岩瀬忠震 150年目の命日

岩瀬忠震の亡くなった日は、公式(届け出書類の日付)では
文久元年7月11日(1861年8月16日)なのですが、
岩瀬の弟分の書いた『木村摂津守喜穀日記』には、

文久元年7月10日木
岩瀬所今暁下世、痛哭之至也。


と前日の7月10日(西暦だと8月15日)であると書かれています。

役所をズル休みしてまで危篤の岩瀬の元に駆けつけていた木村(当時は軍艦奉行)
ですので、こちらのほうが正確と思われます。

そんなわけで
前回の命日の墓参は公式バージョンでお邪魔したので
今回は木村バージョンで行ってみました☆

ちなみに前回の記事はこちら。

それにしても毎回、猛暑であることだけは変わらない!
今回は午前中に行ったけれど、やっぱり暑い!!!


というわけでいつもの雑司ヶ谷霊園、到着(笑)。

d0080566_1461370.jpg


この↑目印がポイント♪

さいわい、岩瀬家墓所は地震の影響もなく、以前にきた時のまま
変わりがなくてよかったです。






d0080566_14637100.jpg


墓石に水をしゃばしゃばかけたのにみるみる乾いていくんですよ!!!(汗)
どんだけ暑いんだ!????

実はお花を持っていったのは初!
永井家はいつもお酒なので(笑)、花はいままでありませんでした☆

岩瀬蟾州公に捧げるなら、いわゆるお盆ッぽい花は野暮だろうと。
なので青山フラワーマーケットで、白いバラをメインにした涼しげ~な
のをチョイスしてみました(笑)。
(ぶっちゃけテーブルフラワーなんですけども・爆)

写真には映ってませんが、青い花と木イチゴ系が脇を固めていて
なかなかおシャレな花束なのです☆

というのは置いといて。
大きな雑草を引っこ抜いた後、
じっくりと手をあわせ、ご挨拶をいたしました。

それから岩瀬さんの魅力を十分に伝えられずにいて申し訳ないと
ご本人の前で反省しつつ・・・・・・。
(早く岩瀬日記読めよ、と自分を叱りました・汗)

本当はもっとじっくり居たいのですが、
とても無理・・・・・・。
もっと居られればもう少し掃除もやれるんですけどお。

早々に霊園を後にしましたです(汗)。
[PR]
by aroe-happyq | 2011-08-15 14:32 | 外国奉行ズ | Comments(0)


<< 箱館戦争史料集 復刊発売中 写真展「幕末明治を生き抜いた人々」 >>