東都アロエ

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アジアンエンタメ&お江戸後期。外国奉行や長崎海軍伝習所がご贔屓☆ BYはな。

皇居東御苑散策~梅はまだかいな

昨日の朝、「3月並み」の暖かさ・・・と聞いて、突然散策に行こうと思い立ち、
ネットで梅が「開花」と出た皇居東御苑にいってまいりました。

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やはり大手門から入るべし♪
夏に比べて観光客少ないです☆



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最近、気になるのですが・・・・・・カラスの姿が減ったかと思うと、
かもめの群れが東京で増えてきたような。
先日も後楽園、御茶ノ水聖堂付近の神田川を悠々とかもめの群れが飛んでましたっけ。
以前、上野不忍池でカラスとかもめの仁義なき抗争が勃発していたというニュース
がありましたが、カラスはかもめには勝てないらしく!?
どうやら都心の川や池、お堀はかもめに制圧された・・・・らしい・・・????

どーでもいいトリビアですが、岩瀬さん晩年の号は鷗所(おうしょ)ですが、
鷗とはカモメです。この字を号に使う人がけっこういたようなので江戸で
かもめはなじみ深いものだった・・・・と考えれば、カラス撃退はかもめの復権かもですね(笑)。


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いきなり本丸御殿跡です(笑)。
(途中の大番屋などは有名なのでカット♪しました)
冬は芝生のところに入れますので、本丸御殿跡を満喫!
第一弾は明治以降の東京名物の午砲こと「どん」跡。
ここから正午に毎日、空砲が撃たれていたのでした。

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推定ではありますが、このあたりが老中御用部屋???かもです。
むこうは大手町。
お昼すぎだったので、この芝生でお弁当を広げる会社員さんもちらほら。
柳営跡でランチというのはなかなかオツです。

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この松のむこうは中奥そして、大奥です。
(そのむこうには天守台の土台アリ)
こうしてみると広いのか狭いのか、よくわかりませんが
世間で語られるほど広くなさそうです(笑)。

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火事で焼けては困る大切なものをしまっていた?と推定されている石室です。
本当はどう使っていたか不明・・・・・・・・・・らしいです。

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石室のそばで柳営に浸るため、ちょっと一休み。
帰りにコピーしようとカバンに入れていた川路聖謨文書8を記念に一枚。
老中御用部屋そばということで、阿部正弘書簡(川路宛)のページをひらきつつ。
彼らの元職場の隅のベンチでのんびりさせてもらいました。


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展望台から、汐見坂方面を望む。

坂の上は本丸、下は二の丸です。

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江戸初期にはすでに台だけだったということで、
それほど愛着はないのですが、いちおう天守台跡。

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天守より。
手前が大奥、中奥、そして表向(政庁)・・・・という順で本丸御殿はありました。
さてさて、150年前の世界へと、想像(つか、妄想)の翼を広げてみましょう!(笑)


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汐見坂を下りて、いよいよ庭園へ。

梅林へ行く前に、二の丸庭園にいってみることに。
うーん、冬景色。

鳥たちのさえずりだけは、賑やかで・・・・・あとはとっても静かでした。
都心のド真ん中とは思えない!自然あふれる場所です☆
なにせ、モグラもおりますから。
土があちこちこんもり(笑)。舗装されていないのをいいことに歩道にも穴が。


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二の丸庭園です☆

二の丸といえば、ここが慶応3年12月に炎上(放火ですけど)さえしなければ、
歴史はまた違ったほうへと転がったかもしれないという、日本史の重要なスポットです。

ここは当時、天障院篤子さんのお住まいでした。
江戸で騒動を起こそうと画策した薩摩藩出入りの浪士ズは、
二の丸を放火しようと(そのどさくさに篤子さんを薩摩に戻す作戦もあったとか)
計画し、秋ごろに二の丸の奥女中を浅草で豪華に接待したそうな。
将軍のいない江戸城の女中は緩みきっていて、なんとその場で二の丸の
警備について喋りまくったそうで。そのおかげで(笑)、見事に二の丸は丸焼け。
これに激怒した江戸留守幕閣は12月25日、薩摩屋敷襲撃を命じ、
ついには鳥羽伏見の戦いに、繋がっちゃったりするというわけです。
この二の丸にお勤めのおねーさんたちがもちっとしっかりしていればねーと
(ちょっとイケメンの浪士さんに優しくされて、セキュリティをばらすか!みたいな)
思わずにいられません・・・・・・・。
(しかしその浪士のみなさんが戊辰戦争のどさくさに、口封じのためか、
大久保どん指令のもとで暗殺されていった・・・・というのもまたやり切れない。
いくら薩摩の人でなくても、倒幕に尽力した同志なのになぁぁ。せつなかです)

(参考本:『幕府挑発―江戸薩摩藩邸浪士隊』『新徴組』等々)


さて、いよいよ東御苑名物の梅林へ!

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あぎゃーーーー。まだだったわ・・・・・。

でも4本(1本は都道府県の木のコーナーでしたが)は咲いておりました。

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なかでも一番キレイに咲いていた梅と、うぐいすを記念に。


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このあたりも満開時期にはそれは見事になるんですよー。


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いちおう、もう一本、撮影しておきました(爆)。

さてそのまま平川門へ。


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当ブログの写真も実はこの平川門だったりします。
(↑すんごく昔の写真をスキャンしたんですけどね・・・・・(笑))
木の橋っていうのが好きで、旧江戸城ではここがマイフェイバリットスポットです。


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おまけの、和気清麻呂像です。
門のそばにおります。
・・・・・って、なんで君はここに建っているの???
(興味はないので、調べる気がない、明治以降の銅像にまったく冷たき東京都民でした)
さて、川路書簡の一部(いるとこだけ)のコピーへいかなきゃ(笑)。


今年は暖冬ではないので、こちらの梅林はだいたい2月初旬~中ごろ
に満開になりそうです。

・・・・このリベンジは、桜のお花見で晴らしてみせましょうーっ(笑)
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Commented by きりゅう at 2008-01-31 12:19 x
皇居の梅、よいですね~。
桜よりも梅が好きなので、さ来週あたりチャレンジしてみたいです。

>ちょっとイケメンの浪士さんに優しくされて、セキュリティをばらすか!

両側から無骨な「いごっそう」にはさまれて、お酌なんかされた日にゃ~、わたくし、なんでもペラペラしゃべってしまいそうです(^^)
歴史は案外、こういう無節操な人間が知らずに動かしているものなのかもしれませんね~(そうかぁ??)

川路文書、ワタクシもポツポツ読んでいるのですが、
長いね~~(^^)

Commented by はな。 at 2008-01-31 14:21 x
ぜひぜひ満開の頃に行ってみてくださいまし☆
ここの梅はおススメでございます。
(後楽園もよかったりしますが(笑))

>歴史は案外、こういう無節操な人間が知らずに動かしているものなのかもしれませんね
意外にそんなもんだと思います(肯定しちゃいますヨ)。
彼女たちの些細なミスのおかげで・・・(途中すごく端折ると)、
真冬の江戸城で慶喜が毛布二枚にくるまって寝なくちゃいけなかったり、いえいえ幕府が瓦解しちゃいましたもの(涙&笑)。

川路さんにかかると、遺書まで長いです(笑)。
しかも、実に面白い・・・・!
このままですと、
長すぎて禁止の予定だった「寧府紀事」にも手が伸びそうです♪
Commented by きりゅう at 2008-01-31 15:55 x
「寧府紀事」は川路面白ネタ満載ですもんね♪
読んじゃえ~~!(^^)
Commented by はな。 at 2008-02-01 09:28 x
今はちょっと立て込んでますが、
そのうちきっと読んじゃう気がします(爆)。

平凡社東洋文庫版にくらべて、この全集・・・字が大きくて
読みやすいのがお気に入りです♪

by aroe-happyq | 2008-01-31 11:15 | 江戸東京あれこれ | Comments(4)

アジアンエンタメ&お江戸後期。外国奉行や長崎海軍伝習所がご贔屓☆ BYはな。


by aroe-happyq