人気ブログランキング |

ブログトップ

東都アロエ

杉亨二の語る、阿部勢州という人

某ドラマであっけなくF.O.してしまった阿部さんについて
その人物像についての証言を記事にいたします。
(ステキな阿部さんを堪能したので、なんだかちょっと阿部祭り再燃♪)

日本における統計学の祖といわれる杉亨二氏は、
もとは勝麟太郎塾の人でしたが、その後阿部正弘の蘭学教授として
福山藩に仕えた時期がありました。
そういう繋がりで『杉亨二自叙伝』等で阿部正弘に蘭書を教えた時の
印象などを記しておりますが、『旧幕府』の史談会でもその様子を
披露しております(内容はほぼかぶってます)。

というわけで『自叙伝』よりもより長い、
史談会バージョンで阿部という人の様子を紹介したいと思います。





史談会記事 『旧幕府』第5巻1号P31~

阿部勢州は温厚の方でして、一見大将の樣でした。
和気掬す可しと申すは、アー云う人だろうと存じます。
阿部へ私が聘せられました後に、ある時少し隙があるからとて召されました。
昔の老中と申す者はそれはそれは非常に多忙なもんでした。
その時に勢州は袴をはかれて一と間に座して居られましたが、
私が出ましたのを見られて、
「今日は幸いに寸暇があり、面会して喜ばしい」との挨拶でした。
 
 
  ※『自叙伝』のほうでは「疾くより面会致したかったが、何分御用多で
  寸暇を得ぬので延引した。今日は暑いのにご苦労だ、この本の講釈を承りたい、
  もうちっと側にきてくれ」


私も壮年の頃でありましたゆえ、老中だと云ったとて何んする者ぞと
云うよう気組で居りましたが、勢州に会いました時には自然と頭が下がりて
尊敬するような心になりました。
勢州はやがて蘭書の〈ハンド、アトラス〉を出され小机の上に置き、
「それを講じてくれ」とのことでしたゆえ、図(おそらく世界地図)について
説明いたしました。
この書は私が数回読みもし、訳も致しましたものです。
その時勢州は微笑して「日本は如何にも小さいものだ」と申されました。


 ※『自叙伝』では「なるほど世界に対すると日本は小さい島にみえる。
  如何にも世界はこういうものかと発明したこともある。大きに快い」


その説明に満足されまして、次ぎには〈グランマチカ〉を出されて「講ぜよ」
との事でした。
和蘭の文法を説明いたしました時、如何にも感服され「能く出来ている」と
評されましたが、勢州は日本の文法に通じて居られました故と存じます。


 ※『自叙伝』では「なるほど文法が能く整っている。これでは物も分かるわけ
  である。殊に万里波涛を隔った国の書をそれだけに講釈の出来るのは苦心なものだ。
  本は何程にても注文してやる」


勢州はその席にひかえし公用人に「外国の文字が斯く読めると申すは
まったく勉強のゆえならん」など非常に賞美されて、その公用人に
「そのほうも学びてはどうだ」など申されました。
勢州は斯樣な方でございました。


 ※『自叙伝』では「今日は大きにご苦労であった。ゆっくり休息をしたが
  よろしい」と云ってご馳走になった。

・・・・・・・・・・・・(別の人の話題になるので省略)・・・・・・

また勢州の人となりに感服しましたのは、勢州の憂色を顔にあらわしたのは、
死刑のある前日のみで、国家の大事には声色を動かさざりし由です。
勢州はまた人材を登用されました。
川路左衛門尉、岩瀬肥後守、松平河内守、水野筑後守、永井玄蕃頭、大久保越中守、
これらの人々は今日(明治)の政治家としても立派な者です。
またペルリの談判に当たりました伊澤美作守といった人はすこぶる豪胆でした。

・・・・・・・・・・・・(伊澤の話になるので、省略)・・・・・・

勢州は追々天下の様子が動いてくるので、「これでは徳川の天下は
持ちこたえられぬ、何か良い方法があるまいか」と調べる時に蘭書の地理書に
政事の事も載せてあるので、独逸(どいつ)の〈コンフヘデル〉の仕組み
を知られ、「そういう風に日本もしたらよかろう」と云われたそうですが、
あまり能く記憶しておりません。


以上でした。
前半は『自叙伝』で「はじめて接見した時の温和の風采は今日になっても目に
見るようである」というようにはじめて講釈したときの印象を語っており、
後半は人づてに聞いたことなどが中心です。

たったこれだけの談話でも、阿部という人の「できた人物」っぷりが
垣間見られます。

なかでも印象的なのは、
勢州の憂色を顔にあらわしたのは、
死刑のある前日のみで、国家の大事には声色を動かさざりし

というところ。
(江戸時代、死刑の最終的決定は老中+将軍ですが、だいたい老中首座が
 やっておりましたので。なかなか決定できず老中同士でたらい回しなんかもアリ)

老中首座といういわば一国の宰相という立場にあるわけですが、
幕末のわたわたする首座に比べるとご立派です。
現代の政治家にはありえない、精神力。若くしてどうやって鍛え上げたのでしょう。
やはり古今の書物を読み込んだゆえでありましょうか??

そしてやはり、徳川の天下はこのまま続かないと思っていたようですね。
独逸(どいつ)の〈コンフヘデル〉の仕組みって、なんでしょうね(笑)。

などなどいろいろ語りたいところですが、ちょっとキーボード打ちすぎたので、
また後日(笑)。
by aroe-happyq | 2010-12-09 19:49 | 幕臣系(老中など) | Comments(0)