杉清の箱館一酌日記 4

酒場という聖地で 酒を求め 肴を求め彷徨う(@酒場放浪記)
杉浦清介の箱館酒場放浪記第4弾!

まだまだ旧暦3月中だな♪などと油断したら、4月に入っちゃった(汗)。
というわけで、慌てて第4弾、いきまーす。

前回3弾は→こちら

あんまり酒場放浪してくれない杉浦であるが、
ますます緊迫していく情勢のなかの一酌日記であります。

明治2年(1869)3月

二日 雪益降ル、及晩歇、大岩来話、一酌。

六日 大河内稽古始メ、大酔帰ル

七日 ソンデイ、中長来話、一酌

八日 佐政来過、一酌、夜高彦及ビ政子ト山奇楼ニ一酌、第十一時帰

雪が降り、冬のような寒さというのもあり、また情勢ますます芳しからずな
こともあってか、杉浦の晩酌もいまいちテンションが低い~~~。

そして注目すべきは、8日の「第十一時帰」。
これは西洋風の時刻、「午後11時」のこと。
いままではこういう表現を使ってこなかったのですが、この後の日記をみると
ちょいちょい登場する。
運上所に勤めている杉浦なので、ハイカラな蘭癖さんならとっくに
使っているはずの表現だが、いままではなかった。
つまりは、戦争が迫りつつあり、次第に蝦夷が嶋政府全体が
そちらにシフトし、時刻の表現も統一し始めたから???

そして一酌日記とは趣旨が違いますが、どのような情勢だったかを
紹介すると………

十日 晴、夕雨、本日官軍陸海トモ江戸ヲ發スト云フ

箱館脱走チームのみなさんの情報収集力は正確で、
本当にこの日、新政府軍の軍艦が品川を出発しています。

自分たちの主張が認められず、逆に討伐軍を差し向けられている
杉浦ほか箱館の脱走チームの気持ちはいかばかりでありましたでしょうか。
そして戦争に巻き込まれつつある箱館の人々も。

しかし杉浦は回数こそ減っていきますが、まだまだ呑んでいきます!

十二日 夜訪高彦于山奇楼、臨席有瀧川、宮内二人

このころは、山奇楼がご贔屓だったようです(笑)

十四日 雨、ソンデイ、午後、謙斎先生ヲ過ク、此来先生松前ニ赴クト云フ
    因テ詩二説ヲ贈リ過ル


謙斎先生というのは、矢口謙斎のことで(紹介記事はこちら)で、
岩瀬忠震や永井玄蕃の友人で、儒者であります。
杉浦は松前といってますが、矢口本人は川(河)汲温泉へ療養へいったと証言。
ひょっとしたら松前に行ってから温泉にいったのかもしれませんが、
矢口さんの伝としてはそこは省いたのかも。

二十二日 晴、不快甚矣、岡近上滄海楼ニテ一酌

二十六日 晴、本日回天南部ヨリ帰港、同所戦争
     甲賀矢矧、渡信、筒井其外水夫六七名、新木隊、新撰組、
     都合二十余名戦死ト云フ
     夕高彦来過、永井君ヲ訪フ、大河内ヨリ招使来ル、高彦在座、
     一酌共ニ出テ山奇及金奇ヲ過キ、一泊シテ帰ル


だんだんせるせない酒になりつつある、杉清の酒。
26日には回天が箱館に戻ってきました。
思わず永井奉行を訪ねてしまうあたり、ひょっとして不安だったのか??

この時分の箱館は桜も咲き始め、庭園が美しいらしく、
酒を呑むよりも、だんだん散策に興味がいきつつあるようで、
戦争への心配もありつつも、春を満喫中でした(笑)。

二十九日 春陰卵色、川又氏ヲ過ク、閑話令助ト山奇亭夜酌

三十日 花園散歩、永井氏令郎同行牛店ヲ過ク

最後になって、いきなり新たなゲストが登場。
永井氏令郎というのは、永井玄蕃の養子の岩之丞クンです。
いくつか詩も残っていて、なかなかのインテリ青年ですが、
まさか杉清に誘われるなんて~~~~~~。


さて、次回は最終回。
最後ぐらい、旧暦4月中に記事にしたいところです!!(笑)
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by aroe-happyq | 2011-05-04 11:22 | 箱館または釜さん | Comments(2)
Commented by Koto at 2011-05-06 12:48 x
はな。さんのブログで杉清の愛称と酒場放浪記のメインテーマが流れるたびに和んでいたのですが、後一回で終わりなんですね。
最後まで楽しみにしてます♪
Commented by はな。 at 2011-05-07 09:43 x
kotoさん、こんにちは!
>酒場放浪記のメインテーマ
杉清には吉田類さんのように箱館の酒場を紹介して
ほしいくらいですっ(笑)
その際、牛酒がなんなのかも教えてもらいたいし!

でもどこの酒場に行っても知り合いだらけで
まともな番組にはならなそう……(うーむ、企画倒れかっ・爆)

あと一回ですが、さらに深刻な情勢のなか
それでも呑んでる杉清の姿+その仲間達を楽しんでいただけば
と思います♪


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