後藤が素敵 @慶喜

45回「大政奉還」。

前の記事の最後で、永井出てこないな~と打ったら出てきた!(笑)

でも……、

若年寄 永井尚志

おいおいおいおい、若年寄になったというのに、玄蕃頭はなお、お預けか!?(爆)
このままだと最後まで、このドラマの永井は官名なしだな(爆笑)。
(どーしてこの人だけないんだろう。みんなあるのにな~~)

再登場の永井尚志は立派におじさんになっていて、
慶喜や板倉たち若い首脳チームのなかでおっさん一人紛れこんでいる感じが
なんだか楽しい☆
きっと歴史上でもこんな感じで座っていたんだな~と(笑)。
本だけだと具体的イメージが行き届かない部分がありますが、
このドラマのように良質な歴史ドラマですと、脳内イメージの活性化に
たいへん貢献していただけて、感謝!感謝であります♪





で、大政奉還というわけで、後藤象二郎が登場しました。

このドラマの後藤象二郎は、13年前の小木茂光さんです!!!

これがまた、現存する後藤の写真の雰囲気がでていて、
物静かな知識人というMYイメージにぴったりで
またまた感激でした!!!!
ちょっと、かっこいいじゃん、後藤!みたいな(笑)。
(去年のアレはなんだったんだ……まったく)

後藤さん、大政奉還の建白書を慶喜に出す際に、
伏見の薩摩藩邸に出向き、土佐と薩摩のあいだの倒幕の密約のほかに、
この大政奉還の建白を土佐・薩摩連名で出そうと持ちかけます。
でもこのドラマの小松帯刀は大久保&西郷とほぼ同心の好戦的なキャラでして、
あっけなくはねつけちゃいます(笑)。
(歴史的には小松さんも大政奉還派であります☆)
薩摩側はもう戦いしかない、慶喜を倒すしかないというので、
後藤が「全国が焦土と化してもよいのですか?」と問う。
西郷「それがしには一本の道しかみえませぬ」
だ~これだから単純な人は困るぜよ、みたいな愚痴はこぼさず、
黙って哀しそうに目をふせる後藤さんに座布団30枚!
(まさにあっちのみてみたかった、後藤すわんです!・笑)

なので土佐単独での建白提出となりました。

とその前に慶喜サイドのほうもいろいろありました。

まず原市之進暗殺もあって、慶喜の身が危ないと側近が心配して、
慶応3年9月、小浜藩邸から二条城に引っ越しさせられちゃいました(笑)。
窮屈なのがイヤなのに、ついに御城暮らし。
(ま、あっという間に退去しちゃうことになりますけど)

パリ博覧会での騒動によって、日本政府たる徳川幕府の評判が欧州で
落ちてしまったことで、フランスからの借款があやしくなってきた。
頭をいためる慶喜をよそに、幕臣の間はあいかわらず長州征伐を唱えたり
薩長が攻めて来る前に敵の本拠地を軍艦で叩こうなどという主戦論が
フツフツと盛り上がりをみせていた。

そんなおり、西周に編ませていた「議題草案」の草稿が完成する。
日本が、西洋式の上下二院の議会制かつ大統領制、立法・行政・司法の三権が分立した
近代国家に生まれ変わるというものだった。
一読して感銘を受けた慶喜は西周をねぎらい、二人きりの酒宴を設ける。
「この草案があればすぐにでも新たな国家が発足できる」
と上機嫌の慶喜。西周は大政奉還の噂をきき心配する。
「この草案は上様を元首としてしくみをつくっております。もし上様が
朝廷に大政をお返しすればこの草案は無用のものになります」と。
しかし慶喜は「その時は元首のところだけ新たに考えればよいのだ」
とあいかわらず、無欲な人(笑)。
西周が困っていると、
「巧い具合に(新国家が)出発できれば余の役割も終わる」とにこやか
に酒を呑んでいる(笑)。
この将軍職とか元首に執着しないところが、好くも悪くも慶喜さんである。
(この執着のなさが西郷たちには理解不能でいろいろ誤算を繰り返してきた。
欲深な彼らにはいまいちわからん境地みたい・笑)

さて、いよいよ後藤の大政奉還の建白書が登場する。
歴史的には慶喜に取り次いだのは永井ですが、なんでかこのドラマでは
板倉老中~~~(笑)。
慶喜が後藤の建白書を手にすると、板倉&永井に議題草案を渡して
「余がこれを読んでいるあいだに、それを読んでみよ」と。
で、速攻で読み終えた二人、
板倉「すばらしい内容と存じます(以下省略)」
永井「目からウロコにございます(以下略)」
といたく感銘。

慶喜のほうは後藤の建白書をうけて、大成奉還するか否か、
しばし悩む。
(ちなみに歴史的には、永井談話(史談会速記禄付録)によれば
慶喜公にはすでに心中決定ありし模様なり。…(略)…公は
(建白書を)一見して直ちに決心あらせたるものにて……
」という)
このドラマでは一晩考え、決心したもよう。

ところで、坂本龍馬の「船中八策」も後藤の建白とともに
慶喜の手に。慶喜さん、一読してぽつり。
「これは。橫井小楠の申していた事であるな……」
さすが慶喜さん、見破っちゃいました!?(爆笑)
(ちなみに坂本龍馬の登場は名のみ、これきり登場ナシ♪♪
人気におもねらない、このドラマ。まったくもう、素敵053.gif

ここで後藤に被害が(笑)。永井と板倉に呼びだされ、
「おぬしの方から薩摩長州と(戦いをせぬよう)話してくれまいか」
…なんて無茶なお願いをされてしまう。
土佐だって倒幕の約束に加わっているんだ、んなことできないさーとはいえないし(爆)。

慶喜の決意を知らない伏見ズは「徳川幕府が大政奉還をすれば
戦えなくなる」と焦り、急いで岩倉と謀っていた。
テンションがあがりまくる岩倉は天をあおいで、ついひと言。
「鎌倉幕府以前の正しき姿に戻すのじゃ」

えええええ、日本を平安時代に戻す気すか!?お公家さんたちってばよー。
と大爆笑。
(実際には明治になって太政官とか、弾正台とか……さらに時代が後退したよーな・笑)

慶喜は近代国家ってるのに、YOUたち平安時代!?No~~~~~ぉぉぉぉ(笑)
(明治維新てホント、大丈夫なのか?!)

で。どーにかこうにか、この人たちは倒幕の密勅をゲットした!

が!
密勅運動は二条城にだだ漏れであった。即刻慶喜は、
「大政を奉還する。ただ、戦にならぬよう手をうたねばならぬ」と命じた。

そしてぽつり、
「思い通りにはさせぬ」と(笑)。

一方、密勅をゲットして喜びもつかの間、慶喜が大政を奉還してしまった報を
きいた伏見ズは大落胆(笑)。
彼らは「一橋め~~~~」と悔しがる。
西郷「われわれは攻める大義名分をなくしてしまった」
(そしてますますええじゃないかの煽動とか、江戸の薩摩御用盗とか非情な手段
に手をそめていくんですな、せこどんは・爆)

なにより愉快なのは、
徳川が大政を奉還してパニクる朝廷(笑)。
(だったら王政復古とかゆってんじゃないよ!みたいな)

そのころ、二条城では永井&板倉を前に慶喜が静かに
誰かたちに向かって、
「死ぬための戦など考えるでないぞ」
と語る。

うむむー、あと4回。ますます目がはなせません!
(結果はわかっているのにね~~)
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by aroe-happyq | 2011-01-28 11:38 | 慶喜@大河 | Comments(6)
Commented by きりゅう at 2011-01-28 14:51 x
>日本を平安時代に戻す気すか!?お公家さんたちってばよー。

あい。あの人たちがイメージできる政治のモデルって、平安しかないから(^^)
思えばよく明治維新が成功したもんです。

後藤象二郎は「貴族の」ミッドフォードさんが絶賛しているところを見ると、紳士的な人だったんではないかと思われます。
ガサツなパークスに文句言っちゃうあたり、大好きです♪

そういえば慶喜がいた二条城南の小浜藩邸って、いま刀剣屋さんなんですが、そこのご店主が京都の新撰組同好会の局長さんであらせられます(^^)
なんか、お茶飲んで幕末談義してたのを思い出して、笑っちゃいました。そういや慶喜の話はでなかったねぇ(^^)
Commented by はな。 at 2011-01-28 17:51 x
>紳士的な人
後藤さんは明治期にも永井翁の良き酒呑み友達ですし、
ガサツで濃い人とは思えませんしねー(爆)。
パークスにもっと言ってやって!って感じです。

>そういや慶喜の話はでなかったねぇ
そうかー小浜邸跡には新選組関係の御方が住まっておられるのですね。ツイてないなーケイキさん(爆)。
新選組といえば鳥羽伏見の戦い後に大坂城で「上様の首をとっても、京へ攻め上る」と息巻いてましたからねー。
慶喜のことなんて、そりゃあ興味なかろうて~~~(笑)。


Commented by きりゅう at 2011-01-28 18:24 x
>ガサツで濃い人とは思えませんしねー(爆)。

あの外見なのにね~(^^)
Commented by はな。 at 2011-01-28 18:36 x
>あの外見
たしかにゴツイんですけど(って写真のお姿を想像中)、
なんたって目がかわいいんです、この方!(笑)。
わたしとしては薩長土肥のなかで
「目がかわゆい」なんて思える人なんて、
象二郎さんぐらいなものです☆
Commented by リーベン三角 at 2011-01-29 00:54 x
本当に今回の後藤象二郎は去年の龍〇伝と違って良いですね。
モックンの慶喜も回が進む程素晴らしい!
「坂の上の雲」も良かったですが「徳川慶喜」がこんなに面白いとは!
高松出身なので水戸藩に親近感があります。
Commented by はな。 at 2011-01-29 11:58 x
リーベン三角さん、こんにちは!
おっしゃるとおり、このドラマの後藤はホントにいいですね♪♪
本木さんもますます慶喜を掴んでおられて、
あと少しで終わるなんてもったいないぐらいです。

高松といえば、水戸藩の支藩(光圀さんの兄様が藩主で、
その子が水戸藩を継ぎ、光圀の子が高松藩を継ぎましたほど、
水戸と近い関係)で、さらに安政のおりには
井伊直弼の姫君が嫁がれて、
水戸藩と彦根藩の対立に巻き込まれなさって、たいへんだったと
記憶しております。


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