東都アロエ

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アジアンエンタメ&お江戸後期。外国奉行や長崎海軍伝習所がご贔屓☆ BYはな。

寝込んでしまい、3日遅れになってしまいました・・・。

ゆるい更新ではありますが、のんびりと今年もやってまいりたいと思います。

とはいえ、初詣も旧暦にいくので、
なんだか微妙に正月気分ではありません(笑)。

早くカゼを治してまた本三昧モードに戻りたい・・・。

今年の抱負は何といっても、長崎に行く! です。
・・・・・香港に行きたいけどこれを我慢して、まずは長崎。
長崎伝習所をしのぶ旅!をやらないと、です。

スケジュールとの戦いが待っている・・・・むむむ。
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# by aroe-happyq | 2007-01-03 10:18 | ほんの世間話 | Comments(0)
年末に突然パソコンを買い換える羽目になって、
てんてこまいの数日ですっかり更新が滞ってしまいました。

旧パソとの最後の夜、ふと近所の図書館を検索したら、全巻そろいでこの本があった・・・・。
ないと思って国会図書館でコピーしたのに、・・・・トホホ。
さっそく借りてきて、暇をみつけては読みまくりました。
一部コピーのときと違って、全体をみると、徳川公儀の情報収集力が
なかなかすごいことを思い知らされました。
たまたま井伊家に残されていた安政年間のものなので、
大獄前後ということもあって、暗い話題ばかりの探索書ですが、
嘘を並べ立てるのではなく、裏づけをしっかりとっているし、
かなりプロ意識をもってこの報告書は作成されています。
(この情報を煮るなり焼くなりする手腕は老中や大老まかせだけど(笑))

たとえば、馴染みなのであげさせていただくと、作事奉行岩瀬忠震に関するレポ。
これはもちろん一橋派の岩瀬を、紀州派の井伊大老としてはどうにかして、
追い込んでやりたいために調べさせたもので、できるだけ「悪い噂」を探り
ださなければならない。ところが、かなり岩瀬家に入り込んで調べても汚職といわれるネタ
がなく、プライベートな問題ばかり。
徒目付たちは、そのあたり正直にありのまま報告している。
(ちょっと悔しそう?なムードさえ行間から匂うような(爆))
ほかの探索書を合わせて読むと、かなり正確なのだ。

で、やっぱり考えてしまう。
この探索書・・・・・阿部正弘時代のものはないのだろうか?
というより、その後の幕末のものでもいい、世相もわかるし、さまざまな地方の動向も
わかるのでどんどん発見されることを願ったりしますっっ。
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# by aroe-happyq | 2006-12-31 10:13 | 広く幕末ネタ | Comments(0)
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旗本本といえば小川恭一さん。←断言

・・・・薄い本の割りにちょっとお値段がはるので躊躇していたけれど、
好奇心には勝てず、購入。

読み始めたら忽ち、はまりました。
旗本のみなさんのふつーの暮らしが目に浮かぶようで楽しすぎです!
思えば、江戸本というのは庶民の暮らしの本は多々あるけれど、
旗本さんの暮らしはあまり紹介されていないような気がする。

とにかく旗本たるもの、交友関係の行き来が激しいし、贈り物のやりとりも頻繁。
というか挨拶まわりが仕事のような、人生のような・・・・・・・・。
そして、大名だろうが、奉行だろうが、寄合だろうが、小普請だろうが、
贈り物好き。多めにもらったものをお裾分けし、
自分の庭の畑でとれたものをあげたり、もらったりしている微笑ましい暮らし。
侍が畑をやらないなんて嘘ですね(もちろん当主自らが草を刈るわけではないけど)。

そのほか、いろいろなことがわかって、とーても面白いです。
(全部紹介しては営業妨害なので差し控えます)
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# by aroe-happyq | 2006-12-25 14:41 | | Comments(0)
オズボーンの本を読んだということで、久々にとりだしたコピーの山より。

『井伊家史料 幕末風聞探索書』上にこの英国使節接待について、
誰が書いたか不明の「江戸風聞」書きがある。
(あて先は井伊大老など閣老中枢←異国風が嫌い派)
風聞探索書というのは、御徒目付や小人目付、茶坊主などが老中や大老へ送るレポで、
その内容は江戸のほか、水戸や京都など遠隔地の情報、役人の行状、
町の様子など多岐にわたっている。
今回は役人の行状についてのチェックレポということになる。

安政五年七月   (江戸風聞)

一此度英人御取扱全く御御両候御働にて、御都合宜き事。
                               岩瀬肥後守
                               永井玄蕃頭
 右(ここでは上)両人は邪智奸侫の者一印の徒の有之、御要心の事。
一堀田(備中守)同類異國風をこのみ、彼れに諂ひ候由の事。
一右様の者外國奉行申付其一術に有之、当時勤振考中の事。
                               堀織部正
                               井上信濃守

 右両人岩瀬・永井に同意の事。
 但岩瀬・永井如き邪智は無之、織部の方は随分手堅き趣にも相聞候得共、異國風に染候事は同前。

   (略)

                               水野筑後守
 右素より同役とは見込別段に付、先達岩瀬・永井等堀田へ申立、應接をはなれ候事。
一今度外國奉行の内、筑後を邪魔に致候趣に付、又々讒訴可致も難計御要心の事。
   (以下、略)  

要約すると、英国使節の応接を岩瀬・永井はよくやっていた、が!(爆)
悪知恵が働くし、外国の風俗に染まっていて危険である。                       堀と井上は岩瀬たちのように悪知恵はない。堀はかなり手堅いらしいが、彼らも外国の風俗に染まっているのは同じ。
水野は外国奉行の同僚(岩瀬・永井・井上・堀)とは意見が違い、応接役から離れた。また邪魔にされているらしい。
・・・・・という感じ。

外国奉行ゴレンジャーが揃い踏みでの初仕事だったのに、なんだか書かれたい放題。
岩瀬&永井を邪智奸侫の者だなんて、失礼な(笑)。
なんだか随分ひどいレポートだが、これなどはまだ優しいほう。
(岩瀬を弾劾したくてたまらないレポなんて、とんでもない内容だし)
彼らは一橋派だから他ではもっと書かれている。
これのように、誉められているだけでも、びっくりなのだ。

・・・・・・・しかし、水野、やはりひとりぼっちか・・・・・・・・・・。
(永井と一緒に英国使節接待をやってたはずなんだけどなぁ)


英国の本には好意的に書かれているのに、なぜか本国のレポでは
けちょんけちょんというのが哀しくて、ちょっと掲載してみました。

というかこういう裏レポが残っていたというのもなんだか凄い話ですけど、井伊さん家って。
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# by aroe-happyq | 2006-12-23 10:29 | 外国奉行ズ | Comments(0)

江島生島事件。

絢爛豪華な映画になって、六代一派をこよなく愛する自分としては
有難いやら有難くないやら(爆)。
・・・・・なにより、家宣は出てこないしだし(笑)。
ま、それはさておき。

江島事件というのは、講談やドラマで脚色されたように
艶めいた話ではまったくないのが、真実の姿。

時は、幼少の七代家継を擁して、生母月光院を守り、先代の遺志を貫く
側用人・間部詮房と学者の新井白石のツートップ体制の時代。

なんとかして彼らを追い落とそうと虎視眈々と狙う一派がたくさんあった。
ひとつは次期将軍職を狙う、紀州吉宗一派。
ひとつは側用人に実権を奪われている幕閣有志一派。
そして、家宣の未亡人にして、朝廷にも太いパイプを持つ、
天英院こと近衛熙子の京一派。

彼らは最初、間部詮房と若き将軍生母の月光院のスキャンダルを
もくろんだ。
間部詮房は能役者出身で美丈夫のうえ、独身。
(若い頃に一度妻帯したが妻が病死後は再婚せず)
月光院もまた若くて美しい女ざかり。
誰もが飛びつくネタかとおもいきや、あえなく失敗。
理由は、詮房は先代文昭院家宣とは、一身同体の仲、ということが
江戸城中の一般常識で、月光院に手を出すタイプではないと
(女に興味がないとさえ?思われていたらしい←そういうわけでもないのだが)
いうことで、スキャンダルを誰も信じなかったのだった。
そもそも間部は寝食を忘れて、屋敷にも帰らずに政務に没頭していて
そんな暇はないぞ、という仕事が生きがいなタイプ・・・・・・みたいだし。

そこで反対派は月光院の脇から崩すことにした。
それが江島疑獄。

江島は女中を連れて、文昭院のお墓参りの代参で外出した。
大奥の慣例で、代参の帰りには芝居見物をして少しだけ羽をのばしてよい
ことになっていたので、江島も当然のことながら、芝居をみてご馳走を食べた。
そこの場で人気役者の生島の挨拶など受けている。
問題は、江島一行が城の門限に遅れてしまったことだった。
しかし門番に怒られつつ、ちゃんと城に入れてもらえたし、
なんのお咎めもなく、数日が過ぎた。
ところが、しばらくして突然、門限に遅れたことが大事にされ始め、
取調べが始まるのだった。
生島ら町人には厳しい詮議があり、拷問さえあったという。
こうして江島の不義がでっち上げられ、月光院一派は大粛清をうけた。
間部や新井たちには累は及ばなかったが、彼らは味方の勢力を削がれて大打撃。
江島は高遠に流され、生島や家継のお気に入り奥医師交竹院も遠島となった。
生島にしたら、なぜそうなったのかさえ、わからないことだったろう。
彼の芝居小屋は永久に取り潰され、江戸は最後まで三座であった。
トバッチリを受けたではすまない、演劇史に深く影響したとんでもない大事件だったのだ。

せめて講談にあるように江島と生島は道ならぬ恋に落ちたら・・・・・
でもそれさえないのだから(汗)。

だが江戸の政治史をみていると、江戸出身(育ちも含む)の者は
京もしくはその近辺出身の者には陰謀の面で勝った試しがない。

間部・月光院派しかり、安政期の一橋派しかり。←皆、江戸っ子

対する天英院・紀州派、井伊&紀州派(紀州ばっか?)の入念な罠の前には
江戸産は勝てません(涙)。

それがいいか悪いかはさておき、
江島はどうみても隙があったわけで、彼女の罪といえば、
自分に置かれている場所が戦場の最前線であることを理解していなかった
ということ。まさに迂闊者だったといえよう。
(安政の一橋派の旗本連もまた同じかも・・・・・)

というわけで、江島事件とは実のところ、ロマンチックのかけらもない
ドロドロの政治陰謀事件なのだ。

とはいえ、天英院の陰謀参加目的は、やっぱり旦那の家宣が
寵愛した間部とか月光院が憎かった気持ち、嫉妬心だったかもしれない。
家宣が将軍になるにあたり、朝廷や公家関係に働きかけて、
夫を陰から支えたのは天英院熙子だった。
賢くて、男だったら相当な政治家になれたといわれ、
プライドの高い彼女は本音の感情を口には絶対出さなかったと
思われ、何十年もじっと機会をうかがっていたのかも・・・・と思うと、
女の恨みは怖い???

この事件ののち、ほどなくして家継は病死し、吉宗の世になった。
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# by aroe-happyq | 2006-12-22 14:23 | ちょっと元禄・正徳 | Comments(0)
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『東亰時代』を買いにいったとき、同じ講談社学術文庫にあったのがコレ
先月写真展で感慨深かった、あの使節団についてよく知りたくなって、思わず買った一冊。つまり衝動買い・・・・・。

咸臨丸のチームの旅は中公新書『軍艦奉行木村摂津守』にも詳しく紹介されて
いたので知っていたが、ワシントンなどを回った東海岸使節チーム(こっちが正使ですが)
については未知の世界だったので、この本はその全貌を明らかにしていて、
たいへんに興味深い内容だった。
まず、あとにもさきにもこんなにアメリカに歓迎された日本の外交団っていない!
写真展でもびっくりし感動したが、このパレードの盛り上がりぶりっていったい!?
・・・なのに、アメリカのメシはマズイ!と愚痴る人もあり(爆)、意外にも
そんな大歓迎を有難がらない、クールな日本使節メンバーに笑えてしまう。
(歓迎パレードなんかで感涙するような日本人は明治にならんと現われんのか?)
とはいえ、けっこう楽しんでいるのも、偽らざる本音。

問題はこの77人の日本人の経験がその後、ごく一部しか生かされなかったこと。
(阿部か堀田政権下で岩瀬忠震と永井玄蕃頭が行っていたら、ぜんぜん違っただろう)
本当に惜しい・・・。
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# by aroe-happyq | 2006-12-21 10:53 | | Comments(0)
榎本釜次郎さんは脱走(8月のほう)の際、ふたつの檄文ともいうべきものを、
勝さんへ手紙とともに送っている。
前々からなぜ二つあるのかな?と思っていたのでした。
内容的はそれほど変わらないのに、と。
短いほうをアレンジして、より正式な書式にしたものが長いほう?
でもなぜどっちも勝さんに送ったのだろう。

東洋文庫『後は昔の記 他 林董回顧録 』 林董 著 を
久しぶりにぱらぱらとみたら、あっさりと事情は判明。

品川を脱走、蝦夷地に赴く の章(25P)に、

此時榎本氏並に永井玄蕃氏は脱走の主意書を起草して、
外国公使の上席なる英国公使サー・ハリー・パークスに送る。
其英文は予が作る処なり。


・・・・また、永井玄蕃(爆)。出た~~という感じ。
(幕末史の舞台の袖近くにいつもあなたはいる!?)

つまり、最初に短いほうのを榎本さんが作っていて、
家来共々釣り船に変装してやってきた文人政治家永井さんに、
「徳川家臣大挙告文」という堂々たる文章にしてもらったわけ
・・・・・なのでしょうか。
(で、それを林さんが英文に直して公使館に送ったわけですね)

勝さんの慶応四年8月24の日記(勁草書房版『勝海舟全集19』)に、

是等を以て考うれば、我が軍艦の士等、
小節小細工の輩に鼓動せられ、
忽ち軽挙に及びしか、知るべからず。
永井主水の乗組みたる、尤も以って怪しむべきなり。


・・・・とまるで脱走そのものを永井の企みのように勘繰っていますが、
この告文の作者(といっても榎本さんとのコラボ作品だが)が永井とわかり、
しかも二通も送られてくれば、こういう気持ちになるのも無理はない。
・・・・ちょっと裏切られた気分?みたいな(笑)。
(これが二人のこの後しばらく続いた、関係のシコリだったりして(爆))

榎本さんの本によく出ている「徳川家臣大挙告文」を、
with永井の共同作品として、あらためて味わいたいと思う。

なにはともあれ、回顧録に書いてくれた林さんに感謝。
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# by aroe-happyq | 2006-12-19 18:56 | 長崎伝習所系 | Comments(0)

『東亰時代』、読了。

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『東亰時代~江戸のと東京のはざまで』かつてNHKブックスから刊行された本が
新たに講談社学術文庫で再登場。
・・・・したのは6月だったらしいけれど、
私は最近この本の存在に気がついた(汗)。

江戸の風景を知るのは密かな楽しみの
ひとつで、いままでも『江戸の夕栄』や
『名ごりの夢』など、幕末の江戸のふつ
うの暮らしの懐古本をわくわくして読んだ。

そしてこの「とうけいじだい」。
旧幕の人々は「とうきょう」ではなく、「とうけい」といったそうだ。

そして京の字も亰になっている、江戸でもなく東京でもない
ほんの少しの時代を描く一冊となっている。
誰もが予想していなかった、徳川瓦解。
あまりの変化に自分がその時代にいたら、どうしただろうと思うとかなり恐ろしい。
間違いなく、みんなこの混乱はたいへんだったはずだ。

それなのに人はたくましい。
みな、生き生きしている。
かなりまぶしいぞ~~!というくらいに。

人物伝や日記、書簡は大好きだけど、
たまにその人々が生きていた時代というものに触れるのも好きだ。
でもなかなこういう本って出会えないのが寂しい。

というわけで、久々に江戸~明治情緒を楽しんでみました。
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# by aroe-happyq | 2006-12-17 17:38 | | Comments(4)
オズボーン『日本への航海』を読書中。
エルギン卿の本と同じく、英国側からの記録です。
やっぱりロイヤルネイヴィー・・・・・冷静かつ大英帝国目線(誉めているつもり)の航海記。

さてそんな皮肉屋なオズボーンが珍しく誉めている!?人物。
それがなんと、永井玄蕃頭・・・・・・・・・。
船の蒸気機関の部品と用途についてすぐれた知識をもっているとか、
(長崎伝習所で生徒に混ざって講習を受けただけはあります!)

この「誇り高い提督」が日本製フリゲート艦「亡霊船」を進水させたのだから、
彼こそはあるアメリカ人たちが彼に捧げた名前、海軍卿閣下の称号を受けるにふさわしい人物だ。
(以上、『日本への航海』170ページより)

海軍卿閣下。まずそれを言っていたアメリカ人とは誰~~?
もっと言ってあげてください。

それにしても、永井を悪くいう人ってホントにいない。
立派な人だったのですね。

12月14日追記。
この条約締結のおり、英国から最新式の軍艦を日本はもらう。
その引渡し式がまたかっこいい。
日本側、英国側からそれぞれ祝砲があって、
海軍卿閣下(爆)永井氏が日本側代表として受け取ると、
日本側の乗組員がさっと持ち場について、この軍艦を動かしてみせるのだ。
(最新式蒸気機関の特訓は英国側から一週間みっちり受けたらしいが)
この時期の江戸詰め海軍メンバーといえば、一期生。
やはり矢田堀艦長、そして
中島三郎助、小野友五郎などなど勢ぞろいではなかろうか。

英国側から海軍メンバーの手際のよさを誉められて、
海軍卿閣下も鼻が高かったでしょう☆
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# by aroe-happyq | 2006-12-12 14:06 | 長崎伝習所系 | Comments(0)
『ペリー日本随行記』を読みました。

ペリーが自身で後にまとめた『ペリー日本遠征記』とは違い、随行員で日本はこれで二回目
の著者ウイリアムズの的確な観察が面白い本でした。

本当は中島三郎助のエピソードをひろって・・・・なんて思っていたら、
とんでもない文章が!!

福州(清国の大貿易港です。今の福建ですね)にいったら、
日本の小判とか、ほかの貨幣が流通、つまりそこで使えたというのです。

日本って鎖国なんてしていないじゃないの?
それって西洋(というかキリスト教の国)とあまりお付き合いしたくなかっただけで、
東洋ではフツーに交易していたわけですね。
清とは阿蘭陀とともに「通商」国としてのお付き合いがあったので、福州で通貨が使えても
おかしい話ではない。だけど、長崎限定だとばかりおもっていました。
つまり清に出かけていって商売をしていなかったものとおもっていたら、していたのですね。

たった二行だけど、ウイリアムズ、あなたも驚いたようだけど(笑)、
書き記していてくれて、ありがとう~~~。
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# by aroe-happyq | 2006-12-10 10:53 | 広く幕末ネタ | Comments(0)
古本を購入する機会は多い。
日本の古本屋さんやアマゾン(日本)、スーパー源氏、それからなくなってしまったが、
楽天フリマなどが主であった。

だけど洋書の古本はやはり、アマゾン(アメリカ)かなと思い、
ホーンブロワーにはまったついでに、マスターアンドコマンダーのメイキング本も
買ったのだ。
相手は大手の古本チェーンだった。
海外発送は個人の売り手はなかなかしてくれないのだ。

そして、
2週間以上はかかる、といわれた本は一週間以内にやってきて、
状態もとてもよかった。梱包もたいへん丁寧。

なので、さっそく評価した。

そこで驚いたのが、日本のアマゾンになくて、本家アマゾンにあったアンケート。

1.期限以内に諸品は届きましたか? YES/NO
2・売り手によって説明されるようにあなたの商品は状態で届きましたか YES/NO
3.もし、あなたが売り手に連絡をとった場合、対応は丁寧でしたか? YES/NO

ささやかなアンケートだけど、評価するひとりひとりがこれに応えた場合、
かなりのデータになる。これはナイスなアイデアだと思う。

日本アマゾンも、こういうささやかだが、的確な対応をとったらいいのにな。
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# by aroe-happyq | 2006-12-08 10:15 | ほんの世間話 | Comments(0)
勁草書房の「勝海舟全集」収録の勝海舟日記全4巻を読んだ。
勝海舟研究者の松浦玲さんによればこの全集の日記は編集者が読めないところを
飛ばしたり、勝手にカットしたりしたよろしくない日記というが、なにせ明治時代までの
日記はここでしか読めないので、古本屋でお安くみつけたのでゲットしたのであった。

知りたいことは山ほどあったので読んでいて楽しかったが、

今回は勝さんと永井さん、そして榎本さんの「それから」。

この三名は長崎伝習所以来の開国仲間だ。
永井総監のもと、勝麟太郎は苦手な数学に悪戦苦闘し、船酔い体質を克服しようとした。
第一期生にはなれなかった榎本釜次郎は親友の矢田堀の従者身分でやってきて、員外生として学び、二期生で正式な伝習生となった。
それ以後、外国奉行、軍艦奉行となった永井に、
留学したい~~と言い続けていた二人は、永井の引き立てやその同僚(水野や岩瀬などなど)のあっせんもあったりで、勝は咸臨丸でアメリカ視察に、榎本は留学を果たした。
永井と勝、永井と榎本、勝と榎本とはそれぞれが違った形での友情を築いていったように思われる。

そんななか、明治元年の脱走は、榎本釜次郎と永井玄蕃が、長崎以来親しかった勝海舟の面目を潰す行為であり、あえてそれをやったという、三人にとっては大きな転機となった。

その後、釜次郎さんと勝は疎遠になったとか、いろいろ言われているが、
日記を読んでいて、そんなことがぜんぜんないことがわかった・・・・・・・。
つか、出獄した翌日には榎本さんてば、赤坂の勝さん邸にお礼と挨拶にいっているし。
それからも回数は多くはないけど、勝さん宅にお邪魔しているし、時々榎本邸にもいっている。
(講談社版の勝海舟全集の来簡集にも、榎本さんのお手紙にロシアにいくのに勝の写真をもらいにいく(お守り代わりにするのか?)、みたいな内容があるし、あいかわらずのお付き合いをしていたらしい)

問題は永井と勝のほうかもしれない。
ずっと永井は勝さん邸に現われない。たとえ大鳥さんやいろいろな箱館関係の人が出入りするようになっても、だ。
もしかして、やっぱりこの二人、明治初年にもめたのか?

だけど、それが突然・・・・・。
すべての官職をやめた永井が親友の旧岩瀬の別荘を買って住まう時期から、
来訪がはじまっている。
おそらく岩瀬邸を買うための借金を、最初は徳川宗家に相談したらしい永井は、
「勝さんところにいってみて」ということで、顔をだしたらしい。十何年ぶりかもしれない。
なぜ、勝サンところなのかというと、勝さんを窓口にして、
旧幕人のための私設の徳川銀行が営まれていたらしいのだ。
(大鳥さんや三条さんなどがお金を用立てにもらいに来ている)
で、渋々?永井は顔をだしたところ?・・・・・・あっという間にコンビは復活。
無事にローンを組んで旧岩瀬邸に住み始めた永井さん・・・・・・・・・。
なんと、近所(向島)の地主と仲良くなるや、いらない土地の権利を、
勝さんに紹介するようになる。徳川銀行に不動産部門もあったようだ。

それからはなんだか、毎日永井と勝は不動産業の用事で会っていて(爆)、
ホントに毎日、毎日、手紙のやりとりやら、面会やらで、忙しい。
気がつけば一緒に静岡の慶喜さんところ?に旅までいくし、
その親しき関係が永井さんが亡くなる寸前まで続く。

で、榎本さんは徳川銀行のお世話になった形跡はなく、
(こういうあたりが正統派江戸ッ児釜さんという感じ。金の心配は他人にゃさせねぇ、
全部てめぇで片付けるのさ、という具合か?)
ただ勝さんとお話がしたくてやってきている。
大臣歴任時代は官舎は近くなのか、ちょっと頻繁だ。
たまに永井さんが来ている勝邸でばったり、などもあり、長崎トリオで宴会もアリだったらしい。

それにしても徳川銀行とは。
ちなみに骨董コレクション部門もあったようで、
出物があると、
家慶将軍直伝の「本物を知る男」こと超目利きの歩く鑑定士・木村芥舟さんを動員して、
勝は収集事業も展開している。
ときには流出した徳川家の家宝を買い戻し、宗家にも信頼が篤い様子だ。

よくもののホンに、勝海舟は明治時代には蓄財し、不動産や骨董もやってきた、
とあるが、どうやらほとんどは徳川銀行絡みなわけだ。

武士が銀行とはなんだ、というかもしれないが、
これも御家のための立派なご奉公だ。
財力があれば、藩閥政治はびこるなかで、
ある一定の勢力として、徳川家は維持し続けることができる。
それに旧幕人の救済もできる。
永井が旧岩瀬邸購入をきっかけにこの事業にどんどん関わろうとしたのも、
そのためなのだから。
(たまには紹介料をもらって、それで返金したりもあったようだが(笑))

おそらく明治初年、脱走する、させない、で勝さんと永井&榎本はもめたはず。
だけど、江戸侍のいいところはわだかまりを生涯は引き摺らず、
意地を張るから時間もかかるが、きっかけがあればあっという間に氷解する
あたりのサバサバ感だ。
この日記をよんで、そんな心地よさを感じた。

その後、調べたら永井の葬儀では勝と榎本がそれぞれ追悼文を読んだらしいので、
なんだか、よかった、よかったという感じ。

この日記についてはまたおりおりに触れます☆
(面白ネタも多々あったので)
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# by aroe-happyq | 2006-12-07 18:49 | 長崎伝習所系 | Comments(0)
なんと1月2日から開催です。
江戸城は、深海さんの『江戸城をよむ』でかなり内部構造に詳しくなってはきた
つもりですが、まだまだよくわからない事が多いのです。
そんなときになんとタイムリーな!築城550年記念とは!!
というわけで、江戸城展


サイトをみていると展示品のなかに、
大奥おさざれ石の絵が!!
おさざれ石とは正月に御台所が上臈年寄とおこなう儀式で、
このとき唄ったのが「君が代は~~、千代に八千代に・・・」
っておい!君が代?!という・・・・・・・いわくつきの儀式。
(明治になって紆余曲折のはてに国歌になっちゃったとか)
これについてもよく知りたいと思っていたところでした。

かならず行きます~~!!
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# by aroe-happyq | 2006-12-06 10:38 | 江戸東京あれこれ | Comments(0)

東邪西毒2007導演版!!!!

香港影視娯樂網によると、
王家衛監督が来年、この映画のディレクターズカット版を製作するとか!!!

思い入れ深いこの作品。えと、邦題は楽園の瑕といいます。

また新しい形で甦ってくれるのなら、無問題です!!!!

トニーレオンも、レスリーチャンも、ブリジットリンも、
みんなかっこいい武侠劇でした。

この映画のアートがあって、最近の武侠映画のブームがあるといっても過言では
ありません。

あの美しき世界、ふたたび!!
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# by aroe-happyq | 2006-12-05 14:42 | 香港&アジア映画 | Comments(0)
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面白すぎてあっという間に8本のドラマ(DVDにて)観終えた、
ホーンブロワー~海の勇者。

最後までぺリュー提督のホレイショ・ホーンブロワー可愛がりっぷりに
拍手(爆)しつつ、ホントに楽しいドラマでした。
続編まってます!!!出世したホレイショをみせてください!

で、終わったら寂しくなってしまった。
すると友人からメールでメイキング本の存在を教えてもらい、
アメリカの古本サイトへGO!
アマゾンUKも覗いたがポンドは高いので、アメリカのサイトで購入。
スタンダード発送で頼んだので、15日はかかるはずだったのに、
一週間でその本はやってきた!!!

送り先をみると、アイルランドはダブリンの古本屋さんだった!

この本はなんと遠い旅をしてきたのだ!!
感無量・・・・・・・・・。

英和辞書を片手に楽しい舞台裏をたっぷりと拝見するつもり☆

それにしてもぺリュー提督、かっこいいなぁ(おいおい)。
ロバート・リンゼイさんが演じていたのだが、これからはこの俳優さんもチェックしなきゃ(笑)。
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# by aroe-happyq | 2006-12-03 10:25 | | Comments(0)

杉亨二と幕末

日本統計学の祖、杉亨二さんもまた幕臣であった。

というわけで統計局で販売していた自叙伝を読んでみた。
不幸な生い立ちを経て、学問(洋学)の道へ飛び込んで、
・・・・・・いきなり、勝海舟の門人→阿部正弘家臣へ。
この二十段飛びにびっくりですがそれでおわらない。
阿部正弘に西洋の講義をしていたところ、
あるお屋敷にお邪魔しているときに、
岩瀬忠震と出会ったとたん意気投合、
「表向きはジャワ行きということにして、ヨーロッパに行こう」
というとんでもない大冒険のお誘いを受けた。
(黒船がきてかたまだ3年?というのに岩瀬さんも・・・・・あいかわらず大胆だ)
吉田松陰の密航未遂より、ヤバイです。
でも実現していたら、面白かったのに~~~っ。
それもこれも理解者阿部正弘の死でおじゃんになりました・・・が。

大政奉還後の江戸の様子(新居をたてたばかりで静岡移住とか(涙)))
も興味深く、また清水の次郎長との交流もあったりで、
杉さんの自叙伝、波乱万丈でたいへん面白かったです。
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# by aroe-happyq | 2006-12-02 15:07 | 幕臣系 | Comments(0)

井伊直弼が倒幕!?

アマゾンをみていたら、
このようなフィギュアコレクションが発売になっておりました。
武外伝~倒幕

そのなかに、な、なぜか井伊大老が!!!

開国派でもないのに、開国大老といわれ続けてきた彼が
今度は倒幕派???

だがしかし・・・・・これはある意味たいへん深い・・・・・!!

井伊直弼は根っからの反開国派、反水戸派、反阿部正弘派の筆頭の、超護幕派。
京都守護を主として家の仕事としてきた彦根のお殿様なので当然といえば当然の、
攘夷派(←水戸さんと仲が良さそうなものなのに)で、阿部の政敵であった。

なので井伊は大老になるや、せっかく阿部が築いた開国の礎を粉々に打ち砕き、橋本左内や岩瀬忠震(永井もつけくわえておく)など日本には大切な人材を潰して、
西洋式陸軍の訓練所として始めた講武所もただの町道場の公営施設のようにしてしまった。
つまりは安政の大獄こそが幕府瓦解の大きな要因とさえ思えてならないわけなので、
井伊大老こそは「倒幕」のスーパーヒーロー・・・・・ともいえなくもないのだ。

つまり、このフィギュアはたいへんに鋭い。

で、その井伊さんのフィギュアの内容が、

井伊直弼(来国光・娘の雛道具・直弼作蓋置)

というのがまた・・・・・娘の雛道具って(爆笑)。奥ゆかしいです。

酒は飲まず(飲めずであるが)、
伊勢物語を愛し、茶道に禅・・・・という風雅なご趣味の井伊サンらしい。
(この趣味みるだけでも、阿部正弘さんや岩瀬たちとは絶対に相容れない・・・・・)

そんなこといいながら、ついつい・・・・・。
福沢諭吉のアームストロング砲を買ってしまいました。
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# by aroe-happyq | 2006-11-25 15:02 | 広く幕末ネタ | Comments(0)
駅で無料で配布している「クーポンランドアニューズメント」2006年12月号を
ふとみたら、表紙が谷原章介さんだった。

谷原さんはトレドラでいっつも主人公の敵役兼振られ役の頃から、
素敵な俳優さんだと思っていた人ですが、
「新選組!」の伊東さんは本当にかっこよくてもっとみていたかった。

というわけで、この雑誌もゲット。
そしたらインタビューで「風林火山」の今川義元役について
語っておられた。

そしてそこには小さく義元役の写真が・・・・・・・・。
ちょっと驚いちゃうなんてものじゃないほど、かっこよかったです。

総髪がお似合いになる方です。


というわけで、
来年の大河は今川目当てで、かならずみます!(爆)
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# by aroe-happyq | 2006-11-20 14:53 | ほんの世間話 | Comments(0)
コニカミノルタプラザ、いってまいりました。
会場は二つの部屋に分かれていて、
ひとつは当時の外国人向け観光写真(彩色写真)による日常写真コーナー。
もうひとつは、遣米使節団江戸城など当時の報道的写真コーナー。
面白かったです!いい企画展でした。

もちろん釘付けになったのは、報道写真コーナーでした。
堀織部正とともに箱館奉行をした村垣さんを写真でみられた!!!
小栗上野介さんもいた!!!
どちらもふつーのおじさんだった!(爆)←そんな感想かい

でも、遣米使節団がブロードウェイで盛大に歓迎されて、
パレードのなかに埋没しちゃっている写真にはちょっと複雑な想いがしました。

このときの正使は新見さん。
ですが、この使節団を派遣する提案をハリスにしたのは、岩瀬忠震でした。
彼は自らが正使、副使には永井玄蕃尚志・・・・のつもりで、
永井と共に随行員の人選までどんどん準備を推し進めていました。
ところが安政の大獄で二人共々、失脚。
(岩瀬が左遷のあと、永井と水野忠徳といくという計画もあったけどそれも×)
結局、代理のような形で新見さんたちがいったわけでした。

もしも安政の大獄さえなければ、井伊直弼と対立がなければ、
あのパレードで、アメリカの人々も歓待を受けていたのは、
岩瀬と永井でした。

とくに岩瀬は本当に世界をみてみたいという気持ちが強く、
どんなに楽しみにしていたことか。
そして彼の世界でも通じるエスプリさくさくのジョークが
アメリカの新聞を賑わせたことでしょう。
(彼がこの当時に世界に紹介されていたら、
「ジョークのわからない日本人」というレッテルはなかった!(爆))

という経緯を思い出したら、この写真をみているのは
ちょっと辛かったです。

そして、
とんでもなく男前だという噂の岩瀬の写真、みてみたかった~~~。
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# by aroe-happyq | 2006-11-16 18:24 | 広く幕末ネタ | Comments(0)

幕末写真展!

うかつでしたっっ。わがお膝元でこんなに美味しい写真展が開催されていたとは!!
場所はコニカミノルタプラザギャラリー
新宿駅東口でてすぐの高野ビル。
(ただし正面入り口はGICCIにしか入れないので、裏口に回ってエレベーターで4階デス)

有名な人物の写真が展示されているわけではありませんが、
幕末から明治の時代を感じるには充分!だと思います。

さっそく行ってこなくては☆
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# by aroe-happyq | 2006-11-15 09:50 | 広く幕末ネタ | Comments(0)
d0080566_943401.jpg

イギリスのドラマは本気で制作するから、ホントに凄い!
で、こちらは長年愛され続けてきた大ヒット海洋冒険小説のドラマ化。

ホーンブロワー」という英国海軍士官の熱い大航海ロマン!(だと思う)


舞台は18世紀後半。
フランス革命の時代。
・・・とくれば、英国海軍史上もっとも美しい制服のオンパレード&帆船文化華やかなりし頃。
ぼ~~っと映像をみているだけでもうっとりなのですが、
海戦の描写のかっこよさはただただうっとりです。
(ストーリーにはいっさい触れません☆みてのお楽しみ)

これドラマでいいの?映画じゃないの?予算大丈夫?
・・・・・・・とまぁ、いらぬ心配をしたくなるような豪華さです。

今、4話まで完食。あとのこりは4話しかない。さみしいです。

・・・でもこれをみながら、幕末戊辰の海戦は(蒸気船ですけどね)
どういうものだったのだろう、映像でみてみたいなぁなどと思ってしまいます(どうしても幕末に頭は流れてゆく)。
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# by aroe-happyq | 2006-11-14 09:50 | ほんの世間話 | Comments(0)

日日平安

新しい作品をつくればいいのに。
最近、流行みたいなんですけど(梅安さんとか・・・もね)、
でもリメイクって微妙。

まさか織田裕二で「椿三十郎」をねぇぇ(涙)


この映画というより、その原作の「日日平安」(山本周五郎 作)
が好きなので、できれば黒澤監督のリメイクではなくて、
「日日」の初映画化でもしてもらえたら・・・・よかったのに(笑)。
(黒澤さんさえ断念した、地味な作品だけど!やる価値は
ある、すっとぼけたコメディものなんですが)

どなたか「日日平安」の映画化にチャレンジしませんでしょうか。


しかし。
こんなことが続くと、とってもこわい想像をしてしまいました。

「鬼平」なんかもとんでもなくアッと驚くよなキャストで
リメイクされちゃうんでしょうかねぇぇぇ。
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# by aroe-happyq | 2006-11-13 18:39 | ほんの世間話 | Comments(0)
この前のNHKの龍馬暗殺は誰だ、の番組。

最後までみていて「なんだよ~~永井が出てこないよ~~」
と嘆いていたのですが、

友人にきいたら「出てたよ?龍馬とすごい仲がいいんでしょ」
といわれて、当夜のその時間の自分の行動を思い起こすと、
・・・・・仕事の電話でテレビの前に3分くらい、いなかった・・・・・。
その隙に・・・・・・・・・・出ていたらしい・・・・・・・・・。

龍馬は勝安房さんの弟子。
永井と勝は長いつきあいなので、
(ホント、この二人、共に人生の最後までつきあっていらっした)
龍馬と永井玄蕃は話せば意気投合してしまうだろうと
思ったが、やはりしていた・・・・・・・・・・。

だけど龍馬が暗殺されたら真っ先に疑われたのが、
新選組と永井だった(爆)、というのが可笑しい。
三条寛愛の日記にも困っている永井の姿が登場する。

それにしても龍馬を見廻組に暗殺しろと命じたのは誰なのでしょうか?
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# by aroe-happyq | 2006-11-08 10:41 | 広く幕末ネタ | Comments(2)

榎本さんのグッズって

五稜郭関係の本を求めて放浪していたところ、
なんとなく五稜郭タワーの通販サイトをみた。
もうじき新しいタワーもできるから、なにか記念グッズがあるかな、などとおもったのに。

榎本QPもキティちゃんも・・・・なかった(ひゅるる~~)。
ひたすら土方さんのグッズ天国。

別に土方さんに罪はないが、五稜郭の総裁は榎本釜次郎さんです。

そ・・・・それだけ、ちょっとつぶやきたくなってしまいました。
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# by aroe-happyq | 2006-11-07 18:25 | 箱館または釜さん | Comments(0)

土方のもうひとつの顔?

『同方会誌』60号に、新徴組隊員だった千葉さんという人の談話がある。

タイトルは「清川八郎・近藤勇と土方歳三」。

興味深いのは土方さんについての談話(途中、現代語にしました)。

土方は近藤と共に名高いが、この人は温厚の君子人で、
近藤のやうに覇気がなかったが、近藤の仲好しで、近藤を兄として敬っていた。


土方が近藤と隊員との間の連鎖となって、
よく隊員等を慰撫していたのだということであるが、私もそうだろうと思う。
やっぱり、本当は温厚の君子人なのですね、土方さんって。

(ただ、この千葉さんは京都時代の土方さんには詳しくない・・・・・・)
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# by aroe-happyq | 2006-11-05 14:55 | 新選組! | Comments(0)

アジアンエンタメ&お江戸後期。外国奉行や長崎海軍伝習所がご贔屓☆ BYはな。


by aroe-happyq