立花種恭の老中日記の世界⑧~横浜はじめて物語

日記によれば、慶応元年11月24日

21日に軍艦「翔鶴」に乗り込んだ一行。
松平伯耆守を筆頭に立花をはじめ、目付・祐筆・・・・・が同行し、
この船で江戸から出張してきていた田沼玄蕃頭は同じ船でとんぼ帰りで同行。
・・・・船は天候が悪くて、揺れにゆれて、「打臥者多」かったようです。
24日に横浜港に入って、さっそく各国公使との応接開始です。
まずはアメリカ公使と会ったようですが、日記には内容は書かれていません。
あまり印象に残らなかったようです。
次にフランス公使ロッシュのもとへ。

しかし松平伯耆守は思い悩んでいた。
条約の勅許が出たものの、兵庫開港の話は止んだまま。
そのまま言うのも、避けて話すのも難しい・・・どう話したものかと、
あれこれ考えこんでいたようだった。
(なにせつい最近、ロッシュにはブチ切れられたばかりだし)
そのもやもやした気持ちのままフランス公使ロッシュのところへいってみると、
ロッシュは「病ありて 床上に臥す」状態だったが、ベッドにはいったまま面会するという。
かくして、面談ははじまったのだが・・・。

伯耆守 曰く
公使は 日本国のために 兼而 厚く力をつくさるるを知るといえども なお問う
公使には 日本国のためのみ 我が国事につくさるや また大君家茂公のため
厚く心を用いられるや と
   

突然、松平伯耆守はロッシュに日本に本気で尽くしてくれるのか、と
無茶な・・いえいえ、古典文学級に直球な話を外国人にし出した。

ロセス 答に曰く
家茂公のためにつくすは すなわち 国につくすなり
故に 予は 大君家茂公のため もっぱら つくす所存なりと


・・・家茂公につくすは国につくすなり。
朝廷ともめ、一会桑と分裂した幕府にある家茂側近衆にとって
この言葉くらい、誰かにいってほしい、求めていたものだったかもしれない。
さ、さすが、全権公使ロッシュ。相手国のハートの掴み方、うまいっす(笑)。
ところが・・・・・・。

伯耆守 これを聞くとひとしく 椅子をはなれ ロセスの臥したる 床下にいたり
膝まづき 叩頭再三


・・・・予想以上にハートを射抜かれた人があらわれたっっ。

かたじけなし その一言さへ聞く時は 何事かこれに如かんや
まことに有難し まことに有難し と頓首敬礼して 諭す
これを見る者 満座一同 流涕せざる者なかりし


どうも伯耆守だけが疲れていたわけではなく、みんなも船旅の疲労か?
めずらしく湿っぽくなって、さめざめと泣いているではないか。

ロセスは これをみて 驚き 書記官カシヨンに命じて 抱き起こし椅子につかしむ
この事 語り傳えて その精神を人々感ぜり


そりゃロッシュもびっくりでしょう。思わずカションに伯耆さんを抱き起こさせちゃいます。

冷静にみればこんな陳腐な三文芝居はないっす。
でも、権謀術数もできない、純情だけが取柄の彼ら(それって政府首脳部としては失格っぽい
ですけど)がやると、ロッシュ側にウソがあっても、なんでしょう、不思議な感動が・・・(笑)。

もう・・・・君たち的には、いっぱいいっぱいなんだよね、みたいな(汗)。

口の悪い歴史家さんはこれをして土下座外交とかいいそうですけど、
これって、外交うんぬん以前のレベルですから。
なんの現実的な事柄でもない、抽象的な「家茂公への忠誠」に関して、
あるのか、ないのかという禅問答みたいな内容です。
これは外交ではありませんね。
しいていうと、・・・・・友情?(爆)のやりとり?

ただ立花とその周辺はひじょうにロッシュに好意的ですが、
ロッシュはフランスの国益のためにわざわざやってきている全権公使。
パークスほどではありませんが、ポイントポイントで脅迫もし、なだめすかして
日本側に取り入って、なるべくフランスのためになるよう働いている人ですから、
そんな相手に友情を感じてはいかんのだですぞ、伯耆守。
・・・ま、台詞のキメ方はパークスより、断然ロッシュのほうが上手ですから
無理もないかもしれませんが☆

こうして、次第に、いやますます・・・徳川とフランスの絆は深まり、
できれば貿易を独占したいな計画が進んでいきますが、
こうなるとほぼ日本貿易独占状態のイギリスの焦りは頂点に。
徳川と仲良くなれないとしたら、・・・・ちと頼りないが、
反対勢力しかないか?と方針転換をはかっていくわけです。

というような深いそれぞれの利権の話は立花さんたちにはわからないことですが。

翌日、11月25日には、またまたロッシュと会談。
午後からパークスから招かれて、イギリス公使館へ。
その際、ロッシュが馬車を手配してくれた。

松平伯耆守 吾 木下大内記 滝沢喜太郎 井上主水正 いずれも同車なり
この時 はじめて馬車にのる(我が国に未だ見かけず)


・・・・・・楽しんだらしいです(笑)。

ちなみにパークスとの会談の内容も書いていません。
印象的なことがなかったのですね。

というかロッシュ以外、興味はないのか!?

なさそうだ・・・・・・・。

さて、次回は少しとんとんと進んでまいります。
というのも、この後の立花、過労がたたって病に臥してしまうもので・・・・・。
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by aroe-happyq | 2007-04-24 10:57 | 幕臣系(老中など) | Comments(0)


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