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東都アロエ

2008年 09月 19日 ( 1 )

五稜郭を後にして、次の目的地の前に、
六花亭で休息をとりました(笑)。
ワッフル、美味しかったです♪♪
函館ではなにを食べてもハズレはありませんでしたが、
ここはホントに美味でございました☆
とはいえ、実は食べるときも、デジカメの容量確保のため
カメラいじりながら・・・・でしたので、ゆっくり味わう時間は
なかったのですが(汗&涙)。

足を休めて、亀田八幡宮へ歩きました。

江差にいったときも北海道は広い!と感じましたが、
五稜郭周辺でもさらに実感しました。
(1ブロックが本州より広いような?)

そんなとき、思わず「あの歌」がでてしまいます。

はて~しないー♪大空と~、広い大地のその中で~♪

松山千春の「大空と大地の中で」でございます。
しかしわたしが覚えたのが「おにぎりあたためますか」という番組内で
大泉洋が松山千春をモノマネして唄っていたこの一節だったため、
ここしか唄えません(爆)。
でもなぜだろう、自然に口に出ちゃうんです!
すでに初日、碧血碑まで歩きながら、なぜか唄ってますた(笑)。

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亀田八幡宮でーす。
五稜郭から歩いて15分くらい。

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こちらといえば・・・・・・・・


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箱館戦争終結の地ですね。

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噂どおり、旧社殿の羽目板には無数の弾痕がっっ。
当時の激戦を偲ばせます。

ここはどうしても訪れたかった場所のひとつでした。
今回の旅のテーマ(笑)こと「幕末開港都市箱館 堀織部正から榎本釜次郎へ」
からしてもここは最終地、終わりの地です。

しかし終わりと同時に明治の函館へのはじまりの地でもあると
思います。
幕末の時代、堀織部をはじめとして、
割りと少人数でプランをたてていた蝦夷地開拓の想いが(笑)、
明治新政府の開拓使によって大勢の知恵をあわせつつ、
大車輪のごとく動き出す、北海道の開拓の想いへと、
(安政元年の蝦夷地検分の旅に参加していた榎本釜次郎を通しつつ)
移行していったのではないかと思います。

そういう意味ではこの亀田八幡宮は、
幕末スキーのみならず明治スキーの聖地のひとつですね☆

・・・・・と浸ろうにも、上空を旅客機が低空で飛んでいく・・・。
ここは函館空港への空路なのであった(涙)。

次の千代台に行く前に、路面電車の五稜郭前駅まで戻りました。
なぜかといえば、丸井今井6階玩具売り場のOnちゃんショップへ
討ち入るためであります(笑)。
北海道へきたら、かならず行く!と決めていただけでなく、
前日に「重大なお知らせ」を聞かされてしまった東京藩士は、
Onちゃんショップ♪で甚だしく暴走し、散財したのはいうまでもございません。
(今、私の携帯には「腹を割って話そう」ストラップが輝いております(爆))

荷物が重くなりつつ、電車で千代台へ。

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長崎伝習所ファンとしては、中島三郎助といえば、
箱館戦争で散ったことで有名な人ではなく、浦賀奉行所与力で、
ペリー艦隊と最初に応対した人で、見よう見真似で西洋式軍艦をつくるなど、
開明派の先駆的存在です。
伝習所でも多くの稽古人が(おそらく永井総監も(笑))世話になりました。
そんなことをつらつら思うと、
ここからすぐの三郎助さんの最後の地にいくのがどうも気が重かったです。

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箱館戦争初心者ゆえ、どうして中島父子がこんなことに
なってしまったのか、一般常識程度の知識しかありませんから
詳しい事情がわかりませんが、とにかくせつないっす!

つづいて、さらにせつなさ第二弾。
電車を新川町で降りて、あまりにも有名なあの方の最後の地へ。


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土方さん最後の地でございます。

ここで、またもやデジカメの容量が「あと一枚」に。

すまんトシさん、一枚しか撮れなくて・・・・・・・(涙)

この旅の最後の一枚、土方さんで〆させていただきました(拝礼)!!!

最後は超初心者の箱館戦争ツアーとなりましたが(笑)、
以上でお開きとさせていただきます☆


今回行き損ねた場所・・・・箱館山のてっぺん、北方民族博物館。
                函館湾クルーズ(時間合わず)。


次回はもっと函館で落ち着いて、食い倒れたいデス!(爆)
リベンジまで箱館よ、さらば~♪
by aroe-happyq | 2008-09-19 19:01 | 箱館または釜さん | Comments(3)