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東都アロエ

うっかり、記事にしわすれていた些細な件です。

昨年の11月、松本良順の慶喜への治療時期について。
では、松本良順の上洛時期について、拙ブログでは軍艦奉行の木村摂津守日記を使って
確認をとりました次第ですが、
勝さん祭り中にじっくりと勝海舟日記を眺めた流れもあって、
だめ押し的に、勝海舟日記のほうも引用しておきたいと思います☆


文久3年1月22日
  午後、春嶽殿御乗船、従属八拾余人、
  監察杉浦正一郎、奥御右筆西尾錦之助、松平太郎外(ほか)、
  便船奥医師石川玄貞、松本良順、徒目付弐人、小目四人

29日 湊川江御上陸、午後大坂に到る。
  ○本日春嶽公御上陸 ○我輩上陸。

(『勝海舟関係資料 海舟日記(一)』 東京都江戸東京博物館都市歴史研究室編 45P)

この春嶽公を乗せた順動丸は勝サンが船将(艦長)として乗船していたので、
それはもう、詳しいわけです。
(この『勝日記』、毎回図書館でチェックしているわけですが、江戸博・・・再版してくれないものか・・・・)

で、この船旅に目付杉浦が同行していたのなら、
ということでダメダメ押し的に杉浦の日記もチェック。
(松本の名は出てこないですが、日程だけでもということで)

正月22日順動丸乗組、23日品川出航、同29日着坂。

2月3日夜於伏見、春嶽御下ケ・・・・・・・


(『杉浦梅潭 目付日記』 89P、90P)


1月29日に大坂到着(勝はここから神戸へ行ってしまう)、杉浦日記では2月3日夜に伏見着いているので
前の記事で紹介いたしました、yu-さんの検証の裏はさらに確実にとれましてございます♡
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by aroe-happyq | 2014-08-29 17:33 | 江戸城の大旦那 | Comments(0)

2012年のロンドン五輪の閉会式で、モンティパイソンの大合唱をみていて、
「なんかやってくんないかな~」と思っていたら、舞台で復活してくれた!

それをBSプレミアムで字幕付きでみられるなんて、なんて有り難いんだ!!!

BSプレミアムモンティパイソンページ→こちら

というわけで、昨夜、前編をみました♪

うーむ、メンバーがみんなじいさまになっていた!(笑)

でも、よく躍り、動き、歌っていて、凄かった~~~っっ
(細かく、あれがいいとか、素敵とか・・・・ネタがネタだけにここに書けない)

昔なつかしいネタのアレンジもあったけど、ちゃんと現代の風刺も入っている(笑)。
さすがですね、モンティパイソン。

・・・・・しかし、BSプレミアムよ、放送してくれるのは嬉しいが、
どうして二週連続前後編なんだ!?

はっきりいって・・・・・・日本人のモンティ好きタレントの解説など必要だったのか!?
もう、このいらつく前座をTVの前で観ていて、「早く、ライブはじめろー!
前編のライブ部分が36分しかないのなら、前後編にわけないで一挙にやってくれ」
と叫んだファンはわたしだけではないはず(笑)。

とはいえ、制作会見シーンでいきなり、わたしのお気に入りの「スペイン宗教裁判」ネタ
が飛び出して、めちゃくちゃ嬉しかったけど♡
(このコントのせいで、中世モノのヨーロッパ映画で、赤い服のカトリックの偉い坊様みると
吹き出す習性がついちゃって、もう治らんみたいなのですよ。どーしてくれんだヨ!(笑))

うふふ、まだ後編が残ってる♪来週が楽しみです~~~っっ


・・・・・・本音は全編ノーカットのDVDとかブルーレイとか出てほしいのだけど・・・・。
(一気に観たいだけなんだけど・・・・・・)
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by aroe-happyq | 2014-08-25 09:52 | ほんの世間話 | Comments(2)

先日、久々に横浜開港資料館へ行きました。
お買い物ついでに、開催中の展示もみてきたのですが、肝心の日記がまだ翻訳中
とのことで、中間報告っぽい内容でした。
早く完成して、しっかりした展示がみたいものです。

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横浜に行く少し前、笠原 潔著『黒船来航と音楽』 (歴史文化ライブラリー)吉川弘文館
を読んだので、資料館外のあたりをちょっとぶらつきながら、
来航時の想像をして楽しみました。

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上記の本によりますと、当時、アメリカの軍楽隊が演奏したアメリカ国歌は
今、私たちが大リーグなどでよく耳にする『星条旗』ではなく(←こちらは昭和6年ぐらいからだとか)
『ヘイル・コロンビア』という曲が仮国歌と定められていたそうです。

ちなみにこんな曲です↓



なんか、19世紀っぽい、おとなしめで古風なテイストですよね☆
(なにせ仮国歌。まだまだ新しい国でーす感がでている気がします(笑))

で、『星条旗』という曲ももう存在していたのですが、こちらはもっぱら国旗掲揚時限定
だったそうです(なので、もちろん国旗を掲げた際、日本でも演奏されたそうです)。

なので幕末ドラマなどで、『星条旗』全面推しの作品は、いささかイメージ先行すぎで、
不勉強としかいいようがありませんネ。

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そんな音楽を、↑このあたり、海から交渉場所まで、軍楽隊が演奏して上陸したわけですね。


『黒船来航と音楽』 には、もっといろんな曲が演奏されたと書かれております。

いきなり押し掛けてきた外国の、いわば異国の音楽をですね、
交渉担当の林大学頭や、伊沢美作守、鵜殿などなどはどう聞いたのか。
ちょっと感想を聞いてみたいものです。
(宴会ではバンド演奏に乗って、ちょっとフィーバーしちゃった日本人もいた模様ですが(笑))
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by aroe-happyq | 2014-08-20 10:07 | 広く幕末ネタ | Comments(0)

本年は公式の届け出書類の日付のほう、
文久元年7月11日(1861年8月16日)バージョン
として、行ってきました。
(昨年は岩瀬忠震の弟分の木村摂津守の日記にある、
7月10日(西暦だと8月15日)バージョンですた)


今年は、岩瀬の命日に墓参へ行くようになって初めて!!!!
涼しかった~~~~~っっ(感涙)


毎年、なぜかお盆の季節、35度以上当たり前で、
初めていったときなんか、38度!!!
毎回、死にかけます。

それが今年は曇り空で、30度ちょい。
往復、歩きでしたが、
嗚呼・・・・・快適でした(笑)。

なので、いつもよりちょっぴり長くいられました。

先日、横浜にいったので、「岩瀬さんが強硬に主張しなければ横浜港なんか存在せず、
神奈川宿の狭いエリアが開港地になったはず。ハマっ子はそうした地元の恩人を知らず、
繁栄を謳歌しております。あまり良いことではありません。一日も早く県庁の横にでも、
岩瀬像がどーんと立つ日が来ることを願っておりますデス」
と報告しましたところ、とくに反応なし(笑)。
自分の銅像がどうとか、そういうのはあんまし、興味なさそうだな、岩瀬蟾州殿(笑)。
(ファンとしては、同じく横浜に立つ、エセ開国大老・井伊直弼像よりデカイのが、見たい。
それも横浜の海がみえる場所にネ←欧米を訪ねてみたかった岩瀬公へのせめてもの供養に)


さて、毎年のことなので、特に変化のない時は命日の記事はUPしないわけですが、
(たとえば昨年とか(笑))
今年は大きな変化が!!


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岩瀬家のお墓へ通じる道にこれが立っているわけですが、
やけに周囲がスッキリ!!!

どうも後ろの木を切ったようです。

お陰で、「岩瀬肥後守墓通」が実にわかりやすくなりました☆

皆さんも雑司ヶ谷霊園へお運びの際には、ちょいと岩瀬さんところへも
寄ってやっておくんなさいまし。
結構寂しがり屋さんだと思うので、歓迎してくれると思いますヨ♡
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by aroe-happyq | 2014-08-17 09:54 | 外国奉行ズ | Comments(0)

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伊庭八郎の上洛日記「征西日記」は、別名「幕末るるぶ in京都」と言われる、
京都めぐり日記ともいえます。
(もちろん、それだけじゃありません。しっかりお勤めに励んでおりますです)

いつも拙ブログがお世話になっている、ブログ「Go Plain!」のAkiさんが、
2年の歳月をかけて、「征西日記」で登場する京都名所のガイド本を出されました☆

なんと、なんと!全編フルカラーでとにかく読みやすいんです!!!!

そして、↑画像をみるとおわかりになるかと思いますが、表紙がさらっとシンプル!

これはですね、この本を京の街角で出しても、一見してガイド本に見えない!!
だから恥ずかしくない!!!(お上りにみえない(笑))、
という素晴らしい、読者への配慮ゆえに、シンプルにしたのだそうです。
(さすが、Akiさんっっ。京都旅に慣れているからこその、気遣い♡)

内容を詳しく話したいところですが、それはここではやめておきましょう(笑)。
でも、この1冊で、伊庭八郎と一緒に京都旅気分は、間違いなく味わえますヨ
(ラストには、伊庭八郎の京都滞在全行程表まで! これも凄い~~っ)

こちらの本は現在、通信販売受付中とのことですので、
本について、また通信販売申し込みについての詳細は→こちら
のページでお確かめください♪

わたしは京都に行く際には、永井尚志の漢詩(京都観光部分(爆))とともに、
この「はちたび」を持って行こうと思います043.gif
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by aroe-happyq | 2014-08-16 14:41 | | Comments(0)

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新宿を歩いていたら、こんなポスターを見かけました☆

四ッ谷にある、新宿区立新宿歴史博物館で開催するそうですヨ!


新宿区立新宿歴史博物館特別展予告ページ→こちら

【会 期】9月13日(土)~11月24日(月・振)
【時 間】9:30~17:30(入館は17:00まで)
【会 場】新宿歴史博物館 地下1階 企画展示室
【休館日】9月22日(月)、10月14日(火)、10月27日(月)、11月10日(月)
【観覧料】一般300円(常設展とのセット券は500円)、中学生以下無料
※団体割引:20名以上で1名150円


こちらの博物館はまさに高須家のあった、四ッ谷荒木町そばにありますので、
お帰りの際は、ちょっと高須家を偲びながら、散策などがおススメです。
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by aroe-happyq | 2014-08-15 18:23 | 広く幕末ネタ | Comments(5)

アギーレジャパン。

さらば、ペケルマン(笑)。
(日本サッカーに詳しくて、日本代表監督に手を挙げてくれただけで嬉しかったよー!)

そしてアギーレ、いらっしゃ~~~~~い(笑)

ちょっと前のメキシコ代表はかなり堅守のチームだったので、
それを率いていた人が日本へくるのだから、やっぱ堅守になるんだろうなと
思っていました。
とはいえ、今どき守ってるだけじゃ勝てないので、
全員で守って、攻めるサッカーになるようです。
(うーむ、ザックも同じようなことを言ってたのだが(爆))

ま、4年間がんばっても、W杯期間中にチームのコンディションが良いかダメかで
天国or地獄になるわけなので(今回は地獄った)、
タイミングとか、運が味方する監督でありますよう、お祈り申し上げております。

うーん、それだけかな~~~~(笑)。
なんだか、思い入れは、今回は薄い・・・・・。
(だって、ペケルマン推しだったんですもん)

ただ、今は大人しくしているアギーレさんがいつキレキャラ大魔神に変身するのか、
(だって、お顔が怒ったバージョンの大魔神に似ているんですもの)
ちょっとその日が楽しみです(おいおい)。
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by aroe-happyq | 2014-08-12 10:32 | ほんの世間話 | Comments(0)



この前、来日してましたが、
こういうプロモ映像を作っていたのですね(笑)。

西遊記~はじまりのはじまり~公式サイト→こちら


日本語とかも喋って、なんかすごく頑張っている感が、
なぜか秋の鰯雲を眺めるかの如く、もの悲しいのはなぜ?

でもさ、この西遊記にはシンチー、ほとんど出てないんだもの。

たまには役者に戻ってきてくれないものか。

と、つい先週、唐伯虎DVD(この映画、大好き♪)で久々にみちゃっただけに
余計にさみしい~~~~っっ
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by aroe-happyq | 2014-08-11 18:05 | 香港&アジア映画 | Comments(4)

今回の勝さん記事は、なぜか激マイナー人物の登場です。

勝海舟さんの友人(と呼べる人は結構少ない)の紹介は、
かなり前の箱館の豪商・渋田屋利右衛門に続く第2弾ですが、
今回も「誰それ?」系であいすいません(笑)。
・・・・勝さんの友人、面白い人が多くて、一時期かなりマイブームだったもので、
これだけで記事がいろいろ書けちゃうのです♪

ということで、
岡田新五太郎さんについて、今のところまで調べたことを書いてみたいと思います。
(まだまだ調査続行中なので、今後わかったことがありましたら、追加させていただきます☆)

で、岡田新五太郎って、誰?・・・・・・って感じですよね。
幕末ドラマに顔を出さない人なので、この記事で初めて名前を知った人も多いと思います。
確かに岡田さんは、勝海舟関連の書物にしか登場しません。
それも主に長崎に滞在中の勝への書簡情報です(あと海舟日記に数カ所)。
講談社版の勝海舟全集別巻『来簡と史料』に収録されております。
勝のほうから岡田へ出した書簡を合わせて読むと、二人のやりとりがよくわかります。

しかし、岡田が出した勝への手紙に、安政年間の江戸の情報がけっこう満載でして、
岡田さんには感謝しきりだったりいたします。
つまり、この記事も、かなり個人的な新五太郎さんへの恩返し企画の色合いが濃かったり
するのであります(笑)。

ま、とりあえず、書簡やいろいろな情報をもとに作成した、
プロフィールからまいりましょう☆

岡田新五太郎 

年齢不詳 ?-文久2年11月16日
住まい:青山御台所町 
家族は姉ひとり。独身(らしい)。
松崎 慊堂の門人だった。
麟太郎と共に蘭学を学んでいた。

安政2年 小普請組奥田支配
安政2年10月15日 勘定出役 海防掛
安政4年5月 大砲鋳立小筒張立御用 海防兼務
      7月 亜人参府御用取扱
      10月11日ごろより、蕃書調所に詰める
安政5年1月11日 貿易筋御用
        27日 領事官参府御用
安政6年10月 如何之趣 差控

上記の仕事内容をみると、おそらくですが、
安政2年7月末に勝麟太郎が長崎海軍伝習所へ派遣されることがきまり、
そのひと月後に江戸を旅立つ際に、
懇意にしていた目付の大久保忠寛や岩瀬忠震に、友人の岡田を推薦して出掛けた
ように思われます。
岡田はその後、蘭学の素養があったことから、すぐに海防掛(外交と貿易担当)となり、
その後、ハリスの江戸出府の接待掛になっております。
(つまり、岩瀬や川路、永井などと一緒に仕事をしていたのデス♪)

ただ、安政6年ごろから体調を崩したのか、仕事を辞めており、
その後、文久2年11月16日に病で亡くなっております。
この日の海舟の日記には、

今朝、岡田新五太郎、死去の報あり。故に宅を訪う。岡田、学を松崎慊堂に聞く。
博覧強記、わずかに司農局の小吏となり、終に志を得ず。
惜しむべく、歎ずべし。往時二十年前、予と共に憤発して洋書を読む。
中頃病んで終に業をとげず。しかれども、学甚だ博く、幕府中の畸人なりしが、
碌々として鬼籍に入る。吾人またかくの如くなるべし。

(『海舟日記 (一)』 26P 江戸東京博物館)

天保年間からペリーが来航するまでのあいだ、蘭学者はシーボルト事件や蛮社の獄もあり、
異端者扱いされて、世間の片隅でじっと世間の冷たい目にさらさらながら耐えていました。
勝麟太郎にとって、岡田新五太郎はその時代、共に苦労しながら、懸命に蘭学を研究する
日々を送った、かけがえのない同志だったのでしょう。
かなり強い思い入れのある友人だったように思います。
(談話によると、麟太郎が蘭学をはじめるとそれまで付き合っていた友人はみんな離れていった
とか。そうして孤立したなかで出会った友人岡田は、紛れもなく真の親友だったのではないでしょうか)
岡田さんが勝よりも長生きしてくれていたら、勝の素晴らしい伝記など書いてくれたのでは
ないかと・・・・・。そうしたら、福沢諭吉の「瘦せ我慢」などの悪い評判を吹き飛ばしていたに
違いなさそうなのですけどネ(笑)。

さて、ここから第2章がありまして。

勝海舟は、蘭学の同志である新五太郎に報いようと、亡き後の岡田家を、
なんとか存続させようとしまして、そのための奮闘劇が始まります。

安政初期は独身だった(ハズの)岡田さん、勘定方へ出役後に妻を娶ったのか
不明ですが(実の娘でもいないと養子縁組は面倒なハズ)、
あるいは独身でもかまわず!? とにかく勝マジックの力業によって、
文久3年、奥祐筆の滝村小太郎の末弟を養子として岡田家へ入れ、
岡田斧吉と名乗らせます。

岡田斧吉???
もうピンときた方がいらっしゃるかと存じますが、
そうです、かの遊撃隊の暴れん坊として名を馳せた、あの岡田さんです。

岡田斧吉はつまり、勝海舟の親友・岡田新五太郎の養子だったりします。
ただ・・・・・学者肌の養父とはうってかわって、武闘派のお子さん。
どこからみても、血の繋がりは感じられない、正真正銘のわかりやすい養子縁組関係(笑)。
いやはや、海舟さんも思い切った選択をしました。

ところが・・・・・こんなに苦労して岡田家へ養子に入れた岡田斧吉ですが、
数年ののち、わずか22歳で、箱館戦争で戦死してしまうのです。

しかし勝サンはあきらめません。
今度は自分の男子、四男・七郎義徴を岡田家へ入れるのであります(笑)。
(どうでしょう、この執念!? それとも亡き友への思い入れの暴走??)

・・・・こうして岡田家は続いていくことになったのでした。


というわけで、今回は勝海舟の友人、岡田さんはこんな人という紹介をしてみました。

次回は「岡田書簡にみる安政年間の江戸あれこれ」の予定です☆

岡田新五太郎というフィルターを通した安政年間の江戸情報ですが、
ぽつぽつここだけに出てくるレア情報もあるので、ちょこっとだけご期待ください!!(笑)
(ちなみにそのレア情報、さほど大勢に影響があるネタではありませんのであしからず(爆))
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by aroe-happyq | 2014-08-09 14:25 | 長崎伝習所系 | Comments(2)

八朔の「8」

2006年の八朔のこの日、拙ブログがオープンしたということで、
毎年勝手に祝ってまいりましたが、
今年はとうとう~~っっ、「8」年目突入!!

末広がりの「八」という縁起の良い数字まで、よく続いてきたな!と(笑)。

ここ1年、記事を貯め込みすぎて、発表タイミングを失してはボツにしているので、
ええ~~と、8年目は、もうとにかく貯めないでとりあえず更新しちゃう方向へ
方針を変えたいと思います☆
(もう、今みたら、更新していない記事がわんさかある・・・・・(汗))

そんなわけで、これからもぽつぽつと記事を書き続けていく所存でございますので、
よろしくお願いします~~~~っっ

そして、こんな更新の少ないブログに通ってくださっているみなさま、
ありがとうございます~~~っっ
と同時に申し訳ありませーーーん!!!(頓首×2)
近頃、あまりに内容がコアすぎて、記事にしても一般性とか公共性がなさすぎでは
ないかということで、記事を書きかけ途中で自主規制してしまいがちですが(笑)、
今後はもう少し、更新するゾと、頑張ります~~~~~っっ
(・・・・・・と毎年8月1日には思うのですが、なかなか時間がとれないんで~~~っっ
言った放しになってしまったら、スイマセンーーっっ)

ただ、ひとつ愚痴を言わせていただくと、最近このエキサイトブログが
いろいろ変わってきて、障害が多くてですね、新規投稿できない日が
それなりにあるんですよ~~~。
で、かなりオットットとやる気が削がれまして、記事UPできないなどという
事情もございます。
・・・・・やはり、引っ越すか・・・・・・(1分沈黙)・・・・面倒だ・・・・・・・(笑)。

そんなこんなですが、東都アロエいちおう、まだまだ続行しまーす♡



東都アロエ管理人 はな。 
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by aroe-happyq | 2014-08-01 09:36 | ほんの世間話 | Comments(2)