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東都アロエ

幕末カフェ

友人と酒もはいっていないのにおバカな話をしてしまった。

幕末居酒屋はあるけど、カフェはない。
では実際あったらどーするんだ!?

幕末カフェ。

カフェといっても、今流行りのコンセプトカフェ・アキバ系。
路地はいって、ビルの3階くらいにある。
のれんをくぐり、店に入ると、ドドーンと軽く太鼓がなる。
(海外の日本料理店のよーなチープさ・・・・・)
まずは裃の礼儀正しい侍が席に案内してくれる。

席に座ってメニューをみていると飲み物は、

ブレンド(ペリー)・・・苦みたっぷり威圧的な濃さ
ブレンド(ハリス)・・・粘り強いコクとまろやか
パークス・カフェオレ・・・複雑な味わい
ロッシュ・ティー・・・・エレガントなローズ風味
クルチウス・ココア・・・あまさ控えめ
禁裏グリーンティー・・・普通のお抹茶

ここからが問題だ。

攘夷サンデー
開国パフェ

のどちらかに、

尊皇クッキー
佐幕チョコ

をトッピングした瞬間、あなたを給仕するウエイターが決まる!

メイドカフェ以上に、その人になりきったウエイター登場。
なりきりすぎて、本人以上という噂もある。

坂本龍馬、土方歳三、伊庭八郎、高杉晋作が常駐。
日替わりで、中岡慎太郎、岩瀬忠震、西郷どん、榎本釜次郎、
        桂小五郎、大鳥圭介、井伊直弼(←なぜか)。

・・・・井伊直弼は、お茶をたてたり厳しい礼儀のなかにも風雅が香るウエイター。
   でも名門大名なのでそもそも給仕はヘタである。身内にイジメにあったので
   性格も暗い。開国大老といわれるが実は西洋が嫌いなので
   そういうランチを注文するとランチと聞いただけで不機嫌になる。 という設定。


ランチメニューもある。

新選組ランチ(関東風味付けのお惣菜たっぷり。京まんじゅうもついてくる)
長崎海軍伝習所ランチ(サンドウィッチがメイン。なぜかシャンパン1杯付き)
慶喜ランチ(一見すると普通のお重にはいった和食弁当・・・だが食べてみると
        見た目と違って次々とよくも悪くも予想外の味付けが展開)
薩長同盟ランチ(薩摩と長州の自慢の味が争うかのように並んだユニークな定食)
安政五カ国条約ランチ(米・英・仏・露・蘭の美味しいものが一品づつ出されるラン
              チ・コース。ただし味付けは19世紀のまんま)
徳川柳営ランチ(将軍の食事を再現。はっきりいってマズイ)



・・・・・とこんな話で盛り上がってしまいました。
ホントにマニアな会話です(汗)。
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# by aroe-happyq | 2006-09-11 19:26 | 広く幕末ネタ | Comments(0)

史実的に有名で二人を繋ぐもので、一番有名なのは広島出張でしょうか。
後藤象二郎に近藤さんを紹介したのも、永井でしたっけ。

ところがそれ以前から二人を繋ぐ赤い糸(爆)があったのです。
京都東町奉行として江戸から赴任してきた永井は、
壬生の医師大村さん宅を宿舎に定めたのでした。
(二条城近くの奉行所から壬生は近いので)

そして数ヶ月後、浪士組が京都にやってきて、
(浪士組を率いていた鵜殿と永井は共に元目付で同僚。岩瀬も
含めて三人で井伊大老に正面からはむかった無鉄砲三羽烏・・・・)
浪士組のなかの近藤たちは壬生に宿舎と定めた・・・・・。

まごうかたなく、二人はご近所さん(爆)。

しかも鵜殿と「久しぶり~」と面談したと思われる永井。
鵜殿「浪士組になかなか骨のある奴がいるよ」
永井「会ってみたいなぁ」
鵜殿「壬生にいるから、一度覗きにいってくるといいさ」
永井「え。壬生ですか」

・・・・・近藤さんが鴨と悶着している当時、すでに永井ことあやしいオヤジが
壬生八木・前川邸付近をうろうろしていたかもしれない・・・・。

あるいは怪我をしたという浪士組のみなさんが医師大村さんちに
担ぎ込まれたら・・・・・手当てを手伝ってしまったかもしれない。

と、ここまでは近所だった、というだけで膨らませた妄想。
以下は、ちゃんと記録に出ていることです。

永井の家臣の奥谷文吉による「永井玄蕃頭随伴記」によりますと、
(大村宅を宿舎にしたという話もこれが元ネタ)

永井が若年寄格となり、大きなお屋敷に引っ越してからの事。
彼は家来たちに夜は学問、昼が武芸の稽古を課していたらしく、
その一環として近藤先生が道場にきていたらしいのです。
近藤さんが新選組でお忙しいのに、永井家家臣に天然理心流の出張稽古をしていたのです。

そして永井の家来にはそんな近藤局長を慕って新選組には入隊してしまう
ものまで現れてしまいました(爆)。

後には、二条城の守りを水戸家と新選組がもめて、永井が双方をおさえて、
自分の持ち場の伏見奉行所に新選組を守備させて、近藤の顔をたてたり、
近藤が撃たれれば、松本良順を遣わして手当てをさせ、
しかも本当は永井が行かせたのを、近藤が元気になればと「上様の御命」で
派遣したと優しい嘘をついたり、とても近藤さんを大切している様子。

江戸に戻ったらあっという間に永井は朝敵扱いで職務も権限も剥奪されてしまったので
近藤さんの役には立てなかったけど、
そんなこんなで、とても気の合った!?永井と近藤局長でした。
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# by aroe-happyq | 2006-09-06 15:02 | 外国奉行ズ | Comments(0)

新選組!アジアで評判記

香港や台湾のサイトをちょこちょこみて回る事も多いので、自分の大好きな
新選組!はどんな風にみられているのかな(又はみられていたのかなと過去形で)と
気になり、今までときおり調べてきました。
(これらの観客がどういう手段で視聴しているかについては一切不問とす(爆))
ここではそれをコンパクトにまとめて記録として記しておきたいと思います。


2004年の中旬までは反応はほぼなく、ちょっと賑やかになってきたのは
2005年になってからだった気がします。
台湾のみならず、あちらこちらで(大陸でも、とか)感想を言いあい、
討論(!)している掲示板などが出てきたのはやはりDVDが出てから。
(繰り返しますが、これらの観客がどういう手段で視聴しているかは一切不問(汗))
そんなわけで、数字とか、そういうしっかりした調査ではぜんぜんないけれど、
ワタシが目撃してきたもの(とはいっても独断の入りようもなく)を発表させていただきます。

調査は台湾、香港、中国(大陸)、韓国。
(ちなみにワタシの中国語学能力は読むには不自由しない程度。
ハングルはできないので、翻訳サイトにかけてすごい日本語直訳
を参考に自分の人生経験により(笑)読解したものによる)


・・・・でこれが好みがすんごく割れていたのが面白い。


*台湾、香港、中国(大陸)、いわゆる華圏の組!ファンは、

ウルトラダントツ人気、山南さん!!!!

付いたあだ名が「菩薩総長」。
誰かつけたか、菩薩総長。どう伝播したのか、大陸でも台湾でも菩薩総長(共通)。
組!をみていた人々のなかで、もうすごい人気。
大人気、大好評、大好物(爆)・・・・といった感じ。しかも男女問わず。
(でも書きこみは女の子が多い気がしました)

もちろん、最終回よりも「友之死」の人気、最高潮。

哀しいのは、華圏ではいまいち人物の本質まで理解されていない、副長です。
副長というと「冷酷」という言葉が飛び交い、
「菩薩総長」の敵(注:わたしが言ったのではありませんっ)ゆえに「魔鬼副長」と
呼ばれ、どうして山南さんを死に追いやってしまったの~と非難の的に。
でもおそらく、副長の人物の理解云々を超えて、みなさん、山南贔屓なんです
(爆)。とにかく好きなんでしょう。
なんとなくわかっている感じの感想もなきにしもあらずでしたが、それよりも
総長の微笑みにやられてしまった、みたいでした。

もちろん副長のファンもいるのですが、こっそり少数派・・・・・・・です。


*そしてこれに対して韓国の組!ファン。

人気は真っ二つ! 土方歳三と斉藤一。

この二人に愛と感動が集中です。
あだ名はとくに・・・付いていないです・・・・・。
こちらのファンは「組!!」も漏れなくチェックしておりました。
日本で放映の日にすでに感想がUPされるあたりが・・・・・早い!
隣の国ですから、電波が風に流れていくのです。

男の志とか、誠とか、そういう話を語っていた感想文が多かったです。
そういう熱いままに、土方の生き様も、斉藤のポジションも、かっこいいという感じ
でした。(男の子の書き込みがどちらかというと多い印象です)

もともと、組!に限らず、アニメやマンガでも、
華圏・・・・眉目秀麗、体細い、王子様系、貴公子系、文人タイプを好む
韓国・・・・男は顔だけじゃない、熱くカプサイシン!?的、ニヒルなヒーローを好む

という傾向があるように思われていたのですが、
組!でもその好みがしっかりと反映されていたようです。


ちなみに局長はどちらの人気ランキングでもはじめから殿堂入りです。
(SMAPはやはりすごいのです)

沖田くんは山南、土方、斉藤に続いて好評でした。
(ティーンエイジャー女子には沖田君好きが多かった・・・)
でも今は香港で「デスノート」がヒットしているようなので、
引き続き公開する台湾でもヒットすると、この映画で藤原くんファンに
なった人が新たに「新選組!」を見だすかもしれない。
(もうしばらく組!アジアウォッチも続けるべきか・・・・・)


そして河合や武田などのちょっと脇っぽい隊士たち個々にもそれぞれ愛を感じる
ファンもいるし、いろんなキャラを予想以上に理解して視てくれててホッ、でした。
(副長だけは理解されない・・・・・?)

もともと新選組はゲームで知られているらしく入り込みやすかったようですが、
このドラマをみて江戸の雰囲気を感じたとか、東京に遊びに行ったとき、
江戸らしさを探してみたとか、サントラでドラマを偲んでいるとか、
そういう感想をみると、ちょっと「うんうんわかるわかる」なので嬉しくなります。


いくつかのサイトはまだ残っているので、これまでに見て歩いたサイトをここにリン
クしたいのは山々ですが、海外サイトですので控えました。
詳しくみてみたいという方は、ぐーぐるの言語ツールで、
中国語(繁体)と、国は、台湾、香港どちらか選択して「新選組!」で検索してみて
くださいね(香港はあまりなかったです)。
(韓国も、同じ要領で)ぶっちゃけ、台湾が一番オススメです。
荒っぽい言い方をすると、ここは繁体字(日本の漢字の旧字体です)であることと、
中文は中国語をやっていなくても、漢文を思い出すと、理解できないこともないから
です(汗)。

中国語(簡体)の、中国(大陸)のサイトはウイルスが多いので、充分に!厳重に!!注意してください。
(PCがたいへんなことになっても責任は負いかねます→うちの前のPCこれで壊れました)
それから無用な広告ウインドがドカドカ出てきたり、かなり気ぜわしい(汗)ので、
それも気にしないという方だけチャンレンジしてみてください。
(小さい声でいうとあまりオススメできない大冒険です・・・・・)
でもどうしても自分の目で確かめてみたい、という方がおられましたら、
連絡ください。


今までこういう組!あじあん評判記は内輪だけで楽しんでいました。
その当時のメールを探したのですが、一度クラッシュしたときに消えてしまったみた
いで
もっと詳しくいろいろおもしろ書き込み、とか紹介したかったのですが・・・残念ですっ。

でもこういうムーブメントがあること、海を越えて繋がっているみたいだよ、でも好みはいろいろなのね、ということだけ、お伝えしたかったので今回書いてみました。
(全キャラ好きとしてはとても冷静に眺めていましたが、さすがに副長には御同情申し上げました)

ちなみに自分も海外の史劇ドラマみるの・・・・結構好きです(笑)。
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# by aroe-happyq | 2006-09-04 09:54 | 新選組! | Comments(0)

F・ベアト写真集新装版

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古本屋で買おうかな~と思っていたベアトの写真集が新装版で出ていたのを知って1,2巻を速攻でゲットしました。

文久年間の日本の風景もあって、とっても新鮮です。
まだまだ江戸らしさたっぷりで、もう少し時代が下るとなくなってしまう、ゆるい生活感のある雰囲気が楽しめます。

殊に江戸城と、長崎の風景はなんだか、本当に素敵です。
パノラマ写真でみると、まるで自分がそこで街を一望できているような
錯覚に陥ります(爆)。
もっとボロボロになった江戸城しかあまり写真でみたことがなかったので、
徳川公儀として、その機能を果たしていたその生前(笑)の面影を
ベアトの写真だと色濃く感じることができます。

自分が東京で一番美しいと思う、半蔵門から桜田門にかけての
ゆるやかな坂、そして堀のループの景色がこの時代とそう変らないのだと
わかって、自分のなかで余計に好きな絶景ポイントとなっちゃいました。
(東京へいらしたら、是非この景色はおススメですヨ)

そしてまたまた思うのは、男性の髷のバリエーションの豊かさ。
時代劇だとおんなじ型ばがりだけど、
実際は個人でおのおの好きなヘアデザイン(爆)をしているのが
とても面白い。ちゃんと自己主張しているのだ。
リーゼント風のもあるし、半分だけ結い方をかえているのもある。
みんな、かっこいいぜ!

・・・といいつつ、
この本を編集した、横浜開港資料館にまた行きたくなってしまった。
(ここには木村摂津守の名刺のレプリカなど、愉快なものがたくさんあるのです)
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# by aroe-happyq | 2006-08-29 10:18 | 広く幕末ネタ | Comments(0)

元禄忠臣蔵 綱豊卿

国立劇場開場四十周年記念
11月歌舞伎公演「元禄忠臣蔵〈第二部〉」

《御浜御殿綱豊卿》
第二幕  御浜御殿松の茶屋
第三幕  御浜御殿綱豊卿御座の間
       同 入側お廊下
       同 元の御座の間
       同 御能舞台の背面


・・・・こ、これは。
いつの間にこんな美味しい公演が決まっていたのでしょうか。


元禄忠臣蔵といえば、溝口健二監督の映画が好きです。
戦争中にこんなにすごいセットで撮影してたの!?
とともに、当時の学者さんを総動員して時代考証も徹底。
長いし、凝りに凝りまくりで、
まさに元禄がそこに・・・・・という美しい(モノクロなのに)作品。

松の廊下の事件など、見せ場はわざと、遠くカメラは屋根の上から。
のどかなぽかぽかした、静かな廊下で、とつぜん、ちーさい人影が
ちーさい人影ともみ合っている!・・・・・まるで現代の監視カメラ映像
で偶然撮れた現場の一部始終!みたいなゾクゾクするリアルティー
があって、ああ、きっとこんな感じで、突然事件はおきて、
突然に藩はとり潰されていくのだな・・・と場面にケレンがない分、怖い感じなのです。
事件の目撃者的な感覚になるニクい演出です。

で、この作品が歌舞伎でかかるとどーしても劇場にいってしまうのが、
綱豊卿の段。
ほとんど忠臣蔵に関係ないのですが、綱豊卿ファンにはたまらない芝居です。

自分でいうのもなんですが筋金入りの徳川家宣ファン。
調べて調べて・・・・でも幕末のように史料がないので、
いまだ行きついていません。・・・とまぁ、それはさておき。

今まで、片岡仁左衛門さん、市川団十郎さん、市川染五郎さんの綱豊卿を
みてまいりました。

みなさん、とても素敵でしたが、
わたしの勝手なマニアファンとしての印象ですと、自分の綱豊さんは
この人だ!というのに未だ出会えていません(笑)。

なので、この国立の綱豊卿が誰が演じるかまだわかりませんが、
上記の三人の役者さん以外でしたら行かねばなりません。

ホント、綱豊卿目当てにいく元禄忠臣蔵ってどうよ?と
自問自答していますけど・・・・。
(あ、でも染五郎さんのとき、なぜか小泉首相もみにきていました。
帝王学云々とかTVで感想いっていたので、この人も綱豊目当てらしかった(笑)
でも小泉流と家宣流の政治はぜんぜん違う・・・・)

地味で目立たない家宣(綱豊)ですが、綱吉と吉宗という有名人に挟まれて
あまり大河でも、映画の大奥でもスルーされるし・・・・。

そんななか、この芝居だけは彼が主役なのです(爆)

この秋、久々に元禄(本当は正徳!?)魂が萌え、いえ、燃えそうです。
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# by aroe-happyq | 2006-08-28 14:32 | ちょっと元禄・正徳 | Comments(0)

よ・・・・ようやく、今回の仕事が終わりました。
長い無間地獄(爆)から這い出てきたら、朗報が!

シンチーが映画を撮り始めた。
しかも、今回は、製作・監督・主演・脚本・・・・・となんでも一人で
がんばるらしい。

たしか異星人と遭遇する話のはずだが・・・・・・・・。
発表されたタイトルは、『長江7号』。

きっとロケットの名前をひっかけた・・・・・・のね。

なんか大陸映画と見紛うギリギリな感じだが、
来年の夏の香港公開を楽しみにしよう!!!


といいつつ、今夜から「新選組!」2話観再開!
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# by aroe-happyq | 2006-08-26 19:31 | 香港&アジア映画 | Comments(0)

新選組!DVD再再再再鑑賞

世間がお盆休みだったりしますが、なんの因果か仕事中です。

仕事が煮詰まるとどうも眠りが浅い。
就寝前になにか自分にご褒美をやらなくてはならないぞ、
ということで・・・・・・・はじめてしまった。

新選組!DVD1話からずっと、でも毎日2話までよ鑑賞。

本放送も全話みたのに、まだ観たりないのか!

そこなのです。
でも観たりないみたいなのです。
だからもう再再・・・・ってわからないぐらい、
1話またナメ~~~で最後まで(組!!)みるわけです。

途中辛いですが、でも咬めばかむほど味のでるスルメの
ように、観るたびに違う味わいが出ます。

というわけで、このブログが滞っております。

お盆休みスペシャルということで用意しておいた、
ちょっと面白い新選組!分析も
少し先になりそうですが、かならず掲載しますので。

ちなみに今夜は11話から。


でもかえって目が冴えてしまう気もしないでもないのだが・・・・。
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# by aroe-happyq | 2006-08-17 14:43 | ほんの世間話 | Comments(0)

堀利熙+榎本釜次郎

二人はある意味、旅仲間・・です。

若き榎本さんが蝦夷地へ行った、というのは有名な史実。
どうやっていったかというと、のちに箱館奉行になる目付の堀織部正利熙の
蝦夷地探索(ほとんど探検)に同行した。

安政元年、堀に対して蝦夷地をじっくり探検(爆)してくるよう幕命が下り、
榎本さんはその一行に小姓、もしくは書生身分として随行員に加えてもらった・・・
らしい。

榎本はどうやって堀の一行に加えてもらったか。
考えられる接点は、榎本の父親が伊能忠敬の弟子であること。
蝦夷地へ行けと命じられた堀は、江戸っ子なので江戸から出た事がないはず。
予備知識を得なくてはまずいと思い、蝦夷地に行ったことのある伊能の門人に
会ったり、地図を見て蝦夷地についてアドバイスをうけたりしたのかもしれない。
そんなときに蝦夷地に行きたいという若者がいると聞いて、
同行を許した・・・・と考えるのがいちばん自然のような気がする。
(堀は若い頃、ちょっとグレて遊侠の徒と混じって遊んでいた時期があり、
義侠心のある、熱い男。頼まれれば、おう、まかしとけ、付いて来な!となりそうで
す)

御目付道中というのは大名もその行列を道を譲らなくてはならないほど、
たいそうな権限を持っていたというので、榎本は不自由のない旅ができたはず。
しかし目的地は蝦夷地、そして樺太。立派な大冒険であっただろう。

普通、目付は小役人(汗)とはいえ、権限が大きいので、自らは探検にい
かないものだが、堀は自ら蝦夷地のあちこちをつぶさに歩き、詳細に報告
を出している。
(手分けして探検したので別働隊もいる。榎本が堀隊にいたかは不明)

この旅で榎本は箱館の商人から蝦夷地の地図をもらっている。
(「旧幕府」榎本子談話によると、箱館の船問屋佐藤半兵衛から得たとか)
これがのちに、蝦夷地を目指すときの重要な情報源のひとつとなった。

18歳の榎本くんに大きな影響を与えた、蝦夷・樺太への旅だったことだろう。
(この後、榎本は長崎海軍伝習所へいく。そこでは永井との出会いが(笑)。永井と堀は学問所以来の友人だし)


・・・・さて、話は堀に戻る。
報告書をもたせて部下たちを江戸に帰した堀利熙は箱館に残った。
当時は満足とはいえない官舎だったというので、たいへんだったことだろう。
(同時期、永井は長崎在勤目付として長崎赴任中・・・・こちらは快適)

曲がったことが大嫌いで、少し熱すぎる性格だった利熙はやがて思いがけない最後を
遂げるが、この当時の彼は目付に抜擢されて一年ちょっとで、たいへん張り切ってい
た。次々来る外国船に応対し、奉行所、会所の整備など仕事は山のようであった。
一方で堀は笛をよくし、有梅という風雅な号をもつという別の一面もあり、
蝦夷地でも詩をよんだりしていたものと思われる。
そうした作品がどこかに残っているのかもしれないが、なかなか出会えない状態であ
るのは哀しいかぎり。

そして忘れてならないのが、柳川熊吉との二人の接点。

熊吉といえば「碧血碑」を建てた人。
この人が箱館と深く関わる事になったのも、堀の下で働くことになったからだという。
(そのいきさつも新門辰五郎経由という話がどこかに出ていたような・・・。堀さんは
下町に縁のある人(爆)なのでまったくのでたらめでもないような?)
その時期がいつからかはわからないが、たとえ最初の掘探検隊のときに
まだ熊吉が箱館にいなくて、同行していた榎本と顔見知りになっていなくても、
のちに箱館にやってきた脱走軍のなかに榎本がいて(そこには堀の友人の永井もいるし)
柳川熊吉と話をすれば、地元「柳川」繋がりがあるし、そして堀の話でより親しくなったことだろう。


思えば人とは不思議な縁で繋がってゆくもの・・・・・ですね。
(というよりも江戸って案外広くて狭い?(爆))


というわけで、掘と榎本の意外な接点のお話でした。
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# by aroe-happyq | 2006-08-10 14:26 | 箱館または釜さん | Comments(0)

胡思亂想(夢遊)

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胡思亂想(放題:夢遊) 王菲(フェイウォン) 1994 香港発売

暑い日には透明感あふれるフェイのアルバムをかけてみる。

このアルバムが南国の都市香港の6月に発売されたからだろうか、なんとなく夏に良く似合う曲がつまっている気がする(とはいえ日本で買ったときは寒いときだった)。
そしてそれでいて涼しい。
フェイの声が涼しいからというのがなによりの理由だけど、
クランベリーのカバー曲(本家のよりもこっちが好き)の「夢中人」、「誓言」、「夢遊」・・・と透き通るように美しく軽やかなポップスが揃っているのもその理由かもしれない。
それにこのアルバムはジャケからして斬新で面白い。
当時からアジアで絶大な人気を誇った大スターのアルバムに顔写真がないのはアジアでは前代未聞だった。
しかも香港版CDは、なんと歌詞カードの文字が白地に白インクで印刷されていて、よ、読めない。このあたりも人を食ったみたいで面白い。

フェイの声に惹かれたのは、映画『恋する惑星』の宣伝のために街で流れていた「夢中人」を聴いたときだったので・・・・・11年もたつ・・・・らしい。
最初に聴いたときはすごく声を加工しているのかと思ったほど。
ライブLD(そんな時代でした)をみて、フツーにこの声を出していて、驚いたことを思い出す。

何十回、何百回聴いても、いいアルバム。


今は産後の休暇のはずのフェイ・ウォン。また唄う気になったらアルバム出してほしいなぁ・・・・(爆)。できれば売り上げなど気にしないで、フェイの感性のままに作曲した曲のアルバムを。
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# by aroe-happyq | 2006-08-06 18:18 | あじあん音楽 | Comments(0)

江戸の旗本事典

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江戸の旗本事典―歴史・時代小説ファン必携
小川恭一 著(講談社文庫)

文庫なのでいつでもどこでも読めるし、旗本を知るには最良の一冊。
小川さんは数々旗本についての著書を出されていて、旗本に関する論文もあり、いつもお世話になりっぱしです。「旗本」についての解説書が意外にも古いものしかなく、困っていたらこの本と出合いました。

とくに永井、岩瀬、堀に関しては部屋住み、婿養子・・・・とフツーに旗本について知っているだけでは「?」なことが多かったので、小川さんの本を読んでようやく納得しました次第。
とくに、家督を継がないでぺーぺーの役職ならまだしも、目付とか、外国奉行とかいう要職(しかも父親よりも高官だし)やっても、そういうのはアリなのか!?と理解に苦しんだら、これがけっこうアリだったということで、目からウロコでございました。

それ以外にも、旗本は収入面でいろいろ工夫ができないとやっていけないとか、おつきあいがたいへんとか、・・・・・時代劇のなかの旗本が幻想(退屈もしていられないし、チャンバラもしている暇はない)であることがよくわかるという点で、少し江戸のお侍について知りたいときにもこの本は便利です。

ただし「歴史・時代小説ファン必携」かどうかはさだかではありません(爆)。
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# by aroe-happyq | 2006-08-05 14:25 | | Comments(0)

2008年といえば北京オリンピック、なんて思っていたら再来年のこと。
そしてこの時期になると、再来年の大河が発表となります。
それが・・・・・・。

またもや幕末モノ(パチパチ)!でも篤姫!!(・・・・)
宮尾さんの原作ということは、あくまでも篤姫メインでゆくのだろう・・・か。
(合戦シーンが少なく、室内ドラマだとすれば予算は・・・・・♪?)

彼女というと、和宮との交流がまず印象的。
和宮との確執は原因をつきつめてみると、彼女と和宮双方の侍女たち、女中たちの対立だったので、それを察した賢くも悩める青年将軍家茂は三人だけで会う場をつくった。すると嘘のように篤姫と和宮は仲がよくなった・・・・・というエピソードがありますが、つまりは、この話は・・・・家茂がエライ話ですね(汗)。←すいません、家茂ファンでもあります。

気を取り直して、では今度こそ彼女のエピソード。
いきなり大阪から東下してきた(現実逃避してきたともいう)慶喜を、個人的にはあんまり好きではないけど(爆)フォローしてあげたあたりはかっこいいと思います。
もちろん勝安房守(海舟)の巧みなる大奥へのプレゼン、とりなしがあったればこそかもしれませんが、いいお話です。
そして薩摩が迎えにきても、「徳川の人間ですから」と断るあたりも素敵です。

そういえばこの時をきっかけに勝安房と親しくなってしまった彼女。
明治になってから、勝さんの案内で吉原や下町を社会科見学(爆)して楽しんだ、なんて話も可愛い人かも、なんて思います。

慶喜がしらんぷりをきめこんだ徳川の親族の世話も彼女がやっていたというのも、かっこいいです。
というわけで、ドラマではできれば明治になってからの彼女も描いてほしいです。


・・・・それにしても、私の贔屓の幕臣さんたちは見事にスルーだ・・・このドラマ。

でも戦国はもう飽き飽きなので、この大河では幕末気分を楽しもう・・・・・。

さらに贅沢をいうと、例えば、大鳥圭介とか、榎本釜次郎とか、どーんと主役の大河・・・・・・・なんて無理でしょうか。視てみたいです。
ただのサクセスストーリーではない分、かなり見ごたえあると思いますが。
(そのときもちゃんと明治の彼らまでやってくれないと意味がない)
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# by aroe-happyq | 2006-08-03 10:35 | ほんの世間話 | Comments(0)

婿養子と部屋住み

岩瀬肥後守忠震と永井玄蕃頭尚志についてちょっとメモ。

まずこの二人に共通していること、それは二人ともザ・婿養子であること。

岩瀬は、設楽家の三男に生まれ、厄介(長男以外はこう呼ばれる)ゆえに22歳のとき、旗本・岩瀬家の婿養子となった。
永井は、三河松平家の藩主の庶子に生まれながら、両親が早くに他界したゆえに父親の弟、つまり尚志の叔父が藩主となった事情から、育ててはもらったけれど彼もまた厄介の身。25歳のときに旗本・永井能登守尚徳の婿養子に入る。

婿養子!?と思うけれど、この二人、舅さんとはうまくいっていた。
「ムコ殿~~!」と、いじめられた形跡もまったくない。
とくに岩瀬の場合は舅さんは彼に家の一切を任せてしまうぐらいに頼りにしていたよし。
永井家も、後に処分されて無一文になった尚志に、舅の尚徳は自分の屋敷を譲ってしまうほど大切に扱っているのをみると、同じだろうと察する。
この両家ともに、婿と舅には、血は繋がってはいないけれどても暖かい間柄を感じるのです。


さらにここに、堀織部正利熙にも登場してもらうと・・・・・この三人の共通は、部屋住みであること。

部屋住みとはつまり・・・・オヤジ、舅たちが彼らに家督を譲って隠居しないで、現役でいるということ。もちろんひとつ屋根の下で同居。

幕末ともなると、物価は高い。
のんびり隠居なんてして、ほんのこころばかりの隠居料なんてもらっても嬉しくないのだ。
なにせ100歳の役人もいた時代(80、90歳台の役人もたっくさんいた!)。
60歳ぐらいじゃまだまだ若いもんなのだ。
そして実は部屋住みのほうが都合がいい点もある。
当主になると原則として外泊できないし、細かい規定が多くて不自由千万。
(外泊といっても友人宅で飲んだ挙句に一晩中話し込むパターンが多い。議論好きなので)
そんなわけで彼らの父たちは家督を譲らない。
息子たちも、譲れといわない。

岩瀬や永井のように婿養子ならまだしも、堀のように実の親子でもそうなのだ。

婿養子に、部屋住みでは現代からするとちょっと・・・・・・ですが(実際に明治になって、「あんなに偉大な彼らが部屋住みだったなんてっっ」と各方面ですごく驚かれている)、それでも歴史的にとってもスペシャルな婿養子&部屋住みな彼らです☆
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# by aroe-happyq | 2006-08-02 19:23 | 外国奉行ズ | Comments(0)

長崎海軍伝習所の日々

『長崎海軍伝習所の日々 』 カッテンディーケ 著

やはりこれを最初に紹介すべきでしょう。
実をいうと、この本を手にする予定はまったくなく(爆)、
当時は同じ東洋文庫の松本良順の自伝を探し求めておりました。
ネットで検索してもなかなかみつからず、古書店の目録の東洋文庫コーナーを
何件も見ていたとき、ふと目に入ったのがこの本。
値段もたいへんお手ごろで、つい衝動的にポチッとやってしまいました。

そして読んだら、幕末の長崎とそこにいる人々のなんとおおらかなこと!!
訳者さんの細かい解説もたいへん素晴らしいのですが、やはりこの本を書いた
カッテンディーケの冷静だけど暖かいまなざしにも感動しました。
前にも書いたように公儀の役人のみなさんのあっかるい感じにカルチャーショックを受け、
幕末そのものへの見方が変わっていくきっかけに。
そしてすでにこのなかで、勝麟太郎(海舟)は口で大活躍しているし、
若き榎本釜次郎が機械と戯れている様子も楽しいです。

カッテンさん(長いので省略)は外国の方なので、こちらが当たり前と思っているものをとても珍しがって書いているのをみていると、日本人のすぐ傍にある当たり前のイイモノ、ワルイモノも、なるほどなぁと新鮮な気持ちでみることができました。

この本があまりに楽しかったので続けて、赤松の本へと読み進んでしまいました・・・・。

これが底なし沼への第一歩でした・・・。

(ちなみに松本先生の本はその後、リーズナブル価格で手にいれることができました)
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# by aroe-happyq | 2006-08-02 10:52 | 長崎伝習所系 | Comments(0)

CUTとそして梁朝偉

浦島太郎のようだけど、ちょっと遅れての、感動。
それは二週間も前に出ていた、CUT最新号。
今更、手に取りました。
200号・・・・・。
もうそんなになりましたか、と感動しつつパラパラをページをめくったら。
まだ見たことないトニーレオン(梁朝偉)が!
この人の出ているCUTは全部ある!はずだがこの写真のこのアングルは
知らない~~~~。
というわけでレジへダッシュ!

そしてその写真を眺めながら、追憶に浸ってみた。

あまり正確には思い出すのもはばかられる、ファン歴10ン年。
出会いは「非情城市」日比谷のシャンテ。
台湾映画だったので、無知だった自分は彼を台湾の俳優かと勘違いした。
(パンフにはちゃんと香港の俳優と出てたのに)
なんとか香港の俳優だとわかって、いろいろな作品もみて、
今に至りました。

その間、10ン年。

CUTはそれよりも前からCUTだった。

かつてはあんなにたくさん香港映画特集をしてくれていた。
ほかの映画や音楽に関しての記事の中身も充実していた隔月発売の頃は特にすんばらしかった。
またああいう感じになったらいいなぁ、と200号のお祝いに軽いダメだししつつ。

トニーレオンも、新作「傷城」が楽しみ。
そろそろ本気で嫌な悪役を見せてほしいです・・・・・。
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# by aroe-happyq | 2006-08-01 14:55 | 香港&アジア映画 | Comments(0)

今日は八朔!

というわけで(新暦ですが)今日の好き日にブログを始めようかと思います

今寝ても醒めても関心のあるのが、徳川公儀IN幕末です。
もともと江戸時代は大好きだったけど、もっぱら元禄あたりのファンで。
幕末は人生のなかで、ずっと昔に加茂さんの文庫の「榎本武揚」と、
あとは勝海舟や徳川慶喜について中公新書を読み漁ったぐらいしか・・・・。
深入りすると底なし沼っぽくて、触らないようにしていた感はある。
それにずっと中国古代~中世史の政治史研究をやっていたので本腰入れられずという
のが大きな理由かと思われますが、そんな自分がまさか。

まさか、幕末にはまってしまいました。

香港映画に夢中だったのに、今では幕末。
2004年の新選組!が大好きだったけど(過去形ではなくフツーにDVDまだ観てます
し)、そこと微妙にスレ違う形で、幕末にはまるとはおもいませんでした。
しかも、きっかけが東洋文庫「長崎伝習所の日々」だなんて。
なんてマイナーな入り方!(爆)←自分らしいっす
なんとはなしに読み始めたこのオランダ海軍大臣さんの本。
そこに書かれていた、日本の役人(幕吏さんたち)のいつも明るく、エスプリがたま
らなく効いていて、そして爆笑、爆笑な様子。・・・・・・わたしの求めてきた爆笑
大好きな文化がこんな身近にあったなんて。香港まで探しにいかなくても目の前に
あったなんて・・・・という大きなカルチャーショックでした。
江戸がラテン的に明るいのは知っておりましたが、まさか江戸在住武士階級までだっ
たとは!
(時代劇だってもっと格式ばっているというのに!なんてラフな彼ら!)
もっと検証したくて外人さんの書いた幕末の本を読み始めることに。
続いて、エルギン卿の本。・・・・・・ここで、もう完全に恋に落ちました。

その名は岩瀬肥後守。眉目秀麗、俊才にして切れ者、日本開国の功労者。
・・・・・ところが、お笑い好き。といいますか、お笑いを巻き起こすのがもっと好
き。
おそらく日本史上で最初に英国ギャグを自在に操り、エルギン卿(怖い人です。いろ
いろな意味で)さえ笑らかしてしまった凄い人です。日本人には冗談はわからないと
言われ続けてきたというのに、150年余前にすでに軽くクリアしていたなんて!
わたしにとって開国の功労者というより、こちらのほうをもっと声を大にして叫びた
い功労です(汗)。

そしてその傍らには、「長崎伝習所」といえばこの人という永井玄蕃頭。
ただの佐藤B作ではなかった(爆)。
写真をみると、ほにゃんとした顔なのに、彼もまた切れ者です。
まったく正反対にみえる、岩瀬と永井。でもだからこそ分かり合えていたというのが
よくわかります。
書簡やエピソードにみえる、岩瀬との二人の篤い友情に涙しきり。
まさに愛しき友です(爆)。

そしてその二人の傍には、堀織部正。
蝦夷地・樺太を検分し(随行員に若き榎本釜次郎さんもおりました)、箱館奉行もや
りました。五稜郭とも深いつながりがあります。
学友にして、同僚。とても仲のよかった三人。

この三人を調べていくと、今まで知っていた幕末と違う風景がみえてきて、
そこにいろいろな人々が絡んで、たいへん面白いのです。

そして彼らのさまざまな運命の先にどうしたわけか、新選組や五稜郭がある。


そんなあれこれをつらつらと綴りながら日々過ごしてまいりたいと思います。
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# by aroe-happyq | 2006-08-01 11:16 | お知らせ | Comments(0)