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東都アロエ

永井翁、新選組を語る @史談会速記禄

やっと、永井尚志没後120年企画っぽい記事です(笑)。

永井介堂の談話は少なく、代表的なものは、
『史談会速記禄』に収録された、「付録 島津家事蹟訪問録」と題された
ものです。
「付録」とあるのは、この談話が史談会で話されたものではなく、
明治21年7月に向島・八百松にて(←永井・榎本御用達の料亭・笑)
史談会でお馴染みの寺岡宗徳はじめ、水戸家令の長谷川清と永井等で
維新前後の談話をしたときに収録したものだから。
通常の史談会だと起立、一堂礼、みたいな厳粛さがありますが、
この談話は異色。
たぶん、みなさん、ちょっと?お酒が入ってます(笑)。
(この会場設定はお酒好きの永井に合わせてくれたのか?)

『史談会速記禄』172、173号の2冊に収録されておりまして、
元治元年の禁門の変のコト、二条城退去、大権返上のコト、
榎本らと脱走したコトなどいろいろ語っております。

で今回は二条城退去顛末のなかで、新選組との関わりを語った
くだりを紹介いたします。





と、その前に二条城退去についてちょっと説明。
大権返上、王政復古のクーデターなどがあって、
慶応3年12月12日に、慶喜が突如、二条城から大坂城へ入りました。
永井玄蕃頭尚志は予定では目付一人とともに京に残るハズが、
12日城にいってみると、その目付も誰もいない(笑)。
慶喜が出かけた先もわからず、夜中になってやっと大坂に向かう途中で、
今は枚方にいると報告をうける始末。
永井は「行き先が知れてよかった」とその夜は安心して自分の仮寓に戻ったそうで。

さて、永井はここから新選組と水戸藩との諍いに巻き込まれる。
城にいくと、両者が揉めていた。
慶喜は、水戸藩兵に二条城の警固を命じ、
閣老は、新選組に二条城の警固を命じてしまった。
つまり、どちらも悪くない、不幸なダブルブッキングだった(笑)、と永井は語る。
互いに間違っていないため、譲らず、
永井は「この上は予(永井のこと)、大坂へ下りていずれが真否を問い、
正すべし
」と両者にいい、大坂に判断を仰ごうと諭して、
そのまま大坂に出立した。

新撰組の者とは別に予の統率の職権はなかりしも、
常に随附して離れず、すこぶる情誼深かりき。
故に隠現ともに予の身体を保護し呉れたり。
常に予の往来の道中には所々に佇立して隠然守衛を怠らざりき。
かくの如き交誼ありしゆえ、
「是非一緒二随行すべし」と云いしにより、止むべきにやあらざれば、
その意に任せ、「勝手に行くべし」として
一同引き連れて大坂に下れり。

(以上、『史談会速記禄』172「付録 島津家事蹟訪問録」より)

永井には新選組を統率する職権はなかったにもかかわらず、
いわば役目以外のこととして、
新選組が永井の警固を陰ひなたにしてくれていたそうです。
その感謝の想いが「すこぶる情誼深かりき」の言葉に込められて
いるような気がします。

同じ談話の「山内容堂ノ話」の項でも、
慶喜が帰りに襲撃されたら危ないからやめよと止めるのも聞かず、
永井が土佐藩邸に行って、帰りにやっぱり狙われた時、
危機を察して容堂公が裏口から帰れと出してくれて、
(とんでもない細い路地を暗闇のなか進んだとか・笑)
やっと安全な道へ出たところ、土佐藩のはからいで家来も馬も
待っていたけれど、

宅よりは新撰組の面々等迎えに来たりて無事なりき

と新選組も駆けつけてくれたことを語っている。

永井と新選組との付き合いは壬生以来とはいえ、
(たとえ近藤勇が永井家仮寓の道場の師範であっても)
この深い絆はなかなか感動的であります。
文久3年以来、どちらも京に留まってさまざまに戦ってきた
関東者同士の戦友という意識があったのでしょうネ。


さて、「二条城退去の顛末」の続きをみてみましょう。

予は新撰組を引率して大坂に下り道にて、
近藤に説て曰く「もはや再び京都に帰るべからず。
また徒手にしても致し方なかるべし。伏見の警衛をなしては如何」と。
同人(近藤)これを諾せり。
因りて伏見に止めおき、予は大坂に下り慶喜公へ言上し、
「彼らのごとき壮士を京都に止むるも懸念あれば、これを伏見に
止め該地の守衛を托せば不都合なかるべし」の旨をもって
ついに聞済ありて、(新選組を)伏見には止めり。
然るに尾州家より使者あり曰く
「新撰組のごとき粗暴客のみ京城近きに置くときは煩いをなす、
少なからず万一妨害等をなすときは悔いあるべし、速やかに
引き返しあるべし」との旨なり。
予は「別に差し支えなし。彼らといえども理非をわきまえざるものに
あらざれば、事なくして乱妨を働くことなかるべし、只徒手に置く
ときは後害の恐れあるも、伏見守衛を托するとせば、
懸念なし」と申せしも、
使者なかなか聞き入れず。強いて退去せしむるの利なるを説きしも、
予立ちて之を論せしにより、
遂にそのままに放任せしむることとなれり。
このときは新撰組は頭立たるもの三十人、計外に二十人、計合して
五十人くらいなり。後日、伏見の役にて多くは戦死せり。


(以上、「山内容堂ノ話」も含め
『史談会速記禄』173「「付録 島津家事蹟訪問録 続」より)

永井としては良かれと思って新選組を伏見の警衛として
とどめたのに、まさか伏見で戦端が開かれてしまふとはっっ(涙)。
親切がアダとなってしまいました。
(それぐらい、明日のことがわからない時期だったのですねっっ)

数少ない永井談話のなかで、けっこうページをさいて
新選組について語った永井。
こののち、一説には甲陽鎮撫隊の結成時にも後押ししたとか、
(またも親切がアダになっている気が……涙)
そしてまさか脱走先の仙台で再会し、箱館で再び仕事をしようとは(笑)。

なぜか新選組と奇縁のある、永井翁でありました。
Commented by M子 at 2011-01-20 21:34 x
読んでる途中で涙が出てしましましたマジで。
本当に人と人との繋がりなんだなあ、と思いましたです。
永井さんという味方が生き残ってくれてよかった(嬉涙)
あの永井さんがそう云うんだからただの粗暴の人たちの集まりではないんだよ。そうだよ。こんな貴重な証言を残してくれてありがとう永井さーん。
そしてまた、こんな素敵な記事を書いてくれてありがとうはな。さーん。

文中に尾州家の者が新選組に関していらぬ心配してますが、この人たちは伏見でも新選組に「キミたちがいると戦が始まっちゃうからここから立ち去りなさい」って説得を試みてるんですよね。
しかも煙管の火を借りるふりして近づいてるんです(笑)
大坂城でもそんな工作しようとしてたなんて、こちらもとても興味深い内容でした。
Commented by はな。 at 2011-01-21 10:25 x
M子さん、こちらこそ早々に読んでいただき
(しかも細かく読みにくいのにっっ~)
ありがとうございます☆
新選組と永井は、新選組と会津藩の雇用関係と違って、
個人的なおつきあい。永井はとくに近藤さんと親しいわけですが、局長の人柄をみればそのチームが粗暴かどうか、わかりますもの。
永井は新選組隊士たちの誠を信じていたのだと思います。
永井も京都暮らしのなかで、攘夷派に狙われ、慶喜側近だからと狙われて、よくぞ生き延びたと思うのですが、
その陰に新選組の力強いSPのおかげがあったと思います。
外国奉行ファン、永井マニアとしても、新選組に御礼を申し上げなくてはいけません!

>この人たちは伏見でも新選組に
尾張藩、諦めていなかったんですねっっ(爆)。
大坂城で永井に却下されたので、
現場で追いだそうとしていたとわっっ。
しかも「煙管の火を借りるふりして近づいてるんです」
ってどんだけ新選組にビビっていたんでしょ(笑)。
なんか、カワユイですっっ。
Commented by きりゅう at 2011-01-21 10:32 x
新選組伏見移動の陰に永井あり……だったとは!
本当に縁があったんですね~~。
日野まで行って昔話するはずだわ(^^)
Commented by はな。 at 2011-01-21 17:42 x
きりゅうさん、読んでいただきありがとうございます♪
そうなんです、
永井が伏見奉行も兼任していたこともあって、
こういうことになりました。

>日野まで行って昔話するはずだわ(^^)
ホントですね(笑)。
いろいろ日野の人に話すこともあったと思いますし。
Commented by 小夜 at 2011-01-24 10:22 x
出遅れましたが。
永井さんと新選組の絆、いいですねぇ~。
箱館での長い冬、束の間平穏な日々に土方等と京師での思い出を語り合ったことも有ったかな?と思ったら・・・泣けます~!
先日函館行って来たばかりなのですいません、つい。
SP新選組もカッコイイ!というか、新選組に警護されていたら余計憎まれ狙われそうなものなのに「その意に任せ」ていた永井さんの泰然として鷹揚なところも大好きですv
Commented by はな。 at 2011-01-24 19:47 x
小夜さん、
長く細かい記事を読んでいただきありがとうございます!!

箱館の寒い冬の夜に、熱燗でホロ酔いの永井さんは(笑)、土方さんたちに新選組の局長の顔とは違う(土方の知らない?)、永井邸での近藤さんの思い出話をしみじみと語っていそうです。

>SP新選組
永井邸に襲撃予告があって(爆)、門を開け放ち、『孫子』の空城の計で待ち構えていたら敵が来なかった事件があったのですが、そういう時にも新選組が加勢してくれていたと勝手に想像しているところです(笑)。
永井家の家来衆じゃ頼りにならないし(有能そうなのは、新選組に入隊希望して、退職していくし・爆)、永井にとって新選組の存在は本当~っに頼もしかったと思います☆
by aroe-happyq | 2011-01-20 19:52 | 外国奉行ズ | Comments(6)