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東都アロエ

友人から教わりました情報でございます。


なんでも、NHKで黒木メイサ主演で、

スーパープレミアム「花嵐の剣士~幕末を生きた女剣士・中澤琴~」

平成29年1月14日(土)[BSプレミアム]後9:00〜10:29

というドラマを制作するのだそうです。

ニュースソース(NHKサイト)→こちら


た、たしか、中澤琴さんて、江戸に戻っていた浪士組のほうの人で、
新徴組に入っていた人ですよねぇぇぇぇ???
(あんまり詳しくなくてすいまそーん)

新徴組がドラマに出てくる日が、いよいよ来るのでしょうか??

そして赤い隊士服でさっそうと、江戸市中警備についてくれるのでしょうか♪
(江戸市民は、新徴組に無体を働かれても、それでも頼もしい存在として、ウエルカムでした♡)

嗚呼、楽しみです~~~~~~~っけども、
ま、それほど期待せずに、放映を待つといたしましょう(笑)

【追記】
そういえば、2018年大河、西郷隆盛だという噂がありますが、まじでガセであってほしいですね。
かつて「跳ぶが如く」ありましたけど、あれも大久保がいたからどーにか成立したわけで、
こいつピンで、主人公は無理だぜ?(笑)
だって、いつも「誰かの言葉に魂ゆさぶられて行動するタイプ」だもの。自分の絶対に譲れない堅い意志とかみえないもの。
そういう人は大河の主人公はやったらだめ。

だったら、榎本武揚を主人公にしたほうがよほど筋が通っていてかっけーよ、って
安倍政権は徳川方になど、死んでも主人公は渡さぬだろうネ。







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by aroe-happyq | 2016-08-30 19:51 | 広く幕末ネタ | Comments(2)

ブログの新しい編集&管理画面に慣れていなくて、操作をまつがって、気がついたらひとつ記事を消してしましたっ。
内容は、幕末を舞台にしたマンガについて、だったのですがっ~~~~~。

こういうときに限って、下書きなくって。

気を取り直したら、書き直したいと思いますっっ。

「なんかあったのか」と心配してメールくれた友人もおりましたが、
なんにもなくて、うっかりミスでした(反省)。スイマセン~~~~ッ。

以上、お知らせでございます。

(前の管理画面に戻ろうかしらっ。といってもサポートないとかいうしっっ)

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by aroe-happyq | 2016-08-30 10:31 | お知らせ | Comments(0)

いよいよ関ヶ原の戦いが迫る「真田丸」!

あの爪をかんでいた、伊賀越えで半泣きで走っていた家康公が成長し(笑)、ますます天下取りを狙う男にふさわしい、
いい仕上がりになってきました。
(天下を取ろうと決意するのに、本多正信による仕掛けが必要だったという、若干のヘタレさん振りが健在なのも◎)


来週は、とうとうその日が来てしまった、「犬伏の別れ」。

と、その前に。

34回で描かれた、三成への七将襲撃ですが、

むちゃくちゃ安土桃山時代に詳しくない、わたしのようなものは、ずーっと、ずーーーっと、
石田三成は家康屋敷へ逃げ込んだ、という通説を大河ドラマでみてきたので、そうなのかと信じてきたのですよ。

ところが、すでにこの説は2000年ごろの研究で否定されており、

三成が逃げ込んだのは、同じ伏見にある治部少輔丸という自宅だというのが、正しいのだとか。

おいおい!!!2000年以降の大河でも、黒田官兵衛のときとか、天地人とか、三成は徳川家康の屋敷へ行ってたよね!?

うわ~~~~、まんまと騙されていましたわい(笑)。


どーして、今回のように調べて描こうとしないのかね!??と思わず憤りが~~~~!!!


うーむ、こういうこと、幕末を舞台にした大河でもあるしなーーーー。

要するに脚本家の熱意の問題なのでしょうな。

だって、家康屋敷に逃げ込むかどうかで、三成の人となりがすごく変わるじゃありませんか。

今回の政敵家康をこれっぽっちも頼ろうとなんかしない石田三成のスジの通った性格に、惚れ申した!
三成さんて、こういう場合に狡猾でもなんでもない人なんだ。不器用だけどかっこいいぜ!!!

今まで誤解していてごめんな、石田三成!

と、西のほうへむかって謝ってみた、34話でありました。

三成といえば、彼は加藤清正にいったいなにを囁いたのでしょうね☆

それもいつか語られる日には、号泣ポイントになりそうですっっ。

友情といえば。マニアすぎる指摘でもあり、
恥ずかしいので書こうか迷っているうちに一週間が過ぎてしまったのですが、
前回の、真田丸33話「動乱」は友情と義の熱いお話でしたが、奇しくも新選組!の33話も「友の死」でした。
8月の後半、ふつうの大河だと中だるみしまくりのの時期に、三谷さんはいつもすごいのをぶっ込んできます。
さすがは、といいたいです。
そしてまんまと毎度、泣かされる、わたしも良き視聴者のひとりです(笑)。


そして、来週はとうとう真田父子スリーショットの見納めです。

この大河のいちばんの心のオアシスが、この父子の3ショットでした。

絶対的な信頼で、言葉にしなくてもすべてわかり合っている真田父子の絆がまぶしかったのですが、
次回、どのように分かれていくのか。

楽しみです!!!!(が哀しくもある)



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by aroe-happyq | 2016-08-29 10:01 | ほんの世間話 | Comments(2)

CDラックの奥のほうを久々に眺めたら、山口淑子のCDと再会しまして。

10年振りぐらいなので、新鮮な気持ちで眺めてみたら、うちのCDにも「七人の侍」の主題歌入ってた(笑)。
山口さんの歌声でなかったら、なんじゃこりゃーの歌でありんす。





※歌詞はこんな感じです。

旗のように 侍は
嵐の中 翻る
テフリョウフリョウ
ヒョウフリョウ
ヒヤルロアラヨヒョウフリョウ
苦しい時も さわやかに
悲しい時も うつくしく
名のみ憎しむ 我なれど
あわれは誰も 変わりなし

風のように 侍は
大地の上を 吹きすぎる
テフリョウフリョウ
ヒョウフリョウ
ヒヤルロアラヨヒョウフリョウ
昨日見し人 今日はなし
今日見る人も あすあらじ
明日とも知らぬ 我なれど
今日は人こそ かなしけれ


途中の「ヒヤルロアラヨヒョウフリョウ」なんて、
(おそらく風の表現ですよね??)
山口淑子だからOKなんですよね。
あの美声だから、許される♪
というぐらい、難しいのでは??

なんでも、この歌が歌手として、山口さん最後のお仕事だったらしいのですが、
はたしてそれでよかったのか!?


……なんか、この主題歌の立ち位置って、本編でまったく使われていないあたりが、
「風の谷のナウシカ」のイメージソング(唱:安田成美)的なものを感じるのは
わたしだけでしょうか??

だって、あの名作映画の七人の侍のエンディングに流してはほしくないよなーという印象なもので(汗)。
(余韻ぶちこわしじゃん!?的な??)






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by aroe-happyq | 2016-08-27 09:46 | ほんの世間話 | Comments(0)

BBSサイトに掲載されている現物は→こちら

16年まで、という中途半端なのは否めないけど、よくみると2010年までの映画が多いような。
やっぱ最近、世界的に映画の面白さがなにかで失われてきているのかも……。

で、アジア勢(日本も含む)がどうなっているのかが気になりましたので、みつけられたものをピックアップしてみました。
(漏れていましたら、ご指摘くださいませ~)

2位ウォン・カーウァイ「花様年華」(香港)

4位宮崎駿「千と千尋の神隠し」(日本)

8位エドワード・ヤン「ヤンヤン 夏の想い出」(台湾)

30位パク・チャヌク「オールド・ボーイ」(韓国)

アン・リーは、35位「グリーン・デスティニー」&40位「ブロークバック・マウンテン」(台湾だけど、仕事のベースは米国)

50位ホウ・シャオシエン「黒衣の刺客」(台湾)

66位キム・ギドク「春夏秋冬そして春」(韓国)


おやおやおや!???人民中国ないぞーーーーぉぉ??
これ、90年代なら、張芸謀、陳凱歌あたり出てきそうなものだが!??

それよりも、です。日本は実写映画のほうがみつからなかったのですが、誰かーっみつけて~~~っっ
アニメ1本だけかーーーーーーー!???

しかしです。
たしかに「花様年華」の公開時、欧州での受け入れ方がハンパなかった記憶がありますが、
フランスでのブームは相当でしたが、イギリスもでしたか!
わたしもこの映画の大ファンですから、こうして評価されているのはとても嬉しいのです☆

それから黒衣の刺客のランクインがめちゃめちゃ嬉しい!!!!
そうなんですよー、いい映画なんですよぅ!!!みんな寝ちゃだめだーーっ

これはあくまでもBBC目線のベスト100なわけですが、でもアメリカではないので
ハリウッド映画だらけになっていないのはありがたい。

そして……。
なんか、面白い映画ないですかねぇぇぇ。
大仕掛けでなくてもいいので、おおーっと思える作品です。
(2000年はじめまではたくさんあった気がするんですけどねぇぇぇ)

そんな映画との素敵な出会いを、これからも探していきたいなーっと。


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by aroe-happyq | 2016-08-25 19:32 | 香港&アジア映画 | Comments(2)

久々の阿部家の記事です。

といっても、語るのはわたしではなく、幕臣情報のプロフェッショナル、氏家幹人氏のブログ(歴史REALWEB)です☆

というわけでリンクはらせていただきます→件のブログ記事

どうも正弘さんの先祖さまこと阿部対馬守正邦は男が惚れちゃうタイプの美青年だったよし。しかも相手はストーカータイプのやばい人たちばかり(笑)。
まぁ、江戸初期は衆道が当たり前の時代ですから、仕方がないとはいえ……。一度ならず二度までも、危害を加えられそうに。

阿部家は代々とはいいませんが、たまーに美しい当主が現れるおうちだったのですね♪

しかし、正弘さんも江戸初期に生まれなくてよかったかも。幕末は衆道が廃れていてよかった……。

という、平凡な感想で締めくくりたいと思います(BLと幕末ってやっぱり、なんかそぐわないので、コメントし辛いっす)。






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by aroe-happyq | 2016-08-16 14:53 | 幕臣系(老中など) | Comments(6)

真田丸、とうとう大坂編が秀吉の死とともに終わろうとしております。

本編も面白いのですが、真田丸の場合、物語の背景に流れる、
長年にわたる戦国史の研究成果の惜しみなき投入がまた、素晴らしい。

昨晩の「終焉」では秀吉の遺言状問題が登場しましたが、
これについて、真田丸の公式サイトでは特集さなイチで、時代考証を担当されている
丸島氏のインタビューをのせています。


さて、そこで目から鱗だったのが、
豊臣時代の西日本では、官名で呼ぶよりも、偉い人に対しては名前を呼ぶ方が
敬意を表していることになっていた、というのです!

つまり徳川家康の場合、「三河守殿」ではなく、「家康殿」って呼んじゃうほうが、
家康を敬っていることになるらしい。

それが逆になるのが、江戸時代だと。

おそらく、漢籍を読んでいた家康からすると、やはり名前より「通称名」とか「官名」
で読んでほしいなぁと思ったのではないかと。
(豊臣時代は、いろいろ我慢していたんだな、この人も(笑))

さて、それで考えたのが明治になったときのこと。ずっと気になっていたのです。

前々から不思議だったのですが、明治になると名前を普段も使うようになりますよね。
通称名とか使わず、ダイレクトにお名前で。

たとえば、勝麟太郎義邦さんなどは、江戸時代では、義邦のほうで呼ぶのは父親ぐらいな
ものだったそうな。そのほかは麟太郎さん、と呼んだのです。
それが明治になると、新政府は勝義邦で通せという政策をおこないました。
(でも勝さんも、いろいろ違う名前にしていましたね)

大久保利通や井上馨など、西国の人はわりとすんなり、名前使いをしていたように
思いますが、江戸の旗本だったみなさんは、どうもそういうのになじめないのか、隠居名とか、
幼名で使っていた名前にしたりして、父からもらった本名を使いたがらない傾向があります。
もちろん、榎本武揚のように、どーんと名前使う人もいましたが。
(でも本人は釜さんて呼ばれるのを好んだらしい)

そこで、話は戦国の名前問題に戻るわけです。

つまり、西国の人はわりと戦国以来、名前で呼ばれるのに抵抗がなかった?

それに対して東国では、ずっと名前で呼ばれたくないなーという伝統があった?

うーむ、東西の文化の違いは、食文化のみならず、名前に関しても、こんなにあるのかと、
そんなことを真田丸のインタビューを読みながら、思ってしまいました。
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by aroe-happyq | 2016-08-08 10:41 | 広く幕末ネタ | Comments(2)

以前、「侍講成島甲子太郎と家茂 」という記事で、

例の釜さんの「ドロンケン」ですが、横浜英語でdrinker(酔っ払い)を指すらしいです。
(つまり横浜なまりの英語ってわけですね)
原典がまだみつからないので、ほんのメモ程度ということで。
↑みつかったら、また記事にいたしまーす。


と書いたのですが、なんと、偶然みつけました!

『横浜市史稿 風俗編』の606P、

酒にようを   どろんけん  Drinker


これは、『異国ことば 元治元年七月刊』を紹介したなかにあったものなので、
元治元年にはすでに、どろんけんは横浜では話されていたようです。


でも英語読みではなく、がっつりオランダ訛りですよね、どろんけんて(笑)。


というわけで、突然のどろんけん報告でした!

※『横浜市史稿 風俗編』は国会図書館のデジタルライブラリーでみられます♬
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by aroe-happyq | 2016-08-05 19:37 | 箱館または釜さん | Comments(2)

2006年8月1日に開始しました、この「東都アロエ」は、
無事!?なにげに??、2016年8月1日を迎えましてございます☆


めちゃめちゃ飽きっぽいわたくしが、こんなに続けられたのは、
この拙いブログを読んでくださったみなさまの支えのおかげです!

正直に申し上げれば、何度もやめようと思ったり、いろいろあって、
ブログ閉鎖ボタンを押す寸前までいったことがありましたが(笑)、
そういうタイミングで、とてもあたたかいコメントを寄せていただきまして、おおいに励まされ、
もうちょっと頑張ろう~と、そうした奇跡が積み重ねての10年でありました。

このブログの主な目的は、江戸時代の知られざる、素晴らしき徳川直参を中心とした人々を
紹介して、ひとりでも多くの人に知っていただきたい!ということだったのですが、
(って最近かなり脱線しておりますけれども)
これがわが力不足のせいで、なかなかうまくいっていないのが現状であります。

それに加えて、最近、ふと気づくと、幕末関連のブログやサイトが減っている印象でして、
そして新しいものも増えていないような感じで、それがまた非常に寂しゅうございますっっ。
(このブログを開始した頃はもう少し賑やかになっていると予想していたのですが、
どうもハズレました(笑))

10年たっても、あいかわらず徳川直参ワールドは、とっつきにくい世界のようです。
もったいないことです。
一度扉をあけたら、とてつもなく魅惑的で素晴らしい世界がまっているのですが(笑)。

そんなわけで、拙ブログでとりあげている人々は、流行ってもいないので、すたることもなく、
そのおかげか、調べていくうえでも飽きることを知りません。
底なし沼、という感じですが、それがもう楽しくてたまりません。

今までもこれからも新たな発見にわくわくしながら、そうしたもののなかで
皆さんに楽しんでいただけそうなネタを、これからもコツコツ提供していけたらと思います。
(近年、あんまりネタがマニアックすぎて、いまいち紹介しにくい方面を調査中なので
なかなかブログ更新ができません)

そんなわけで、地味で、ゆるやかなブログこと東都アロエを、
これからも、どうぞご贔屓によろしくお願い申し上げます。


東都アロエ管理人 はな。 拝
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by aroe-happyq | 2016-08-01 09:44 | お知らせ | Comments(10)