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東都アロエ

現在、六本木で開催中の「原安三郎コレクション 広重 ビビッド」展に行ってきました。

公式サイト→こちら

〈六十余州名所図会〉と〈名所江戸百景〉がメインの展示でしたが、
いずれの錦絵も、初摺のうえに状態がよくて、色彩の鮮やかさが眩しいほどでした。
まさにびびっと!(笑)

広重の元絵がいいのはもちろんですが、しかし錦絵は彫り師、摺り師の腕も大切。
三者の名コラボの作品の数々は、眼福以外の何ものでもありません♪
素晴らしかったです☆

とくに海、空、川、滝の「青」のぼかし!グラテーション!!がホントに素敵でした。
(さすが、海外でも評価の高い「ヒロシゲブルー」です←って今回初めて実感!!)

そして愛してやまない〈名所江戸百景〉も、スバラシイ!!!
江戸博でみたのよりも、色が鮮やかで、痺れました♪♪

しかしです。
〈六十余州名所図会〉は嘉永6年7月~安政3年5月にかけて出されたそうで。
嘉永6年の7月といったら、前月にペリーが来て、将軍家慶が亡くなって(喪が発表されるのは後だけど)
けっこうたいへんな時期に、この大作シリーズを開始しているのが、ちょっとすごい!

〈名所江戸百景〉のほうは安政3年2月~安政5年10月にかけて出されたもので、
これは安政2年10月の江戸地震をうけて、いわば江戸復興応援企画(笑)みたいな意味合いが
あって、江戸のあちこちを美しく描いてくれています。
ただ安政3年9月に広重が亡くなってしまったので(コロリですって(涙))途中で中止になりましたが、
もし元気に存命していたら、もっとたくさんの作品がみられたかもしれません。残念ですっっ

ほかに国芳や北斎の名所図会もちょこっと展示されています。
広重との比較なんかも楽しいです。

東京では、上野の若冲展が激混みでたいへんなことになっていますが、
(もちろん3時間も並んで行く気はなし。そんな根性はなし(笑))
ほどほどの混雑の広重展はなかなかオツでありました☆
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by aroe-happyq | 2016-05-25 18:17 | 江戸東京あれこれ | Comments(2)

ブラタモリ、まさかの3度目の横浜でした(笑)。

で、学芸員さんには却下された、「ムリヤリシティ 横浜」。
いやいや、これそのまんまじゃないのか!?これでいいじゃん!!

今や東京に続く第2位の都市、横浜ですが、
もともとはただの細長い寒村→でっかい出島だしね☆

そもそも、横浜プランには井伊直弼は関係なく(ここはかなり重要)、
むしろ横浜埋め立て含め、神奈川港をはじめとして開港そのものに反対だったのが
井伊大老です。
大老就任数ヶ月前に、堀田正睦に提出した日米修好通商条約締結に反対する意見書
なんか、すごいですよ(『井伊家史料5』378P~)。
切支丹の容認は絶対反対、なぜならそんなことしたら日本じゅうに潜伏
している切支丹が蜂起するとか、江戸を開市して外国人が住めば日本人が江戸から離散する
とか、ちょっとこの人大丈夫?安政のとらんぷ候補??って具合なんですもの。
開国大老なんつって横浜に銅像立ってる直弼さんですが、実はこんなふうに国学徒で、
バリバリの尊王攘夷ちゃんなんですョ。

で。この大老を尻目に、「横浜出島計画」を強引かつムリヤリ押し進めたのは、岩瀬忠震さんです058.gif
まさに企画・立案者でございます。
途中で井伊大老に左遷されちゃうので、ほかの外国奉行が引き継ぎましたが、
(初期外国奉行は全員で埋め立て前に横浜へ視察に行っているし。共犯です)
番組でも取り上げていましたが、ハリスに横浜も神奈川港だと言い張った人たちです♪

さてその番組では省略されていましたが、突貫工事で造った出島の横浜は、
完成直後は誰も住みたくない空き地でした。

日本人町が最初にできますが、それも日本橋界隈の大店が
江戸町奉行所の命令で横浜に支店を出店させられた「ムリヤリ」移住。

で、肝心の外人居留地ですが、これも不人気。
「出島には住みたくない。なにか変事あらば外国人をここへ押し込めるつもりだ」
とさすが、核心をつく反対意見でして、まっさきにオランダが領事館を造った以外、
英仏米などなど、みなさん江戸か、神奈川宿に領事館・公使館を設けました。
ただ、開港しばらくして、横浜に外国から商人が来るようになり、その家族が住むように
なると、領事館が増えて、やがて公使館もぽつぽつ移ってくるようになります(文久年間)。
東禅寺事件で泣く泣く江戸を引き払い、横浜にあった領事館に身を寄せたイギリス公使館
や、放火によって江戸から移ってきたアメリカ公使館なんかも、住んでみると横浜便利じゃんって
ことになって、そのまま住みついたりしました。そんなもんですよね、町の発展過程なんて。
(ただ、生麦賠償問題で揉めたときは、日本人のいなくなった横浜では水も食糧も不足し、
外国人居留民はやはりここは出島だった!と痛感することになるわけですが(笑))

とはいえ、その後はだんだん発展して、今や東京に続く大都市です。

岩瀬は立案時に
、「アメリカで例えるなら、江戸はワシントン(政治都市)、横浜はニューヨーク(経済都市)とならん」
と言っていますが、
(大坂には申し訳ないのですが、天下の台所を横浜へ移そうとしたのも岩瀬です。西国大名対策ですな)
約160年して、それが現実になったよ、岩瀬さん!すごいや!!

でもね、横浜がムリヤリシティであることは間違いないです☆
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by aroe-happyq | 2016-05-15 10:14 | ほんの世間話 | Comments(4)

久々にフェイ・ウォン記事です。

昨年の11月、中国の大学生さんが自費で、フェイさんのシネポリ所属時代最後の新譜に
なるはずだった「幻のフルアルバム」を限定でリリースしていたのです。
(ジャケもちょうど97年に日本の「SWITCH」のフェイ特集で撮影された藤代冥砂氏のフォトを
使ったり、すごい情熱の入れようでした)

とはいえ、このアルバムに集録されている曲は、シネポリから2枚のミニアルバム、
そして2曲ほどはバラバラに2枚のベストアルバムに収録されており、幻ではありません。

今回のアルバム構成によると。(CDタイトルは「敷衍」)

01敷衍

02暗湧

03心驚膽戰

04守護天使

05守時

06不得了

07玩具

08我信

09自便

10約定

フェイファンなら「ああ、知っている」と思われるでしょう。
ただ、元々がこうして1枚のフルアルバムとして世に出るはずだった、と思うと
ようやくひとつに集められてよかったな♪と思います。

このほど、この自費リリースCDがテイストそのままに、Universal Music Hong Kongから
なんとSACDで公式にニューリリースされたのであります。

↓これがジャケです。
d0080566_1433811.jpg


懐かしいですよね~~~っ♪「SWITCH」のフェイ特集よかったなーーーっ
(背景に映っている北京の町並みもまだまだ素朴で)

yesasiaのページ→こちら


ユニバーサルが出したので、写真やフェイさんとの許諾関係もクリアしたはず、と思って
ようやくポチりました(笑)。
ミニアルバムもベストも持っているのに、ファンてホントにバカだわっっ(汗)。
(SACDって言葉に負けました)
でも90年代後半て、フェイファンとしてとっても良い時代だったんで、なんか懐かしくて~~~っ
(ついでに王家衛のサントラの再リリース版「重慶森林」CDもポチった(笑))

そうそう!
こうして「重慶森林(邦題では「恋する惑星」)」CDをポチった昨晩、
なんとなくEテレビのミュージックポートレートをみていたら!
満島ひかりさんを女優へ導いた1曲に、フェイの「夢中人」が出て来てびっくり!!!
歌手で女優でもあったフェイ・ウォンに憧れたのだとか。
たしかに「恋する惑星」のフェイはすんごく良かった!!王家衛、多謝!!!!
この映画の前に主演したTVドラマみたけど(「千歳情人」とか)フツーというか、
はじけているわけではなく、やっぱりフツーなんで(笑)、監督の力は偉大だな、と。

ホントは新作リリースだったらよかったんだけど、フェイさんの娘さんのCDデビューとかで
忙しいみたいなので、しばらくお預けかな??

というわけで、懐かしい曲たちのニューリリース情報でした☆
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by aroe-happyq | 2016-05-13 10:37 | 香港&アジア映画 | Comments(2)

前々から日本橋の上を通る首都高の高架はどけられないのか?
と景観的に美しくない(高架マニアは好きらしいけど)ので、
拙ブログでも何度かぼやいてまいりました。

今年の正月の、日経新聞に首都高の老朽化にともない、
江戸橋JCから竹橋JCまで地下化の計画があると記事が出ていたのですが、
まだ一紙だけなので静かに見守っておりました。

その後梨のつぶてで、あれはガセだったのか?と思っていたら、
久々に再び記事になっておりました。

久々の記事→こちら


日本橋を巡っては、上空を覆う首都高が景観を損なっているとの指摘があり、
これまでにも地下化を求める声があった。舛添要一知事は「地下化となると莫大(ばくだい)な
予算がかかるが、長期的な課題としては(地下化を)やりたい」と述べ、
5000億円規模とされる事業について今後、国などと議論することを示唆した。


舛添さんがいつまで都知事でいるかわかりませんが、
とりあえず、日本橋に空が戻りそうな話は頓挫していないらしくてホッとしました。
(五輪には間に合わないし、いつになるかわからないけど(笑))

それにしても「莫大な予算がかかる」「5000億円規模」と書かれても、
当初の新国立競技場のお値段で、いささか麻痺しており、それでできるなら、
なんて思ってしまいました。

あの高架がなくなると、日本橋川ツアーに日焼け止めが必要になる♪
(今はいらないですからね。秋冬は寒いっすよね)
それを思うとまたわくわくなのであります☆


ついでに……向島線でしっけ?あの高速もなんとかならないかしらっっ。
(地元の方もすんごい邪魔だっておっしゃっていたもので)
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by aroe-happyq | 2016-05-11 09:53 | ほんの世間話 | Comments(2)

しばしご無沙汰しておりましたっっ。

今回は久々に幕末外交について。
まだまだ誤解(というか無知)が多いのだな、ということで、咆えちゃうぞ!
というような記事です(笑)。

今回とりあげたいのは→こちら※PDFです

外交史料館で2年前に開催された「特別展示 マッサン展」に関するエッセイです。

マッサンの話→スコットランド→エルギン→日英通商条約交渉と話はすすみ、
(まったく驚いてしまうのは、エルギンの日英交渉の話をするのに、外国奉行も、
岩瀬も永井も水野の名も出てこないこと。普通、交渉の話をするのに英国側だけ書きますかね!?
わはは。無視しすぎ。さすが明治新政府の流れを汲む外交史料館!超ヤバイっっ)

で、問題はエルギンが持ってなかった全権委任状問題の箇所(P167下段)。

全権委任状については、エルギン卿の心配は杞憂であった可能性が
高かったと思われる。
二〇〇年以上もの鎖国に慣れ、外圧によって開国したばかりの日本人の中で全権委任状の
意味を知っている者が果たしていたであろうか。


答え:いましたよ。それもかなりの人数。

外交史料館って、外務省関連の施設ですよね。
外交に関わる日本人が、西洋人のことは褒めても、過去の、自らの先祖でもある
昔の日本人をこのようにバカにしてよいものだろうか?
いや、その前にこの人、幕末外交史を知らなすぎる(笑)。

さて、ここからもっとヤバイ。

ここで想起されるのが、後の岩倉使節団である。
使節団が条約改正のために米国を訪れた際、米国側より全権委任状の
提示を求められ、大久保利通と伊藤博文が急きょ帰国したことはよく
知られている。それより十数年前の日本側に全権委任状の重要性が認
識されていたとは思えない。


答え:認識されていましたよ

少なくとも、大久保や伊藤、岩倉のような外交訓練0の山出しより、
明治維新より十数年前の徳川直参のほうが、海外知識ありましたし、
ペリーの初回の交渉で全権委任状というものを知ってからは
その重要性を理解していました。

悲しいですね。現代の日本外交に関わる日本人がこの程度の歴史知識で外国に赴任したり
外交そのものを動かしている。
(どっちかというと、外国の外交関係者のほうが詳しいんじゃないのかしら。江戸のこととか・笑)

それにくらべて、日本外交の汚点ともいわれている岩倉使節団のほうをさりげなく擁護さえしている。
(しかもわざわざ徳川時代を否定したり未開扱いしてまで。短絡的すぎ~~~~~)

これが日本の現実なのかと思うと、
はぁ、おそろしや、おそろしや。
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by aroe-happyq | 2016-05-07 10:15 | 外国奉行ズ | Comments(3)