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アジアンエンタメ&お江戸後期。外国奉行や長崎海軍伝習所がご贔屓☆ BYはな。

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ご無沙汰しておりますっっ。

いくつか書きかけの記事は10月になったらUPの予定です☆

というわけで、本日はわが愛する映画の3D版???が
できたらしいというお話でございます。



日本タイトルだと、ええと「グランドマスター」こと「一代宗師」。
日本ではあんまり話題になりませんでしたが、アジアではなかなかの人気で、
映画賞もたくさん受賞中(現在進行形)。
人気があるということで、監督念願の3D版を作れたらしい。

わたしなどのマニアな王家衛ファンとしては、さっさと新しい映画を作らんかい!
と思ってしまうのですが、自分の映画をとことん愛してしまふ監督は
またぞろ続編を・・・・・なんて言っている(笑)。
(そういう同人作家的体質なところがこの人の持味なのだろう)


それはそうと、今、胸を痛めていることといったら、香港のデモです。
天災が日本でたくさん起きて、こちらも胸が痛むのは同じですが、
政治の理不尽は人災ですから、直そうと思えば直せるハズ。
それができない苦しさが、とても見ていて辛い。

デモを中高生が呼びかけたっていうのが、またせつない。
(彼らは自分たちが大人になった頃の香港のことが心配なのだ)
北京政府は巨人のようにそびえ立っていて、今回のデモの要求を飲ませることは
すごく厳しいと思いながらも、
香港市民の民主的な政府の維持と、経済都市としての安寧をひたすら祈るばかり。

だって、この東アジア界隈で、わかりあえる価値観を共有できる数少ない人々
こそ、香港の人たちだもの(台湾も忘れていませんけど)。
・・・・・他がね・・・・・・もう・・・・ねぇ・・・・・(遠い目)。

とにかくいつまでも香港は香港らしく居て欲しい~~~っっ。

で、話は戻るけど「一代宗師 3D版」の日本公開は・・・・ないよね、たぶん(涙)。
うん、いいの、ちょっと言ってみただけ・・・・・。
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by aroe-happyq | 2014-09-30 19:03 | 香港&アジア映画 | Comments(2)
四ッ谷荒木町そばにある、新宿歴史博物館で開催中の
「高須四兄弟」展に行ってきました☆

博物館特別展サイト→こちら

それほど大きな展示スペースのある博物館ではないので、
大きな展覧会ではありませんが、
高須家初心者のわたしにとっては、けっこう充実した内容でした。

容保公、定敬公は経歴などわかっているほうですが、
あとの2人について、尾張藩主をかわりばんこに継がれたりして、
ちょっと頭のなかでぼんやりしている点があったのが、このほど解決できて
たいへん勉強になりました。

とくに昨年、生麦事件について調べていた頃、
上洛した家茂のかわりに、京からお留守番に江戸へやってきて、わけもわからぬままに
生麦賠償交渉に巻き込まれてしまう、気の毒な尾張公に同情愛がわいたのですが、
そのおりの御殿様は次男さんのほうなのね、とか(笑)。
(次男さんとは、尾張茂徳のほう。のち玄同、そして一橋茂栄になる人です)

そ、それから長男さんの尾張慶勝のコーナーで知ったのは、
水戸のみならず、尾張家までが延宝4年以降、尊皇家だったこと。
御三家中、二つもかよ(紀州も微妙だしな)とくると、徳川家を味方してくれる身内は
御三卿と会津家だけってこと!? 
・・・・・・いえ、これは慶勝の行動をみてればわかってはいたけど。
そして江戸開城時には「この裏切り者め」と旗本御家人にえらく憎まれていたのも、知ってたけど。
でも延宝年間(綱吉が将軍になった頃。つまり、8代将軍をめぐって紀州と尾州が競うずっと前)
から「朝廷のミカタ」だったと知ると、なんともショック。

ところが、図録の論考(これまた、実にしっかりしていて素晴らしい文章ばかり)によると、
慶勝公は、関東人として強い矜持を持っていたのだとか。
(戊辰時の旗本御家人が聞いたらマジ「じぇじぇじぇ」だとおもふ(笑))
ま、関東人というか、四ッ谷荒木町人といいますか。生まれ育った土地が大好きだったようです。
(・・・・たしかにお墓も新宿区にある!)

とまぁ、いろいろと四兄弟について知ることができて楽しかったです。

たったひとつ。展示されている容保公のお写真のところに「イケメン大名」とか貼ってあるのには
ちょっと笑ってしまいました。いや、今更だし・・・・・。
もうこの方が美しいのは万人が知っていますワって(笑)。
でも、わたくし・・・・・告白しますと、その容保公のナナメ2メートル前ぐらいに置かれていた、
でっかく引きのばされた、煙管をもってポーズをとってる慶喜サマのポスター並みの大写真に
改めてみとれてしまいました(爆)。ああ、「イケメン将軍」って(汗)。
(忙しいなか、わざわざ資治通鑑とかならべて、あーでもないこーでもないと撮影したすべてが素敵)

さて、ここで四兄弟とはちょっと離れたところで、びっくりしたのは、
四ッ谷御先手組組屋敷・・・・・・・。
慶勝公が撮影した、実家の高須家から養家の尾張上屋敷方面のお写真に写っていたのです。
ふつう、与力や同心の組屋敷というと、八丁堀の町方同心・与力の組屋敷の感じを
イメージするじゃありませんか。
そ、それが・・・・この高須家と尾張家に挟まれたエリアにある御先手組組屋敷は、
茅葺きの農家(戸建て)が庭(か畑のなか)に点在している形式で、どーみても、
江戸の武家が住んでいる屋敷にはみえず・・・・、ただの農家。
(実際にお見せしたいのですが、図録から撮影しようとしたらどうも映りがわるくて)
四ッ谷御先手組組屋敷って、池波正太郎の「鬼平」ではレギュラー同心たちの住まい
という設定ということもあって、忠吾ん家ってこんなダサいのか・・・・・・と(笑)。

小さい規模ではありますが、四兄弟の育った高須屋敷についても地元らしさを発揮して、
珍しい地図などもいろいろ展示しており、また図録もしっかり作られていて、
見応えのある、良い展覧会でした☆

帰りには、ついでに高須屋敷だったエリアをちょっと散歩しました♪
(博物館内、常設展示入り口の机に四ッ谷エリアマップが置いてありました。
これをみれば、迷わず策の池にもいけるかと思いますヨ)

ちなみに、高須屋敷内にあった策の池等々の以前の記事は→こちら
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by aroe-happyq | 2014-09-18 11:01 | 広く幕末ネタ | Comments(8)

準備中でした

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新宿区歴史博物館の二階にある図書館へ行きました。

閲覧室がほぼ貸し切り状態になるので、
じっくりと史料本を調べたいときや、
たくさん複写したいときに利用しています。

で、行ってみたところ。

特別展に向けて準備中でした。

まだ販売前ですが、
すでに図録も出来上がっており、
実物をみかけました(笑)。

なので、たまに初日に張り切って行ったら、
まだ図録が出来上がっていなかったという、
悲しい特別展パターンにはなりません。

初日から安心して出かけられそうです☆


という報告でした!(笑)
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by aroe-happyq | 2014-09-09 17:20 | Comments(2)
いささか、出遅れました(笑)。

昨日の新聞を賑わせた、素晴らしい発見の記事!

ヤフーニュース→こちら

いつか、西本願寺でも、こうして幕末の史料が整理される日がくると
信じておりました。
とくに新選組と寺院側との具体的な交渉の過程がみえてくるというのは
本当に素晴らしいことだと思います☆

「新選組」などの著書のある歴史家の松浦玲さん(日本近代史)の話
 西本願寺側の当時の記録はこれまでほとんど知られていなかった。
想像するしかなかった隊士たちの具体的な姿が時系列も含めきちんと裏付けられ、大変興味深い。


松浦氏のおっしゃるとおり、歴史のなかに生きる新選組の姿が
少しずつ、こうしてみえてくるようになったのは、なんとも有り難いことです。

わたしなどは、大目付・永井尚志の方向から、江戸晩期の京の状勢に関する史料を眺める
ことが多い(ので、その分新選組の内情には疎い)わけですが(笑)、
前にも書きましたとおり、京都の政治中枢にも響き渡るぐらいに近藤勇の政治力は凄くて、
(ちょっと大きな政治的な動きがあれば、かならず朝廷や二条城周辺は「近藤はどうコメントした?」
みたいなことを気にするような、そういうのです)
その影響力も半端ない様子がみえていたので、トップがこのレベルなら、
もちろん副長の土方歳三なども、かなりの交渉人でなくては一個の組織として
辻褄があわない、と勝手に想像してきたのですが、
今回の本願寺史料によって、「ああ!やはり」と胸を撫で下ろした次第です。

ただ、記事の内容の最後のあたりですが、
「西本願寺に駐屯していた頃は新選組の結束力が弱まり始める時期。
土方が引き締めに必死になる様子が浮かぶ」

てなコメントもみえたのですけど、さて、これはどうだろう?
元治2年ていえば、まだ幕末京都動乱編(笑)のはじまりじゃないですか。
わたしが「近藤の政治的発言力、新選組の影響力すげー」ていってるのは、
慶応になってからなので、むしろ西本願寺にいった時は、まだまだ新選組の黎明期で
これから頑張ろう!というフレッシュな時代かと思うのですが・・・・・。
(それゆえに結束力は弱いかもですけど・・・・)
もっとも、大きな組織になったことで、土方副長の役目はますますたいへんそうでは
ありますっっ。

なにはともあれ、じわじわと新選組が歴史のなかに戻っていく、
そういう実感ができて、嬉しい記事でした♪


※そうそう。なんでここで大目付・永井尚志が出てくるのかと
ご不審に思う方には、こちらの記事をご覧いただきたく→こちら
(新選組とは不思議な縁のあった、永井翁でした・笑)
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by aroe-happyq | 2014-09-04 10:09 | 新選組! | Comments(4)
先週に続いて、今週のモンティパイソンライブ(後編)も凄かった・・・・・。

まさか・・・・・・

まさか・・・・・・

ホーキング博士がすんごい後方から車いすでうぃーんってやってきて、
そして若い学者さんを轢いてった(大爆笑)


しかもホーキング博士の言葉が歌に!

さらにさらに、ホーキング博士はライブ会場にも来ていた!!!

なんてサプライズなんだ~~~~!!!


いや、「まさか」の「サプライズ」はまだありました!!!

そうです、まさかの「スペイン宗教裁判」が舞台でもみられるとわーーーーっっ


でもちょっと思ったのは、われらの武器は2つ、・・・・・いや3つだ!
といちいち、間違えるわけですが、
40年前だと「この坊さんたち、バカなんだ・・・・・」という受けとめになりましたが、
今だと「この坊さんたち、モウロクしてるわ、早く隠居しろや」という
なんだかリアル感が出てしまい、若干のせつなさを感じてしました(笑)。

そのほかも、懐かしいコントが目白押し♡
さすがに「バカな歩き方省」は・・・・・・・年齢的に無理ですよねっっ。
ちょっとみたかったんですけど・・・・・。


そしてモンティパイソンの名曲、「 Always Look On The Bright Side Of Life 」で
エンディングがしめくくられました。

この曲、ちょっと落ち込んでいるとき、なんだか励まされるんですよねっっ
大好きな曲です!

↓ちなみにこの曲。CMなんかでもおなじみかと♪



しかし、モンティパイソンから40年ですか。
この程よい毒と絶妙なセンス。
残念なことに、この40年、このモンティ以上のものが生まれていないのが哀しい。
いや、これからだって遅くはない。
全世界のTV界よ、どうかモンティパイソン以上に面白い番組をつくって、
BBCを越えてください(笑)。
わたしはその日をずっと待っています!!!!
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by aroe-happyq | 2014-09-01 10:06 | ほんの世間話 | Comments(2)

アジアンエンタメ&お江戸後期。外国奉行や長崎海軍伝習所がご贔屓☆ BYはな。


by aroe-happyq