没後150年企画 堀織部正最後の3ヶ月 第壱弾

今年は堀織部正利煕が亡くなられて、150年です。

MY追悼企画として、お墓参りしたり、箱館奉行所へ行くなど
してまいりましたが、やはりこのブログでもなにかやろうということで。

『堀織部正最後の3ヶ月』

・・・・・・なぜか3ヶ月!長いけど3ヶ月!!!(笑)。

というのも基本史料の『オイレンブルグ 日本遠征記』に出てくるから(笑)。

そんなわけで、飛び飛びではありますが、
西暦でいうと12月17日(公式ご命日)までお付き合いいただきます!

緊張感溢れるタイトルとは正反対に、なんというゆるい企画だ!!!と
御一笑いただきつつ、堀さんの様子などをちょいちょいお伝えできればと思います。


というわけで、まず第壱弾は、9月分。







 
オイレンブルグ伯はプロイセン全権公使として東アジア遠征の
一環として日本にやってきました。
プロイセン艦隊が江戸の碇泊地に到着したのは
西暦1860年9月4日(万延元年7月19日)の夕方。
翌朝ヒュースケンがやってきて通訳を買って出て、交渉がぼちぼち始まりました。
(ちなみにヒュースケンにとっても最後の3ヶ月だったりします・涙)

9月8日(万延元年7月23日) 
オイレンブルク伯一行は三田より上陸、
楽隊とともに行進して赤羽根の接遇所に入った。
(『オイレンブルグ 日本遠征記』では「公使はこの広壮な建物を手に入れた
とすっかり公使館気取りですが、仮の宿泊所であります・笑)
ちなみに赤羽根接遇所についての記事→こちら
さて、そこへ歓迎に現れたのが堀織部正(外国奉行兼箱館奉行)&酒井隠岐守(外国奉行)
と通訳の森山多吉郎&目付(名前不明)でした。
とはいえ、この日は挨拶のみで立ち去ったのでした。

彼らは9月10日(万延元年7月25日)にも訪問。
外務閣老(安藤対馬守など)との面談日などをオイレンブルクに報告。
オイレンブルグは堀織部正(外国奉行兼箱館奉行)と酒井隠岐守(外国奉行)
を軽食に誘うが、この日はじけたのは酒井隠岐守のみであった。
(酒井はこの後も小太りで陽気なキャラとして大活躍する)

9月13日(天保暦省略)
オイレンブルグは堀織部正と酒井隠岐守をディナーに招待した。
二人の奉行の贈り物は茶と卵をオイレンブルグに進呈。
(茶だけだと弔問の意味になるが卵をつけると喜びを示す、日本の習わしだと
二人は説明したよし)
あいかわらず、ナイフとフォークの使い方が巧みな外国奉行+森山(通訳)。
そしてシャンパン、甘いブドウ酒、リキュール酒とすすむうちに、
彼らは快活さを示すようになっていく。

堀織部の振舞は、はじめはいくらか控え目であったが、それでも
好意に満ちて愛すべきところがあった。
全体的にはふさいだ気分が見られたが、その振舞は人好きのする、
穏やかで円満な人柄であり、また表情は洗練された才気に満ち、
彼こそは労することなく回りの人々を魅きつける特異な人物のひとりであった。


9月14日に老中首座・安藤対馬守が交渉に登場すると、
堀や酒井は添えものとなり、
その主張も安藤の繰り返しとなってしまうのでした。
(9月では18日の訪問が最後。役割は↑これだけです)

かつて初期外国奉行(水野筑後守・永井玄蕃頭・井上信濃守・堀織部正・岩瀬肥後守)
が外交を取り仕切っていた当時(安政5年まで)には、老中や大老は外国人の前に
姿を現すものではなかったので、外国奉行が全面的に交渉を担っていました。
しかし初期外国奉行のほとんどが消え(安政の大獄やらいろいろで)、
また外交やる気満々の安藤対馬守が登場すると外国奉行の役割は
老中登場までのほんの地ならしのような存在で、その後は老中のお使いのような
小さな役割になってしまいました。
こうした役割の変化のなかで、やがて堀織部正のようにオイレンブルグと安藤の
あいだで板挟みになるような状況が生まれていくのでした。

9月の段階で、すでに「全体的にはふさいだ気分」の堀織部正。
安政の初期、箱館奉行として情熱溢れる活躍ぶりとはうってかわって大人しいです。
ホントは箱館の仕事に専念したかったかもしれませんが、
なにせ初期外国奉行で残っているのは堀だけなのです。
(永井&岩瀬は永蟄居中、水野は西丸留守居、井上は軍艦奉行)
どうも過労気味のようで心配です。
それに感性の強い堀利煕のことです、井伊大老暗殺以後の徳川公儀の「御威光」の
凋落ぶりをみて、暗澹たる気持ちにもなっていたことでしょう。
そして政治的な愚痴をざっくばらんに話せる友人たちも近くにはいません。
こういうことを考えてみると、ふさいだ気分になっても仕方がないような。

というわけで、1860年の9月は過ぎていきました。


☆第弐弾は10月後半です☆

引用はすべて『オイレンブルグ 日本遠征記』(雄松堂書店)より。
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by aroe-happyq | 2010-09-30 19:58 | 外国奉行ズ | Comments(0)


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