2014年 05月 27日
「江湖」をよのなかと読む、江戸の人々
1 川と湖。特に、中国の揚子江と洞庭湖。
2 世の中。世間。一般社会。「広く―の喝采を博す」
3 都から遠く離れた地。隠者の住む地。
というような意味があります。
「江湖」については、前になにかの記事でもちょこっと紹介したよーな気がしますが、
どこに書いたか忘れたので、改めて記事にします。
今の日本では、ほとんど1の意味でしか使わない・・・・というより、
江湖なんて江と湖を重ねて使うことはないですよネ。
中華圏ではけっこう2の意味で使うことが多いような気がします。
香港映画好きとしては、黒社会=江湖という意味のほうで、
よく香港マフィアを扱った作品のタイトルで親しみを覚えてきました(笑)。
(武侠アクション作品でも「笑傲江湖」など、有名なタイトルに江湖を使っていましたっけ)
なので、江湖を世の中とか、世間、社会の意味で使うのがけっこう好き☆
イメージ的なことでいうと、湿度満点の日本によく似合う言葉のような気がするからです。
で、清国や明国の人と漢文の筆談で難なく会話ができちゃうぐらいに、
漢学に慣れ親しんだ江戸時代の人々は、
やはりかなりの場面で、2のほうの意味で使っております。
明治になって活字出版が増えると、江湖の横に「よのなか」とルビがふってあります。
さらに、3のほうも使っていたらしく、
デジタル大辞泉には、夏目漱石の「我が輩は猫である」の一文が例として登場しておりました。
なので、江戸時代も、もちろん3のほうも使っていたことでしょう。
そんなわけでこんな所でも、現代日本よりも趣味が合っちゃう江戸時代のみなさん♪
あ~もう、大好き!って感じです(笑)。
で、勝海舟さんのことを調べていると、
不思議と、ちょくちょく、「江湖」という言葉を思い出します。
なんだか、勝さんに似合っているんですよね。
世知辛い江湖(せけん)を、飄々と渡っていく感じで(笑)。
というか、勝さんて、
江戸の江湖からしか生まれないタイプとでもいいましょうか。
たまに雑誌とかで、現代の日本に勝海舟のような交渉上手がいてくれたら・・・
みたいな記事がありますが、今の日本では絶対に出てこない人です。
江戸の江湖というのは、ちょっと変わっている気がします。
本所の片隅の借家で暮す、ど貧乏旗本の勝麟太郎少年が、
親類が大奥に勤めているからというだけで、そんなに着飾らなくても大奥に遊びに行けて、
(大奥って、童、つまり少年少女の出入りはゆるゆるなんですよ)
しかも、遊びに行ったら、たまたま通りかかった将軍に「孫の遊び相手によい」
と気に入られて、それから2年も大奥に住めちゃう、ゆるやかさ。
(ふつう、将軍の孫のご学友なら、もう少し身元とか親の役職とか調べるでしょ!?、みたいな(笑))
こういうゆるやかな社会(表向きはもう少し厳しい格式社会のはずなんだが)だからこそ、
出来ちゃったのが、勝海舟というおっさんなんだと思うんですよね(笑)。
そんなわけで、江戸の江湖、恐るべし。
と思う、このごろだったりします☆
そして。
ん~~、やっぱり江戸って、「江湖」って言葉が似合う♡
江湖という言葉にはそんな意味もあるんですね!
福地の「江湖」新聞はそういう意味でのことばなのだなあ…と
思いました。
勉強になります…言葉って奥が深いですね。
>福地の「江湖」新聞
おっしゃるとおりです♪♪
福地は社会とか世の中という意味で
江湖新聞と名付けたと思います。
言葉というのは、ホントに奥が深くて面白いです☆
江戸の日本ぐらい、庶民にいたるまで
漢学の影響を受けた時代はほかにはないのでは??
なにせ・・・・旗本大名など、手紙の途中でいきなり漢文に
なっちゃうぐらいでして(笑)。
たまにオヨヨと慌ててしまいます。












