元に帰ろう(オリジナル・カラオケ)
13:いつでも夢を(1964バージョンカラオケ)
14:南部ダイバー(カラオケ)
15:潮騒のメモリー(スナック梨明日カラオケ)



「南部ダイバー」とか、「いらないバイク買い取るぞう!」まで入っている(爆笑)!!!
それから、なにげに多いぞ、太巻のうたう歌!(笑)

最近、「暦の上ではディセンバー」が何度目かの脳内ヘビロテになっていて、
ぐるぐるサビがまわっているのですが、その勢いもあって、ついポチりました(笑)。
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by aroe-happyq | 2013-08-07 10:09 | ほんの世間話 | Comments(0)

ラッキー7!?

この東都アロエは、2006年8月1日の八朔の日に開始して、
なーんと今年で、7年目に突入です(笑)。

昨年も「6年目でーす」的な記事を書いたので
またかよ、って感じですが、「7」ってなんだかラッキーということで
しつこく今年も記事にしちゃいました☆

最近、更新が滞っていますが、うちのブログを訪れてくださる方が
一時期減ったのですが、どういうわけか持ち直し(笑)、
さらにちょこっとずつ増えていて、

本当にありがたいことです!!!

アクセスレポートをみてみると、多くのかたが過去の記事を楽しんでくださっているようで、
これもまた嬉しい限りです。
(実はときどき、過去記事も気がついたところは改訂したり、追加したりしてまーす)


以前にも書いたのですが。記事にしたいことが多すぎて
どんどん溜る一方ではあるのですが、それが実に細かすぎるコアな世界なので
これを記事にしても、いったい誰が楽しんでくれて!?(笑)
ということで、ついつい後回しばかりです。

とはいえ、江戸後期を中心にどんどん調査は進んでいます。
思わぬところに、驚きの情報がこっそり潜んでいるので、
とんでもないジャンルにまで出張して(笑)、おかげで資料は貯まるばかり・・・・。

ついつい、調査を優先してしまうと、ブログを更新する時間がなかったりして
そういうあたりで葛藤しつつも、やっぱり調査のほうに時間を割いてしまいます。

ですが、なんとか時間を作って、
追々にコアな江戸の世界を紹介できたら、と思います♪


そんな亀ブログではありますが、
これからも引き続き、よろしくお願いいたしまーす058.gif


 東都アロエ管理人 はな。 拝
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by aroe-happyq | 2013-08-01 18:06 | お知らせ | Comments(6)