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東都アロエ

科目修了報告の旅① 本行寺の変

数年じわじわと続けてきた幕末必須科目「慶喜」の単位が
とりあえず、とれたかな~ということで、初めて正式に
慶喜公の墓前@谷中霊園に挨拶に参ろうと……、
実は先月の地震のちょっと前に考えていたのですが、
地震があったり、風邪を引いて寝込んだりで、延び延びになっていました。

ようやく一昨日、報告のため谷中霊園へいったわけですが、
やっぱりここに行くなら素通りできないということで、
日暮里の本行寺の永井ファミリーにご挨拶にまいりました。
(ま、永井尚志は慶喜の側近だし、いろいろ本科目でも世話になったので・笑)


そんなわけでスタートは日暮里駅北口から!


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今年はどうもお花見の気分になれなくて(ま。風邪引いてたってのもある)、
どこにも桜を観に行ってなかったし、たまたま満開の桜に遭遇して、
思わずじ~~~んと胸があつくなりました。

やっぱり桜はいいな~~~~っっ!


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で、桜のアーチを過ぎると、すぐに本行寺です☆

そのまま通りすぎようとしたら、見慣れぬ看板が………。

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な・・・なに…???

新区画は本堂左奥!?ですと??

左奥っていったら………

ひ~~~~~~~~っっ

そこからもう夢中で駆け出したのは言うまでもありません。

近年、無縁の旗本家の墓所が一族ごと撤去され、捨てられる事が多い!
最近、岡部駿河守の墓参にまいったところ、墓所ごと撤去されて新しい墓が建っていた
こともあるし、かの堀織部正ファミリーも函館のみなさんの尽力がなかったら
とっくに撤去されていた、な事情が頭のなかをぐるぐる回り、
いささかパニックになり申した(笑)

で、現場に到着

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ふぉぉぉぉ~~違ったーーーーっっ。
(ま、冷静になって考えたら、永井尚志は看板も立っている、
ちょい有名人で、無縁墓でもないし、撤去なんてありえなかったんですけども・爆)

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このあたりには、

太田道灌の孫を祖とする、5千石の名門旗本太田家の墓所がありました。

たまたま昨年、撮影したそのなかのお一人のお墓↓

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この太田資寧さんの娘は十二代将軍家慶の側室になり、一姫、一太郎(夭折)
を生んだ人。つまりこの資寧さんは将軍家ゆかりの人物にあたります。
そんなビックネームをみつけて、慌てて撮影したのですが、
こんなことなら墓所全景を撮影しておけばよかった。
資寧のそばにあった墓の大田資倍という人は
あの「鬼平」のモデル長谷川山城守とゆかりのある
人だったり、ちょいちょい歴史にその名をとどめる人々でありました。
(今どき、ちょいちょいぐらいの名のとどめ方だと消されます。
岡部駿河さんみたいに活躍しても、ですもの)


さて、そこからすぐの永井家ファミリーのところへゆく。

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(←左ヨコに養子の岩之丞夫妻の立派なお墓がある)

もう何度も来ていますが、今回はいろいろな意味で
「みなさま、ご無事でなによりです!!」とまず手を合わせました。

血の繋がりよりも「義理」の縁が多いなかで幕末の混乱を
生き抜いた、この旗本ファミリーが好きで、
かなりの頻度で挨拶に来ているのですが。

本当に。
ブルドーザーの騒音と、度重なる地震に耐えつつも。
お変わりなくて、よかったです。

永井家ファミリー墓所についての過去記事→こちら

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今回は尚志公だけでなく、やはり永井家のドンである義父の尚徳公にも
お酒をお供えさせていただきました☆

ホントは本行寺横のお花屋さんで花を買おうと思っていたのですが、
あの看板でびっくりしてすっかり忘れてしまい、
「まっ、いいか」ってことで(笑)。
次回、また来られたら、その時は花も持って参りましょう。


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帰り、本堂のよこをみたら、卒塔婆の山が。
これ、太田家のだわ。
すごく立派な墓所で、たくさんの卒塔婆があったから。


お寺の事情はわかるけれど、
なんとなく、諸行無常でござるな~~~~。


以上、「本行寺の変」でした。

次回は、いよいよ科目修了報告@谷中霊園&おまけです♪
by aroe-happyq | 2011-04-15 10:55 | 外国奉行ズ | Comments(0)