慶喜も家茂も落語好き

昨年秋、国会図書館で複写してきた新聞類を
ここ2ヶ月は寒くてやる気が起きませんでしたので、今頃整理しているのですが
そこで拾った、ちょっと面白い記事を紹介いたします☆







落語好きの将軍様  落語家圓右の談

元々慶喜公は大変に落語好きの方でございました。
御幼少の頃から度々召されて参りましたのは、
元の圓喬と先代柳枝と私(圓右)とでありました。
圓朝の又師匠にあたる圓生は十四代将軍のお気に入りだったと
いうことです。
何しろチョンビン頭の落語家のことですから召されて
参りますのに駕(かご)の上に御用札を揚げておかないと
見附見附で取調がやかましくてならなかったのです。
私は圓生が十五代様にある時「将棋の殿様」というのを
お話申して大変お褒めにあずかったということを聞いて
おりましたから、私が吹上御殿へ召された時にも
この落語をいたしました。
筋は大名というものは我儘なもので下々の事などは
いっこうにおわかりにならないというのです。
その時もエラクお喜びになりました。
いったい慶喜公は江戸趣味のお方で江戸っ子とか
職人とかいうものが馬鹿にお好きでした。
これは十年前本郷の加賀様で園遊会のありました時
圓喬と私とが伺いまして杣(そま)茶屋を出しましたが
タッツケにかもしかのチャンチャン、白足袋に草鞋という
いでたちでした。そこへ将軍様がお見えになりまして
「おお、この杣は白足袋じゃな。マムシがいないからそれでよかろう」
とおっしゃいましたので、
コレはコレはといたく恐縮したしまして早速紺足袋に代えた
ことがございます。
こういう具合に何事にも通じていらっしゃいました。
それからいつぞや華族会館でお祝いのあったおり、
やはり召されて一席お伺い申しておりますと、
夕日の奴めが窓から射し込んで話にくくてならないのです。
誰も何ともおっしゃってくださいませんのに、
慶喜様がこっそりと給仕を呼んでカーテンをおろせと
お命じになったのでやっと息をつきました。
こういうふうによく気のつくお方でございました。


(以上 讀賣新聞 大正2年11月23日 朝刊 3頁め)


日付をみてピンときた方もおられると思いますが、
この記事は慶喜薨去のいわば追悼特集号のなかのひとつでした。
このほか渋沢栄一やいろいろな人の談話が出ていますが、
なにせこの「落語家圓右の談」はちょっと笑撃的だったので
UPさせていただいた次第。

幼少の頃から(とはいえ江戸に出てきた10歳以降)

慶喜は落語好き

とか、

圓生は十四代将軍のお気に入り
とかもう~~~~~~。

そうか、そうだったのかと。
江戸期の落語と武家の関わりは前から興味津々でしたが、
公方様までが落語好きなのかと(笑)。

公方様が好きなら、大名旗本もみんな好きだよな、と。
(なんでも将軍様の趣味を真似したくなるらしいので・笑)

そして慶喜公の黄金の舌を育んだ要素の何%かは、落語だったのか!?
みたいなっ。

せっかく初代三遊亭圓右さんが慶喜さんは
江戸っ子とか職人とかいうものが馬鹿にお好き
でたいへん気のつく人だといういい話を披露してくれているのに、
ワタクシめが食いついたのはズバリそこだったりしました(爆)。

おそるべし、江戸落語…………っっ049.gif
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by aroe-happyq | 2011-02-24 14:06 | 江戸城の大旦那 | Comments(0)


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