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東都アロエ

「将軍の庭」 水谷三公 著

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(←画像をアップしたら白い本なのでどこまでが本だかわからないっっ)

随分まえに近所の図書館でみかけた、浜離宮と幕末に焦点をあてた本。
本屋さんで見かけたら、もう一度読みたくなって買ってしまった・・・・。
自分はホントに御浜御殿が好きなのだ、と改めて実感(笑)。確かに十年ぐらい前、まだ汐留がJR跡地で伊達家屋敷の大規模発掘調査中だった頃に、何度も足を運んだ。
今は汐サイトとかいうビル群に囲まれてしまったが、その当時は潮風も心地よく、空もよくみえて、とても良い気分を味わった。
ただその頃は甲州藩下屋敷を偲ぶツアーとして、友人を案内したのだが・・・。
時を経て、幕末までちょっとかじってみると、むむむここは徳川海軍にとって
とても重要な場所だし、木村摂津守の育った家(爆)でもあったのだ。
この本はそうした幕末の、木村御浜奉行の管理する将軍の庭だった浜御殿から、
軍艦操練所、そして幕末を経てめまぐるしく変っていくこの場所について紹介している。

細かい箇所で間違いがあるものの(エラそうですいません)、面白い話をたくさん
知ることができる。
例えばペリーからもらった通信機をここで初めて将軍家定に披露した場であるとか、
(通信機を動かした日本初の場所になるのかな?)
家茂の棺が大阪から上陸したのもこの地。
そういえば、大阪から開陽で“帰ってきちゃった”
慶喜と会津、桑名、板倉一行もここから上陸したわけだ。
(ついでにいうと、お腹が減っていた彼らにこの浜御殿で木村芥舟がビスケットを
食べさせたという可愛い?エピソードの地でもある・・・)

最初は甲州家の海手屋敷となり、将軍の庭になり、軍艦に乗るVIPの出発の場になり、
パークスや朝廷の使いを接待する場所になり、明治になったら鹿鳴館もありましたっけ(汗)。
この江戸初期の埋立地も幕末~明治には随分活躍したのですね。
今は都民の憩いの場、公園(とはいえ有料)になっておりますが。

再訪して、しみじみと往時を偲んでみたいものですが、今は高層ビルに囲まれて
かなりしょぼん・・・なので、頭のなかだけにしておこうっと。
by aroe-happyq | 2007-02-04 18:27 | | Comments(0)