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東都アロエ

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謹賀新年!(爆)

恭喜發財!!

いよいよ新春です。

旧暦の頃の日本では昨夜からずーーーーっと飲んだくれていたらしいです。
商家は元旦はお休みだからよいとして、
武家はそのまま登城しちゃうみたいなので、
たいへんなことになったのではないでしょうか(汗)。

というのはどうでもいいですね。

日本の近隣の国では今日からお休みにはいりますが、
今年はちょっと心配なのは、香港から郵送中のDVDがいつになったら
日本へ届くのか、欧米のクリスマス休暇以上に心配でドキドキです。
毎年この時期は避けているのに、どーしても見たい香港映画のDVDが
先週出ちゃったのです。

はやく届くといいなぁ~~~!
by aroe-happyq | 2007-02-18 09:56 | 旧暦シリーズ | Comments(0)

随分前に届いていたのに、見たの昨夜でしたっっ。

江戸城展の会場で流された、江戸城再現CGの映像に
おまけをつけてのDVD発売。

会場は混雑していて、よくみられなかったのですが、
いやいや。なかなか。美しいです、再現CG。

とはいえ、大広間の一部と天守だけなのですよね、今回の再現は。

欲をいえばもっといろいろな部屋も、といいたいところですが、
なぞのおおすぎる江戸城なので、ここまで再現しただけでも
かなり天晴れとしかいいようがありません。

おまけの映像がまたユニーク。
現代の皇居周辺の映像に天守があったら、どんな景色かを
合成してお届け・・・・・・・なわけですが、
たしかに天守があるとかっこいいですが、でもそれだけじゃ物足りない。
(今までの何人もの都知事が天守再建案を提出しては議会で却下されてきたけど)
そもそも江戸城天守は初期の段階で壊したまま再建されなかったわけですし。

再現するなら本丸御殿!

それが無理なら、せめてCGでだけでも御殿全部をいつかはみてみたい。
by aroe-happyq | 2007-02-17 10:10 | 江戸東京あれこれ | Comments(2)

いつもは2話ずつまとめてみてきたのに、もーなんだか気になって、
ついつい公開日にみちゃいました、19話!(早いな!)
いろはにほへと公式サイトはこちら

*以下、ストーリーネタばれはありません

いきなり高松凌雲センセが登場で「やったぁ」と喜び、鉄之助がかわいい!と
浮かれ、台詞はなくとも大鳥圭介さんが出てきて「おお!」と(←おヒゲ姿でした)
とちょっと感動したのもつかの間、
「ふははははは」
・・・・嗚呼、釜さん。あいかわらずの覇者キャラのまんま(あたりまえか)。
ダースベイダーのテーマは似合うまんまで、しかも・・・。
高ら笑いしてるし。
ちょっとびっくりしている大鳥さんに笑いました。
(そろそろ「え?釜さんキャラ違いすぎじゃないか?」と誰かなじみの友人たちよ、気づいて)

覇者釜さんのままで春を迎えてしまうのか、箱館!?
いったいどうなってしまうんだ・・・・・・・。
(勝ってしまうかもしれないぞ!(汗&笑))

次回もとっても楽しみです(笑)。
(そして、またもや主人公の心配はゼロらしい)
by aroe-happyq | 2007-02-16 18:28 | 箱館または釜さん | Comments(0)

時代劇専門チャンネル午後11時から、再放送が始まった。

もともと中国史に興味があってちらちら本を読んでいた自分に、
かなり決定的に影響をもたらした、NHK放映の人形大河ドラマでした。
45分たっぷりという、かなり異色の人形劇で、
中国の人が見たら「ぜんぜん違う!」とクレームがきそうですが、
和風に味付けされて、情緒たっぷり、友情と愛もたっぷりで、
川本喜八郎さんの人形がとても美しい、まさに傑作だったといえます。

今から・・・20年前以上!?の作品ですが。ははは。古いなぁ~。
(自分はまだガキんちょでした)

で、1回目をみた。まさにン年ぶりに。
・・・・・たしかこの人形劇、当初は子供向けっぽく、
主人公が怪傑白頭巾のようなことをやって勧善懲悪劇ではっきりいってつまらない
という印象があった。
どちらかというと、本格的に三国演義(つまり原作ですね)そのものを前面に出すように
なった董卓のあたりからが面白い。
・・・・という記憶だったけど、意外にも、1回目なかなかでした(笑)。
(始まってすぐに、主人公の劉備とライバルの曹操が出会っていたりと、実のある内容で)

これから群雄割拠して後漢が三国へとかわっていくのかと思うとわくわくします。
ちょうど来年、ジョンウー監督、チョウユンファ主演で「三国・赤壁」を公開することですし、
(来年で赤壁の戦いから1800年なんです(笑))
香港でもアンディラウでもう一本、三国志映画があるらしいし、来年中華圏は三国志年?
物語を思い出すにはちょうど良いタイミングです。
これから68話?・・・・・・・できるかぎりみていこうと思います。

でも、実は後世につくられた「三国演義」よりも、
できるだけ史実を記録したはずの正史「三国志」のほうが千層倍は面白い。
つぶさに調べられた各人物伝は、人間の奥深さを教えてくれるのだ。
(例えば曹操。「演義」では悪役だが、その本当の姿は賢くて、切れがよくて、文人で、
だけど酒宴で盛り上がると顔を大皿のなかにがぼっとやってしまうおちゃめなおじさんとか)
ということを知って以降、美しくロマン溢れる歴史小説よりも、史実好きで、かなり痛い事実が
そこにあっても、それを知ることの楽しみを覚えてしまったのだ。
哀しいときの合言葉は「ま、人間なんてそんなもんさ」になり、
そしてついには史学科なんぞへ・・・(涙)。

思えばこの人形劇のおかげでここまできてしまった、そのきっかけだったのだ(笑)。
そういう意味で怖い人形劇です、ハイ。
by aroe-happyq | 2007-02-16 10:14 | ほんの世間話 | Comments(0)

スイマセン。半端な年で。

たまたまこんなサイトをみかけたものですから。

つまり来年が150年目なわけです!

岩瀬肥後守や永井玄蕃頭や水野筑後守(ここで切ろうとしたがやはりあと二人)、
井上も堀も、というか徳川政権が(笑)、
右も左もわからない状態で外交談判に明け暮れ、だまし、だまされてつつ!?結んだ、
のちには不平等条約だのなんだのとケチョンケチョンにいわれたあの五カ国条約から!
(ケチョンケチョンに関しては、岩波新書の井上勝生著『幕末・維新』とか、当ブログで
紹介中の『五人の外国奉行』などなどなるべく最新の本をお読みになって、それが該当するかどうかご判断を仰ぎたいところです)

来年は当ブログ的には天下の祭り年になりそう??です。
by aroe-happyq | 2007-02-15 14:58 | 広く幕末ネタ | Comments(0)

江戸城の二階

江戸東京博物館の「江戸城展」でみた江戸城図面に二階があったので、
ちょっと調べてみたら東京都立図書館のコレクションにその図面があった。
図面の全部を掲載するのははばかれるので、ちょこーっと、加工しつつ、
二階部分クローズアップ画像を載せちゃいます。
(○で囲った部分の黄色の濃いところが二階です)

d0080566_10334450.jpg


文久三年の火事で本丸御殿が焼けた後の元治年間の西丸仮御殿の絵図面です。
財政がきついので、本丸御殿再建を断念した後、西丸御殿を改築して、
そこを本丸仮御殿にしていたというちょっと涙が出るようなお話です。

そのせいかこの二階、かなり「建て増し」感アリアリです(笑)。
(この画像でも見えるかな~~、二階部分は薄い紙に重ねるようにあるのですよ)
ここが外国掛の御用部屋かぁ。
とはいえ、すでに岩瀬世代ではなく、かなり後輩たちの時代ですけど。

当時はふつーの屋敷でも二階、三階(原則禁止だけど、あったみたい。これはかなり贅沢な家らしい)はありなので、これぐらいの建て増しはOKでしょうか?

*追記
そっか!戊辰の恭順or抗戦の大評定もこの西丸仮御殿だった・・・・。
(今頃気がつくオオバカ者・・・(汗))
つまり、深夜の大廊下、矢田堀&榎本&巻き添えの立花さんの
号泣現場はこっち。
東御苑で偲べないじゃないか~~~~(涙)。
うっかり偲ぼうとすると、そこは皇居の中です・・・・(笑)。
by aroe-happyq | 2007-02-14 10:44 | 江戸東京あれこれ | Comments(0)

遅まきながら、BS特集「世界からみたニッポン~明治編1」をみた。

・・・・このシリーズって幕末編ってないのでしょうか?
たぶんそこから話を始めたほうが、外国との関わり方が
わかりやすいような気がするのです。
徳川ジャパンと一度は交流をもった列強諸国からすると、
明治新政権はその誕生のプロセスからして世界の評判的に、
微妙な位置に立たされていたという解説がないと
いきなり日本そのものが外国に「侮り」を受けている風にみえてしまう。
(それから英国、米国、仏国などとの関係も戊辰戦争前後の薩長と徳川との
関係性を説明したほうがもっとわかりやすかったかも・・・・・)

岩倉使節団INアメリカで受けた対応も、約10年前の万延元年に
裃のサムライ風俗の徳川代表がやってきたことがある前提で話をすすめないと、
いきなり世界の田舎から出てきて「なに、あんたたち全権でもないの?」
と軽いいじめに遭ってしまう日本代表使節団の姿に映ってしまふ。
そうではない。
条約改正をやりたい岩倉たちだったが、彼らは全権使節ではなかった。
(もともとただの使節として行ったので全権委任など持ってこなかったのだが)
ちょっと世界の外交ルールの基本を知らなかっただけなのだが。
なぜ知らないかといえば、前政権から外交のいろはを教わらなかったし、
新政府と仲良しの英国は教えてくれるほど親切ではなかった。

で、アメリカ側は「前(10年前)のときはちゃんとわかってたのに、どうしたの?」
とか、「外交ノウハウを前政権から引き継いでいないの?」といいたいのだ。
(事情はよく知っているくせに意地悪ね、めりけんも)
で、この番組をみているとやはり彼らはよくわかっていなかったらしい。
大久保や木戸や岩倉はアメリカ側にこういわれて、
「おれたち条約交渉できる全権じゃないみたい?」
「アメリカがいうにはうちらのもってきた国書に全権って言葉はないってさ」
「わかった、日本へ戻ってもらってくる!」
と、大久保たちは急いでワシントンから日本へ戻り四ヶ月かけて「全権」委任を
とってきたが、すでに条約交渉そのものが終わっていた(涙)。
(木戸は地団駄踏んだらしいが、たしかにかわいそうだ)

徳川を倒して新しい政府を作ったとしても、前政権も明治政権も外国からすれば
日本であることは同じ。
岩倉使節団は旅立つ前にかつての外国奉行とか(中心にいた人はほとんど亡くなって
ますけどね)勘定奉行とか(小栗もいません)に外交のいろはぐらい聞いていけば
よかったわけで。
辰の口の牢獄には永井玄蕃さんもいることだし(笑)。←安政五カ国条約といえば!
牢屋では漢詩作ったり、榎本さんから英語習ったり、米粒と木片を加工してそろばんを作って
町人の罪人から算術を学んでいたみたいだしで、つまり暇そうだから、
「幕末外交についてどんな交渉をしたのか、教えて」と聞けば、
日本のためなら永井さんは教えてくれたはず。
(少しはおいちゃんに頼ってもいいんじゃないの。なんでも若いモンだけでできると思っちゃ
いけねぇよ BY寅さん(笑))
人材は活用しなくちゃ! 
そうすれば取って返しの四ヶ月なんて無駄はなかったはずだ。

徳川政権と新政府との政権交代にはこうしたノウハウの断絶があるが、
これは日本にとってとてつもなく大きなマイナスだったと思う。
(話は脱線するが古代中国には「禅譲」革命ってズルくて賢い王朝交代方式がある。
王朝は新しくなるが、旧王朝の官僚組織、ノウハウは刷新しつつ、そのまま頂戴するのだ。
ゼロから作るのは時間の浪費だということを古代の人はよくわかっていたわけ)

さて番組に戻ると、そのあとはちょっとグレた?モードで、
「世界は弱肉強食だ。大国になればなんでもできる」みたいな
すごい魔法の言葉をビスマルクにもらい、
そのあと新政府のとった政策は「がむしゃらに西洋化」作戦だった(涙)。
悪評高い鹿鳴館、軍備拡張・・・・・・そして、まるで自分たちがペリーになったのか?
のような勢いで鎖国の朝鮮を開国し(アメリカで岩倉使節団がいじめられた鬱憤をなぜかここで晴らす愚かさよ)、やがて日清戦争へと、傲慢なる強国への道へとひた走る。
(で、ここで1回目は終わり)

とくに鹿鳴館は何度みても読んでも、ホントに恥ずかしい・・・・。
だって似合わないんだもの(涙)。
かつて露西亜全権委員の川路聖謨が、
「我々は軍艦や西洋の化学や技術は必要だか、オルゴールはいらないのだ」
のようなことをいってましたっけ。
(露西亜側にプレゼントされて、ま、ホントに個人的にいらなかったらしいという説もある(爆))
文化は日本にあるからいらない、って。
この日本文化を誇れた江戸の心意気も、「攘夷」を愛したメンバーが作った新政府には受け継いでほしかったなぁ(あ、それがいちばん無理か!?)。
by aroe-happyq | 2007-02-13 11:10 | そして明治 | Comments(0)

江戸時代末期の徳川家臣(ほぼ旗本)の書簡などを読んでいて、
前々から気になっていたのが、「幕府」という言葉が使われていないこと。
「公儀」とか「柳営」、「政府」、「廟堂」・・・・現代の私たちが「幕府」一言で済ませてしまう
言葉を場面場面でTPOにあわせて(笑)、言い換えている。
『昨夢紀事』など、徳川家臣ではない人の本にも、ほとんど幕府という言葉は
出てこず、さてさて我々は本当に安易に「幕府」って使ってはいけないのではないか?
ということをかなり長いこと、疑問に思ってきた。
(前にも書いたかもしれないが当ブログではほとんど幕府って使わないようにしていて、
でもたまーに便利なのでちょこっと使ってみたりしたりした・・・・)

どなたか専門家のご意見はないだろうか、と思っていたところ、
先日紹介した無料ダウンロードの、
小川範一さんの「格付けしあう大名たち」の注8にその手がかりはあった。

「幕府」や「朝廷」などは「公儀」「禁裡」というべきですし、
「天皇」も「院」とすべきですから


・・・・・・・やはり言うべきだったのか。
その文章の前に藩のことも書いてある。

じっさいのところ「藩」という名称は幕末、いやむしろ明治に普及したもので、
当時はたとえば前田家のことは「加賀候」とか「加州様」と呼び
「加賀藩」とか「前田藩」などとはいいません。
「藩士」といういいかたも同じで、当時は「○○家家来」「○○家家中」などと称して
たものと思われます。


「~思われます」なので、確定ではないらすぃーけれど、
たしかに江戸で飛び交う書簡(旗本同士)には「藩」という言葉もあまりみかけない。
(使わないのは、あくまで江戸で、ということのような気もするけれど)
「幕藩制ってひずみ出ていると思わない?」みたいな会話も(爆)、
ぜんぜんしていなさそうであったのだ。

長州や薩摩のみなさんの書簡を未読なので、なんともはやですが、
幕府とか藩とか、どこの国で熱心に使っていたのでしょう?

・・・・・この問題はなお続く!
by aroe-happyq | 2007-02-11 10:07 | 江戸東京あれこれ | Comments(0)

勝安房守こと海舟さんは癖のあるお人だ。
癖のある人の日記もとんでもなく癖があるに違いない・・・・・と思っていたら
やっぱりあるらしい。

松浦玲『検証・龍馬伝説』によると、
(スイマセン。龍馬の検証でなく、勝さんの検証のために読んだも同じで)

嫌いとか、不快に思った人物について日記に書かなくなる。
龍馬も神戸で50両を勝さんの元から持ち出して以降、日記から抹殺されたらしい(笑)。
たとえ面会したり、家に泊っていたとしても日記には書かないともある。
龍馬は途中からだからいいけれど、木村芥舟(摂津守喜毅)や矢田堀鴻などは
最初から抹殺!らしいのだ(爆)。

木村は長崎伝習所二期生のときの総監で、勝海舟は随分とお世話になったし、
その後も上司になったり同僚になったり、木村と岩瀬の間のメッセンジャーになったり、
晩年までおつきあいしていたというのにっっ。
・・・・嫌いというよりは、木村さんのそのあまりに恵まれた家庭環境や財力にジェラシー
していたのかも?(でも晩年は日記に木村の名前が出てくる)
矢田堀は、これまた伝習所で幹部候補生として共に切磋琢磨した同志。
ただ学問所でも優秀な成績をおさめた矢田堀さんは伝習所一期生でトップの成績で
修了し、永井総監たちが江戸へ観光丸で帰ったときの艦長もつとめた。
居残り組の勝からすると、永遠のライバルだったともいえる。
・・・・つまり木村、矢田堀側にはなんのいわくも、落ち度もなく、ただ勝さんの気持ち的に
日記に書きたくないリストに入れられてしまったようだ。かわいそうに。

そこで思い出したのが、
以前勝海舟の明治の日記をとりあげたときのこと。

そう、戊辰の年まではコンスタントに日記に登場していた永井玄蕃。
見事に明治8年まで抹殺されていました(爆笑)。
それってちょくちょく会っていての抹殺だと、ちと痛いんだけどなぁ。
(たとえば、出獄してからすぐに榎本さんなどが勝さん宅に挨拶にいっているけれど、
そこに同行していたのに、永井の名前だけ日記にかかれなかったとか(汗))

そんな癖のある、勝さん。
天下国家の構想とかデカイことを考える割に、
ちーさいところでやっかんでいたりする、大政治家にして小市民なところが、
なんだか人間味溢れていてけっこう好きです。
by aroe-happyq | 2007-02-10 10:50 | 長崎伝習所系 | Comments(0)

妖奇士&いろはにほへと

どちらも2回たまったら一気に見るパターンで視聴中。

妖奇士のほうは、
先々週に寺社奉行・阿部伊勢守が空気銃で狙撃されて、
危ないところ(爆)でしたが、それよりも最近、鳥居さまが登場しないような。
かなり怪人っぽい異様なキャラですが(史実のご本人はシャープ顔のちょっといい男らしい)
なんだか出てこないと寂しいです。
これほど江戸で嫌われた町奉行もいないというほど、評判の悪い鳥居ですが、
岩瀬肥後守と堀織部正の母方の叔父さんということもあって、興味津々の人です。
長い幽閉生活に耐え、その間に医学を身につけて幽閉先で病人を治したりしながら、
明治まで生き残って自由を得たそのバイタリティーには見習うべきものがあります。
「いわんこっちゃない、開国なんてするから瓦解したのだ」
なんて言ってたらしいですが、筋金入りの洋学嫌いとしてはまさにこの感想だったでしょう(笑)。
そんなかれはこのアニメでも洋夷、ではなく、妖夷を退治・・・・していくのでしょうか?

そしていろいろなところで噂になっていた「幕末機関説いろはにほへと」。
正月の再放送でざっと見て、最新ONAIRになんとか追いつきました。
が・・・・、品川沖脱走時の榎本さんにとんでもないものがとりついてしまって以後、
どうもそれが心配すぎて、主人公のことも、
せっかく出てきたかっこいい土方歳三さんのことも、
なんだかうわの空でとてももったないないことをしております。
(そーかそんなに榎本が心配か、と贔屓の大きさを痛感いたしました)
とはいえ、このアニメの土方さんとてーも素敵です。
声優さんは違えど、声の感じが「銀魂」の土方に似ているのもオツです(笑)。

それはいいから、誰か、はやく榎本さんをフツーにしてくださいっっ~~~。
by aroe-happyq | 2007-02-09 10:35 | ほんの世間話 | Comments(0)